逝ったあとのキクさんが意外としおらしい件について
赤い竜の参戦は決定的であった。
最終形態を迎えたデンジャーカオスキマイラとてものの数にはならない。
「……本当に、最初から居てくれればいいものを」
俺は苦笑して毒づいて見せるが赤い竜はどこか物足りなさそうにしている。
プロフテリアの大剣が光と共に大地から引き抜かれる。
ゆるやかに地面から伸び上がる光の帯が燐光を散らし、涼やかな輝きをもって俺達に勝利を告げる。
勝ちどきを聞いて戻ってくる騎士達の顔もどこか晴れやかである。
マーシー以下、ブレド大橋の中心に集まり勝ちどきの声を上げていた。
赤い竜は小首を傾げて尋ねる。
「で?ロクロータさん、大規模戦闘はー?はじめよーぜー?すんごい楽しみにしてたんだよ。スキルレベル上げるのにめっちゃいいやん?」
「たった今、終わったところでした」
本当にバカでした。
「ええー!ちょぅ、それって何?もう終わったのー?次までリアルタイム24時間待ちでしょコレー、ないわー、マジないわー!リザルトはー!特攻とかキルマとかわー!」
俺は右手の宝珠に触れてウィンドウを開いてみる。
そこにはこの戦場に参戦した全ての人間の戦績が記されていた。
「特攻隊長とキルマーダーは俺が頂きました。サポートはテンガだなコレ。妨害工作は……これも俺扱いだな。アイテム使用してたしな。あと、通称地雷はキクさんや」
総攻撃ダメージのリザルトタイトルが『特攻隊長』。撃破数のリザルトタイトルが『キルマーダー』、妨害サポートのリザルトタイトルが『工作班長』、そしてデッド数のリザルトタイトルが『デッドランカー』とそれぞれ設定されており、自分の戦績画面に刻まれていく。
「ないわー!マジないわー!勝利数1に対してリザルト無しとかないわー!」
ガキのようにぎゃんぎゃん騒ぎながら自分のリザルトを見て不満を吠える赤い竜。
途中参戦ですから仕方ない仕様です。
とはいえ、最終局面でしか参戦してない赤い竜のリザルトも凄いというか酷いモンで軒並みNPCを追い抜いてキクさんに僅か及ばずという状態である。
ヘビーナイトってどんだけ火力出るんだよって話です。
その点、最初から参戦していた俺は軒並みリザルトをさらってしまう形となる。
戦績に応じて報酬やドロップを頂ける仕様なのでインベントリを見てみるとほくほくとアイテムボックスさん達が並んでおりますですはい。
「デンジャーカオスキマイラのMVPは竜さんでねーの?」
「来てないよー、来てないよー、先に叩いてたロクロータさんにもってかれたー!マジ、ないわー!」
インベントリを確認すると確かにデンジャーエネミーMVPのアイテムボックスも獲得している状態だった。
――大規模戦闘はこれがあるからやめられない。
大規模戦闘でしか手に入らないレアアイテムもあれば、デンジャーエネミー撃破に貢献したプレイヤーにのみ配布されるアイテムもある。
それらを目当てに集まる人間も少なくは無い。
遅れてやってきたマーシーが俺にどこか笑顔告げる。
「本当に、完全に勝利しましたね」
背後に従えた騎士達もどこか嬉しそうではある。
俺はどこか気だるい倦怠感を覚えながら苦笑して返す。
「ああ。だけど、本番はこれからだ。オーベン城要塞のエルドラドゲートの封印が残ってる。竜さんにはそこでがっつり活躍してもらうさ」
「インスタントダンジョンって何が出たっけ?」
下調べもろくにしないあたりはバカとしか言いようがないが、それは逆に俺達が調べているという信頼の現れ。
「さらっとウィキに目を通した限りじゃ、罠ダンで最深部にクリムストゥリスが居るらしいんだがな」
通称はお察しの通りである。
「クリムなら槍よっか斧の方がいいんじゃないかーどうしよっかなー、装備変えてこようかなー」
