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廃神様と女神様Lv1  作者: 井口亮
第四章
291/296

飲んだら乗るな、フリにも乗るな。油断一瞬、事故一笑。

 「えーと、サキチさんはマシラさんの息子さんですか?」

 「マシラって誰?」

 「あー、ネルベスカでマスターと一緒だったニンジャさんです。なんかよくわかんないうちに居なくなっちゃいましたけど」


 そういやキクさんはマシラと会ったことねーんだっけかな。

 つか、チューちゃんも雑な説明してくれるがチューちゃんもあんまし面識ねえんだよな。

 少年、といってもチューちゃんより若干年下くらいだろう。

 店の外に河岸を移し少年剣士は俺を前に白刃を抜き放つ。


 「左様。どんな卑怯な甘言を弄したかは知らぬが裏切った影は死をもってその汚名を濯がねばならぬ。卑しくも未だ命惜しさに生き恥を晒す父の代わりに幕敵を誅し、それがしが父の代わりにお命を返上致しなければ先祖に言葉も無し」


 淡々と述べてくれるが酒が回ってきた頭じゃよくわからん。


 「あっちゃん何言ってるかわかるー?」

 「いや、酔ってきてあんましわかんねえけど、あれだろ?先祖代々将軍家の任を受けてきた御庭番の忍びとしてその忠義を翻した父の不忠たる元凶である俺を討ち、その功績をもって自ら死すことによりその汚名を濯ぎ家の名誉を守ろうとしているってことだろう?」

 「あんましどころかくっそ理解してて草ァ」


 キクさんが吹き出す。

 そうか?言ってることそんな難しいか?

 少年剣士――サキチは幾ばくか丈の短い刀を構え、俺に相対する。


 「敵ながら天晴れ。だが、幕府に弓引く怨敵には変わらぬ。刀を抜け、成敗してくれる」 大上段に構えるがその間合いは上段の間合いじゃない。


 忍術も使うならその間合いか。

 そういやマシラの息子だっつってたな。


 「ふむ」


 俺は刀の柄に手をかけ、その場に座った。


 ――正座したのだ。


 何が起こるものかと店の中や家の中から野次馬どもが恐る恐る覗いてくる。

 白刃を掲げた少年の前に正座した俺に誰しもが驚いた。

 だけどね?正直ね、そろそろ立ってるの辛いの。

 あとさ、酔ってだらしなく膝崩したり壁に寄り掛かったら偉い人とかに失礼になるでしょ?

