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廃神様と女神様Lv1  作者: 井口亮
第一部『導入編』
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異界に降り立つ勇者(笑)

――聞こえますか。


 重く頭に響く声に、俺はゆっくりと瞼を開く。


 ――私の声が、聞こえますか。


 そこはドーム状に広がった荘厳な神殿だった。

 意匠の凝らされた柱が天井を支え、古びた石の階段の先に光に輝く祭壇があった。

 そしてその祭壇には――


 ――今、世界には危機が迫っています。


 戦女神、なのだろう。

 金の装飾が施された青い兜を被り、白い清楚な法衣を着て、静かな瞳で俺を見下ろしている。


 ――深き混沌の底、闇の果てより出る悪意が魔王となり人の世を……


 「すっげ!これすっげ!オープニングムービー?」


 俺はあまりにリアルな感触に思わず声に出して叫んでいた。


 ――魔王の軍勢が、迫って……


 「さすがG-GATE社やわー。脳波研究には他の追随を許さないその技術力はダイレクトにその感触をプレイヤーに伝えるのか。提携を組んでエモコン専用に作っただけあるわー。何これ、あ?動けるんとちゃうん?」


 俺はオープニングムービー中でも動けることを発見し、軽くステップとかをしてみる。

 自分の体のように動くキャラクターモデルに感動して踊ってみたりする。


 ――いや、だから……


 「フゥフゥ!ハハァ!フゥハハァ!イヤッホゥ!」


 ――ちょ、話を……


 「コマネチコマネチ!マッハコマネチ!」


 いつまでも続くオープニングをガン無視して俺は感動のあまり、暴れまわる。

 壁にタックルしてみて予想外に痛いことに擬似痛覚まであることに感動を覚える。


 「ヒャッホゥ!痛い!痛みを感じるよ!お父さんにぶたれたわけじゃないのに!」


 ――あの……


 「高いところから飛び降りたらどうなるんだろ?ファミルラじゃちんちんフワっとしたからこれもなんのかな……あーいきゃーんふらーい!」


 ――ちょ、ええええ!


 思い切り階段を駆け上がり、祭壇の上からジャンプする。

 戦女神っぽいNPCが驚いた表情をしているがそれがリアルで感動しながら俺は自由落下していく。


 ――死ぬツモリですかっ!


 戦女神が突如俺の首根っこを掴み、祭壇の上に引き戻す。

 がっちりとした重量感どころか人肌の感触、熱まで再現している。


 「来た!来た!エモコンの時代来た!『Angel Halo』買った俺、勝ち組!」

 「話を聞けぇ!」


 俺の耳元でNPCが怒鳴り声を上げる。

 思わずキィンと来る衝撃に、俺は驚いた。


 「さっきから、キ○ガイですか!奇声を上げながら踊ったり、いきなり自殺しようとしたり」

 「すっげ、NPCが状況に合わせて反応しおる。さすが、最新版。こんなところに力を入れるならバランスしっかり調整しろよと言いたくなる」


 俺はこの会社がもうひとつ力を入れていることを思い出し、戦女神の胸に手を伸ばした。

 手の平の上で弾力を持って弾むその塊に快哉を上げる。


 「な、な!な?何するんですかいきなりー!」

 「いよっし!来た!来た!これで勝つる!俺、勝つる!おっぱい揉めた!俺が勝つる!」

 「勝つ前に死ねぇぇ!」


 思い切りNPCに殴られた。

 実際、眩暈がするくらいの衝撃を覚え、流石にこれはダメだろうと思った。


 「痛ぇ……これは障害出るレベル。不具合報告せな」

 「あなたの頭の中が不具合です!」

 「つか、このオープニング長ぇよ。チュートリアルさっさと進めばいいのに」

 「だったら黙って話を聞いてください!そうしないといつまでも儀式が終わらないんですから!」


 威圧的なNPCに俺は本当に運営に殺意を覚える。

 こんな余計な返答パターンを用意するくらいならマジでちゃんと調整しろし。

 NPCの戦女神は居住まいを正すと咳払いをして続けた。

 俺はそんなNPCの前に胡坐をかいて座ってあげる。


 ――戦神コーデリアを導いた勇者よ……


 「もったいぶってねえでさっさと終われよ。どうせ魔王倒せとかそんな話だろうに」


 一瞬、NPCがにらんだような気がした。


 ――あなたなら、きっと、世界を導くことができるはず……


 「スキップ機能ねえのかな?つか、インターフェースどこで開くん?オープニング中は操作無効?」


 俺は全く聞かず、色々と試してみる。

 こう、ステータス!とかインベントリ!とか強く念じてみたりして。


 ――大地が泣き、空が咽び、海が荒れる……このままでは……


 「大概、MMORPGの前振りって壮大なくせに結局ゲームの中で結論つかないわけだから聞くだけ無駄なんだからはよ終われや」


 ――あいたっ!


