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廃神様と女神様Lv1  作者: 井口亮
第2部『二つの太陽編』
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広大なフィールドも飛べば簡単に一回りできるということ。

 首を痛がるチュートリアだが夕刻には俺と赤い竜はキクの店を出ることにした。


 ――イリアのアイテムの効果は一日一回、1時間が限界らしい。


 1時間といえば相当な時間だが、使うのがこいつらなので使いどころが難しくもあるし、使い道もまた、難しい。

 正式にパワーアップ、とは言い難いがどこかで選択肢にはなるのだろう。

 キクにはまだ街で必要な資材の買い出しと継続出店の手続きがあるから二日くらい遅れるという話だった。

 だが、これからはより効率的に『作る』ために俺も赤い竜も、キクもソロが中心となる。


 「竜――くれぐれも死ぬんじゃねえぞ?」

 「ん?ああ、危ないなぁと思ったら呼ぶよ」


 どこまでも気負わない赤い竜とは対照的にシルフィリスが俺に小さく頭を下げてくれる。

 シルフィリスが燐光に包まれ、ドラゴンの姿へと変貌すると赤い竜は悠然とまたがり軽く腕を上げて俺に応えた。


 「……あっちゃんの話が本当だとすると、もう一度、クエを進めてみる必要がある」

 「わかってると思うが、お前さんのクエストは討伐系だ。依頼系でこの難易度だからな?助け呼ぶのに躊躇する必要はねえんだからな?」


 赤い竜はどこか柔らかく笑う。


 「――あっちゃんはいつも人の考え方や意識の温度を気にして声をかけるよねぇ」


 赤い竜に指摘され、俺はどこか面はゆく顔をゆがめた。


 「大丈夫だよ。コンビだろ?――心配させるようなことは、しないよ」


 静かな領域で繋がる意識の感覚が安堵をくれ、俺は肩をすくめてみせる。

 それだけで通じ赤い竜は俺に背を向ける。

 シルフィリスが翼を大きく広げ、羽ばたこうとした時、赤い竜は振り向いた。


 「それより――あっちゃんこそ無理をしちゃダメだよ」

 「あん?」


 赤い竜はいつもの茫洋とした瞳ではなく、どこまでも鋭い瞳で俺を射貫く。


 「これは『ゲーム』なんだ。あっちゃんの悪いところは『甘い』ところなんだ。わかってて情をかけちゃうから負ける」


 ――俺は一番、そう、一番痛いところを赤い竜に抉られる。


 「それが良いところでもあるけど……間違えたらダメだよ?」


 赤い竜こそ人の意識や温度を見極めて必要な言葉を置く。

 それは俺が教えたことでもあるが、だが、俺以上にその真意を理解していた。

 大きく翼をはためかせ、大空へ飛び立ってゆくシルフィリスと赤い竜の姿を見送り、俺は小さくため息をつくとジャケットの襟を正した。

 剣の柄に吊したスプリットヘルムが陽光の中、鈍く輝く。

 傍らに立つチュートリアはどこか神妙に俺の横顔を覗いていた。


 「……行って、しまわれましたね」

 「ああ」


 幾多の戦場で肩を並べたことはあった。

 だが、同じ熱を共有し、同じ景色を見つめ、同じ死線を潜った相方が離れてゆくのを見てどこか一抹の心細さを感じているのも事実だった。


 「なんか、寂しいですね」

 「寂しくなんか、ないさ」


 プロフテリアの周辺マップはレベリングラインに沿って踏破ってきたが、これからはイベントやコンテンツを中心に探索していかなければならない。

 そのために、『DragonHeart』の城塞を築かなければならない。


 ――マゾいと言われる生産系コンテンツだ。


 大量の人が協力してできる村や町を作っていかなければならない。

 あいつにはあいつのやるべきことがある。

 だから、俺には俺のできることを精一杯やらなくちゃならない。

 互いにどこまでも信頼するコンビだからこそ、お互いが別の場所で互いに恥じぬように頑張らなければならない。


 「さて、と……行こうかや」

 「はい」


 セット購入特典――竜車の御者台に座り込み、俺はプロフテリアの正門を後にする。

 物悲しく歩を進めたのはこれで何度目だろう。

 踏み出した一歩がどこまでも不安定で泣きたくなる。