 こういうときはきちっと正座して腰に背筋乗っけてしゃんとしてるフリすんの。


 「大人しく斬られる気になったか一志禄郎太」

 「不義なき家臣を斬る主なれば、お前の父たるマシラは俺を主と仰ぐものか」


 それは佐吉の逆鱗に触れた。


 「それがしはお主の家臣になった覚えはござらん!戯れ言を抜かすな!」

 「家を召し抱えれば末代まで主たらねばならない。マシラが俺の臣下なればその息子たるお前もまた俺の臣下なり」


 あー、酔っ払うと俺、なんか口数少なくなるんだよなぁ。

 よく目も据わってるって言われるし。


 「貴様に尽くす忠義など持っておらぬ!」

 「家に言葉なく主を変えたのは父。主君として仰ぐ将軍に命を賭して尽くす忠義、幼きその身に家名を負う男児としての気概、同じ男として頼もしく思う」

 「甘言を弄すな!なれば男子として刀を抜け!抜け!」


 おまえー、酔っ払って刀とか抜いたら危ないだろ。

 この子は何を言ってりゅんだか。

 お説教したげないとね。


 「されば男子として今一度、父が何故、主君に弓を引いたか今一度考えよ」

 「命惜しさに恩義を忘れ生き延びた裏切り者のことなど!」

 「命など惜しむものか。貴様が命を捨てここに来たように。また貴様の父も同じ」

 「何を言っている!」


 あー俺、何言ってるんだろう。

 なんかキクさんとか赤い竜さんとかチューちゃんが目ぇ丸くしてる。

 あ、シルフィリスが影でチュートリアの天ぷら食べてる。

 人間の視界って広いから二百度近くの範囲で見えるんだよな。


 「貴様の父とて命などとうに捨てておる。二心など持つ由も無し」

 「だが――だとしたらば何故!なにゆえ!翻意した!裏切り者の子として後ろ指を指される不名誉を子に着せるのがその忠義者のすることか!」

 「子に生きて欲しいと願う父を嗤うか」

 「生きてはおれぬ!身を包む布も、喰らうた米も、不忠により得た銭金で繋いでしまったのであればこの血肉は主君へと返さねばならぬ!」

 「今一度、考えよ。貴様には父の流す血の涙が見えぬか」


 俺なー、あんましなー、説教くさいのって嫌いなんだよなー。

 ほらー、話長いのって嫌われるし。

 でもねー、なんかこの子生き急いでるしお話しないとねー。


 「この動乱の世において治世乱れれば天もまた乱れる。否、天が乱れておるからこそ治世を乱してでも治めねばならなかった」

 「長き天下泰平に溺れて弱くなってしまったのはヒノモトの民ぞ、生きる為には強かにあらねばならぬ。将軍様はそうお考えになられ自ら鬼となられた!」

 「天下泰平に溺れた世に浮かぶ悲哀にそれもやむなしとするか。しかし、それは不忠者の考えぞ」

 「何を申すか!それがしが不忠者と申すか!」

 「おのれは自身が忠義を尽くす幕府の築いた泰平の世を愚弄したのだぞ。今一度、考えよ。天下泰平にて安穏たる世を築き、それを維持したのもまた幕府なり。それは非なることと断ずるなれば幕府はなにゆえに泰平の世に人を甘んじさせた。それは無辜なる民を思う父母として民の安寧を求めたからぞ。なれば無辜なる民をも救い、もって新たなる泰平の世を築かんとする主君の真なる願いをも背負う父の悲願を何故理解してやらんのだ」

 「黙れ!貴様に何がわかるというのだ!」

 「わかるものか。息子たるお前がわからねば、誰がわかるものかよ」


 少年剣士の手の中でちきちきと刀が震える。

 あー、なんか泣いてる。

 俺なんか酷いこと言ったかなー。

 もーいーかなー。

 きちんと、こう、丁寧に立ち上がって裾をぴって払ってー。


 「今一度、考えよ。この身今生にあるは主家たる幕府の、連綿と続く今の将軍の恩と、うぬの安寧を願った父母の願いぞ。その願いを足蹴に、おのが名誉のみを尊びその上で我が首を欲するならば主君としてくれてやる」


 少年剣士にそう告げ、俺はまっすぐとキクさんの長屋に歩く。

 お酒飲んだらおうちに帰るまでが飲酒です。

 車乗っちゃだめだしー、人に迷惑かけてもだめー。


 「父上ぇ――うぐ、父上ぇぇ――」


 声を上げて崩れ落ちる少年剣士。

 男だもんなー、辛いこともあんよなー。

 そんな少年剣士と俺を交互に見つめているキクさん達に告げる。


 「男が泣くところを見るものではない。帰るぞ」

 「あ、ハイ」


 悠然と歩くフリをしている俺の後に続いて、店の人に頭を下げながらみんなついてくる。

 どこか唖然とした様子でみんなついてくるけど酔っ払ってねえよな?

 酔っ払ってるならみんなおうちまで送ってってあげないと。

 竜ちゃんの住所どこだったっけなー、タクシーの運転手にメモ渡さないと。


 「ねえ赤い竜さん。ひょっとしてロクロータさん酔っ払ってらっしゃる?」

 「キクさんが知らないなら知らないよ。あっちゃんってお酒飲むとああなるの?」


 二人ともチューちゃん見て視線で尋ねるがチューちゃんは首を振る。


 「私、マスターが人前でお酒飲むのはじめて見ましたし。最初はなんか武人として酔って剣筋が鈍るからかなーとか思ってましたけど、本当にお酒嫌いみたいで」


 そうね、ほんとゲームするとき酔っ払っていらいらしてマウス投げては壊して切ない思いするから本当にお酒って嫌いなの。

 だいたい酒の席ってイライラすることしかないし、イライラ溜めてゲームで解消しようとしても頭しゅっきりしないし思うように動かせなくて勝てなくて負けるし。


 「いやぶっちゃけね?このパティーンでロクロータが暴力で解決しないという選択肢が無いなって思っちゃった訳なんだけどそこら辺、ロクロータ専門家の赤い竜さんとしてはどういった見解で?」

