君、心折れる音を聞け。
神殿の外に出ると、強い日差しに俺は目を細める。
空気の質感、風の息吹、土の匂い、そして太陽の日差し。
これらの感触を視覚だけではなく、ダイレクトに感覚に伝えてくれる。
――次世代MMOエルドラドゲートオンライン。
これがVRMMOって奴なのか。
「お父さん、お母さん、今、ボクは別の世界に居ます。ただし、全裸です」
そう、全裸。
俺は今、全裸で世界を余すことなく感じている。
その隣ではどこか申し訳なさそうにチュートリアと名付けたパートナーNPCが立っていた。
「しかし、びっくりです。チュートリアルクエストは普通、操作を教えてくれるものだと思いました。初心者アイテムをくれるものだと、思っていました。最近のゲームは凄いです。初期装備を奪われました」
チュートリアルキャラクターだからチュートリア。
最初にレベル99とか言っていたから、多分、街につくまで操作とかを教えてハイさよならなNPCで、後は多分、ちょくちょく要所で解説入れてくれるんだろうと察して俺はそう名付けた。
できれば、肉便器ちゃん6歳とか、ヴァギアヌスとか、オナニアンとか見るたびに笑える名前の方が良かったが全部却下された。畜生め。
俺の少し大きい服をまとったチュートリアは何か言いたげに俺を見て、全裸の俺から静かに視線を逸らす。
「こうなったのは、誰のせいですかっ!」
やわらかいほっぺたを膨らませながら反論するが俺はジト目でにらみつける。
「俺のせいか?俺が何か悪いことしたんでしょうか?」
「わ、わたしのレベルを1にしたから……」
「それは俺のせいなんでしょうか?俺が悪いからあなたのレベルが1になったのでしょうか?」
「そ、それはわけのわからないことを言ってたから……」
「俺、ココ、ハジメテ。お前、ココ、ズットイル。俺、ワケワカラナイ。俺、ナニモワルクナイ」
俺が原始人を装いそう言うとチュートリアはふてくされたように吐き出した。
「……えろいこと、した」
「うん、それは悪かった。俺が、悪い。ごめんなさい。本当にごめんなさい」
俺は謝るが、これっぽっちも悪いとは思っちゃいない。
「ハァイ、謝りましたー。ごめんなさいしましたー。俺、今悪くない!それに、それはあくまでお前がレベル1になった原因で、服をとられた原因になりまっせーん!それともあなたには全く!これっぽっちも!全ッ然ッ!悪いところが無いとっ?そう、言いきっちゃうんですか?」
「そ、それは……」
これは通称『IRIA苛め』というファミルラで流行った遊びである。
IRIA積載型半PCとコミュニケーションを取るという前作でIRIAはコミュニケーションの中で学び、成長してゆく。
だけど、元々がプログラムだ。論理的な内容を処理不能まで叩きつけると、あっぷあっぷになってしまう。
可愛い容姿のNPCがあたふたするのを見て楽しむ遊びなのだ。
「わ、私にも悪かったところが、あったのかもしれませんけど……」
「悪かったんだよね!?悪かったんでしょう?そりゃあ、俺も悪かったさ。でも、お前も悪い。なら、そこでイーブン、相殺、お互い様、喧嘩両成敗!ここまではOK?」
「お、おうけいです……」
俺は全裸で胸を逸らし、チュートリアを見下ろす。
どこまでも嫌らしい笑みを浮かべ、怯えるチュートリアをずびし!と指さし告げる。
「じゃあ、君が来ている服は誰の物なんだい?」
「え、えと……あ、あなたの……です」
「そうだよナァ?俺のだよナァ?アレ?おかしいナァ?俺とお前の悪い悪くないってのはさっき終わったはずだよナァ?俺はお前に服をやる必要性がこれっぽっちも無いよナァ?俺悪い、お前も悪い。イーブンイーブン。アレ?アレレ?なんで、お前が、俺の、服を、着ているのかなぁ?」
チュートリアはどこまでも無様に反論する。
「そ、それは、恥ずかしいから……」
「そうかー、恥ずかしいからかー、全裸だもんなぁ、恥ずかしいよなぁ。今、俺、全裸っ!俺も恥ずかしいなぁー!あーハズカシー!」
IRIAとて根っからのバカではない。次に俺がなんというか理解しているのか既に目の端に涙を溜めはじめている。
「だがっ!しかしっ!それでもっ!だっ!俺は、おにゃーのこである貴様にっ!自らが恥ずかしいことを我慢してっ!見ず知らずのこの世界でっ!ただ一つ与えられた衣服をっ!身体以外でもっていたただ一つの財産をっ!君のために差し出したのだ」
「あ、あの、その……えと……」
はい、ここでとどめの一撃っと。
「それを、『誰のせいですかっ!』ってか?はい、誰のせいです?誰のせいでしょうか?ここには二人しか居まっせん。俺とお前。俺のせい?俺のせい?俺のせい?俺は、やさしさで服をあげたにすぎない。そのやさしさが命取りだというなら責められよう。それは俺が、俺のプライドで全裸になった全裸オブプライドだから。貴様がそんな俺を責めるのであれば、いい。貴様は元神様だかなんだか知らないがうんこのような人格の持ち主と俺は認識してうんこのように水に流してやるから」
もはや完全にグロッキーとなったチュートリアの死体撃ちをはじめ、最早俺は有頂天。
だが、ここでやめない、止めない、終わらない。塵一片も、残さない。
「さて、元神様。今レベル1。とりあえず街までは一緒にということでお前を連れていってやる訳だが、このわだかまりを解消するのにやることがあるんでねーの?俺ァ別にいいんだよ?君をここに一人放っておいても」
「ご、ごめんなさい、本当にごめんなさい!置いてくことだけはどうか……」
「それだけじゃあ、ないよねえ?普通、そう、うんこじゃなくて普通なら?」
「あ、ありがとうございます。服を下さいまして、ありがとうございますぅぅ!」
どこか半狂乱になりながら礼を言うチュートリアは見るも惨めだ。
「誠意が足りない」
ですが、死体撃ちは基本です。
「あなた様は唯一の持ち物である衣服すら、私に下さいましてとても広く寛大な心の持ち主です。その優しさに私、感動いたしましたっ!」
「言葉ではなんとでも言える」
チュートリアは声にならない叫びをあげてだばだばと涙を流し、完全勝利した俺を見上げ土下座をした。
額を土にこすりつけ、惨めに俺に頭を下げるチュートリアに最後の死体撃ち。
「ぺっ!」
唾を吐きかけてやると、バリンと心が折れる音がした。
「うぐぅぅぅぅうううっ!わ、私が悪かったんですかっ!私が悪いんですぅぅ!」
俺は片手を天に掲げ、世紀末覇王の弟ポーズでさりげなく呟く。
「完全勝利ぃー。フゥッフゥ♪」