 どうしようもない現実と、どうにかしなくちゃならない重圧が胸を締め付ける。

 だが、前へと進むことを辞めてしまったら自分は挽きつぶされてしまうから。

 柔らかく凪ぐ電子の世界の風が俺の郷愁を撫でてゆく。


 「ねえ?マスター」


 赤銅色の空が薄く闇を帯び、星々が煌めきはじめチュートリアは語る。


 「マスターの世界にも、星はあるんですか?」

 「あるさ。名前がついていたり、星座という名前の……神様が居たりする」

 「星々が人に加護をくれたりするんですか?」

 「……そう信じられてるみたいだよ。だけど、俺達の世界の神様ってのは意地悪でね。どうにもこうにも人の不幸が大好きらしい」

 「意地悪……なんですかね?」

 「じゃなきゃ、俺はこんなところに居ねえよ。頼むよ神様。俺を元の世界に戻してくれ」


 どこか落ち込んだチュートリアが竜車の窓から身を乗り出し、風に跳ねる巻き毛を抑える。

 お互い、何も喋ることがなくなり俺はどこか気まずい沈黙を破るために言葉を継ぐ。


 「……イリアステラってのはどんなところなんだ?」

 「え?」


 俺の質問の意味がわからなかったのだろう。

 正しくは俺も最近知ったばかりの単語だ。


 「世界から切り離され、イリアとして転生し力を得る魂の楽園『イリアステラ』。どんなところなのかなと思ってな?」

 「……どこでそれを?珍しいですね。マスターが私に何かを聞くなんて」

 「いいじゃねえか。ウィキを見れば載ってるよ……ただ、まだ行けない場所だからな」


 魔王の書から得た知識だ。

 だが、これは今、明かす訳にはいかない。


 「そうですねぇ……実は、私もあんまり記憶が無いんです」


 どこかはにかむように笑うチュートリアの笑顔が灯した明かりの中で輝く。


 「私も、シルフィリスも……この世界でイリアに選ばれた人達が必ず集まる場所です。私たちはそこで神様としての力や知識を授かるんですよ」

 「……自分の『名前』と引き替えにか?」


 俺は迂闊だったかと思ったが、チュートリアはどこか寂しそうな顔をして頷いた。


 「はい……イリアとなれば世界の時間から切り離され、未来永劫年を取ることはありません……だから、ちょっと寂しくなりますね」


 無理にでも笑おうとするチュートリアが色んな意味で痛々しい。


 「でも、私たちは希望なんです。みんなの、希望。私たちが神様となって……世界のみんなを助けてあげられる……それって、素晴らしいことだと思います」


 それが素晴らしいことだというのを理解していない訳じゃあない。


 「オーベン城要塞のエルドラドゲートはプロフテリアの多くの人達を苦しめました。魔王の残したエルドラドゲートの封印が解かれ、今、世界中の多くの人達が苦しんでいます。私はかつて戦女神コーデリアが行ったように、世界中の人々を助けてあげたい。戦女神のイリアとして顕醒した私の……正しい勤めですから」


 それを本当に、正しく、全ての汚濁を飲み込んだ上で最後に吐き出すならば。


 「……そんな簡単なモンじゃないだろうに」


 俺は自分の境遇を重ねて、呟く。


 「親兄弟と引き離されて一人ぼっちにされた挙げ句、お前さんみんなが年老いてバタバタ死んで行く中、ずっと一人で見つめていかなきゃならないんだぞ?その覚悟はあったのか?」

 「覚悟があったかと尋ねられたら……正直、わかんないです。今でも……答えがでません。ですけど……正しく世界が平和であればいいなと思います」

 「平和だよ。十分以上に平和さ。魔王だかが地上を侵攻している今だって……平和なんだ」

 「ですけど、村を焼かれ、親を殺され、泣いている子供も居ます。そんな子供が居ないように願うのは……ダメでしょうか」


 どこか哀願するように呟くチュートリアに俺はいつものように笑う。


 「悪かないさ。ご大層に立派、涙が出るよ……だがね、俺が居た世界は魔王も居ないし魔物も居ない。それどころか誰だって使える魔法のアイテムが盛り沢山。大きな戦争だって無いお前の言う『平和』な世界だったよ。だけど……親が子を捨て、子が親を殺し、人が人を当たり前のように騙していた。それと同じだけのいいことも当然ある。だけど……結局、どこまで行っても満たされないんじゃねえかな……だとしたら、この世界も俺の世界から見れば『平和』だよ」


