薄型テレビを斜め四十五度から力一杯叩くと、台から落ちて割れる。
みんなの顔がなんかおかしい。
やっぱり疲れてるのかなー。
俺、昔居たブラックな現場でこんな表情見たことあるで。
死体のようにもそもそと食事を食べる少女達を前に俺は一人、ぽちぽちとヴォーパルタブレットを弄りながら飯を食べていた。
家の横で寝そべるデッテイウがどこか呆れたように俺を見てため息をつき、首を左右に振る。
「んー、みんな疲れてるねー。きちんと寝たかー?睡眠不足はレベリングの大敵やで?毎日無理なく目標を持って。これ、大事なことなんやでー」
俺がせっかく素晴らしくいいことを教えてあげているというのに誰一人聞いてはいないご様子。
エルフの族長――ウィンミント・ショートフォイルに至っては視線すら定まっていない。
どれ、ちっくらからかってみるかぬ。
「ウィンミントちゃんや」
ゾンビのようにゆっくりと俺の方を向くウィンミントに俺は面倒くさそうに告げる。
「もっぺんサシで遣り合って俺を倒せたら、手を出さねえでやるよ。もは信じる気もねえだろうが、これっぱかしは本当だ」
ウィンミントはもう、完全に、ポッキリ、バッキリ、ベッキベキに心が折れてらっしゃる様子で、食事を半ばに杖を手に取るとのろのろと家の前に立った。
最早、皆、俺のやることに何を言うでもなく視線を逸らす。
「レベル70台で上位スキル持ちだろ?50カンストの俺くらいなら楽勝だろ?英雄に人間は勝てません、そう言ってたもんなー」
俺はインベントリに装備を仕舞い、ズボンだけを履くとウィンミントの前に立つ。
――装備無しという状態だ。
「ハンデ付てやんよ。装備無し状態でやってやる。俺を倒せば気絶なりデスペナなりすんだからどっか遠くまで逃げることくらい楽勝だろうよ」
俺はコキコキと首を鳴らすと、静かに腕を開いた。
「さぁ、来な?気紛れだが、俺がお前に与えてやれる唯一のチャンスだ。これを逃したら次、いつ気紛れが起きるかわからんぜ?」
ウィンミントはどこか濁った瞳で俺を睨むと静かに呪文を詠唱した。
「――ウィンドサークル、ファイアボルト」
――自分の周囲に範囲魔法を展開しての誘導魔法。
鉄板とも言える対人戦の布陣を広げ、俺に伸びる火炎の矢が唸りを上げる。
俺はダッシュで炎の矢の旋回半径の中に逃げ込むと、ウィンドサークルの手前でステップを踏み、風の刃が消えるのを待つ。
「――サンダークラップ、アースファング」
対象中心の範囲魔法と自己寄りに展開したターゲッティング地点中心の範囲魔法。
――しかも、上下から挟み込むようにエフェクト発生する避けづらい布陣。
俺は稲妻ステップを刻み、それらの範囲を一気に抜けると、ゆるゆると歩いてウィンミントの前に立つ。
「……あ」
――小技とはいえ、詠唱にクールタイムが存在する。
「まだまだやな?」
「――フレア――」
詠唱を始めたウィンミントを『ホールド』して無理矢理に詠唱を中断させる。
そして、一度、『ホールド』を解き放ってステップで背後に回り、背後から『ホールド』をかける。
――『ホールド』派生の技は『ホールド』をかけた位置で変わってくる。
細い首に回した腕に力を込め、ぎりぎりと首を締め上げる。
「――ウィンミント、四系統魔法を巧みに使うお前の職はソーサラー系上位の『エレメンタルマスター』に間違い無いだろう。火力系最高峰の『ウィザードリィ』とは違い、様々な種類の魔法を放つことができるソーサラー系の防御派生型――」
詠唱をされない程度に力を込め、俺は耳元で静かに教え込む。
「エレメンタル系召還を使わないで詠唱スロットを塞がないあたりの判断は上手いといえよう。魔法職は優遇職と言われているのはその大火力でもって敵を挽き潰すからだ。さて、ここで簡単な質問だ」
首を絞める腕を緩め、息を荒くつくウィンミントに俺は尋ねる。
「――ここで言われる『敵』とは何だ?」
最早心が折れているウィンミントにはその質問に回答できるだけの能力はなかろう。
俺はウィンミントを投げ飛ばし、ごろごろと転がる少女に告げてやる。
「――それは、モンスターのことだ。高耐久力ではあるが比較ワンパターンな行動しかしないモンスター相手に確殺を取れる火力。それがレベリング、ダンジョン踏破といったコンテンツを喰らう上でソーサラー系が優秀と言われる理由だ」