 「いやー暴力でしょー。小僧の戯れ言がーとか言って斬って捨てるパターンでしょー。それじゃなくても殴り合いで肉体言語使って理解するとかそんな感じ」

 「で・す・よ・ねー」


 赤い竜とキクさんがひっそひそと人の悪口言ってる。


 「――マシラの子か」


 あー前見えなくなってきた。

 目を細めて回り始める視界を確保しようとすりゃ、それが外から見りゃなんか物憂げな格好いい視線に見えるんだな。


 「マスターが格好いい。そしてなにげに暴力じゃなくて対話で物事を解決したのをはじめて見た。やれば出来る子なんだ。私、感動しました。お酒の力って凄い」

 「所作一つ一つが絵になるくらい格好いいけど酔っ払ってんのよねアレ」

 「普段見てると正直引くわ。キクさんあれきもい」


 木枯らしが吹き、身を貫く寒さに手のひらを袖にしまい、ぼんやりと道を照らす月をふらりと見上げる。


 「天下泰平――杯の上揺れる月の如し、求めるも誰も見たことの無き夢か幻か」


 あー、おしっこしたい。


 ◆◇◆◇◆


 慣れない酒なんて飲むもんじゃない。

 昨晩の記憶が全く無く、気がつきゃキクの長屋でチューちゃんと寝ていた。

 チュートリアが他人の寝床に入るのはいつものことだが、記憶が無いモンだから間違いでもあったんじゃないかと一瞬ビビる。

 冷や汗を流し、急いで身を起こせばもうすぐ冬になる朝の冷気が肌に刺さる。

 まだ酒の残る頭に刺さった冷気が急いで記憶を取り戻そうと回りに回るがそもっそも無くなってるものなんざ見つかりもしない。


 「ん……うぅ……」


 チュートリアが寒さに身じろぎし、丸まって布団と俺の体を抱き寄せるが俺は間違いなど絶対に無いと思い直し、安堵する。


 「……よかった」

 「うぇ……あ、起きたんですか?何か……ふぁ……良かったことでもあったんですか?」

 「いや、チューちゃんと間違いがあったら大変だなと思ってな。酔っ払ってもそれはねーわと思えたから。童貞チューちゃんで捨てるとか可哀想だろ?」

 「迎え酒に飲むと頭痛も治るらしいですよ……ふぁ、あぁ…むにゅ……」


 翌日の寝起きまで飲まされるとかそんなアルハラ俺でも受けたことねーよ。

 寝間着の襟を寄せて朝の寒さに身震いするとのそのそと井戸に向かう。

 チュートリアはまだ眠いのか布団の中にくるまって団子になりやがった。

 まだ赤い竜やキクさん達は眠ってるらしく縁側を音を立てずに歩こうとするが立て付けが古いのかギシギシと音がしやがる。

 風呂屋もまだ開いてない時間だし軽く体でも拭こうかと思ったがこうも寒くちゃそれもどうかなと思ってしまう。

 なにせ長屋の井戸ってのは共同なもんでこの寒い中に外に出て水を汲んで帰ってこなくちゃならん。

 お酒のせいで水も飲みたいし顔だけでも洗ってくるかと外に出てみるとそこにゃ土下座して短刀の前に跪く女が居た。


 ――俺ぁまだ酔っ払ってンだろうか。


 一度、空を見上げてみて、うっすらと日が昇り、明けの明星が見える藍色の空が歪んでないことを覚え、ふと、また視線を降ろす。

 やっぱりそこには土下座して短刀を前にした女が居た。

 ぽりぽりと頬を掻いてみるが何でこうなってるのかよくわかんねえ。


 「……ますたぁ……しょーじ?閉めていって下さいよぉ……寒くて寝られないじゃないです……うわぁ!」


 のそのそと起き出してきたチュートリアが長屋の前で土下座する女を見て驚く。

