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廃神様と女神様Lv1  作者: 井口亮
第2部『二つの太陽編』
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ゲスが飲む優雅な紅茶の生産事情と作法について

冒険者ギルドにギルド申請をしに行った赤い竜に付き添い、戻ってくる頃には昼も良い時間になっており、俺はやるべきことをリストしたチェック表を作る。

 ゼロから始める異世界生活インエルドラドゲートオンラインですよ。

 ギルド規模の拡張やら、領地申請や拠点となるタウンの設定、そもそもタウンの設置にはタウンの作成から入らなければならず、それらに必要な資材の洗い出し。

 現地調達できるものと外部から運んだ物が早いもの、それらの分けだしに今、それらをどれだけ揃えられるか。


 「いきなり完成系から入るのね?」

 「完成系から入らないとコンセプトが迷走するじゃないか」


 しち面倒くさい作業だがそれらをやれるのが現状、俺くらいなモンだから俺がやるしかない。


 「城塞の建設をやるなら、人手も資材も相当必要になるわよ?」

 「それらの活動ができる街が必要になる。街が必要になるってことはそれらに発展するだけの村をいくつか集めないといけないからな。面倒臭ぇわ」


 建物を一から作ることができるというのは生産系の心をくすぐるのだが、はじめから完成品が欲しい俺のような人にとっちゃ苦痛以外の何物でもない。

 それでもやらにゃならんのは勝ちに行くのには必要だからであって。


 「……あんた以外とずぼらかと思ったけど、結構マメな性分してるのね」

 「ゲームも仕事もやるなら本気で。だいたい、遊びすら本気になれない奴が仕事でも本気になれるわけがねえだろ?」


 簡単にメモに書き出して、完成までの道筋を作ると現状やらなくちゃならないことの把握を細かく始める。


 「あんた、なんか、仕事できる人みたい」

 「仕事できる人みたいじゃなくて、できるんです。バイト戦士とはいえ正社員より働いてきたからぬ。課金……つか、RMTするにゃどうしても現金が必要だったからな?」

 「あんたの底なしの資金ってやっぱり中国産だったのかっ!」

 「ったりめーだろが。使えるモンは立ってりゃ親でも使え。自分でゲーム内で金稼ぐより、バイトして紅茶飲んだ方が時間単価いいからな。金銭面だけで考えるならゲームで遊ぶより現実で働けっていうのは格言だよ。ちなみに赤いのに紅茶教えたのも俺やで」

 「紅茶?」


 まあ、純粋に資産稼ぎをメインに楽しんでいる人はRMTなんて発想は自分の楽しみを無くしてしまうからこういった隠語に弱いのも無理はねえわな。


 「RMTの隠語だよ。午後ティーであったろ?小さい缶の奴」

 「ロイヤルミル……ああ、だから紅茶ね。このクズ野郎」

 「速攻でゲームのコンテンツを終わらせにかかるなら、資金が調達できないとレベル帯ごとの装備を適正強化で手に入れることも面倒だからな。そんな暇あればさっさとレベリングして次の装備次の装備と最適解してった方が金も安上がりで済む」

 「だけど違法行為……じゃ、ないんだっけ?」

 「ノーマナーですけど違法行為じゃありまっせん。会社形態としてRMTの会社はあるし、ゲーム内マネーも法律上『財物』として認められた判例もある。その財物を現金でやりとりしてるんで、現実の法律上はなんら問題ないんです。だけど、ま、ノーマナーであることにゃ変わりない」

 「BANされてしまえ」

 「本アカウントも2回BANされたし、俺のサブアカウントいくつかBANされたんやで?」


 キクさんが調べていた相場表から必要資材の金額を計算しながら俺は目を細める。


 「本アカの追求回避する為に取引はいつもネット喫茶からしてたし、本アカとの関連性疑われないように他の関係無い露店からも買ってたし、赤いのとか他の連中と一緒に紅茶アカウント回して完全にわからんようにロンダリングしてたからな?」