 いつまでも終わらないモンだから小石を投げつけてやると鼻にぶつかってNPCが痛がった。

 そういえば、みんな強制ログアウトさせられたからメンテで弾かれることを思い出す。


 ――どうか、この世界を救って下さい。


「えーと、ログアウトどうやんだコレ」


 ――天と、神と、精霊に祝福されし異界の人よ。


 「メニュー!いあ、違うのかな……コンフィグ!エスケープキー!!」


 ――どうか、この世界を救って……


 懇願するように頼んだ女神に俺は、今、一番思っていることをぶつけた。


 「ログアウトしてえんだけど、どうすればいいん?」


 ――……だぁぁああーまぁぁぁああらっしゃぁらぁ!


 目の前の女神っぽい何かが吼える。

 エフェクトで神殿自体が振動してぱらっぱらと天井が剥がれたりする。

 衝撃が俺の頭をくらくらさせ、俺は耳をほじりながら顔を歪める。


 「あーびっくりした。これ、廃スペックマッシーンじゃないと絶対蔵落ちするわ」

 「おーぷにーとかいんたーふぇすとかログアウトとか訳わかんない!いったいぜんたいこの異界の勇者は何をくっちゃべってるの!」


 目の前に立つ女神っぽい何かはがなりたてながらそう俺に尋ねる。

 むかつくから鼻フックしてやる。


 「チュートリアルはよ進めや。普通メニュー画面の開き方とかから先に教えるだろが」


 女神は鼻フックされて露骨に顔をゆがめて手を振り払う。


 「何を言ってるかがさっぱりわかりませんよ!もーいいです!もーやんないですからね!せっかく台詞も考えてきたのにしっちゃかめっちゃかに暴れて聞こうともしないし!」

 「うるせえよ。そんなことよりログアウトさせろよ!どうせすぐに切断されるんだから風呂入ってくる」

 「そっちこそうるさいですよ!訳わかんないこと言ってないでさっさとこの宝珠に触ってちょーだい!」


 女神は苛々した様子で俺の手を引っ張って祭壇の上に置いてあった水晶を触らせる。

 ほのかに光の粒子が舞い、灯りを点した水晶が静かに唸り、明滅する。


 「はい、契約終了。さっさと願い事言って魔王殺しに行きますよ」

 「何これ。キャラメイクか何かの前イベント?これでこの世界のアバター作れとかそんな話?」


 どうにも俺も女神も噛み合っていない。

 女神は人間くさく眉を潜めると俺を見下ろして首を傾げる。


 「私は、戦女神コーデリアからフェルミアの世界を継ぎ、エルドラゲートを開いたイリアの化身です!」

「IRIAって知ってるぞ。高度演算機構の事で発電所とか病院とかで自動に人的エラーを補完してくれるプログラムだろ?ネットゲームのNPCにそれ積んだって話で、本来だったらスパコン何台も並べないと処理不能な演算も現代ミラクルIRIAのおかげで無駄なルーチンがっつり省いてネトゲにも使えるって話だろ」

 「何をおっしゃってるのかさっぱりわかりません。とりあえず願い事いって下さいませんか?詳しく説明してもいいですけど、聞いてもらえそうにないんで」


 戦女神っぽいNPCはなんだか不機嫌な様子で俺を睨んでくる。


 「好感度システムも実装してるんだろうか?いいアイテムくれるんだったらミスったかもしれないけど、たいていこういうのって後で巻き返し効くからどうでもいいんだけどね。まぁ、その願い事ってのがなんなのかよくわかんないから聞いてやるよ」

 「……何で上から目線なんですか?まぁ、いいです。あなたはこことは違う世界からリ・ブル・ヴァームの祝福を受け、運命の女神ラ・ファーサの導きを経て600年の長きに渡る封印を……」

 「長そうだから、三行で頼む」


 嬉しそうに語り出した戦女神のNPCを小突いて黙らせる。


 「……要はあなたは異世界から召還された運命の環の一つで、私はあなたに祝福を与えるために遣わされた神の使者なんです。だから、この世界の危機を救って下さるかわりにあなたに加護を一つ与えなくてはいけないんです」

 「めっちゃ不本意そうだなー」


 NPCは俺をぎっと睨むとヒステリックに喚き散らす。


 「私だって嫌ですよっ!なんで私のパートナーがあなたみたいな訳のわからないキ○ガイなんですかっ!仕事だから来てるだけなんですからねっ!さっさと加護を言って下さい!」


 加護?

 どうやらエルドラドゲートじゃゲーム開始と同時にボーナスを選べるみたいだ。

 ベータ版にゃ無い仕様だったけど新たに追加されたんだろうか?