 つーことは俺が酔っ払って見てる幻影じゃないってことだな。

 うむ、そこまでは把握した。


 「なあ、チューちゃん一体どういうこった?」

 「いや、知りませんよ」

 「俺昨日酒飲んだ後なんかやらかした?飲んだ後記憶全然ねえんだけど?竜ちゃんとかキクさんとかちゃんとタクシー乗って帰れたの?」

 「タクシーってそもそも何かわからないですけどみんなちゃんと寝てますよ」

 「俺飲んだ後キャバクラとか行った?そこで何か粗相しちゃった?」

 「キャバクラってどこのダンジョンですか?」


 目の前の事態が飲み込めず、混乱した俺の質問に答えるチュートリアの答えも素っ頓狂なものだ。

俺達が訳のわからんトンチキな問答を繰り返してりゃ女が唇を震わせながら告げた。


 「しゅ、主上に刃を向ける不忠者の母、シズと申しまする。こ、此度の不義、我が命をもって償いますゆえ、どうか、どうか」


 何を言っているのかさっぱりわからん。

 俺がチュートリアを見るとチュートリアはどこか難しい顔をして顎に手を当てる。

 そして、恐る恐る確認するように尋ねる。


 「えーと、佐吉さんのお母様でよろしかったでしょうか」

 「はい、左様に……ございます」


 いつから居たのだろうか吐き出す声も寒さにやられて枯れている。


 「佐吉さんが粗相をしたからお母様が責任を取られるってことですよね?」

 「はい……主人はもう亡くなったものと思っております。この上、佐吉まで亡くなれば我が家は断絶……ご先祖様に……顔向けができませぬ」


 えーと、あーと、うーと、つまり、なんだ。

 何かあったんだろうけど俺にゃさっぱりわからん。

 俺がチュートリアに視線で尋ねると、チュートリアは全てに合点がいったらしくどこまでも真摯な瞳で俺を見つめてくる。


 「マスター、も一度お酒を飲みましょう」

 「いや、そうはならんやろ」

 「お酒の力は偉大。困った問題を平和的に解決してくれます」

 「いや、そうはならんやろって。多分、大抵の場合それ問題先送りにしてるか放ってるだけだろ、そもそも酒って問題事運んで来る事の方が多いし」


 酒で人間関係が円満に行くって人も居るだろうが酒飲まない人からすりゃ問題しか無いように見える不思議。

 あと酒の席で重要な話ぶっ込んできたりすんのマジやめろ。

 頭ぐるぐる回して酒の席で玉虫色に返答したの自分に都合のいい解釈して約束だと言い張るのマジでやめろ。


 「大丈夫です。さあ!」

 「さあ、じゃねーよ!翌日の朝まで酒飲ますアルハラなんてブラックな俺でも受けたことねーよ!訴えるぞ!」

 「お酒飲んだマスター格好良かったなぁ、もう一度見たいなー?マスターの?かっこいーところ?み・て・み・た・いー?みたーい♪みたーい♪みたーいー♪飲んでー☆飲んでー☆飲んでお願い☆にゃんにゃん☆」

 「やかましい。どこのキャバ嬢だおまえは。飲みません!つか、昨晩の記憶ねえんだわ。何があったのかわかるように説明してくんねえかな」

 「えーとですねぇ……」


 チューちゃんがなんとか説明しようとしてくれるがもともとあんまし説明上手じゃないしよくわからなかった。

 何があったのかとのそのそと起き出してきたキクさんや赤い竜さんに説明を求めたところどいつもこいつも好き勝手俺の酔っ払った痴態をバカにしてくれてシルフィリスさんが来てようやく理解できた。


