赤い竜
もたつくチュートリアを振り返ることなく外周マップから内部マップへ入る。
オープンフィールドのマップは切り替えが無く、山岳の間に開いた大穴からそのまま入ることができる。
薄暗くなる視界に俺は光魔法の『ライト』で視界を確保する。
ドロップ物のゴミ霊環だが基礎スキルを使うくらいはできる。
ほんのりと輝く霊環が真っ暗になった洞窟の中を照らしあげ、おっかなびっくりとチュートリアが続く。
足場の悪い道を下り、やがて、顔を焼く熱気が吹き上げ視界が晴れる。
洞窟の奥は開けたドームとなっていた。
煌々と赤く燃えるマグマが赤く染め上げた洞窟の岩壁が熱気で揺らめき、蜘蛛の巣のように張り巡らされた岩の道が不気味に続いている。
「――マスター、あれは」
「ワイバーン、大型飛行モブだ」
――翼竜と呼ばれる俺達が知る一般的な『ドラゴン』。
先ほど騎乗したドラゴンより二回りは大きいドラゴンが周遊し、赤い瞳で獲物を探している。
「俺から離れるなよ?敵は上空だけじゃない」
「え?あっ」
チュートリアが溶岩の中を泳ぐ巨大な魚影を見つける。
――ヴォルカノガンサと呼ばれる巨大魚。
アクティブの大型モブを容赦なく配置する構造は完全にプレイヤー達を殺しにかかっている。
俺は岩場の道をするすると歩き、ワイバーンとヴォルカノガンサの視界エリアを確認しながら進む。
「……大丈夫なんでしょうか?」
「なに、本職じゃあないけどこちとらソロ向きの仕様だ。どうにでもなる」
「本職?」
「アーチャー系上位、ワンダラー系のようなダンジョン踏破系はこういったマップで猛威を振るんだ。制限された移動エリアを軽業でショートカットして安全に進むことができる。どれ、見てろ」
――ブレイバー志望は伊達じゃありませんて。
俺は助走をつけて跳躍するとマグマを渡す道と道の間をジャンプする。
「ま、ますたー!危なっ……」
「よっこらせっくすどっこいしょー」
飛距離が足りず、マグマに落ちそうになるがその直前にマグマから伸びる道の柱に手を伸ばす。
がっちりと岩の突起をホールドし、ゆるゆると登る。
登り切ると反対側のチュートリアに向けて『ホールドチェーン』を飛ばす。
チュートリアの傍らを抜けていったホールドチェーンが道の縁にがっちりと食いこむの見届けると、もう一本通す。
そうしてできあがった二本の鎖の上に俺はインベントリから鉄板を出すとその場でばたばたとホールドチェーンの上に敷いてゆく。
――あっという間に橋ができあがる。
「す、凄い」
「ワンダラー系は軽業とアイテムを主力に使うクラスだからこういったこともできる。ウォーリア系もソロでダンジョン踏破することが多いから『道具知識』のスキルはあげておかないとこういう場面でワンダラーに頼ることになっちまう」
「これ、わ、私が載っても大丈夫なんですか?」
「木製なら所謂ゼロヘビー、鉄製ならワンヘビーまで耐えられる」
「ワ、ワンヘビー?」
「ヘビースタンドのレベルだ。重鎧系はデフォルトだとヘビースタンドレベル1が発動している。これの重さが1までなら鉄製で大丈夫だってこと。言ったろ?ナイト系の重鎧職は戦闘では強力な分、こうしてダンジョン踏破では制限がかけられている。魔法職が強い理由は軽装というか服だから制限が無いというところにもある」
「は、はぁ……」
「どれ、ちっくら道作ってくるわな」
こうして殺しにかかってくるダンジョンはファミルラでもいくつも見てきた。
実装された当初はボスにたどり着く前に回復アイテム等を切らして『無理ゲー』と言われたインスタントダンジョンだったが、地形のあちこちにギミックが隠されていて今まで死にスキルだった軽業と道具知識が復権を果たした経歴がある。
これを悪用してどれだけ高い場所に登れるかなどをやったプレイヤーもいて、落下して死亡こいてたのはいい思い出である。
俺は道から道をジャンプし、マグマの中に浮かぶ岩の上を『壁蹴り』の要領で飛び回り、道から道へと復帰し、届かない場所をホールドチェーンで鎖を張り、鎖をよじ登って進む。
在る程度進めば、橋を架けチュートリアを進めるようにしてやる。
「な、なんか、マスターばっかりに働かせて悪い気がしますねぇ」
両手を開きながら、ふらふらと即席の橋を渡るチュートリアが悪びれる風もなくそう言うもんだからイラっとする。
「もたもたしてんじゃねえぞ?下手こいてヘイトとっちまったときの保険で連れてってやってるんだ。こんな場所でヘイトなんか取ってみろ。取ったら暴れ回るワイバーン相手に立ち回って、すぐにヴォルカノガンサの視界に入って即座に乱戦になっちまう。俺はお前に大型モブ複数の立ち回りなんざまだ教えちゃいない」
「うへぇ……でも、マスターならそれでもなんとかしてしまいそうな気がします」
どこか、脳天気な笑顔が憎たらしい。
「無理だ。俺だってこのレベルのダンジョンを攻略するのに育成装備を強化もせずにデフォで使ってクリアできるとは思っちゃいない。その時ぁお前に全部ヘイトおっかぶせて逃げる」
チュートリアの笑顔が途端に凍り付く。
「へぇー……と、それって、つまりー、えと、よくわからないです」