 「そりゃどんなボーナスなんだ?」

 「ボーナス?加護ですよ。願い事を言ってくださればいいんです」

 「どんな種類のがあるかって聞いてんだがな?一定時間速度パラメーターに補正を受けるだとか、一日一回復活ができるとか。あんだろ、色々」

 「なんですかそれ?何を言ってるのかさっぱりわかりません」

 「他の人はどんなの選んでるかわかんのか?」

 「私も今回、初めてなんですよ。だから、他の方がどんな物を望んだなんかわからないです」


 NPCの返答は至極最もだった。

 そりゃ、ゲーム始まって俺用に用意されたイベントなんだから俺にしか来ないわな。


 「まあいいや、じゃあとりあえずキャラメイクとか面倒だからあとでするとして今はログアウトだな」

 「ログアウト?」

 「あー、なんだ?お前さんにわかりやすく説明すると元々居た世界に戻せって話だ」

 「はい、わかりました……ってできると思います?こちらもわざわざ迷惑承知な上、運命の女神がえらく苦労して呼び出したのに、来てはい帰りますってなります?」


 NPCがなんか酷いこと言ってる。


 「えらく手の込んだ返答パターンだなコレ。ムカつくわー。おっぱいも全然ねえし」


 俺はゲシゲシとNPCの頭を小突き回し、調子に乗って蹴りを入れる。

 苛々した様子のNPCは最初我慢していたが、おっぱいを揉まれる中、とうとうこらえきれずに俺をぶん殴った。


 「オフゥ――」


 その瞬間、とてつもない衝撃が俺の身体に走り、気がつけば何メートルもぶっ飛ばされていた。

 意識が眩み、視界が真っ赤になる。


 「あぎゃぁあああっ!ああっ!あぁぁ……うぉぉぉ……ふ、ぶふぅ……っ!ぅぅ」


 不具合なんてレベルじゃない痛覚に俺はこのまま死ぬんじゃないかと覚悟する。


 「――言っておきますけど?私、これでも神様ですから。異世界から召還されたとはいえ、あなた程度のレベルの人間なんか目じゃないくらい強いですし?」


 どこか得意げに言ってくるNPCに俺は地面で芋虫のように這い蹲りながら痛みにのたうち回る。


 「おあぁぁ……ああぁぁ……ああぁ」

 「異世界から召還された勇者っていう話だからどれほど強いかと思えば、一般人と大して変わらないみたいですし、ただ、まあ、将来性を考えて我慢してましたけど、やめました。もう、私がぱぱーっとやっちゃいますんで、とにかく契約として願い事だけ言って下さい。何でもかなえてあげますから?」


 どこか得意げに話すNPCに俺は引いてきた痛みと一緒にムカっ腹が立ってきた。


 「ぐぅぅ……ぅぅ……ぅぅ……!」

 「あ、心配しなくてもいいですよ?私が自由に動くためにあなたとの契約が必要なだけであって、戦女神コーデリアの直系だからもの凄く強いんです。レベルという数値で言い表すなら99、カンストっていう話ですから」


 フン、と鼻で笑うNPCに俺はいよいよもって怒りを覚える。


 「なんですか?その態度、やるっていうならいくらでも相手になってあげますよ?ただ、覚えておいてくださいね?私でレベルという数値が99であなたの場合初期値の1。それは絶望的な戦力の差だってことを」


 俺はよろよろと起き上がると、このふざけたNPCに対してどうしょうもない憤りを覚えた。

 エフェクトだろうか、俺の額に血が滴っている。

 えらく生々しい血の感触も俺にとっては怒りを覚えさせるファクター以外の何者でも無い。


 「てんめぇ……よくもやってくれやがったな?」

 「どうするツモリです?実力差は理解したと思うんですけど、それでも戦います?死なない程度に痛めつけてあげますけど」


 俺はクツクツと悪い笑みを浮かべる。


 ――俺ぁこういう高慢ちきな奴が大っ嫌いだ。


 ネットゲームという現実と隔離された世界だからって何をやっても許されると思っている奴。

 また、レベルという物が自分の人間まで価値を高めたと勘違いしている奴。

 だから、他人に何をしてもいいと思ってる奴が、とてつもなく大嫌いだった。


 「おう、さっき願い事何でも一つ聞いてくれるっつー話したよな?」

 「ようやくまともに契約してくれる気になりました?まぁ、私はもうどうでもいいんですけどね」

 「てめーがレベル99のカンストだって話だよな?」

 「はい。あなたより100倍以上強いです」

 「――じゃあ、そいつが1になりゃ、お前さんは俺とどんだけ違うんだ?」

 「……はい?」


 一瞬、NPCが俺の言ったことを理解しかねたのか首を傾げる。

 そして、思い至ったのか急に顔が青ざめていく。


 「え?まさか……ちょ、本気ですか?一応、これからパートナーとなるんですよ?」

 「知らねえなぁそんなこと。一人でどうにでもしていくっつー話だよなぁ?俺は今、お前にやられた一発をどうしても返したくてしょうがない」

 「いや、そこは……だって、あなただって話を……あわわ!謝ります!謝ります!」

 「俺は、今、お前にやられた一発をどうしても返したくてしょうがない」

 「えーと、えーと、あ!そだ!一発殴られます!たぶん、私の場合、効かないと思いますが、そこは、えと、一発は一発ってーことでー」


 どこか必死なNPCだが、俺はニヤニヤと嗤いながら痛みでふらふらと揺れる。


 「……ダメです?」

 「俺は、今、お前にやられた一発をどうしても返したくてしょうがない」


 ごきごきと指の骨をならし、俺は恐怖に怯えるNPCに告げてやった。


 「――お前のレベルを1にしてもらおうかッ!」


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