強そうに見えるだろう?だが、全裸だ。
完膚無きまでにチュートリアを叩きのめし、俺は全裸で街まで歩く。
恥ずかしくないのかって?
リアルじゃないから恥ずかしくないもん!
「あ、あの、ちょ、ま、待ってくださいー!」
追ってくるチュートリアは、多分、自分の仕事であるチュートリアルを進めたいのだろうが基本操作というのはある程度理解している。
ファミルラでも直接入力の方法はあったし、エモコン対応でVRMMOチックになってはいるが基本、変わりはしない。
それよりか、現実のように細かい動きができるようになっているから進化しているくらいだ。
岩場を軽く跳躍してみたりして、最大ジャンプ力の計測をしたり、登攀してみていわゆる引っかかりなんかを試してみるけど、エルドラドゲートは本当に進歩している。
「すげえな、本当に仮想現実みたいだ」
岩の触感もそうだが、とがった岩にぶつかった時の痛みなんかも再現されている。
現実に居るのと、そう変わらない。
IRIAのゲーム進出から随分と技術は進歩したけど、これじゃあ現実に居た時とかわらない。
普通、移動可能エリアの設定がされてたりするもんだが、そんな引っかかりが全くない。
「どんな物理エンジン積んでんだよ。石ころの一個一個にも判定がありやがる」
俺はそのあたりの確認をしながら切り立った岩の目立つ山道を歩き、道中、動物のような、そうでないようないわゆるモンスターを見つけた。
チュートリアがどこか警戒したように俺の側に寄る。
「あ、あれは」
「ラビラッツ。可愛らしい外見と裏腹に、可愛らしい。俺は嫌いだけどな」
「え?」
「初モンス、レッツきりんぐー」
ウサギのようなネズミのようなずんぐりとしたモンスターでどこか愛嬌がある。
だが、それはそれ。
モンスターであることにはかわらず、俺は早速攻撃をしかけた。
俺が襲いかかると、必死に反撃してくるが俺はするするとモンスターの周りを回って攻撃を避けると、ダメージを蓄積させて殴り続ける。
素手での攻撃で拳に確かな重みを感じるあたりのリアルさといったら、他のどのゲームでも味わえない。
やがて動かなくなった、ウサギを模したモンスターが光となって消えるあたりのリアルな質感たるや最高だね。
「す、すごい」
チュートリアルキャラクターよろしく初モンスター撃破にも驚いてくれる。
「ふんむ」
俺は初戦闘で得た感触を検証しながら、眉を潜める。
「モンスター相手に、どうしてここまで戦えるんですかっ!ぶ、武器も持たずに!」
「ステップの使い方がわからん」
「ス、ステップ?」
「ファイター系……軽装戦士系の基本スキル。というか全職で使える回避スキルで小移動して敵の攻撃を避けるスキルだよ」
「つ、使ってたんじゃないんですか?」
「意識はしてねえんだけど、使ってたか?」
「いえ……そういえば、使ってなかったような」
俺は敵の攻撃モーションに合わせて移動して回り込んで避けていたのでステップは使っていなかったと思う。
「ステップって……でも、そこまで戦えてステップを知らないっていうのか、ステップって、これですよね?」
チュートリアが左右に軽くステップを踏む。
確かに、ステップっちゃステップだが。
「俺が知りたいのはスキルとしてのステップなんだが」
「これも、技術といえば技術に……確かに熟練した戦士であればスキルの領域なんですが……」
「お前本当に使えねーな」
「がーん」
ショックを受けるチュートリアににべもなく言い放ち、俺は左右に軽くステップを踏んでみる。
これが、スキルのステップかどうかはわからないが、次の戦闘で試してみることに決める。
ラビラッツがドロップしたアイテムをチュートリアが拾っていたが、それに構わず俺は先に進み、もう一匹のラビラッツを見つける。
ノンアクティブのモブだ。
可愛らしくあくびをして後ろ足で顎を掻く姿は可愛らしい。
だが、今の俺にとっちゃどれだけ可愛かろうが殺戮対象以外の何者でもない。
無言で駆け寄るとワンパン入れて戦闘開始。
「ぴ、ぴぎぃっ!」