 チュートリアは目をしばたかせ、俺の横顔を見ていた。


 「……マスターは、そんな世界でも帰りたいのですか?」

 「俺が生まれた故郷だよ。俺が本来、戦わなくちゃいけない世界だ」


 置いてきた家族のことを思い出してしまう。

 アホで、線が細いくせに空回りして泣いちまう頼りない母親。

 威厳があって、誰よりも父親らしい、肝心なところで臆病になってしまう父親。

 まだまだ親への甘え癖が残っていて危なっかしい妹。


 ――独り立ちできてそうで、地に足のつかない、甘ったれた俺。


 「……お前は、幸せになれるのか?」


 俺はもう一度、帰ることができるのだろうか?


 「家族も何もかも捨てて、世界が平和になって、幸せになれるのか?」


 しみったれた、くそったれしか居ない、だけど、どこまでも厳しかったあの現実に帰ることができるのだろうか?

 チュートリアはどこか寂しげに俯くと、静かに呟いた。


 「私は、きっと、最後に幸せになるんだろうなぁ……」


 ゆるふわドリルの頭の中はいつまでも平和でした。

 俺は小さく溜息をつくと幻想的なまでに綺麗に広がる星空を見上げ、目を細めた。


 「……俺ぁそんなのゴメンだね」


 追ってくる見えない壁はやがて追いつき俺を挽き潰す。

 足を止める訳にはいかない。

 どこまでも、どこまでも走り抜け、俺が挽き潰さなければならない。


 「誰しもが幸せになれる権利がある。幸せになれる努力ができる――だけど、他の誰かが俺を犠牲にして幸せになるツモリなら――そいつらを叩き潰して俺が幸せになる」


 チュートリアは小さく笑う。


 「マスターらしいですね」

 「……世界や神様ってのはそれほど俺達を気にかけてくれてる訳じゃあないんだ。自分で幸せになるしか、ねえだろが」


 新しく決めた覚悟の元、俺はチュートリアにそう教えてやる。

 だが、これはどこかわかってんだかわかってないんだかわからねえ微妙な笑顔ではにかむだけだ。

 どこまでも、頭の中がゆるふわで困ったモンだよ。


 ――相容れない情景の一端を交わし、俺は再び前を見た。


 力むでもなく、ただただ、走るために。


 「ご主人?今日はどこまで走ればいいんですかね?」


 どこか気の抜けたデッテイウの声に屈託無く笑い、俺は手綱を緩める。


 「エクスブロ火山は前に飛んだな?あそこをぐるりと回れればいい。明日、朝一でぐるっと回るんだ。お前の好きな場所で止まろう」

 「その……好きな場所というのがわからないんですよご主人?」

 「どこでもいいさ」


 焦っている自分を理解して止めてくれる友は隣に居ない。

 だからこそ、自分で緩めて苦笑してみせる。


 「寝心地が悪い場所でしたら行って下さい。どこか景色のいいところにでも」

 「おう。危なっかしいモンスターが来たら呼べよ?俺ももうちょっとしたら中で休む」


 俺は造りのいい御者台に寝そべり、空を眺め、覗き込んで来るチュートリアをからかうことにした。


 「なぁ、チュートリア。俺、すんごいこの世界で不思議なことがあるんだ」

 「なんでしょう?私でわかることですか?」

 「俺、この世界に来てからオナニーしてないんだ。病気じゃねえかな?ところでお前もオナニーとかすんの?」


 もの凄く沈痛な沈黙が訪れてしまったのは何故でしょうかね?

