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廃神様と女神様Lv1  作者: 井口亮
第一部『導入編』
59/296

UNKNOWN

 オーベン城要塞のエルドラドゲートの奥。

 生物と建築物が融合した魔界を抜けた先でそれは俺達を待っていた。

 不気味に脈動し、だが、どこか荘厳さをもった祭壇の上に立ちそれは俺達を見下ろす。


 「やはり、来ましたね?戦女神のレジアン」


 不気味さの中、一際異彩を放つのは黒のドレスを翻す少女。

 名前は覚えてはいない。

 だが、蔑称は覚えてる。


 「おう、便所の底でふんぞりかえってると絵になるよな?便所コオロギ」


 ひらひらと白いリボンが生ぬるい風に揺らめき、場違いなまでに少女らしい少女はいたずらめいた笑みを浮かべた。


 「幾度となく運命を狂わされた。我々はそして、剣を振るう。ただ力に正義は無く、そして邪悪なるも無く。執るべき術に聖もなく、また、外道も無し。ただ、我々は世界を望み、そして、世界を滅ぼす。ただ、魔王の遺したる意思に従う」

 「何言ってるかわからねーよ。厨二病に効くポーションなんざ持ってねえんだ。日本語でモアプリーズだ」


 俺は軽く煽ってみるが少女は鼻で笑う。


 「……我々はこの狂った世界を終わらせる。ファミルが誤りて導き慟哭にまみれたこの世界の可能性を閉ざす。メイリスに誘われ、少女はマルネジアの祝福を受けた。わかるわよね?マーシー」

 「その口でそれ以上、世界の偽りを喋るな!」


 マーシーが巨大なブレードを引き払い応える。

 だが少女はマーシーを侮辱するように笑うと、楽しげに喋る。


 「かつての神々の祝福は人に大きな力を与えた。それは幸福であり、災いである。そして運命の女神は地上を焼き払い黄昏を作った。黄昏を経てそれでも夜明けを信じた一部の人のみが救われた。そして、神々は世界へと戻る。だが、幾ばくかの神は世界へ残り世界への反逆を試みた」