甲高い声を上げて反撃してくるラビラッツに対しステップを駆使して戦う。
なまじ、身体がリアルに動くだけにステップという感触がなく俺は手痛い一撃をもらってしまう。
防具というか、服すら無いのでダメージとしては結構でかい。
HPバーやMPバーが見えないのは不便だが、ファミルラでもそうだったので今は不便さを感じない。
俺はステップをどう使うのか、その仕様について感触を確かめながら戦う。
その感触を覚える頃にはラビラッツが死んでしまい、チュートリアが追いついた。
「ま、待ってくだ……て、わぁ!」
「あん?」
「も、もう倒したんですか……って怪我してるじゃないですかっ!」
俺はふんむと、身体についた傷を見ると確かに怪我をしていた。
ラビラッツの爪で引っかかれた場所が傷となって血を流している。
じくじくと痛むが、動けない程ではない。
「結構、やられたんですか?だから危ないと……」
「ステップの性能を見てたんだが、使えてるかどうかわからん」
「でも、ゲージは減ってるみたいだから、使ってると思いますよ?」
「わかんのか?」
「え?あ、はい」
俺はステップが使えていることがわかったので、そのまま次のラビラッツを探しに行く。
三匹目のラビラッツを倒すころにはその感触を覚えた。
「なんつーか、リアルっちゃリアルだがスキル使ってる事くらい、わかるようにして欲しい」
俺はいささか疲れを覚え、その場に座ると大きく息を吐いた。
ラビラッツが落としたアイテムというか残骸が転がっており、その中に、僅かに輝く肉と四つ葉がある。
これがドロップアイテムだというファミルラでもあったエフェクトだから知っていたが、スキルくらいはもうちょっとわかりやすくして欲しかった。
とはいえ、ステップにエフェクトがあるとそれはそれで困ったりするからこんなものかとも思う。
ラビラッツのドロップといえば肉と、赤のクローバー。
クローバーは換金アイテムで、肉は食材という名の換金アイテム。
空腹度が心配だったので肉はすぐさま口に放り込んだが、生肉の生々しい食感までリアルに再現されていてびっくりだった。
「でも、うめーなこれ。ジャッキーカルパスみたいな味すゆ」
ジャンクフード大好きな俺としてはその味に満足しながらだらだらして、体調が体感として快復していくのを覚える。
「このへんのアナログにされてもなあ」
HPバーやMPバーが見えないというのはゲームとして致命的だとは思う。
だけど、NPCみたいなのを操作するファミルラでは序盤はそれが当たり前で、そのあたりを操作するキャラの外見や表情、訴えから推し量るゲームだったから感覚としては理解していた。
まあ、結局、不便だってクレームがたくさん来て運営が途中でHPやMPがわかるアイテム出したんだけどね。
「しかし、もうちょっとステップの仕様を覚えたいな。ラビラッツじゃ脆くてなぁ」
数をこなせばいいだけの話だが、もう少しだけ突き詰めたい思いがあり、どうしようか迷っている時だ。
「ひぃぃ……あぁあああっ!」
チュートリアが悲鳴を上げていた。
まっすぐと俺の方に走ってくるチュートリアの背後には大きな鹿のようなモンスターが荒い鼻息をたてながら追いかけてきていた。
「グレイバンビスじゃないか」
「た、助けてくだ、くだ……ひぃぃあああっ!」
グレイバンビスは初心者エリアに配置されているアクティブモンスターだ。
認知エリアに入ったプレイヤーに積極的に攻撃を仕掛けてくるタイプのモンスターでチュートリアがその認知エリアに入ってしまったのだろう。
どっちにしろ、好都合ではある。
「ふんむ」
俺は傍らを通り過ぎて、走り去るチュートリアを追って俺に目もくれず走り去ろうとするグレイバンビスにワンパン入れる。
僅かなダメージだが、ダメージを負ったことでターゲットが俺に変わる。
走り去るチュートリアから俺に転進したグレイバンビスは俺の傍らまでくるとその頭についている角を振り回す。
俺はその角をぎりぎりのところまで引きつけてステップで躱す。
角が俺の身体には触れてはいるものの、触感を感じない。