 いや、結構、この不思議、重要だと思うんだが。

 顔を真っ赤にするチュートリアが途端にやかましくなる。


 「今、この流れで言う話なんですかそれっ!病気かどうかで言われれば病気ですよ頭の!というかそれは私に魅力が無いってことをバカにしてるんですかっ?それともセクハラをしたいだけなのかわかりたくもないですよ!」

 「結構重要なことだぞ?男にとっては死活問題だ。で?オナニーしたことあんの?」

 「私のお、おな……それがどおして死活問題になるんですかッ!私の性癖を暴露しないと死んじゃうなんてそれこそ病気ですよ!問題抱えたまま死んでしまえっ!」

 「自意識過剰なんじゃねえの?別にお前がオナニーしようがしまいが誰も死なないから安心しろよ。つか、見られたい願望でもある訳?つか、俺が聞きたいのはこの世界に性欲が果たして存在してるかどうかで俺ひょっとしたらEDになっちゃったんじゃないかと心配してる訳なんだが」

 「真剣に悩む問題そこっ!?そこなんですかっ!?今、世界がどうとか幸せがどうとかって話をしたばっかりですよね?ね?マスターの幸せってそんな程度のものなんですか!」

 「いやだって、大事だろ?この問題スッキリしないとほら、アレだよ。色々スッキリしねーよ。お前のマスターのマスターべーションの話をしてるわけであって」

 「自分で今上手いこと言ったと思ってますよね?よね?上手くもなんともないですからっ!今日はわ、わたし外で寝ますっ!ぜ、ぜったいに近づいて来ないで下さいねっ!」


 さて、十分にからかったところで叩いてやるか。


 「いやそうしたいなら断らないで勝手にすりゃいいじゃん?それ何?外まで出て来て俺に青姦しろって誘ってんの?無理やわーそれ俺のレベルキャップ越えてるわー。お前じゃ勃起しなかったから大丈夫だ。今までも、そして、これからも」


 ◇◆◇◆◇


 大空の中、デッテイウの背に跨り大空を旋回する。

 叩きつける風が後方に走り、俺の腹に手を回すチュートリアのドリルをばさばさとなびかせる。

 俺は翼を広げ滑空するデッテイウの角度をさらに傾け、流れていく雲の合間から見える地上を横目で見下ろした。

 火山の麓には富士山の樹海のより深く険しい森林地帯が広がっていた。


 「エクスブロ火山の麓のザビアスタ森林地区ですっ!」


 俺の後ろでチュートリアが大声で伝えてくる。

 流れる風の音で大きな声で叫ばなければ声が伝わらない。

 エクスブロ火山の南の丘陵地帯に臨むザビアスタ森林地区には上空からでも何本かの道が走り、森林内に点在するいくつかの集落へと通じていた。


 「この森には昔から住んでいる人間と後から入ってきた人間!そして、昔から住んでいるエルヴンという半妖精やビーストが集落を作っています!」

 「エルヴンは魔法特性、ビーストは前衛特性を持った後期追加種族だもんな」


 ビス子をもふもふしてみるのもいいかもしれんと思うものの、目下の目的の為の視察をしなければならない。

 ザビアスタ森林地区はエクスブロ火山の南東側、つまりプロフテリアに面した山麓を取り囲む森林地帯であり、あまり、経験値的に美味しいモンスターが居る場所ではない。

 ただ、木材や野草、特殊なモンスター素材から生産職にとっては美味しい地域となっており、俺のようなレベリングプレイヤーはザビアスタをすっ飛ばしてマンダルア高原でのレベリングに勤しむようなレベリングコースになっている。

 しかし、今回はこの森林地帯を完全に掌握する目的で視察している。


 「……村の位置は……やっぱ変更されてんな」


 ザビアスタ森林地区の中にはいくつか人が作った集落と思われる開けた場所が点在している。

 それらがなだらかな丘陵に広がる森林の中を切り開いた山道で繋がり、生活圏を築いているのだろう。


 「このあたりの村は700年前の災厄の時にプロフテリアから落ち延びてきた人達が住んでいます。プロフテリアでも管理されていなくて、言い方は悪いですけどずっと放置されている集落です」

 「700年も放置されたらそれこそそこそこの文明を作っててもいい気がするんだがな」

 「モンスターが多いというのと、エルヴンやビーストの集落が多いからでしょうね。実質、人が住んでいる集落はビーストやエルヴンの集落から見たら半分以下ですし。上からではわからないでしょうけど、エルヴンやビーストは森をそのまま利用して集落を作りますから」

