十章「火の玉」
「しかし、夢の中で寝たら現実世界に戻ってるとはね…」
新崎はレイオンズ・フィールドから戻るやり方がそれとは思いもよらず、苦笑した。
だが、先ほどの夢を思い出し、
「でも…『さっき』のは何だったんだ?」
自分は確かに「レイオンズ・フィールド」内に居て、そこで就寝した。
ならば、その後の「夢」は一体なんだ?
あの、完全とは言えないが、リアルに近い「夢」。
既視感は全くない。
しかし、思い出すと寒気がする。
そうだろう。
夢とは言え、己から血が流出していたのだから。
「うっ…気持ち悪い…」
先の「夢」を細部まで思い出し、すると、吐き気を催した。
新崎は、窓の外ではもう日が高いところまで来ているのに布団に包まり、目を閉じた。
「う…うーん…」
しかし、うまく寝付けない…。
それはそうだろう。昨日は早めに寝たのだ。
確か、就寝したのは「10時」。
起床したのは朝の「5時半」。
これから導かれる就寝時間は「7時間半」。
「うわー、健康的…」
我ながらそう思ったが、さて困った。
あの「夢」が先の「レイオンズ・フィールド」の光景より色濃く鮮明に瞼を閉じれば現れるため、こんなにも眠気が失せているのなら寝るのは得策じゃない。
「しゃーない…」
新崎は何か思いついたのか、立ち上がり、
「朝の散歩でもしますか!」
と自室を出て、一階に降り、玄関の靴箱の上に置いてあった母の家の鍵を借りて、自宅を後にした。
外に出ると朝の冷たい空気が彼を包み込んだ。
ーーー気持ちがいい
彼はそれを愉しむため、軽く深呼吸してみた。
すると、その外気が彼の肺に入り込み、何か溜まってたものが取れたような気がした。
彼は
「よし…行くか」
歩き始めた。
太陽の暖かな日差しが新崎を柔らかく、照らす。
新崎はアスファルトの舗装された道路をゆっくり歩きながら、背伸びをする。
まだ、朝だ。
静まりかえっている街並みが物珍しく感じるが、同時に当然とも思う。
そんな街にそよ風が吹く。
その風は強くはなく、また、音もなく…だけど、存在感が抜群にあり、彼はそれも楽しむことができた。
実を言うと彼はこの風が小学生の頃から好きだった。
彼は小学生時代はいじめられていたこともあり、友人が殆どいないに近く、昼飯も、集団登校、下校等も1人だった。
そのため窓から、また、昼飯時も、外を眺め、樹々を揺らす風を見続けていた。
いつしかそれが日課になり、普通になっていた。
だが、今は一人ではない。
風を感じるのも好きではあるが、小学生の頃より身体に染み渡る感触はない。
それでも彼にとっては気分転換には最適なのかもしれない。
歩き続けて数分経ち、彼はとある公園の前を通りかかった。
「この公園は…」
寂れた公園。
明日、彼女…笹木 奈津と対話する公園。
新崎はその公園を一瞥し、
「明日…か」
昨日の決心、覚悟を再確認した。
そうしないと明日、不安感…何より恐怖で逃げ出したくなると思ったから。
正直、再確認できたからといって、淡いが心深くある恐怖や不安感が消え失せたわけじゃない。
だけど…それでも、こうすることで明日が幾分か楽になるのなら、とも考えた。
やがて、街に喧騒が湧いてきた時、
「戻るか…」
彼は帰路に着き、自宅に戻った。
そして……、いつも通りの土曜日を過ごし、夜。
リビングのソファで寛いでいる両親に「お休み」を言ったのち、新崎は自室に入り、電気を切って、直ぐにベッドに包まった。
目を瞑り…。
ーーーーーーーーーーーーーーー
気付くと、新崎はキャンプに戻っていた。
視界は暗い。
だが、軽く重量と熱を感じ、自分の腹に視線を移してみると、
「ああ、こいつか…」
スヤスヤと幸せそうに眠る龍の仔がいた。
新崎はクッと小さく笑い、そのふさふさとした毛並みを優しく撫ぜた。
と、子龍は気持ちが良かったのか「クー」と鳴きながら、新崎に己の頭を擦りつけてきた。
そうしていると、
「おーい、起きろ〜!」
とラースから招集の声がかかった。
ラースの招集の合図後、彼らはキャンプを片付け、直ぐに発った。
キャンプにしていた草原を渡り、森林を抜け、小川を渡り…。
そして、今。
霧が濃い、湿原をレイディアントは進んでいる。
暗く、寒い。
子龍は怖いのか、はたまた、寒いからなのか、新崎の肩の上でガタガタと震えていた。
新崎はそれをなんとかしようとあれこれ手を下そうとしたが、…その時、前方に蒼く…、淡く光る小さい「モノ」を見つけた。
それは宙に浮かんでいて、まるで、空中遊泳でもするかのようにゆらゆらと揺らぎ動いている。
新崎は不審に思った。
彼は良く見ようとその光に近づき、手を伸ばした。
すると
宙に浮かぶ、「火の玉」がそこにあった。
『……て』
微かに声が聴こえた。
「っ⁉︎」
彼は後ろを振り返り、その火の玉以外に声の主がいないことを確認する。
だが、新崎よりも前を歩くラース達には聴こえていないらしく、彼以外、気にもとめていない。
おかしい…、何だこれは。
『助けて』
「え…?」
今度ははっきりと聴こえた。
その「火の玉」が言ったのは明白だ。
だが、
『痛い』
『苦しい』
『焼かないで』
『抉らないで』
「…っ」
火の玉は次の瞬間には数を増やしていた。
そして、それらは…
『助けて』
助けを求め、悲鳴をあげている。
「う…あ…」
彼はそれに言いようのない恐怖を感じた。
ただ、恐かった。
怖気を感じ、背筋が凍る気がした。
耳を塞ぎ、足早に「火の玉」から背を向けた。
だが、そうしていても「火の玉」の群れが脳裏に浮かぶ。
彼は唇を噛み締め…、やがて、湿原を抜けた時、心の底から安堵した。
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2015/11/24 加筆修正