 「おい、その話聞くだけで永久BAN何回されるかわからないだけの規約抵触行為じゃん!」

 「BANされたら次のゲームやりゃいいだけの話だからな?メルアドを量産できるこの時代に一体あなたは何をおっしゃってるのでしょうか」


 さらりと俺は返してにんまりと笑ってやる。


 「違法行為ではないけど、規約違反行為ではある。だから、運営の胸先三寸で『こいつ黒』って思われたらBANされるのは当然だし、仕方のにゃーことだ。そいつは決められたルールの中の話だから異論はねえよ」

 「素直にやめなさいよ。市場本当に混乱するんだから」

 「だけど、そういった需要があるからRMTが存在するんだぜ?お前さん、そういった新規相手に荒稼ぎしてたくせによく言うよ」

 「ばれてた?」


 茶目っ気たっぷりに舌を出すキクさんを小馬鹿にして俺は鼻を鳴らす。


 「でもぶっちゃけ私紅茶したことないのよね。メインアカウントBANされたらすべてが電子の海に消えるのよ?怖くない?」

 「俺も2回本アカウントBANされたからその無情感はわかるが。実情知ってしまえば、存外抜けられるんだぞ?聞きたい?」

 「聞きたく……やっぱ聞きたい。あ、自分でやるためじゃないわよ?こう、見識を広めるために、そう、あくまで知識欲で」

 「言い訳乙」


 キクさんは一瞬だけ拒否ろうとしたが本当に一瞬でした。


 「まず、運営の立場にたって考えてみようや。確かにRMTってのはゲーム内の市場を壊したりする恐れもあるし、一生懸命努力した人達より現金積んだ人の方が財産ももてるってゲームとしての公平性を欠いた状態になるからよろしくねえわな?さて、このRMTをしてる輩を取り締まらないといけないって話になるわけだが、これって闇雲にBANしていいもんでもあんめえ」

 「疑わしかったらBANしちゃえばいいんじゃないの?規約でうたってるし」

 「なら真っ先に冤罪BANされるのはキクさんやで?ログデータを眺めて大きな金の取引しているIDを軒並みBANするだけの簡単な作業になるからな?」

 「そこは、ほら、アイテム相場とお金の量との釣り合いをみながら……」

 「ゲームをしない運営さん達がいちいち相場チェックをしていると思われるのですかねキクさんは」

 「……う、じゃ、じゃあ空取引でお金が多額に動いた場合!これならRMTでしょ!」

 「アイテム買うのにお金借りたり、返したりってありますよね?キクさん俺に全裸土下座した後、当面の活動資金借りましたよね?はいBAN」

 「あんたって、本当に教師向いてるわ。答えは何なの?」


 考えること放棄しやがったなこん畜生。


 「ま、一般的にはログデータの洗い出しだな。そこからRMTに使用されているIDを割り出してそれと取引したと思われるIDの関連付け。金額データのみを見てそこから不自然な動きをしている金のデータを洗い出してBAN対象にしていく」

 「それってさっき言った私のケースと同じやん?誤BANされちゃうわ」

 「後はレベルだな。だいたい業者はBOTでも使って無い限り初期レベルのままだし、その初期レベルキャラを中心に多額の金額がやり取りされてりゃそれがいわゆる『業者』と特定できるわけだし。まずこの『業者』を特定することができりゃ、後は簡単だろ?」

 「あ、そか……あとはそれに付随して取引した連中を芋づる式にBANしていけばいいんだ」

 「そ。運営側の立場に立って言えば、規約でうたっているからBAN自体は誤ってやってしまってもなんら法的責任は負う物ではないが信用失墜につながるからゲームが衰退してしまう恐れがある。RMTを放置しておくより誤BANを大々的にやっちまう方がダメージはでかい。だから、説明を求められた時に特定した業者と取引をした疑いが強いアカウントとして処罰していくんだよ」

 「だから、あんたがたはサブアカウントを用意するわけね?」

 「メインアカウントに被害が及ばないからな?だけど、運営だってバカじゃない。サブアカウントからスルー状態でメインアカウントに金が流れていたらそれだけでアウト特定余裕でした状態ですよ」