 便所コオロギはどこか憂いを帯びた瞳で俺たちを見下ろす。

 どこか、哀れむように。


 「――そして、神々はやがて死に絶え偽りの信仰が世界を席巻した。我々は魔王となりてこの狂った世界を終わらせる。レジアン、強き魂よ。エルドラドゲートに魂を捧げよ」


 長い、長い前口上が終わる。

 俺はどこか面倒臭そうに鼻をほじりブレードを引き抜く。

 禍々しい輝きをたたえる星銀の光が煌めき、軌跡を描く。


 「ミリグラムも理解できんわ。さっさとレアドロ落としてリポップしてくれや」

 「――無知なまま欲望に身を任せたレジアン。あなたの悲鳴が世界を腐らせる」


 巨大な鎌を両手に持ち、大気が震えた。


 ――それが、戦闘開始の合図だった。


◆◇◆◇◆◇


 強さを認識させる一つの手法として『大きさ』という概念がある。

 たとえば、超有名なモンスター『スライム』は見た目に可愛らしく、小さくそれはそれほど強くないと認識させることができる。

 逆に、大きなモンスターはその圧倒的な威圧感だけで強そうだと認識させることができる。

 だが、それらは視覚情報から得られる先見的な認識であり、それは開発者が用意したプレイヤーへの認識である。

 その本質的な強さをどこに置いているのか。

 電子の海の中に産まれた世界を構築する『数字』こそがその強さであり、本来大きさの概念はそれらを構築するための一つのファクターでしかない。


 「フフフっ!」


 嘲りを含んだ笑みを浮かべカマドウマが俺たちの間を疾走する。

 燐光を散らし、残像を残し両手に掴んだ鎌を縦横無尽に振るう。

 振るわれるたびに障気が爆ぜ、紫の旋風が巻き起こる。


 「ザン・ポールの巻き起こす風はあなたがたの身体を蝕む。絶望の中で死に絶えなさいっ!」


 両腕の中でバトンのように翻る鎌が回り、竜巻をつくる。


 「ちぃっ!想定外だぜっ!」


 ――小さな少女の巻き起こす火力に圧倒されていた。


 矢継ぎ早に繰り出される範囲攻撃、引き起こされるバッドステータス、攻撃タイミングの掴めない空間を渡り歩く能力。


 ――これが魔王のイリアとしてのスペック。


 「ロクロータ!これ、ちょっと適正超えてんじゃないのっ!」

 「中距離!離れすぎるな!孤立すれば集中的にタゲられる!孤立タゲAIだッ!」

 「違うッ!高度IRIA型だよ!こっちの対応、読まれてる!」


 小さな身体は高速で動き回る場合、弱点にはならず逆に脅威となる。

 赤い竜に強烈な斬撃を叩き込み、相打ち覚悟で放ったサークルエッジを空間を渡り回避される。

 カマドウマの繰り出す攻撃の一撃一撃は並の大モブの一撃と大差無く、がっつりとダメージを奪っていく。

 唯一、互角に渡り合えるのはマーシーと意外にもシルフィリスのみだった。


 「戦女神のレジアンばかりに気をとられたなッ!我が竜神シルフィリスの眷属であることを忘れたかッ!」

 「フフフ、顕醒してから幾ばくもなく未だ戦い方が未熟。竜神のイリアとて恐れる必要は全くありませんでしてよ?」


 シルフィリスが振るう両手剣を軽やかに避け、背後からの斬撃を刻んでは消える。


 ――俺の眼前に現れたと思った瞬間、それは即座に斬撃を浴びせてくる。


 紫色の旋風の中をステップで突き抜け、振り返る時には既に距離を取られていた。


 「チッ!」


 立て続けに放った『スプレッドショット』の何発かが掠めただけで致命的な一撃にはならない。


 「あはははっ!そう、それっ!腹立たしい人間の顔が苦痛に歪む瞬間がたまらないわ!――絶望に歪んで哀願する様はさぞ、楽しいのでしょうねえ?」


 再度、肉薄してからの連撃。

 ステップで相手の背後に交錯してからのムーンサルト持ち替え。


 ――着地時に合わせられた攻撃を盾でのジャストガードで防ぐ。


 そこへ間髪いれずにキクがレイジスマッシュを叩き込もうとするが姿を掻き消して避けられる。


 「このタイミングで当たらないっ?チートじゃん!」