 「あれ、アスレチックみたいで楽しいんだよな。ナイト職は装備外さないといけないけど」


 ビーストやエルヴンの街は巨大な木々を利用した集落の造りになっていて、家捜しするのに枝の上を飛び回らなければならなかったりする。

 上空から大まかな位置関係を把握し、南東の街道からのルートを算出する。

 取るべき村の位置を把握し、点を線で結び、面でもって抑えてゆく。


 「デッテイウ、そのまま北西の方向に旋回してくれ。エクスブロ火山山頂付近には近づくなよ?ワイバーンの巣窟になってるからな」

 「あいさー」


 ほぼ真横、90度までバンクしたデッテイウが旋回し、横殴りの風を受けながらザビアスタ森林地区の北東側の切れ目を見つける。


 「フルフ渓谷ですね。北東側は切り立った断崖になっていてその下をフルフ大河が流れていて、海に流れています」


 雲の谷間から巨大な断崖絶壁が覗き、吹き出す飛沫が静かな霧を作り蕩々と噴き上がっている。


 「――アダマス地層の作る断崖か。よく堀っくら返しにきたよ」

 「ここまでくるとあまり人は住んではいないみたいなのですけど、渓谷の間を利用して集落を作っている部族が居るみたいです。マスターが言ったアダマス鉱石の産地としても有名ですが、採掘が難しく、市場に出回っている量はそう多くありません」

 「――デッテイウ、渓谷の間を飛べ」

 「らじゃー」


 俺は正しくその地形を把握する必要があった。

 ぐん、と首を降ろしたデッテイウが急降下する。

 加速する落下感に身体を持っていかれそうになり、激しい風が身体を叩く。


 「きゃあ!」


 渓谷に入り、水平飛行に移った瞬間、チュートリアが可愛らしい悲鳴を上げる。

 俺の腹に回した腕に入った力が思いの他強く、チュートリアの硬い鎧で背中が痛ぇ。


 「マスター、急降下するなら急降下すると……あ、あの、痛くなかったですか……」

 「うるせえよ。ンなことよりしっかり地形を覚えろ。やがて戦場になる場所だ」


 俺はそう告げて、フルフ大河を遡上してゆく。


 「……ご主人、マスターサーモンが遡上してます。これ以上高度を下げると……その、食べられちゃいますよ?」


 デッテイウが首を傾け俺に忠告してくれる。


 「この高度を維持、巡航して進路北西方向、このままフルフ大河を遡上する。地形データの取得、気象データも把握しておけ」

 「えっと……とりあえず、こんな場所だと覚えておけばいいんですかね?ご主人」


 今ひとつぱっとしないが、俺も『エースブレイカー』のノリでIRIAに指示をしてしまっていた。

 マイクを使用して人工知能に指示を飛ばし操作補助を行わせることができる『エースブレイカー』では探索の際に、地形データと気象データを取得してレーダーマップの作成と遠距離射撃用の気象補正データを手に入れることができた。


 「マスター……何だか真剣ですね」

 「当たり前だ。ここが俺達のホームグラウンドになる。エクスブロ火山に侵攻するにはルートは3つ。南東のザビアスタ森林地区の踏破、フルフ大河の遡上――そして大空からの侵攻の3つだ。最も可能性の高い侵攻ルートがフルフ大河の遡上だ」