 「それで、アカウント共有状態でばらまいてロンダリングするのね……あんた犯罪者になれるわよ」

 「まあ、ゲームの中でも起訴されたからな」


 俺はひとしきり計算を終えるとキクに手渡し、チェックを依頼する。

 キクはそれらを眺め渋い顔をしながら尋ねる。


 「……紅茶したくなる額ね。アホかってくらい街作りにお金がかかるんですけど」

 「ファミルラの頃の俺らの小さな拠点も紅茶のおかげやで?クリムゾンティー要塞っていい名前やん?だけど、これっぱかしで驚いてもらっちゃ困るぜ?一度BANされて不死鳥の如く蘇った俺は死の淵から蘇ったサイヤ人の如くより強い紅茶プレイを手に入れたのだからな?」

 「まだ、なんかあんの?」

 「俺、そういう噂だけは聞いていたからサブアカウント使ったロンダリングは徹底してたんだよ。だけどメインアカウントまでBANされたから次はどうしたらBANされないようになるか調べたんだよ」

 「普通、そこ、もう二度と紅茶しないようにって反省するところよね?まあ、いいわ。聞かせて下さい」

 「1回目は俺、クライアントのIPでBANされてるのかと思ったんだよ」

 「運営にIPログ残るの?」

 「残ってもおかしくはねえわな。サブアカウントとメインアカウントが一緒のIPだったら金が流れているって事実と、同じIPだって事実で黒確定できるから」

 「だから、あんたネット喫茶で紅茶してるって言ってたんだ。利用料の方が高くつかない?」

 「手数料手数料。だが、2回目はそれでもBANされてよ?俺はそこで確信に至ったし、バイト先の先輩から確実性の高いウラも取れたからそれで確定って話に落ち着いたんだけどよ?2回目の理由って何だったと思う?」

 「わからんわよ。もったいぶってないでさっさと教えてよ」

 「取引に使っていたメルアドとメインアカウントのメルアドが一緒だった」


 それを聞いてキクが眉をひそめる。


 「え?メルアドって業者に送るメルアド?じゃあ……」

 「そ。業者と運営は裏で繋がっていまっす」


 俺はにっと笑って次の資料の作成に取りかかる。


 「……よくよく考えてみれば運営も、業者も『商売』なんだよな。ゲーム内マネーを稼ぐんじゃなくてリアルマネーを稼ぐ。年月を経たゲームに新規ユーザーが参入しなくなるとゲームは必然的に衰退していくわけなんだが、新規ユーザーが古参に追いつくには並大抵の労力じゃ追いつけないわけなんだが、そんな中で装備品くらいはちゃっちゃと揃えたいとなるとゲームマネーの力は偉大な訳ですよ」

 「その理屈は私にもわかるんだけど、あんたの話を聞く限りだと運営は業者のRMTを黙認していて、業者は運営に情報流してるって話し?」

 「でっす。だってそうだろ?じゃねえとどうやって俺の紅茶事実特定すんのよ?たとえばここで俺が少額訴訟で訴えたとするぞ?ゲーム内マネーも財物として認められた判例があるわけだから、それをデータ管理しているのは運営であっても実質支配権者は俺。証拠もないのに勝手に処分したら敗訴はしなくてもしちめんどうくさいことになるのは確定的に明らかだろ?」

 「向こうには戦えるだけの証拠があると?」

 「その証拠は何?って言われた時、業者の取引リストにあるメルアドとID制作時に使ったメルアド出されたら一発だろ?簡単な話だよ」


 俺はそこまで言って肩をすくめた。


 「業者はゲーム内マネーを利用してリアルマネーを稼ぐし、運営はそれらでやってきた新規を相手に課金させてリアルマネーを稼ぐ。ただ、健全性を考えるにゃ運営はそんなこと口が裂けても言わねえし、業者も言えば商売できなくなるわな。だからお互い無関係を装いつつも、協調関係にあるってこった」

 「あんた、まるで見てきたことのように言うけど証拠なんて無いでしょうに」

 「無ぇよ。でも、RMTの会社経営してた人がバイト先に居て業者と運営で談合会やるっていう話は聞いたことがあるんだ。まあ、確定的に明らかなんじゃねえの?俺としちゃRMTが滅びないということだけでメシウマ状態なんだがな?」