「マスター、そのような暇は無いかと……」
戻ってきたシルフィリスがどこか遠慮がちに忠告していた。
確かにその通りである。
俺のメインクエストがリアル3日という制限なのに対し、最早、2日目に突入しようというところなのだ。
時間的な余裕があまりある状況とも言えない。
「適当な素材があんなら私が作ったげるわよ」
いつの間にか俺の後ろに立っていたキクさんが得意げに胸を張った。
「おや、キクさんじゃないですか。地雷乙」
「キクさんが地雷かー、地雷乙」
俺と赤い竜は心底バカにした顔でキクを笑ってやる。
「うっさいわね!他に誰もNPCが死んでないから私が地雷リザルトもらっちゃっただけじゃない!」
顔を真っ赤にして返してくれるキクさん。
最早恒例行事の煽り合いがはじまる。
「NPCですら死なない状況で死に散らかしてくれるキクさんマジぱないわー。ねえねえ?デカマラに掘られて逝っちゃった時ってどうだったの?どうだったの?やっぱり初めてだから痛かったの?」
「ムカつくー!マジ、ムカつくー!」
「初体験でキク穴をデカマラで掘られて逝っちゃうなんて上級者やわー。想像しただけで尻の穴がむずむずするわー。よかったねキクちゃん、女子力がほんの少しあがったような気がするよ?四捨五入すればゼロだけど」
「四捨五入すんなよ!そしてケツ掘られて上がる女子力なんてのもいらないわよっ!」
「まあ、お下品。聞きました竜さん、ケツ掘られてですっていややわー。女の子の口からケツ掘られてですってー。これだから女子力ゼロは怖いわー。キクさんひょっとして股間にデンジャーカオスキマイラさん飼ってんじゃないのー?しかも第三形態」
煽り耐性の少ないキクさんは最早顔真っ赤です。
叩ける時に徹底的に叩くのは戦場でも、他人のメンタルでも変わらない。
「ちくしょぉ……ちくしょぉぉ……」
「キクにゃー泣かないで?泣かないで?」
どこか悲しそうに地面を叩いているキクさんをテンガが優しく慰めている。
――まあ、ある意味いつも通りでいてくれて内心は少しほっとしている。
これからインスタントダンジョンに入るのに変なテンションを引きずられても困るという話だ。
「斧かぁ……竜斧バルフリンガーがあれば……うーん、でもなぁ、あれもインスタントダンジョン物らしいからなぁ」
赤い竜は未だにうんうんと唸って悩んでいる。
「悩む必要はねーぞ?俺のメインクエ扱いだから最後はきっとエマージェンシー来るから。そうなりゃ何出てくるかわかんねーし対策の立てようもないだろ。それなら、最初っから慣れた装備で行くのがベストだ。ドラグウェンデルも二本あんだろ?それならそれでいいじゃねえか羨ましい」
デスペナルティを考えると少々恐ろしい部分もある。
叶うなら本気で立ち向かいたいのが本音だ。
赤い竜はそれを聞くと満足そうに頷いた。
他人がうらやましがれば勝ち誇れるあたり、簡単な性格をしてやがるが嫌いではない。
羨ましいものを強がって羨ましくないと言い張るよりかは、赤い竜も俺も羨ましいと正直に悔しがる方が不様じゃないと思っているからだ。
「ロクロータ様、インスタントダンジョンには……」
マーシーが尋ねてくる。
おそらく、誰を連れていくかという話だろう。
「レジアン用のイベントなら、俺と赤い竜、キクは外せない。それに、テンガとシルフィリス。ひょっとするとイリアがキーになっている可能性もあるからな。チュートリアが居ないのはアレだが最悪2週すればいいだけの話だ。あとはペット枠で一つだな。それでパーティ枠6人打ち止めだ」
「私も一緒に」
マーシーがどこか思い詰めたように俺に言った。