 「つまり、なんだ。昨日酔った勢いでマシラの息子に説教垂れてそのノリと勢いでおかんがお詫びに来てるって訳か」

 「おそらくは。というよりロクロータ殿の国は主上に逆らえば死罪で、子供も死罪、嫁まで死罪になるのか。死罪だらけだな。キチガイの国だからか?」

 「お前のマスターもそのキチガイの国出身だからな忘れンなよ」


 最近ずけずけと物を言うようになってきたやさぐれシルフィリスのディスに軽く応じると一体どうしたものかと頭を掻く。


 ――いつまでも女に頭を下げさせているというのも心地悪ぃ。


 「まず、なんだ。頭を上げちゃくんねえかな」

 「なりませぬ。主に刃を向けて一体どのような面を向ければよろしいのでしょう」

 「覚えちゃいねーよ。ようけ知らんがお前の旦那は俺の言った命令をしっかりこなしてお前さんの息子はしっかりマシラのガキだったって話だろ」

 「ですが――」

 「嫁と子供食わさずして何が父親か。ひとまず安心したよ。ツラあげてくれ」


 膝をつき、屈み込んでようやくその女は顔を上げた。

 美人、というには眉が太く少し野暮ったいが芯の強そうな顔をしている。

 三十路にさしかかった頃だろう、頬についた土がどうにも薄幸そうに見える。

 苦労してきたんだろう。

 あかぎれた指が寒さで割れて血を流していた。


 「禄郎太様――」

 「父親が苦労を家で語るモンじゃねえしガキが苦労を理解できねえのは何百年経っても変わりゃしねえ。ガキは働き出してから黙って親父の苦労を後から知りゃいい」


 偉そうに語れる程、苦労した訳じゃあない。

 だが、それがわかるくらいには苦労はした。

 それでも苦労が足りず見栄こいて失敗もしている。


 ――未だ、その謝りをできずにこんなところに居やがる。


 「母親の役目はそれを支えて見守らなきゃなんねえから誰よりも苦労する」

 「禄郎太様――ありがとう――ございますぅ――」


 再び地面に額を擦りつける女に俺が困れば震えている肩に自分の羽織を被せてやる。

 どうにもどの世にも苦労してる母親ってのが多すぎる。

 それだけ男共が好き勝手やってる証左なのだがまだまだ自由の身の俺としちゃこんなことを言うのもまた烏滸がましい話なのだが。


 「おいキクさんあっちゃんまだ酒残ってるぜw」

 「格好いーいw二日酔いですかーw」

 「もーイッパイ!もーイッパイ!飲んで☆飲んで☆最後までー☆美味しいところ残ってるー☆えすおーえすおー粗・相?右隣?の左隣?友情愛情のっこいしょー☆WOW☆」

 「やっかましい。お前はどこのキャバ嬢だ。オマエラも帰ったらきちんと親孝行しなさい。居なくなってからじゃ遅いんだかんな!」

 「照れてるマスターかwわwいwいw」


 ほんとチューちゃんに煽られると腹立つのな。

 これ以上反論しても死体をバッコバコに蹴られるだけなので俺は不機嫌なツラして顔を洗いに行く。

 テンガがよろよろと起き上がるマシラの奥さん――シズを奥の間に手を引いていき炬燵に火を入れた。

 自分が温まりたかっただけなのかもしれんが炬燵の中に潜り込んで尻尾だけを出してうねうねさせている。

 シルフィリスが淹れた茶を啜り、少し暖まったのか細い息を吐き長い睫を伏せてもう一度頭を下げた。


 「此度の温情、本当になんとお礼を申し上げれば……」

 「見ての通りの若造だ。苦労が足りてる訳じゃねえからかしこまられても困る。お前さんの旦那のように立派な忠義や大義がある訳でもなく、ただ家に帰る為だけに棒振ってるチンパンジーだからな」