 「知ってる?詐欺師の格言なんだけど、誰がカモかわからない状態だと間違いなく自分がカモになってるって言葉があるんだけど」

 「ハッハー♪響きませんことよ?俺みたいなキチガイに紅茶を与えてオワコンを加速させている運営さんと、二の足踏んでいる新規さん達が俺にカモられて顔真っ赤にしていることだけはわかるから俺、多分、カモってるー!」

 「正当な競争を侮辱してるあんたはゲスを通り越してキチガイだわ」

 「勝てばよろしいのだですよんキクさん?こちとら勝つためにBANされるリスクまで背負ってアクセル踏まないと、もっと大きな覚悟のある人達には勝てませんのですよ?」


 煽るだけ煽って失笑を買ってやるが代金は踏み倒すのは当然でございます。

 廃課金者のどこかおかしい発言と言われる発言と大差ない理論だが、価値観は人それぞれ。

 ゲームという枠の外にも選択肢があるのであればそれを選択する自由と取るべき責任というものがあるのであれば自分の価値の為に選択する必要もあるからだ。


 ――RMTで差をつけられるなら、同じ土俵まで上がり込まなければ勝つことは叶わない。


 相手が踏み込むなら、こちらもぶっ込むのは当然だ。


 「まぁ、BANされると相当ヘコむのは確かだな。ぶっちゃけ引退してえと思うくらいだが、それっくらいで凹まないのがPKプレイヤーのタフさですよ。なんたって殺す相手の精神を折らなきゃいけない訳ですぜい?」

 「BANされても凹まないとか最早不死身じゃないの。そんな相手どうやって負かすのよ」

 「そう思わせれば俺の勝ち。『こいつキチガイだ。勝てねえ』って思わせて無抵抗を示したところを死体撃ちして回るのがPKの醍醐味だからな」


 俺は勝ち誇って鼻を鳴らすと、せっかくだからキクさんに色々教えてあげようと思いました。


 「なあ、キクさんや?そんなキチガイがBANされながら学んだいい業者の選び方ってあるんだけど知りたくなーい?この業者危ないわーって業者あんのよん?」

 「うわ、こいつ本当にアホや。でも知りたいわー」


 そこは素直なキクさん。

 人のことをゲスだのキチガイだの罵っておきながらこいつも根っからの廃人だ。


 「注文してからのレスポンスがある程度早いところはカモられることが少ない。あと日本語がある程度、不自由。こういったところは安心だね」

 「前半はなんとなくわかるけど、後半が意味不なんだけど?」

 「レスポンス早いところは金と時間はイコールで繋がるという信用の原則を知ってるところだろ?これは理解できるな?」

 「うん。イコール信用を大事にしてるってことでしょ?後半、日本語不自由ってぶっちゃけ中国人の業者でしょ?日本人の業者の方が安心できない?マなんとかさんとか」

 「バッカめー。日本人だと談合しちゃってるからいつリスト渡されるかわからないのでしてよ?日本語できない中国人だとそもそも談合の席にすらつけないからある意味、安心っちゃ安心なんですわ。ちなみに信用第一で売ってるマなんとかさんと取引してて俺BANされましたですのん。信用分を割増代金にしてたくせによーやってくれましたわー。数回くらいならあっこもいいけど、長くやり過ぎると足がつくぜい?ま、やってること自体がノーマナー上等だから数社いい業者みつけたら適当に回すのが一番安全ってこった」

 「うっわー……あんた中毒者なんだ……」


 RMTを一度やってしまうとゲームの中で金をせこせこ稼ぐのがバカらしくなってしまう。

 単位時間金銭効率を取って経験値効率を諦めてしまえばストレートな育成計画はできないし、いつ出るかわからないレアを掘るのに延々とエリハムしてたら余計に育成が滞ってしまう。