ゆっくりと起き上がる少女に歩み寄り、俺は見上げる少女にどこまでも酷薄に告げてやる。
「しかし――サシの対人じゃ最弱なんだよ。お前じゃ俺に、永遠に勝てない」
「――はい」
俺はウィンミントの頭を小さく撫でるとそのまま背を向けてテーブルに戻る。
虚空にマテリアライズしたベルトを体に巻き、ガントレットをつけ、どっかりと椅子に座るとグリーヴを履く。
最後にジャケットを羽織ると力なく項垂れるウィンミントを一瞥して残った朝食を執る。
「……エレマスで対人をやるにゃ、お前さんの思考パターンは全然洗練されていない。だから格下の俺にすら轢き殺され続ける。相手の取るであろう手段を熟知し、その上で読み合いに勝ち、相手の動きを作るような戦い方ができない限り――俺に勝つなんて永遠に無理だ」
――これでまだ逃げるようであれば轢き殺し続ければいいし、服従するならエルフの指揮を任せればいい。
逃げるにしたって全く手応えが無いもんだから、少しっぱかし親切心で『エレメンタルマスター』の心得を教えてやったのだが、果たして楽しませてくれるものか。
「心が完全に折れてちゃ、反応鈍いモンなー」
――ファミルラじゃあ『中身』が逃げたIRIAを殺すだけ殺し回った挙げ句、心が折れて反応を返さなくなることが多々あった。
無反応になれば許して貰えると思えば大間違い、PKプレイヤーは相手が発狂するまで叩き殺すのが仕様なのだ。
「ちょっとちょっとロクロータさん。夜になっても帰ってこないモンだから、見にきてみればこれ一体どういうことですのん?テンガがわけわからんくらい騒いでるからちゃっばいことになってるのかと思って今北産業」
気がつけばキクが居た。
その足下にはテンガがしがみついて泣きそうな顔をしていた。
皆が一様に沈んだというか精神を病んでしまった顔をしているもんだから心配されているのであろう。
「で?何したん?」
俺は端的に応えてやった。
「呼吸」
どこか余裕然として応える俺にキクさんは全てを察してくれたようだ。
「ああ、うん……そういえば、あんたってそういう奴よね。ご愁傷様としか言いようがないわ」
空いているベンチに座り込み、どこか遠い目をするキクにチュートリアやマノアがはらはらと涙を流し、泣き喚く。
「キクさぁぁん!ますたーがぁぁあ!ああぁぁ……あああぁっ!」
「同じレジアンなら、止めてくれるッスか!お願いしますっ!これ以上は、これ以上はぁぁあっ!ああっ!」
「……ザビアスタビーストの長としても頼む。我らが同胞を好きに使ってくれても構わない……私の親友を……助け……ひぐっ……助けてやって欲しいぃぃ」
ガチで泣き喚く連中を見てキクさんがどこまでもどうでもよさそうに告げる。
「でもまだ一日目よね?ちょっと根性足らんのとちゃうん?」
びしりとNPC共の泣き顔が凍り付く。
そういえば、キクも俺の被害者であったことを思い出す。
「こいつ放っておいたら一ヶ月以上寝ないで殺し続けるわよ?んで、大変なのが殺すと決めたらどんな方法取っても懐柔は無理ってことね。相手が破滅するまで徹底的に殺し続けるし、私もぶっちゃけ自宅バレまでしそうになったから頭おかしくなって、一週戻って正常になれたわ」
「被害者代表は言うことが違うわー。俺、優しいからそれ黙ってたんよー?言っちゃったらこの子ら泣いちゃうでしょー?」
「さくっと言っちゃいなさいよ?どうりでエルフが散発的に襲撃してきたりビーストが襲撃してきたりする訳よねー。クエスト絡みで赤いのが来てくれてて、今、防衛してくれてるけど、ぶっちゃけあんたの仕業だってわかって張り倒したいくらいですわー」
「それは俺、やられちゃっても仕方ねーわなー。やり返すけど。どや?キクさん久しぶりに全裸で踊るまで俺に殺されてみねーか?」
「本当にPKプレイヤーってクズすぎて頭禿げるわー」
どっかりと座ってサンドイッチに手を伸ばしがつがつと喰らうキクさんに俺は小さくため息をついて煽ってやる。
「相変わらず女子力低い食べ方ですなー。もそっと慎みを覚えればいいのに。食べられたサンドイッチさん達もキクさんのゲリ穴からただ出されるだけとか、可哀想すぎて涙ちょちょぎれますわー」
