ちょwおまw
ガニパリヘルのHPが50%を切ったのだろう。
翼が生え、変色したガニパリヘルの攻撃モーションは熾烈といってもいい。
翼をはためかせ、飛翔し、火球を地面にいくつも降らせ、着地と同時に周囲を粉塵爆破。 遠距離に居れば咆哮が炎の竜巻となって襲いかかる。
俺はそれらの中をかいくぐり、ガニパリヘルに肉薄する。
連撃も激しさを増し、三連が五連となり、飛び上がりの回転攻撃まで加わる。
激しく地面が割れ、飛礫を飛ばし、ガニパリヘルは文字通り蹂躙するように暴れ回った。
だが、俺はその中をステップで走り、着実にダメージを与えていく。
そう、俺は気がついたのだ。
「部位破壊してねえ」
爪を丁寧に叩き砕き、尻尾こそ切れないがたてがみを叩く。
激しい攻撃、といってもこれの上位モブのガングリオン・ニザに比べれば攻撃モーションは低レベル用に少し遅く設定されている。
とはいえ、ガングリオン・ニザを相手にするにはステップだけじゃ厳しく他の回避スキルを組み合わせなければならず、これが限界といえば限界かとも思う。
それでも初見のチュートリアには恐怖に映ったのだろう。
「う、あ……ううっ!」
時折巻き起こされる衝撃に、呻くだけで、最早、ガニパリヘルの威容に圧倒されている。
――ただ、言いつけだけは守っていた。
俺は地面に落ちた肉を拾い、喰らいながら火球を避けるのに走る。
「食事モーションで動けなくなるモンハンと違ってストレスフリィィっ!早食い切ってよかったー!はじめっからねーけどー!」
長期戦によるスタミナ上限値の低下を防ぐための措置だ。
ラビラッツのカルパス肉(俺命名)を喰らいながら戦う俺はNPCの常識の範疇外なのだろう。
ガングリオン・ニザにしろガニパリヘルにしろここからがアタックチャンスが減るので時間が相当にかかる。
――それに最後の第3形態を考えれば、もっと大変になるだろう。
だが、俺はこのギリギリの緊張感の中、最高にハイになっていて忘れていたんだ。
IRIA積載NPCが自律思考を持っていること。
そして、第3形態が尋常じゃないこと。
「あ……」
ガニパリヘルの額をぶん殴ったメイスが砕け散った。
――武器の耐久度というものを。
ガニパリヘルの咆哮が響き渡る。
俺はギリギリでガードしてジャストガードで咆哮を堪え忍ぶと、第3形態に移行するガニパリヘルを見上げる。
全身が白色になり、炎の色が青く変色し、全身に魔法陣を浮かべたガニパリヘルはヒュルヒュルと唸りを上げ、静かに俺を見つめていた。
――その次の瞬間だ。
炎が地面から火柱となって吹き上がり、ガニパリヘルが残像を作る。
左右から挟み込むように襲いかかるガニパリヘルの攻撃をステップの無敵時間で避けるが、振り向き様の爪が思いきり跳躍した俺の足下を炎の衝撃を走らせて通りすぎていく。
――ここまではやばくなかったんだ。
俺一人を、狙うのであれば。
次に何が来るか、わかっているから。
HPが20%を切ったガニパリヘルといえど、一万を超える経験で熟知しているから。
――一本の矢が飛翔して、ガニパリヘルに突き刺さる。
俺は目の前が真っ暗になった。
◇◆◇◆◇◆
IRIA積載NPCは自律思考を持つ。
状況に合わせ、行動パターンを最適化し、自分で情報を組み合わせて新たなロジックを作って動く。
それが、どういうことかというと、『やれ』と言われたことを『やる』だけじゃなく、『こうして欲しい』というものを自分で判断し『そうする』 ことを覚える。
逆を返せば情報を与えなければ『勝手に』判断して行動するのだ。
「くぅっ!」
矢を放つチュートリアの方を向いたガニパリヘルに俺は凄まじく嫌な予感がした。
「『攻撃を止めろ』っ!『右へ逃げろ』!『逃げながら後ろへ下がれ』!」
俺は直接的な命令でチュートリアに指示する。