 「俺のクレジットカード会社も昔のCMでも言ってたぜ?経験値プライスレス。お金で買えるものは現金で。支払いはカードでしたけどね!」

 「育成代行ってのはどうなの?」


 キクさんから出てきたノーマナー単語にやっぱりこいつも同じ穴の狢っちゃ狢なんだなと感心する。


 「知ってらっしゃるわねー、なんだかんだ言ってキクさんもRMT関連のサイトは見て回ってんじゃない。俺は正直あれはゾッとしねえな。RMTの会社が副業でやってるだろ?アカウント情報渡すってことは自分の首差し出してるようなモンじゃねえか。まあ、BANされてもいいようなゲームでそれをやるならいいかもしれんが、代行自体が安くない値段だしあんましお勧めはしねーなー個人的に。メインアカウントはどうしても周囲との人間関係も作らないといけないから、どっちみち不自然な動きになる代行は無理だろ」


 ただデータを強くすればいいだけなら育成代行してもいいのだが、それだけでコンテンツをクリアできはしないのがネットゲームのやらしいところだ。

 キクが納得したところで、俺は大きくため息をついてこの話が無意味であることを告げてやる。


 「でもま、今の俺達ンとこに業者も配達してくんねーし、業者と連絡取るパソコンもねーから紅茶飲めないんだけどな」

 「まあ、うん、確かにね……この状態でBANされたらどうなるんだろう?」

 「糞ゲーとおさらばするにはやってみたいことではあるがな?」


 俺は話題を無理矢理に終わらせると、やるべきことも見えてきたので動き出すことにした。


 「……ところでうちのうんこドリルはまだふて腐れてんのか?」

 「あんた酷いわね、さすがにあれは見ていて哀れよ?」

 「ちょっといたわって傷が癒えるまで放ってやろうと優しさを見せれば甘えやがって。ガキじゃねえんだから今更うんこの一つや二つ漏らしたくらいでこの世の終わりみたいなことしてんじゃねえよ」

 「まあ、魔王に殺されるよりか痛いんじゃない?国中の人の前で晒して社会的に抹殺される方が」


 さすがにキクさんもそこは歯に布着せてくれるみたいだ。

 だが、俺はそんな落ち込んだ人間を見て優しさを見せるような人間じゃなくてニコニコしながら死体撃ちをする人間なのだ。


 「どうれ、ちっくら死体撃ちしてくるかなっ!ああ、楽しい♪なあ、うんこドリルとドリルうんこ、どっちが喜ぶと思う?」

 「カレー味のうんことうんこ味のカレーどっち食べたいと聞かれるのと同じよ。白米食べるに決まってるじゃない」


 俺は嬉々としてキクの店の陳列棚からおもしろそうなアイテムを探す。


 「なーなーキクちゃん、この店おしめとかなーいー♪うちの子あの年になってもおもらしよくすんだよなー♪赤ちゃん用のおしめとかあるとすんごい喜ぶ、まず俺が」

 「本物の変態発言だけど、よくよく考えればあんた変態より手に負えないキチガイだったわ」


 あきれ果てたキクさんだがその反応すら楽しめるのがキチガイって奴ですよ。

 そんな俺の奇行をどこか冷めた瞳で階段の影から見ているドリルがあった。


 ――チュートリアだ。


 泣きはらした瞳は赤く充血して、自慢のドリルは跳ねまくってみるも無惨。


 「おっ?噂をすれば盛大にはっ散らかしたチュートリアちゃんUNKNOWNじゃねーかw昨日から何も食べてないだろう?せっかくだから俺が作ってやるよw俺の国じゃみんな大好き国民的メニューのカレーって奴をw」


 キクさんが失笑を通り越してどこか冷めた瞳で俺を見ている。

 ああ楽しい、すごく楽しい。


 「うう……うぅ……」


 ハラハラと泣き出したチュートリアちゃんだが、それは俺のようなキチガイ相手にゃ燃料投下以外の何物でもない。


 「それとも初対面の時みたく尻に栓しといてやろーか?どれ、竜ちゃんからガングラスタ借りてきて七年殺ししてやんよー♪」

 「――ま、ますたぁぁのひとでなしぃっ!」


 ギンギンに響く甲高い罵声を人に浴びせてヒステリックモードに突入です。


 ――ああ面倒くせえ。


 「ひ、人の不幸をわ、笑って!も、もとはといえば、全部ますたーのせいじゃないですかぁ!う、ああぁぁぁあああん、あんあぁぁん!」

 「何でも人のせいにすんなしー?自分で牢屋出られていればよかっただけですしー?つかよ?だいたいいい年こいた奴が糞の一つや二つでぎゃーぎゃー喚くなうるせえ。ンなモン赤ん坊の頃に何度も何度もはっ散らかしてきてるじゃねえか、それを今更」