「うるっさいわね。あんたこそ何遊んでんの。こっちも予定組んでんだからきちっと仕事して欲しいわー。仕事もしないで遊んでるとかそれでお食事食べれると思ってらっしゃるん?営業さんは裏方で支えてくれてる人の分も稼がないといけないから給料分以上に実績出さないとゴミッカスのお荷物野郎なのよ」
「やめてー!キクさんやめてー!死んじゃうからやめてー!」
発狂したチュートリアが訳のわからないこと言ってらっしゃる。
ウィンミントちゃんなんか最早、キクさんを尊敬の眼差しで見つめてらっしゃる。
「俺かて、仕事してなかった訳ちがうのでございますよ?エルフの村に挨拶に行ったら襲撃されて、一言物申しに言ったらアレですよ。襲われそうになったから反撃したら、なんかエルフとビーストに追いかけられた次第なのでございますよ」
「ふーん、で?人材いつ来るん?経過はどうでもええのんですよー?ロクロータさん。物事大事なのは結果でございましょう?相手のHP0にしないと相手は死なないんでございましょう?」
「ダメッス!幸運の神のレジアン!あんたの幸運が振り切れてても師匠に刺されてまいまッス!お願いッス!もうやめてー!」
マノアも頭がおかしくなってもうた。
「ビーストはコレに言えば手伝ってくれるはずやで」
俺は傍らで震えている狐ッコを指さす。
「……ココ・ナ・ツパレットだ。幸運の神フ・ナムシーのレジアン、色々と尋ねたいことはあるが……街の建造に我が一族を使いたいのであれば了承しよう。しかし……」
「大丈夫よ。ブラック領主やると反乱が怖いからその辺りは心配しないで。みんな集めて村に来て頂戴?お仕事は一杯あるんだから」
キクさんはサクっとまとめると、奥に居るウィンミントに視線を移す。
「……で、あっちは上手くいかなかったんだ」
「そ。だから今ぱっきりと心を折ったところだから、これから追い込むツモリー」
「「やめたげてー!もう、やめたげてー!」」
チュートリアが豆腐メンタルなのは理解していたが、マノアも存外豆腐やな。
キクさんが大きくため息をつくと、にこやかに笑ってくれる。
「あっはっはー。無理無理。PKプレイヤーってアレだから。殺したくて殺してるんじゃないから。嫌がらせの方法の一つとして殺してるから。相手が嫌がれば別に殺すだけじゃなくても何でもするわよ?……そだ、ロクロータ、他のエルフ達が結構殺気立って村に来てるのよ。ちょっと駆逐してくんない?赤いのが今は居てくれるけど、狩りに行くーとか言い出したらちょっと手が足りないのよねー。面倒だから金出してエルフ狩りのクエストでも出してやろうかと思ってるくらいに邪魔ですのん」
「全部ぶっ殺せばいいん?俺、得意やでそういうの」
俺がそう呟くと、突然、ウィンミントが笑い声を上げた。
「―――ぐるっぷぎゃらるあぁぁぁ!ばばばばっばばばば!」
人のものとは思えない発声の笑い声。
これが本当の『顔を真っ赤にしてプギャーする』という奴だぜ。
頭がも一度狂ったようだ。うんむ。良い傾向。
「ロ、ロクロータ様ぁ!エ、エルフは皆、あなた様にち、忠誠を誓います!ど、どうか犬畜生のように扱って下さい!は、ははは……あはは……あぁ……あぁああ!」
どこか濁った瞳で浮かべる怖い笑顔だが、まだまだ追い込みが足りませんぬ。
笑ったまま泣くとか器用な事をしてくれるが、まだ泣けるって事は全然追い込みが足りませんわー。
「ふんむ。壊れたな。俺の世界には斜め四十五度から力一杯叩くと直るという格言があってだな、どれ……」
「「やめてー!もうやめたげてー!」」
みんなが泣いて引き留めるもんだから、俺もどうしようか迷っていたのだがキクさんが大きくため息をついて俺を小突く。
「あんたいい加減にしなさいよ。結果オーライだからいいじゃない。いつまでも遊んでないで他にして欲しい仕事も一杯あるのんですよー?」
俺はどこか名残惜しそうにウィンミントを見つめるが、ウィンミントは生気の無いどこかうつろな瞳で俺を見て首を傾げてにこやかに笑う。
「……ご主人様、どうか、私を可愛がって下さいぃぃ!わん!わ、わん!はっはっはっ♪わん!わ、わわん!わぁぁぁぁぁぁぁあああ……ああぁぁ……えぐっ……ああぁ……」