 キクが喚くのもわかる。


 「チャンスが無ぇー!当たらねーとか無理ゲーだぁ!」


 赤い竜でアタックチャンスが無いのであればもはや、そういうことだ。


 ――被弾リスクと威力、そして、それらに対するアタックチャンスで与えられるダメージ総量。


 それらを概算しても適正レベル帯より遙かに高いボスである。


 「さぁ、恐怖に駆られ全ての記憶を吐き出しなさい?」


 ――投擲された鎌が旋回しながら飛翔し竜巻を産む。


 それらの風が掠めるだけでごっそりと身体から力が抜けていくのがわかる。


 ――デスペナルティを覚悟する。


 対策を練ることもできず、初見での挑戦。

 適正レベル帯を超えた相手であればアイテムの切れ目が死に時だ。


 ――だが、ポーションのクールタイムすら上回るダメージを弾き出しているのだ。


 「――ッチィ」


 『稲妻ステップ』で竜巻の間を駆け抜け、距離を取るが眼前に現れたカマドウマの鎌が俺を叩く。


 ――モーションを見切る余裕すらくれやしねえ。


 俺たちの中で最早、諦めの色が見え始めた。

 祈ったところでステータスは上がらない。

 仕様の壁は越えられない。


 ――無理ゲーを要求されればクリアは不能。


 あとは、どれだけ精神を保っていられるかだ。

 精神が崩壊し、僅かなミスが誘発された時が決壊の時となる。


 ――激しい猛攻の中、俺達はざりざりと精神の削れる音を聞く。


 俺は弾丸を装填しなおすと『フレンジショット』を発動させ『ブッパ』の体勢に移る。


 「――戦女神のレジアン!その挙動、いただきました」


 カマドウマが俺に肉薄し、鎌を振るう。

 『ステップ』で避けてからの『ブッパ』で至近距離から一気に――


 「――それをお待ちしていたのですよ?」


 ――『ステップ』であわされて背後に抜けられた後の高威力斬撃。


 視界が赤く歪んで霞む。

 かろうじて生きてはいるが、間違いなく次の一撃で死ぬ。


 そう確信した俺が諦めた時――


 「カーマリィッ!」


 叫んで、マーシーが突撃する。

 『トランプル』での突撃をカマドウマは残像を残した後方への高速移動で距離を開けると鎌の先から障気の竜巻を放つ。

 だが、マーシーはスラッシュエッジ――障気の竜巻の中を突っ切り、強引に振るった一撃をカマドウマに叩きつける。


 「――やるじゃない、マーシー」


 直前に鎌の柄で受け流したカマドウマがどこまでも嫌らしい笑みを浮かべてマーシーを嘲笑する。


 「私は力を得た。貴様を――貴様を――救う力だッ!」

 「運命に弄ばれ、イリアにすらなれず、あなたは――私を救えなかった」

 「――全ての覚悟は済ませた!私は――運命に勝つッ!」


 嘲笑しながら振るわれる鎌を鎧の上で受け止め、それでも剣を振るうマーシー。


 ――ダメージレース。


 「救えないッ!自分すら救えずッ!運命に迷いッ!イリアに選ばれなかったお前に、運命には抗えないッ!」

 「――抗うッ!幾度でもッ!何度でもッ!戦うッ!戦い続けるッ!」


 それは事情を全く知らない、異界の俺達すら竦ませる『熱』を持っていた。


 「カーマリィッ!マルネジアのイリアとなったお前を――救ってみせるッ!」

 「ははっ!脆弱な肉の檻の業にしがみつくのっ?そんなにもこの娘が大事ですかっ!」


 どこまでも嘲笑するカマドウマにマーシーは吠えた。


 「――命より、大事だッ!私のッ!私の唯一の血を分けた妹だッ!」


 深々と首筋に突き刺さった鎌と交錯させた大剣がカマドウマの腹を割く。

 障気が渦巻き割かれた腹を修復していく。


 ――距離を取り、カマドウマが静かに嗤う。


 「――救えない。あなたが壊したのよセレスティアル。どんなに努力してもイリアの導きを得られなかったあなたが拒絶したの。イリアの導きを得た妹を妬み、疎い、力の無い弱者と罵り拒絶した。だからこそ彼女は――魔王の誘いにくじけた」