 「今更だからですよぉっ!だから泣いてるんじゃあないですかぁっ!」

 「わぁったわぁった。なら、何日も泣いてろ。俺ぁ面倒くせえし、お前がうんこくせえから適当にお前置いてどっか行くわ。勝手に泣きじゃくってりゃいいじゃねえか。ゲリベニストキクさんも今は同情してくれてるけど、飽きたら冷たくされんぞ?」

 「少しは慰めてくれてもいいじゃないですかぁ!こんなのってあんまりですよぉぉ!うわあぁぁん!」

 「だから笑えるように叩いてやってんじゃねえか。もそっとタフになれよ。何その豆腐メンタル。徹底的に虐めるぞゴラ?おめーが糞垂らしたこといつまでも気にしてるからって俺達が腫れ物さわる態度でお前にいつまで気を遣わなならんの?俺がそういうことしてくれるような人だと思った?思った?残念でしたwゲスでしたー。おっとチューちゃんはゲリでしたか?」


 ファビョって手間かけさせるならトドメを刺して再起不能にするのがゲスのやり方です。

 キクさんが俺をどこか非難がましい目では見て居るものの止めることはしない。


 「チューちゃん、諦めな?ロクロータってこんな奴だから」

 「わがっでばす!クズでバカでゲスなどーじょーもない…ひぐっ、えぐっ人だってわがってばす!」

 「……でも、こいつなりの優しさなのよ?変に気を使っていつまでも引きずるよっかバカにして笑ってすませられるようにしてくれるって。まあ、やり方はえぐいけど、憎まれんのはロクロータだけでしょ?本当はチューちゃんが自分で自分のことは何とかしなくちゃいけないんだけど、これはこれで結構、回りくどい気の使い方してんのよ?」

 「せやで?女子力ゼロのゲリベニアンの言うとおりや。お前ら二人そろってうんこ臭いんだよ」


 思いっきりキクさんに殴られました。

 ちょうど、テンガが散歩から帰ってきたようできょとんとしながらチュートリアを見上げる。


 「ろーたーまたわるいことしたー?」

 「オナホール。また、じゃない、いつもだ」


 俺は否定してやるがテンガは今ひとつ理解してくれていない。

 その後を追うようにやつれたシルフィリスが店に入ってくるがこいつの主人は今、ふらりと街に出かけている最中だったりする。


 「やあ、シル。今までどこ行ってたん?」

 「いえ……あぁ……王城で……」


 どこか疲れた様子でそう語るシルフィリスに俺は眉を潜める。


 「私がネルベスカの王族の出と知られてしまいプロフテリア王や吟遊詩人を相手に討伐の話を今まで……マスターは私を置いていま、いずこへ?マスター……マスター……」

 「ああ赤い竜なら買い物に出かけたよ」


 へぇ、シルって王族だったんだ。

 薄幸の竜姫と言えばかっこいいけど、なんか、うん、不憫な子だよな。

 がっくりと崩れ落ちるシルフィリスはうちの糞垂れチュートリアと違って慰めてやりたい不憫さがあるのだが、まあ、これっていわゆる隣の芝生は青く見える青芝って奴なんだろうな。


 「まあ、もそっとすれば赤いのも帰ってくるからいいんでね?――オラ、チュートリア。いつまでメソメソメソメソ泣いてんのよ。死刑免れたからって安心すんなよ?俺がいつお前の首かっ斬るかわかったモンじゃねえんだからな?それよっか、今回の攻略戦で入手したアイテムの確認しようじゃねえか。キクも赤いのもイリア用のアイテムもらってんだろ?ちっくらスペック見てみようじゃねえか」