「罠ダンだぜ?入ったからわかると思うがナイト系は正直、辛いだろう。別に待っててくれても構わねえよ。何か攻略した証が必要だってんなら取ってくるぜ?途中で逃げるのか心配か?」
「そのような心配はもはや、誰一人していません。あなたは正しくプロフテリアの騎士達に勝利を導いた戦女神のレジアン。必ずや、エルドラドゲートも封印して下さるのでしょう」
なんだかやけに引っかかる言い方をしてきやがる。
俺は首を傾げながらマーシーに尋ねる。
「じゃあ何かお前さん必要なの?ぶっちゃけ、中途半端な高レベル連れて行くくらいなら連携取れる同レベルと一緒に行く方が安定するんだが」
「……私には、どうしても行かなければならない理由があります」
マーシーはそう言って大きな溜息をついた。
そう言ったマーシーの身体が淡く発光している。
――クエスト持ちの表記だ。
これがメインクエストと関係があるなら連れていかないといけないんだろうな。
ぶっちゃけ罠ダンをトラップ回避クリア目指すならナイトさんはハブられるくらい連れていくのが面倒だったりするんだが。
「……しゃあねーなー。連れてってやるけど、邪魔だけはしてくれるなよ?」
「はっ!」
鋭く返答し剣を掲げるマーシーの生真面目さに辟易しながら俺は弾丸の残りをチェックする。
デンジャーカオスキマイラ相手に作ってきた弾丸の相当数をぶっ放してしまった。
案の定、底をつきかけているからどうしたもんかと悩む。
「これより私はレジアンと共にエルドラドゲートの攻略に挑むッ!アストラの階の守護がある今っ、我々を追撃する者は居ないと思われるが要塞は未だエルドラドゲートの影響下にあるッ!入り口を固め死守せよ!各自装備の点検を実施し、10分後には移動せよ!」
マーシーの号令で騎士達がそれぞれ装備の点検を始めるために散ってゆく。
赤い竜は入り口の前で散歩に出る前の犬のようにせわしなくしているし、どうしたものか迷っているとキクを見つけた。
俺はチュートリアが居ないことを幸いにどこか放心しているキクの肩を叩いた。
「……インスタントダンジョンじゃ前に出るんじゃねーぞ」
「え?」
俺は自分でもらしくないことをしてると自覚した。
「見たところペナルティは無さそうだが死んだことは事実だ。インスタントやフリーフィールドじゃあ間違いなくペナルティを取られンだ。戦うのは俺や赤いのに任せてくれりゃあいい。お前にはお前にできることを精一杯やってもらう訳だからな。お前の戦場はここじゃあない」
キクは目を見開いてきょとんとした後、どこか力なく笑った。
「……見抜かれてんなーやっぱり。下品に無理矢理煽ってくるし、気を遣われてんなーって思ってた」
見抜けるくらいには女子力あるんでやんの。
どこか苦い顔をして俺は顔を逸らす。
「……わからいでか。俺も乙ってきてんだぜ?狂いそうになるよ全く」
「強いよね、あんた」
「俺、高いのは女子力だけじゃねえんだぞ?男は股下にいつだってデンジャーカオスキマイラが居るんだ」
「第一形態のくせに」
「キクさんじゃ第二形態までいけませんわ」
互いに不自然なまでの不器用さで苦笑すると立ち上がる。
「……銃弾、だいぶ遣ったんでしょ?予備、作っておいたわよ」
「ありがてえ」
「本当は流儀じゃないんだけど、ロハにしておくわ。あんたがばらまいたのだけでも3mはするのよ?本職だってあんな無茶なブッパはしないわ」
「負ける訳にもいかねーだろ」
「わかってる……わかってるわ……だから、せめて、ね?」
キクからマテリアライズされた銃弾を受け取ると俺はショットガンに装填する。
大きく息を吐き出すと、静かに昇る太陽を地平線に見つめ、俺は呟く。
「……行こうか。インスタントダンジョンだ。便所の蓋を華麗に閉めてやらなくちゃあな」