ガニパリヘルは頭上に法輪を展開し、炎の矢を扇状に放つ。
――俺ではなくて、チュートリアへ。
俺の直接的な指示で逃げたチュートリアは直撃は回避したが、ガニパリヘルのターゲットを確実に持っていってしまった。
遠距離攻撃はえてして前衛より大きい敵愾心をあおる。
俺は走るより速いステップを小刻みに繰り返し、一気にガニパリヘルに肉薄する。
後ろから素手と盾、蹴りの連打を叩き込み、奪われたターゲットを奪い返そうとする。
だが、俺は気が気でない。
この瞬間が一番、恐ろしいことを知っている。
――俺は敵のAIを制限して、戦っていたのだ。
プログラムとは『この条件』で『こうしろ』の連続なのだ。
そこにいくつかのパターンがある程度で、それら全てを理解していれば『この条件』を作ってやることで、『こうする』を誘導することができる。
遠距離なら火球、近距離なら爪、真正面に居なく、近距離横なら振りかぶり、背後なら振り向き噛みつき。
それらに条件毎に強攻撃モーションを織り交ぜるのが『攻撃パターン』だ。
近距離に立ち、爪を誘発する。わかるから、ステップで背後に回ることができる。
次に来るのが振り向き噛みつきで、横にどれだけ歩けば避けられるか、どこに頭が来るか。
わかるから、攻撃を先に『置く』ことができる。
ミスしないだけの『経験』を自分自身が積んできたから、戦える。
そこには『不確定要素』が無いからだ。
だが、しかし、他人が狙われた場合。
他人が『どう動くか』までの要素はわからないのだ。
ましてやIRIA積載NPCは人間に近い行動をする。
――それに対してガニパリヘルがどう動くかまではわからなくなる。
「『絶対に攻撃するな!』、『絶対に』だッ!」
そうして、チュートリアの行動を制限して、俺はじくじくと心臓を締め上げる緊張に身が凍りそうになる。
「焦るな、焦るなっ、焦るなよぉう……」
自分を言い聞かせる。
だが、次の瞬間こそが本当のデッドライン――
――『この条件』という条件が無くなり、『他のターゲットを狙う』という『リセット』された状態からの『行動』。
いくつもあるガニパリヘルの『アクション』を『見て』対応しなければいけない。
レベル差は絶望的、一撃もらえば即昇天のオワタ式。
加えて、ステップで移動したからスタミナが無い。
意識はしていない、だが、選択はしていた。
――リセット行動を、ジャストガードで凌ぐ。
「それのみが活路ぉッ!」
幸運と絶望が一緒になってやってきた。
ガニパリヘルの額が『青く』輝く。
「『デッドアクション』ッ!?」
――『デッドアクション』と呼ばれるエフェクト。
超暴力的な威力の攻撃の前触れエフェクトで、赤く輝くアクションの上位。
見せてくれた。
次のアクションを見せてくれた。
だが、耐久力を思い出した俺は絶望も覚える。
幾度も経験してきた上位モブの行動パターン、そして、この近距離、『この条件』でガニパリヘルの第3形態が取るべき『こうする』。
――炎の衝撃が幾重にも広がる。
盾を構え、ジャストガードのエフェクトが半円状に広がる。
いくつもの炎のタイミングでガードの意識を連続して繰り返す。
ごりごりと削られていく精神力。
やがて来る限界。
――周辺にまき散らす多重衝撃波による高威力、高範囲殲滅。通称『遠吠え』
攻撃回数の分だけ衝撃をジャストガードするタイミングもシビアだが、俺のMPが持つかどうかわからない。
だが、それよりも――
がりっ、と嫌な音がして盾が崩れた。
――盾の耐久力。
先ほどまでの戦闘で削られた耐久からこれくらいが限界かと思っていた。
まさかもって今の瞬間かよとも、思う。
次に来るトドメの広範囲粉塵爆発からはこの位置からでは走っても逃げられない。
ガードするにも盾がぶっ壊れた。
俺は、最高に最高の絶望って奴を味わっていた。
◇◆◇◆◇◆
