インスタンス?インスタント?どっちでもいいってはじめて知った。
――オーベン城の底に広がる異界の地。
エルドラドゲートを抜けた先、オーベン城要塞の奥深くに広がるそれはまるで生物の中のようだった。
伸びた骨の構築する洞窟にチェーンフックを引っかけ飛翔する。
複雑に絡み合った骨のレバーを動かし空洞に橋を構築する。
石材の壁を突き破って現れた骨が組み合い橋となる。
橋が構築されるや空間が歪み、そこから小さな羽を生やした悪魔――カオスウラスパーが産まれる。
いびつに歪んだ顔を巡らせ、異界へ侵入した人間を喰らうために咆哮を上げる。
「いやっほぅー」
快哉を上げて躍りかかる赤い竜の剣が悪魔の硬質の肌の上で火花を上げる。
その背後で別の悪魔が魔法の詠唱をはじめる。
――白い雷光が降り注ぎ、マーシーの盾の上で弾ける。
赤い竜の前に割り込んだマーシーの咆哮が響き渡り、カオスウラスパーを貫き全ての敵意をさらってゆく。
朽ちた槍を振り上げカオスウラスパーが群がり、マーシーの大剣が円形に振るわれる。
その背後からハンマーを旋回させて滑り込んだキクが回転させてカオスウラスパーの群れを血煙に変えてゆく。
――その範囲から零れた数匹のカオスウラスパーが飛翔する。
飛行モブとしての特性を持つカオスウラスパーにチェーンストックの鎖が伸びる。
カオスウラスパーを足場としてさらに上空に飛翔し『ピアッシングショット』で個別に撃破する。
迎撃するために振るわれる槍を『ムーンサルト』で無理矢理避けるとモーションキャンセルを利用してエルドソードに持ち替え空中での『ダウンスラスト』でカオスウラスパーの首筋に剣を突き立てる。
遠距離物理職の特性をどこまでも利用した空中戦を繰り広げ、全てのカオスウラスパーを駆逐して俺は地面に降りる。
「ひっさしぶりに見るけど、あんたの空中戦って知ってれば知ってる程、プレイヤースキルとしてはすんごいものあるわ。カウパーさんたち我慢できずにぎとぎとになってしもうてるわー」
「これっくらいはキクちゃんでもやってたろうに。つか、女の子がはしたない。口を慎みなさい口を」
これだから女子力ゼロは。
「ムーンサルトからの宙返り持ち替えキャンセルって今回も有効なんだ。私もハイロゥ買った理由がそれだから人柱やってくれてると本当に正直助かる」
「デスゲームで実地でいきなりこんなもん試したくは無いわな。でも、気をつけとけよ?武器装備の別タブに装備した装備にしか切り替えはできねえ。俺としちゃアイテム欄を速攻でさらって武器の交換までをハイロゥに期待したんだがな」
武器防具の装備欄には武器のみ、状況に応じて装備を変更できるタブが二つ設けられている。
表タブと裏タブと呼ばれるそれらのタブに武器をセットしておき、状況によって武器を持ち替えることができる。
――持ち替えキャンセルとはそのタブ切り替え時に生じる隙を無くしてしまうテクニックのことだ。
これが結構、重要でアーチャー系の場合は空中で武器を持ち替える場合、特定のモーションの最中に武器を持ち替えることができる仕様を逆手に取り、空中で武器を変更する必要がある。
多くの人の場合、思考の帰納的還元化のために一つの武器タブだけで戦うことを選択するのだが、俺の最終形を想定するとこの仕様にも慣れておかなければいけない。
「魔法職のミラージュはどうなんだろうね?」
「おそらく、できるとは思うな。試してはいないが」
「今度、触っておこうか?多分、あんただったら必要な情報でしょ?」
「ああ。魔法職を相手にするならミラージュの仕様だけは覚えておかないとならんからな。最悪、インベリトリからかき出せる余裕があるならメイン回避スキルの選択肢がミラージュにもなるからな」
知っていそうで知らない仕様をこうして確認しあうのはネットゲームの楽しみの一つでもある。
自分が体感して知っていても、他人が知らないこともある。