 「……エクスブロ火山に拠点を構えるなら、確かに自然の要塞に囲まれた難攻不落の場所となりますね」

 「だが、開発はキクさんが言うように困難だよ。だから、実地調査して俺の計画の修正をしてやる必要があんだよ」


 他の現実世界のプレイヤー達が来るまでに開発をある程度、終えてなければならない。

 平和なこの世界の住人は相手にはならない。

 魔王と本格的に事を構えるのもその後になる。

 巨大な川幅を持つフルフ大河はその幅にして体感で百メートル以上はある。

 本来、岩壁となっている両岸は河の水に削られてしまうのだろうがアダマス鉱石の地層で形成された河岸は何千年、何百年経とうが傷一つなくフルフ大河を海へと導く。

 フルフ大河の水面に巨大な魚影が浮かび上がる。

 独自の生態系を築いたフルフ大河には凶悪な大型モブが多数、生息する。

 魚影が大きくせり上がると、水面を割って飛翔した。


 「わぁああっ!」


 チュートリアが悲鳴を上げる。

 デッテイウごと俺達を飲み込もうとした鯨のような魚影を捕らえ、俺はデッテイウをロールさせて避けると、首を下へ向けてバックムービングで高度を取る。


 「マスターサーモン……鱒鮭だな……アダマス採掘の時はメッチャ邪魔されましたよ」

 「こ、こんなところを攻めあがってくるんですか……」

 「ああ、やったよ。鋼鉄船以上の硬度を持つ船なら襲ってこない。シルバードラゴンに乗ったナイトと船上の魔法職の魔法を並べ立てた進撃戦。下流から遡上する方がそうなると有利になるんだ」

 「普通、上流を取った方が河川での戦闘は有利になるはずですよね?」


 戦女神のイリアというだけあって基本は抑えているようだ。

 機動力のある上流に位置する船舶の方が有利になるように思えるのだが、ここで戦う前提を持ってくるとその定石は覆される。


 「鋼鉄船を並べるんだ。取り回しは効かない。ここではいかに互いの魔法職の有効射程圏内に入らないように敵を削るかという展開になる。上流に位置する陣営は下流に流されれば遡上するのは転回しなければならず、一度、下流の敵の射程に入ってしまえば逃げることはできない。対して下流は流れに任せて後退することができる。お互い必殺の火力でもって叩き合うから後は逃げられる足がある下流が有利なんだよ」


 フルフ渓谷から上昇し、ザビアスタ森林の上へと出たデッテイウの背中でチュートリアは目をしばたかせる。


 「……そんな戦い方になるんですね……」

 「エクスブロ火山の北側には飛べるか?」

 「いえ……この先は結界が張られていて飛べません」

 「……魔王の侵攻が始まった時、運命の女神ラ・ファーサは私たちイリアやレジアンが戦えるようになるまで危険な地域へ赴かないように世界へ結界を張りました。ここから北は竜の聖域に至る地区です。強力な竜族が住んでいる地域ですから今の私たちでは命を落としてしまいます」

 「という名の未実装エリアだな。本当はここから北がもう一本の侵攻ルートになるんだが、ラストの方まで考えなくていいってこった」


 上空でぐるりとデッテイウを旋回させると、エクスブロ火山の中腹まで伸びるフルフ渓谷の断崖を見下ろし、俺は静かに頷く。


 「あそこに城を建てる」


 周囲には何も無く、ザビアスタ森林地区から伸びる街道とも呼べない道が伸びているだけだ。

 山麓にいくつか存在する集落が細々と鉱石を採掘し、それを運ぶためにできた道なのだろう。

 多くのモンスター達に囲まれた人が生きていくには厳しいらしい。

 だが、そんなものいくつもの世界を渡り歩いてきた廃人にゃあ関係ない。


 「さて、拠点となる家を造ろうかい」


◇◆◇◆◇


 チュートリアの日記 よんがつとおか


 きょうはますたーとおそらをとんだ。

 おおきなさかなにたべられそうになってこわかったけど、だいじょうぶだった。


 ますたーがいえをつくった。

 きをたおして、けずって、くぎをうって。

 なんでも、いえをつくるおてつだい?あるばいと?とかしたことがあるらしくて、ゆうがたにはいえができてしまいました。

 こんくりがないときそがどうとか、さいでぃんぐぼーど?がどーとかいってたけど、わたしはじぶんたちのいえがもててすごいなとおもいました。

 というか、ますたーがいえをつくるはやさがはやかった。

 そして、せくはらせんげんをするますたーがじゆうすぎた。


 ますたーはむらをこのいえをきょてんにしてむらをつくるといってました。

 ますたーならいちにちでむらをつくれるんじゃないかとおもいます。

 でも、ますたーがいうにはむらができるのにはさんぞくをたくさんおそって、ちかくのむらをおそわせて、そのむらをさらにおそうとむらができるといっていました。


 わたしばかだとおもわれてるけど、わかる。

 むらができるのに、つくるってひとこともいってなかった。

 ますたーは3かいくらいおそうっていってた。  

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