 「ちん……?」

 「お猿さんだよ。つか何これ?お茶じゃないの」


 運ばれてきた茶を啜り、なんか変な味がすると思って眉を顰める。

 クンクンと鼻をひくつかせて匂いを感じて見ればアルコールの匂いがする。


 「飲みやすく作っておきましたー♪優しさ一杯☆飲みたいイッパイ☆どんどんどどどん!」

 「いやムリだから」

 「「どんどんどどどん!」」

 「ムーリムリムリ」

 「「どんどんどどどん!」」

 「飲むけどさぁ!飲むけどさぁ――て飲まねーよ!だからお前はどこのキャバ嬢だって言ってんの!」


 障子の影で楽しそうにこっちを見ているチュートリア達に湯飲みを投げつける。

 そんな様子に悲しげな顔にも笑みが浮かび、大きくため息をつけば肩を竦める。


 「マシラは今、どこで何をしている?」

 「大義があるとのみ」

 「まあ、そんなモンだわな――必要がありゃまた、会うことになるだろうし。心配はいらんだろう」

 「しかしながら……」

 「幕府のお庭番っつーくらいなんだから優秀なんだろうさ。それよっか俺達ァ自分達の事で一杯一杯なんだわ」


 改めて運ばれてきたお茶に今度こそアルコールが無いことを改め、念の為、チュートリアを睨み上げてみる。

 そっぽ向いてとぼけるあたりこいつもず太くなってきやがった。

 啜った茶が喉を温め、腹の底にじんわりと温めてくれりゃぬくんだ息が零れる。


 「禄郎太様はどのような――」

 「剣を修めている。どうにも新選組が思ったより強くてな。道場を荒らしてみても大した手応えもねえしどうしたもんかと考え中だ」

 「新選組――鬼姫様の治められる芹沢加奈を中心としたあのサムライ達にございますか」

 「芹沢は殺されたよ。今は多分、近藤勇が隊長やってんだろうな、史実通りなら」


 畳の上に体を投げ出せば腹の上にテンガが這い上がってくる。

 くるりと身を丸めればてしてしと人の顎をてしてしと叩いてくるもんだから頭を撫でてやれば撫でる手にねこぱんちを繰り返し人の腹の上でじゃれはじめる。


 「いずれ奴らとも決着は付けなくちゃならんが――剣で遅れを取るっつーのはどうにもねえ」


 キクさんにも馬鹿だと言われた。

 無論、賢くなる選択肢もあるっちゃあるがその馬鹿を貫けないようじゃこの先とてもとてもと思ってしまう。

 それで負けてりゃ世話ねえよと馬鹿にされるのもわかる話だが、それでもと思ってしまうのが男の子という生き物だ。

 そもっそも、小賢しく生きれるならゲーム廃人なんざやらねえってのな。


 ――腹の上のテンガとじゃれながらとりとめも無い思考を回す。


 「それならば――」


 シズはどこか恐る恐る口を開いた。


 「それならば――白井宗有様の道場をお訪ねになられては」


 白井宗有。

 どっかで聞いた名前だな。


 「天穿つ剣――天津一刀流を開き、今、この京に居るとお聞きしております。かつて穢土となる以前、東でその人有りと謳われた剣豪にございます」


 天津一刀流。

 そういやコンから聞いたような気がした。

 最早覚えるべき技は殆ど覚えたがまだ知らない技や新しく実装された技もあるかもしれないし、新選組があれだけ強けりゃ、練習にゃいいIRIAかもしれない。


 ――いずれにせよ、ここでダラダラしてるよっかマシだろう。


 「ふんむ。場所はわかるか?」

 「はい。主人に言われ、今、私と佐吉は宗有様のところへ身を寄せております」


 ここまで導線しっかりされちゃあなあ。

 体を起こせばころころとテンガが転がり、何事ぞと振り返りくりくりした瞳で見上げてくる。

 縁側の向こうで素振りをしていた赤い竜を振り返れば、素振りをやめて羽織を羽織っていた。


 ――気だるげな瞳が、きらっきらに輝いてやがる。


 「チュートリアー」

 「はい」


 早くも刀を腰に佩いてこちらも同じときたもんだ。

 さっきまでのおちゃらけた雰囲気もどこ吹く風、緊張をはらんだいっぱしの剣士の眼差しになってやがる。

 まだ体がだるいし温まってもいねえが、差し込む朝日がじんわりと背中を温めりゃ炬燵を出るにはいい頃合いか。

 のそのそと炬燵を出れば、ぶるりと足下が冷える。

 壁に掛けた刀を腰に差し、帯を垂らせば柄を軽く叩けばチキチキと可愛く鳴いてくれやがる。

 隠そうと思っても隠せやしないのも、苦労が足りてねえってこった。

 そもそも、人間自由気ままに生きすぎてんだからもっと自由に生きなくちゃあな。


 「しゃあねえ、行くか」


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― 新着の感想 ―
[一言]  斬り捨てるまではいかなくても、しっかり躾ける程度はするのかと思ったら……まさかのお説教で終了か。これ、素面だったらどういう対処になったんかねえ……。
[良い点] クルポッポゥしてたのがいつの間にかこんな事にw カッコイイのが不審とゆー不思議w [気になる点] 感想はなんでこんな仕様になったのか (ここで言っても……) [一言] なんか…… 白老…
[良い点] ロクロータさん、酔ってもブラック生真面目の素が出てしまうとは……
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