逆に、自分が知らない仕様を教えてもらえたりすることもあるからソロでの活動でも『繋がり』だけは大切にしなければならない。
「武器なんて表と裏で二つあれば充分じゃない?」
「一つの結論にたどり着くにゃ、いくつもの選択肢を持っておくべきなんだよ」
これを理解できるのはおそらく、同じコンセプトでスキルを組んでいる赤い竜くらいだろう。
デンジャーカオスキマイラ戦で理解したが奴の戦い方で奴のスキルコンセプトは俺に近いものがある。
「おーい!なにやってんだよー!はやくいこーぜー!なんか、一杯でてきたよー!」
後ろでのたのたと仕様を確認しあう俺とキクちゃんを置いて赤い竜が先走り汁相手に先走っているのでありました。
「ちょ!赤い竜なんで勝手に先走ってんの!汁零れてるじゃない!足場作ってないでしょーに!」
「我慢できなかったんだよー!もう先行くわー!」
「しまったぜ、奴が最大のトラップだってことを忘れていた。マーシー!シルフィリス!赤い竜に続け!テンガ!赤い竜にヒール!ヒールな!」
テンガには大事なことなので二回言いました。
わらわらとわき出したカオスウラスパーの群れの中に突入した赤い竜だが狭い足場が飛行するカオスウラスパーに苦戦を強いられている。
飛行しながら槍の投擲や魔法を繰り出すカオスウラスパーはアクション性の高いゲームで逆に空中を取る雑魚モブとして戦いづらい敵である。
――先頭で戦う赤い竜の足下から骨が付き上がり、甲冑の上で火花を上げる。
トラップダンジョンの名前は伊達じゃない。
モンスターの攻撃力より高いトラップがあちこちに配置されていてプレイヤーを文字通り殺しにかかってくる。
俺はアーチャー系のスキル『サーチ』を使いマップ上のオブジェクトの位置を捜す。
『サーチ』は視界に入ったエネミーモンスターや干渉可能なオブジェクトを捜すためのスキルで、発見したオブジェクトやエネミーにそれぞれにロックカーソルが表示される。
トラップがあれば必ずそれらを解除するためのオブジェクトが存在するはずなのだが、橋の上からではサーチすることができない。
「ロクロータ様ッ!このままではっ!」
上手く連携の取れないマーシーが赤い竜のカバーに回り、トラップに巻き込まれる。
突き上げる骨の威力は尋常ではなく高防御力を誇るホーリーナイトでもダメージを持っていかれる。
――堅牢な前衛職すら削りきるのがトラップダンジョンの真髄。
通常のインスタントダンジョンの最適解は前衛職によるタゲ確保による火力スキルの集中という形になる。
その最適解に対して下したアクション性を有するゲームの解答の一つがこのトラップダンジョンだ。
「ロクロータ!橋の上にスイッチないよ!横はー?」
「ンなもん、下にあんに決まってんだろ!」
俺は跳躍して橋から飛び降りる。
奈落の底に落ちれば即死というのがトラップダンジョンの凶悪なところで、そこへ飛び込むことを強要するあたり、制作者の悪戯心が満載である。
案の定、赤い竜達が戦う橋の真下に赤く脈動するクリスタルを見つけ、『サーチ』のロックカーソルが補足した。
自由落下する中、チェーンストック、フックジャンプで肉薄しソードでクリスタルを切り払い、破壊する。
ずどん、と大きな音が響き、絡み合う骨が伸び橋の形状がいびつに歪む。
当然、橋の下へも突き出した骨がチェーンストックの射線を塞ぐ。
手頃な骨にフックを撃ちつけると、壁蹴りを利用して骨に浮かぶ血管を掴む。
「ロクロータっ!」
『登攀』で登る最中、カオスウラスパーが俺を捕らえ槍を振るい俺は衝撃で手を放す。
――奈落の底へ真っ逆さま。
赤い竜の『バスターランス』がカオスウラスパーを貫き、傍らをキクの投げたチェーンフックが通過する。
俺の身体を捕らえたチェーンフックがいびつな骨の橋の上に俺を引き上げる。
遅れてやってきた冷や汗に俺は小さく息を吐き、顎の下を拭う。
「あぶねえ、便所の底にボットンしちまうところだった」
「糞まみれだったら笑ったげるわよ。デスペナ忘れてないでしょうね?笑えないわよ」