「に、逃げてください!グレイバンビスはレベル5のモンスターですよっ!」
そう、ファミルラにもあったのだが探索可能エリアの中にはこうしたちょっとレベルの高いモンスターが配置されていたりする。
うっかりとそのモンスターにターゲットにされてしまうと死んでしまうこともしばしば。
雑魚ばっかりで安心していると強力なモンスターに殺されてしまうという緊張感を演出したい開発の心意気と読んでいるが、結構、邪魔っ気だったりする。
「ちょうどいいくらいだ」
角を振り回したり、後ろ足で蹴り上げようとしたり、突進したりしてくるグレイバンビスの攻撃を引きつけ、ステップの練習にしたりして合間に殴る。
「そうじゃないんですっ!グレイバンビスは、『ストレンジアタック』といって強力な攻撃を――ああっ!」
グレイバンビスの額が赤く輝く。
これは、まずい。
――『ストレンジアタック』エフェクト。
強力な攻撃の前に見えるエフェクトだ。
ぐっと沈み込んだグレイバンビスの周囲から風が巻き上がり、大きく振り上げた角を俺に突きつけ、後ろ足で地面を蹴る。
「ああっ!」
チュートリアが情けない悲鳴を上げると同時に、グレイバンビスがもの凄い勢いで突進してきた。
砂埃を巻き上げ、激しい衝撃を伴い繰り出した突進だ。
俺はそれをぎりぎりまで引きつけ、ステップで躱した。
もはや、グレイバンビスの突進が身体にめり込んでいる。
確実に、グレイバンビスの攻撃は当たっている。
チュートリアもそう思っているんだろうが、俺はそのまま横へ着地し、グレイバンビスの背後に立ち、グレイバンビスの尻に蹴りを入れる。
「え?あ、なん……ええっ!?」
初期状態のIRIAには理解できないだろうが、俺にとっちゃ当たり前のことなんで驚くに値しない。
というか、ある程度のアクション性のあるRPGじゃ当たり前のことですらある。
「突進が当たったはずなのにっ?」
「無敵時間があるからな」
俺はさらりと答えながら向き直ったグレイバンビスの鼻面を殴る。
強力な攻撃を放った後の隙に容赦なく打撃を入れる俺は、タイミングを計りまた、グレイバンビスの攻撃を避ける。
傍目に見ても攻撃は当たっている。
だけども触感はないし、喰らってもいない。
これはひとえに回避スキルであるステップに設定されている無敵時間のおかげだ。
ステップの発動時に僅かにある無敵時間に相手の攻撃を合わせる。
そうすることで相手の攻撃を避けることができる。
その無敵時間というのは長くはないが、無視はできない。
ネットゲームという環境でラグを考慮すれば不安定ではあるが、エルドラドゲートオンラインの環境では強力ですら、ある。
だが、無尽蔵に使える訳ではない。
ステップの無敵時間にはクールタイムがあることが三回目のラビラッツとの戦闘で理解した。
それと、連続して使える回数。
概ね、三回。
これは見えないけど、俺のMPの最大量に依存するものだとわかった。
「グレ鹿くらいの耐久力があれば、確証得られるまで検証できる」
俺は新しいゲームをはじめたときの、あの喜々とした感覚を覚えながら笑っていた。
グレイバンビスの攻撃を避けながら全裸の男が華麗に舞い踊る。
「初期エリアの強モブくらい、軽くひねってやんよー」
俺の拳が、蹴りが、グレイバンビスを削る。
額が赤く光り、再度、突進のモーションに入る。
――幾度でも避ける。
途中、何度か俺も息切れするが俺はそこでもう一つの仕様を覚える。
だが、それはグレイバンビスを叩く上ではなんら障害にはならない。
華麗に舞う原始人にグレイバンビスはやがてグレイバンビスが甲高い嘶きをあげて重々しく地面に倒れ伏した。
グレイバンビスが光の中に消え、そこに黄金色に輝くドロップアイテムが現れる。
毛皮と装備品だ。
それと同時に、俺の周囲に光がわき上がり白い風が吹き上がる。
ちんちんがふわっとして軽い落下感を覚えるが、身体に力が入ってくる感覚を覚えた。
俺は腕を上げて世紀末覇王弟のポーズで面倒くさそうに呟く。
「完全勝利」