 「え?あんたまだ使ってなかったの?私も赤いのもとっくに使ったわよ?」

 「何ソレー俺だけのけ者?」

 「いや、なんだろう。あんまり興味無かったし」


 キクさんがどうでもよさげに答える中、赤い竜が何食わぬ顔で戻ってくる。


 「ま、マスタァ!」

 「んー?あれ、シル、戻ってたん?あ、あっちゃん、頼まれた物買ってきたけど、これでえーのー?初期ポーションの素材めっちゃ多くねーかー?」


 赤い竜には今回浪費したポーションの補充を図るために材料の買い出しをさせていたのだ。

 基本、店売りや安定供給されるポーションを使用することを前提として狩り効率は組まれるが、今回の一件で俺や赤い竜は認識をすりあわせ『想定外は常に起こりうる』ことを意識してインベントリに緊急時のポーションを切らさないことを決めた。


 「ああ、それでいいんだ。面倒だろうが、ポーション制作は俺もお前も覚えておく。最悪、キクさんがアヘ顔ダブルピースで即落ちしちゃったら当てになんないかんな?」

 「ちょうお前、人を淫売みたいに言うな」

 「デカマラに掘られて失神しちゃったキクさんが言っても説得力ねーわー。つか、キク。お前さんも俺や赤いのが落ちた時のこと想定しろよ?こんな糞ゲーで落とされる気はねーが……何があるかわからん」


 どこか難しい顔をするキクさんだが俺も冗談でほのめかして後で泣きを見られても後味が悪ぃからこればっかしは歯に衣着せるわけにゃあいかねえ。


 ――俺達の目的は『生きて』このゲームを脱出することだからだ。


 「マスター!あの……私は……あの……」

 「よやっと戻ったんかー、ああ、あっちゃん、後で性能チェックつきあってー?うちのイリアが変身二段階目突入した」

 「二段階変身?」


 俺は聞き慣れない単語に眉を潜める。


 「うん。今回のクエストクリアで王様がくれたイリアボールでイリアがドラゴン変身がパワーアップしたんだ」


 イリアボール?あ、なんとなくわかった。

 多分、『イリアの光』のことだ。

 赤い竜との会話は色々とすっ飛ばすから理解に苦しむ。

 つか、それで変身できるってことは初期ボーナスの変身とは違ってそっちが正式な仕様なんじゃねえかと思う。


 「変身中限定のスキルとかもあるから色々と試し撃ちしてみたいんだ。ダメージ計算まではいいけど、誘導旋回率とか弾速とかリアタもデータ表記ないしブレが『実戦』として使えるものかどうか運用面で確認したいんだよね。ぶっちゃけ空中戦だったらロクロータさんクラス相手にできりゃ通用すんでしょ?空中戦の立ち回りも覚えたいし」

 「だな。竜ちゃんには空中戦の実戦経験と立ち回りが圧倒的に不足してる。AD旋回くらいは最低でも覚えておかなインファイやる時に落とされるわ――そういやキクの方はどうなんだ?」


 俺は話をキクに振ってやる。

 確認できるものは確認しておきたい。


 「うちのテンガはなんか、『妖精化』っていうらしいんだけど小さくなっちゃったわ。どこでどう使うのかはわからないけど、妖精って言うくらいだから大規模戦とかで役に立つんじゃないかと思う」

 「妖精効果つくんだったらそれも確認できるときに確認しときたいなぁ。初動でチート取れるんだったら正直、大規模戦が楽勝になれる」


 シルフィリスもテンガもチート臭い能力もらってんなぁ。

 イリア用ってのが自分の意志で使用できない制限かかっているがこの調子だとチュートリアのイリアの光もチート能力臭いな。

 ぶっちゃけ、俺自身がチートしたいのになんというか不遇だ。

 いつまでもグズついているチュートリアのドリル頭を小突くと俺はため息混じりに睨みつける。


 「おう、今回牢屋で休暇してウンコしただけの残念戦女神。よかったな?何もしてなくてもパワーアップだ。イリアの光って知ってるか?これ残念なことに俺じゃなくてお前用だってよ。戦神の翼、よかったな?今度は空中ではっ散らかす変態プレイできンぞ?」

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