衝撃が過ぎ去れば、そこには脱力したガニパリヘルを殴る俺が居た。
生きていることが、自分でも奇跡だと思う。
届くかどうかも微妙だった。
できるかどうかも微妙だった。
アナログ最悪、デジタル最高、死ね運営と叫びたい。
『デッドアクション』の直後の僅かな隙に、俺は距離を取り粉塵の中笑っていた。
――ジャストガード中に僅かに回復したスタミナでステップして絶対アンチの爆発中心点に飛び込む。
遠く離れたチュートリアが愕然としている。
驚け、驚け、俺も驚いている。
――一万回戦った上位モブのガングリオン・ニザ相手にもやったことは、ある。
その時だって、何発かはもらったりしたし、完全ジャストガードなんか数えるくらいしか成功していない。
逆に向こうは攻撃モーションが速いから、ステップの無敵時間でいくつもの攻撃判定を飲み込めたりする。
ステップでいつも中心に逃げてたけど、距離が近すぎると爪にやられるから距離が届かなかったことだってしばしばあった。
だが、初期レベル近い状態でこのギリッギリの状況でやれたことに奇跡を感じる。
俺は回復したスタミナに任せ、再び、暴れ出したガニパリヘル第3形態と渡り合う。
稲光、炎、粉塵突撃と多彩な行動パターンだが、その僅かな隙を打撃し、長い、長い時間をかけた。
長かったし、ひやひやすることも何度だってあった。
だけど、最早、ガードという選択肢が無くなった俺にゃ、考える必要がなくなって余裕になる。
最後の最後、ガニパリヘルが大きく首をもたげ、甲高い咆哮を上げ、光の柱となって空に伸び上がる。
そのどこか神々しい光景に俺は五時間に渡る長い長い戦いが終わったことを知る。
「――ォォォォォ――ォォォォォォン……ぉ…ぉ………ぉ……」
光の残滓が降り、俺はようやく終わった戦いに緊張をゆっくりと解き、こみ上げる感動を胸に溜める。
空が晴れ渡り、清々しい風が吹く。
光を取り戻した太陽が気持ち良い。
吹き流れる風が緑の絨毯に影を作り、草が擦れ、盛大な音を運ぶ。
そうして、俺は勝った感動を腕を突き上げ叫ぶ。
「完ッ全ッ勝ッ利ィィィィィイイイヤァァッ!」
飛び上がり、俺の身体が光に包まれる。
――レベルアップエフェクトだ。
空中に舞う俺の回りを光が舞い、天使の羽が散り、ファンファーレが鳴る。
みなぎる力といい、強敵を打ち倒した感動といい、最高にハイって奴だ!
遠く、チュートリアが一筋の涙を流していた。
感動しているのは俺も同じだ。
俺は誰かに自慢したくて、それでも誰もいないからチュートリアに自慢する。
「どやぁっ!?」
大人げなかろう?大人げなかろう?
だが、わかるかね?撤退イベントを初見でねじふせたこの快感がっ!
「見たか運営っ!開発っ!これが廃人って奴だっ!」
俺は声高らかにそう、叫んだ。
◇◆◇◆◇◆
『チュートリアの日記』さんがつにじゅうよにち つづき
まちにいくとちゅう、らびらっつをたたきころした。
ぐれいばんびすにおいかけられたけど、へんたいがなぐりころした。
どんきをてにいれて、いっぱいちまつりにあげた。
まおうのいりあがあらわれ、がにぱにへるがきた。こわかった。
にげようといった。だけど、へんたいはたたかった。
へんたいはへんたいだった。
かっこよくて、すごくつよくて、がにぱりへるとたたかってた。
どんきもたてもこわれても、あきらめなかった。
たすけようとしたら、おこられた。
がにぱりへるがつよくて、へんたいがしんだとおもった。
いきてた。すごいきせきだとおもった。
がにぱりへるを、へんたいがたおしたとき、ほんとうに、このひとがゆうしゃだとおもってないてしまった。
わたしはゆうしゃとともにいれる。
こういうひとを「はいじん」というらしい、かみさまなのかとおもった。
ありがとう。
そして、へんたいはまちにくると、またはだかにもどった。