 「――過ちは認めよう。許されぬことも悟った。だが、それでも私は――マーシー・セレスティアルはただのマーシーとして、カーマリィを救うためにこの命を燃やすッ!」


 瀕死の重傷を負いながらもマーシーの戦意はただの少しも崩れてはいなかった。


 ――イベント、なのかと疑う。


 HPが一定割合を低下すれば退避行動を取るのが『反応』。

 その『反応』に追従するようにIRIAの思考は組み上がる。


 ――だが、そこに居るプロフテリアの騎士はただ一人、妹を思う姉であった。


 「なら、果てなさいッ!その命ッここで灰となれッ!」


 疾走するカマドウマが鎌を振り上げマーシーに迫る。

 剣を掲げ、最後の交錯を待ち受けるマーシー。


 ――姉妹が交錯する刹那を、どこまでも無遠慮な銃弾が横殴りを入れる。


爆ぜた炸裂音が幾重にも響き、どこまでも無神経にカマドウマを叩く。


 「――そうかいそうかい。そういうことかい」


 俺は額の血を拭い、にやけていた。

 くつくつとにやける俺にカマドウマが怪訝な瞳を向ける。


 ――血が燃えていた。


 「なんでぇ、くっだらねえ。随分とマーシーちゃんが引っ張るからどんなドンデン返しがあるかと思えばありきたりのくっだらねえ話じゃねえか?なぁ?」


 俺はキクや赤い竜に同意を求めるが、どうやら理解はしちゃくれてねー様子。

 だが、しかし、それでも確かに入った俺のスイッチに奴らの表情が変わる。


 ――もう一度、勝つ覚悟を決めてくれた。


 「――麗しき姉妹愛のお話だぜ?三流シナリオライターがどっかからひっぱてきたお約束じゃねえか。くっだらなくて笑いがとまらねえよ」


 さんざっぱら嗤い、煽り、バカにしてやる。

 折れかけた自分の心を蹴り上げるために、どこまでもバカにしてやる。


 「――いいぜマーシーちゃん。俺ぁそういう『お約束』大好きだぜ?」


 獰猛に剣を振ってみせ、俺は銃と剣をクロスさせる。

 挑発めいたモーションにカマドウマは俺に興味を戻す。


 「――戦女神のレジアン……」


 どこまでも不気味な俺の様子にカマドウマが怪訝な表情を見せる。

 だが、マーシーには伝わっていた。


 ――俺が放つ、熱が。


 覚悟は決まった、やるべきことは簡単だ、それらを達する力は――ある。


 「キク、竜、安っぽいシナリオだがノセられてやろうじゃねーか。ろーるぷれいって奴だ。竜神と幸運の神のレジアン、そして、戦女神とやらのレジアンがそろってマーシーちゃんのお願いを聞いてやンよ?さぁ、言え。言ってみろ。てめえの願いって奴をよぅ?」

 「お願いだっ!カーマリィを――妹を!救って欲しいッ!」


 奴らの瞳が変わった。


 ――マーシーは決して、俺たちの知る『人間』ではない。


 だが、確固たる意思をもったそれは確かに俺たちに哀願したのだ。

 哀願を、したのだ。


 「――竜ちゃん?私、少々荒っぽいですのん。合わせられます?」

 「合わせる必要は無いよ。倒せばいいんだから」


 ――廃人達が一体何を望んでゲームに没頭すると思う?


 それは明らかに他人と隔絶した力を求めてだ。

 誰しもが勇者になりたく、そして、大いなる先達の姿に自分が勇者になれないことを諦め妥協してゆく。

 その中で、言い訳をせず、諦めることなく突き進む覚悟と意思があるからこそ。


 ――勇者としての役割を与えられれば、どこまで安かろうと、血が燃える。


 その熱はカマドウマにも伝わったのだろう。


 ――覚悟を決めた廃人達が3人。


 「私一人で充分かと思いましたが、いささか怖気を覚えました。私も切り札をきらせて頂きます」


 カマドウマは祭壇まで後退すると鎌の柄で祭壇を叩いた。

 周囲に魔法陣が描かれ、大気が震える。

 静かな地鳴りが響き、空間が歪む。

 紫電が走り、闇がわき上がり障気が嵐となって立ち昇る。


 「――オーベン城要塞の守護者にして、暗雲の空を統べる騎士よ。今、魔王マルネジアの呼び声に応え、アストラの階より出でては槍を持て」


 ――嵐の中から獅子の爪が伸びる。


 地面を荒々しく掴み、障気の嵐を引き裂き、脈動する槍が現れる。

 紫電を纏った槍が突き出され、追って兜が姿を現す。

 障気を吹き飛ばす咆哮を上げ、それは三度俺の前に姿を現す。


 ――鋼鉄の翼を広げ、紫電と障気を纏い翼の指揮官は魔王マルネジアのイリアの背後につき従う。


 エマージェンシーミッションのアラートが右手の宝珠から鳴り響く。

 視界の中、刻まれた『UNKNOWN』。

 全ての常識を覆す、超強力モブが現れたアラートだ。


 「――さぁ、マーシー、レジアン達。あなたがたの命運もここまでよ。魔界の空を統べるウィングコマンダーアンノウンと私があなた達の命をすべからく刈り取ってあげる」


 こわばった表情でそう告げたカマドウマに付き従う暗黒の騎士がどこまでも獰猛に唸る。


 ――オーベン城要塞の底の底、そこで最高に糞なシナリオにノセられ俺は吠える。


 「ベンジョの底でウンコマンうんこなうかよ――」


 俺は最高に戦女神のレジアンに恥じぬかっこいい決め台詞で戦端を開いた。


 「だが、残念だったな。今の俺は巨乳属性と妹属性が合わさり最強の塊だ」

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