結構マジに叱責するキクに俺はそれでも軽口を返す。
「大丈夫。ボットンしたことから忘れてくるから」
多少、苦しいか。
キクは肩をすくめて大きく溜息をつくとハンマーを肩に担ぎ直した。
「赤い竜ちゃん、先に行きたいのはわかるけど待て!ステイ!できる?」
「ええー!?」
「あのね?罠を解除してからじゃないと危ないんですのん。ゼロヘビーならフックで回収できるけど、マーシーやあんたの場合は回収できないんだからね?」
「あの……実は、私も無理です……ワンヘビーですか?私も重いので……」
シルフィリスがどこかおずおずと口を挟む。
俺はどこか脱力して赤い竜に忠告する。
「まあ、初見だからちっとは様子みようや。竜さんは最終兵器やで?最終兵器がそうぽんぽん前に出たらあかんて」
「えー!でも最終兵器を最初からぶっ放して全てを駆逐していくという無双感が……」
「お前はいつもそうだよな?あれだけSSパーを一般で出すなというのに出して部屋をぶっ壊しやがって。一般でもにょもにょF91で遊ぶ俺の身になりやがれ」
「中途半端なグー使いやってるからだよー。グフカスで無双してる人に言われたくないわー」
「お前がプロガン使ってたからだろうに。俺TUEEしたいのはわかったて。頼む竜ちゃんな?俺死んでまうんねや」
適当に芋を引いて赤い竜を黙らせておく。
モンスターを倒すことがメインとなる赤ダンジョンでは無類の頼もしさを見せるが、トラップダンジョンではあら不思議、トラップに早変わり。
そしてクエダンでは最早、オブジェと化してくれる赤い竜ちゃんは本当にアホの子丸出しでくぁいいわー。
「上ルート、行った方がよかったんじゃない?今から入り口戻る?」
キクがどこか諦めたように肩をすくめる。
俺のデスペナルティを心配してくれているのだろう。
こうして沸きを作ってからトラップを解除するのは正直、アーチャー系の負担が大きい。
――死んでしまえば、元も子もないのだから。
それくらいであればトラップだらけの別ルートを突破するのが上策というのだろう。
「上ルート……というのは入り口にあったもう一つの通路ですか?あちらは進行がとてつもなく困難で踏破は我々では難しかったのですが……踏破は可能なのですか?」
マーシーの質問に俺が答える。
「トラップ系ダンジョンには主に二つのルートが設けられている。スキルが充実していないパーティ用にモンスターを配置してそれらを割と多く倒しながらトラップの邪魔がある通称下ルートと、トラップの方が割合多く配置されている上ルート。上ルートに行くとアーチャー系二人居ないと安定しないくらいに凶悪に罠が配置されている。アーチャー系がフック使って常時飛んでるような状態だから『上ルート』って言われてんだ」
「へぇー、そうだったんだー、初めて知ったわー」
流石赤い竜。トラップダンジョンじゃ俺にひっついて回ってただけはある。アホの子全開でくぁいいわー。
このトラップダンジョンをイリア任せで突破しなければならないダンジョンもあり、ファミルラではそこが鬼門となってクエストフラグが立たずストレスがホッハした記憶がありおりはべり、いまそかりだ。
「上ルートより赤いトラップがある下の方がまだ安全だよ。上ルートでしくじると床ペロするからな。アーチャー系二人居ればなんとかなるが、今っからキクさんが職替えて来る方が無理あるだろう?」
どこか申し訳なさそうな顔をするシルフィリスが頭を下げる。
「……私のマスターが迷惑をかける」
「本当によ!死に散らかせばいいのに」
そこで躊躇してはコミュニケーションは成り立たない。
赤い竜はそれを聞いて誇らしげにしているからなおのこと腹立つ。
俺は先頭に立ち、大きく息をつくと不気味にうごめく骨を蹴飛ばす。
「まあ、罠ダンは初めてじゃねえしこのっくらいはまだなんとかなるさ。下ルートだからって油断すんなよ?新しいトラップが実装されていたらどう対応すりゃいいのかなんてわかんねえんだから」




