九章「土曜日」
新崎はその消えた先を呆気に取られたように見ていたが、やがて
「楽しみに…か」
呟き、空を見上げた。
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彼らが去った後、新崎らは半ば歩くペースをあげた。
短期間で目的地に着くためである。
何故か。
遠征を開始して最初の内にライバルが現れたなら、次には新手が現れる危険があるはずと結論付けたからだ。
隊長であるラースはそう言ったことには自らの経験上から学んでいるため、よく分かっている。
だから、急ぐのだ。
時間をかけず、早めに目的地にたどり着くために。
だが、彼は自分のチームへのペース配分を見誤らなかった。
それは何故なのか分からないが、彼が人をよく観察できるからと言うのがあるのだろう。
そして夜の休憩時間に広げたキャンプで新崎はラースと話していた。
いや、実際にはラースの話を聞いていた。
「なあ、新崎」
「はい?」
ラースは月明かりに照らされた雲の切れ間を見上げながら、新崎に問いかけた。
「遠征は楽しいか?」
「楽しい…ですか?」
新崎は彼がそれを聞く意味がわからず、一瞬考えたが
「ええ、楽しいですよ」
と頷いた。
するとラースは薄く笑い、
「そいつは良かった」
と言い、
「俺が…なんでこんな事聞いたか疑問に思うだろ?」
新崎は確かに疑問に思った。
「俺はさ、チームでの遠征をチームで楽しめてもらえたらいいと思ってる。……特に新入りのお前には、さ」
「え?」
新崎はその言葉に驚き、ラースの顔を見る。
ラースは
「自分の知り得ない場所の探索、敵との戦闘。
そして、何より仲間との旅。
他にも知識があれば遠征で成し遂げれることはいくらでもある」
と言って、笑い、
「確かに死ぬよりも辛い試練はそれに比例して数多に有る。…でも」
一旦言葉を切って、
「だからこそ、その積み重ねが帰った時に楽しいものになるんだと思う」
「ラースさん…」
「ま、個人的な遠征ならもっと気楽なんだけどな。…なんせ依頼だからね」
ラースはそう言って笑った。
新崎は
「そう…ですか。なんか…意外です」
「ん?何が?」
「だって…これ言ったらなんですけど、貴方には怖いイメージしかなかったから…」
と言うとラースは大袈裟に笑う。
「ふははははっ!…悪い悪い。…そんな怖かったか?」
新崎は最初に出会った時を思い出し、素直に頷いた。
「はは…まあな。でも人には二面性があると言う。…ただ、素はこっちだから大丈夫大丈夫」
ラースは笑いながら言った。
「そう…ですか」
新崎は
なら何故、そう言う貴方がギルドに入ったのだろう
と疑問に思った。
ラースは前に言った。
『自分のためにギルドに入ったのだ』
と。
そして、
『その「自分のためにギルド入った」と言うのは己にそれだけの理由がある』
とも言っていた。
新崎は一度考えてみた。
だが、いくら考えても答えが出ない。
そのため、聞こうとして口を開…こうとした時、ラースが立ち上がり、
「ところで、いつまであの龍の仔をバッグの中に詰めたままで居るんだ?」
と訊いた。
「はい?」
新崎は一瞬、ラースが何を言っていたのか分からなかったが
「ああ⁉︎…忘れてた!」
思い至ると顔面蒼白になり、
「ごめんなさい!…黙ってました!」
即座に腰を上げ、ラースに謝罪した。
「何を?」
「実はエルのバッグを借りて、その中に入れてました」
そう、あの龍の一件以来、ラースに内緒で長旅出来ない仔龍をエルに匿ってもらっていたのだ。
何故なら、それがバレれば、ラースが新崎に何をするかわからないからである。
今、機嫌が良くても、あの一件に関することだ。
またあの時のように…
「はあ…別にキレねえよ」
「……よ、良かった〜」
ブチ切れることはなかった。
ただ、心底呆れたような顔はしていたが。
それでも、新崎は胸を撫で下ろした。
本当、九死に一生を得た心持ちである。
しかし、
「でも」
「はい…」
ラースは言う。
「どうせ、最初から分かってたけどな」
と意地悪く笑いながら。
「はは…すいません」
新崎は苦笑し、
「あいつ、出してきます。…明日からは…」
「ああ、…頭数には入れておくよ」
とラースは告げ、続けて、
「しかし、まだあの龍は子どもだ。…成体になると身体を覆うはずのダイアモンドの鱗がない」
「はい」
新崎は頷き、
「ですので、極力戦闘には出さないという方針で」
と言うと
「ああ…分かっている」
ラースは頷いた。
そして、
「さて」
隊長は背伸びをし、後に
「戻って寝るか」
と新崎に笑いかけ、踵を返してキャンプの方に歩いて行く。
新崎は
「はい!」
と歩き出した彼の隣を走ってついて行った。
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真夜中の十二時。
新崎はキャンプに戻り、就寝前なのに、全力で疲れていた。
ラースと話終えたあと、エルがいるキャンプに向かったのだが、寝てすぐ起こされ寝ぼけているエルに必死に頼んで、彼女のバッグの中にいる仔龍を出してもらい。
その仔龍はバッグの中が息苦しかったのか出してすぐ、怒って、彼の手首に噛みつき。
そのままキャンプ近くの草原の茂みに隠れ、新崎が疲れ切るまでかくれんぼを続け。
見つけたと思ったら、今度は鬼ごっこ。
そして、今、両腕で抱っこしている仔龍が満足そうに眠っている。
新崎はその仔龍を忌々しげに見ていたが、やがて、
「このやろう…こっちは疲れてるってんのに」
と小さく苦笑し、
「夢の中で就寝か〜、はは…夢の中で疲れるってのもどうかと思うけど」
と一人呟きながらも、微睡みの中に落ちて行った。
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「……!」
闇の中で声が聴こえる。
「……き!」
それは微かだったが段々と明らかになって行き、
「新崎!」
自分を呼ぶような叫び声がしたと思うと
目の前には自分から流れ出る赤く染まった水溜りと、空を見上げれば
ギラついた太陽が新崎自身を照らしていた。
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「うわあああっ⁉︎」
新崎は叫びながら、飛び起きた。
すると、目の前にあるのは血の海ではなく、自分の部屋で。
己から流れ出るのは冷や汗だった。
やがて、チッチッと刻まれる掛け時計の音を聞いていると次第に動悸も収まり、新崎は近くにある目覚まし時計を見て、
「今日は…土曜日か」
と呟いた。