「どんくせーお前をエサにガブチョガブチョしてる間に俺、さっそうと逃走って奴だ」
「そ、それって、えむぴーけーって奴じゃないですか?」
「よくわかったな?そうなりたくなきゃもたもたすんじゃねえぞ?」
「ひぁあっ!ま、待って下さいよぅ!」
もたもたとついてくるチュートリアが途端に緊張を取り戻す。
IRIA積載型にも実は『テンション』というものがある。
色んな状況で緊張を欠いたり、飽きたりすると性能がガタ落ちしてしまうのだ。
俺がファミルラで苦渋を飲まされたシステムの一つで、チュートリアは所謂『依存』状態でやる気が半減しているのだ。
適度に苛めてテンションを通常にしてやらないといけない。
傍らをワイバーンが急降下して通過していくが、俺とチュートリアは岩の影に隠れてやり過ごす。
俺が『ダッシュ』で、チュートリアが『トランプル』と『シールドダッシュ』で駆け抜けると俺たちは再び暗い洞窟に足を踏み入れた。
しばらく進むと再び急に天井が開けたドームとなる。
「これは……」
チュートリアが驚いた様子でそのドームの中央を見る。
青白く輝く魔法陣が刻まれた巨大な柱が天井のドームを支えていた。
その柱の根本には巨大な祭壇があり、祭壇の上には掘削されたばかりの岩のような涙適状のクリスタルがほのかな光を放ち明滅し、その光が吸い上げられるように上空へ昇っていた。
「ファミルの涙じゃないですかっ!」
大仰に驚くチュートリアに俺は怪訝な視線を向ける。
「……なんぞ珍しいモンなん?それ」
「神話の中、創世の際にこの世界を安定させるために女神ファミルが流した涙です。マスターにわかり易く言うならば、ちょー大事、めっちゃ大事って奴です」
「なんかすんごいいい加減じゃねえか?そんな大事なら頑張って説明しろよ」
「聞いてくれます?聞いてくれます聞いてくれます?聞いてくれます?聞いてくれます??聞いてくれるなら私、頑張っちゃいますけど、本当に聞いてくれます?」
怒ったような諦めたような怪訝な顔で俺を顔をガン見してくるチュートリアから俺はそっと視線を外した。
やっぱり、というような感じで溜息をつくチュートリアに俺を把握されたようで何か悔しい。
「まぁ、どうでもいいじゃねえか世界のことなんか。それよっか『グランドラゴン』シバきに行こうぜ?」
「世界がどうでもいいとかどれだけですかっ!……もう、何を言ってもマスターには無理だとわかりましたから」
「世界なんざ意外に簡単に取れる。だから、そのための一手を手に入れるんだよ。そいつを取る方が難しい」
俺はそう言ってのけるとドームの中央を見つめた。
チュートリアはがちゃりと重鎧を鳴らし、俺の隣に立つ。
「ここに、その、えーと……赤い人が居るんですか?」
「ああ……正しくは『ドラゴン』の居る場所に奴は居るのさ」
「……その赤い人、という方も『はいじん』という方なんですか?」
「ああ、まごう事なき『はいじん』だよ。俺なんかよりよっぽど強い」
俺はそう断言した。
――どこまでも突き詰めて、追いかけて、だからこそ見える物もある。
その中で、だからこそ理解する自分がある。
――突き詰めても、突き詰めても、追いつけない壁。
そして、だからこそ見える自分。
――己が欲し、認めた個性というもの。
「――俺はネトゲ『廃人』ではある。だけどね、『最強』だなんて一度も思ったことは無い」
「え?」
チュートリアは驚いたような目で俺を見る。
「『廃人』になるくらいまでゲームをやり込んだから――色んな世界を渡ってきたから、見えるものもあるんだ」
俺はどこか吐き出すように言った。
「――俺は『最強』になりたいんじゃない。『勝ちたい』人なんだって」
「言ってることが、よく、わかりません」
「いずれ、わかるさ。いずれ……だけど、赤い人は『最強』を欲した。そつぁ、凄いことなんだよ」
どこか、ニヤけている自分が居る。
この世界に奴が居るなら。
この世界に奴が居るのであれば。
――それは最高に『楽しい』ことだから。
「なあ、チュートリア。俺の国にあるお話だ」
「はい」
「鯉という魚が居る。この魚が巨大な滝を登り終えた時、その鯉は龍――つまり、『ドラゴン』になるっていう話だ」
俺はのろのろとドームを歩き出した。
遠く、熱気に霞む中、その姿がようやく見え始めた。
――巨大な、竜。
ここからでも理解できる威圧感は『グランドラゴン』のそれに間違いない。
茶けた赤い巨躯は波の大型モブのそれより巨大で、翼の先に炎を曳き、禍々しいかぎ爪には闇がとぐろを巻く。
煌々と輝く額の宝玉の上、聖銀の角が輝き、両の眼はどこまでも澄んだ湖水のように静かである。
だが、鋼の輝きを持つ竜鱗は総てを防ぎ、強靱な腕は何者をもその爪で引き裂く。
吐き出されるブレスは総てを焼き尽くし、抱えた闇は総てを地獄へとたたき落とす。
どこまでも強力な暴力の化身だが、その象徴は聖なる角に強き心を持つ。
――偉大なる竜『グランドラゴン』。
序盤最大最強のユニークボス。それが、『グランドラゴン』だ。
「俺はもう一つだけ、そう、人が竜になる話を知ってる」
冗談以外の何者でもない。
それは、俺の居た世界じゃ、『痛い』って話だからな。
『グランドラゴン』の吐く火球が爆発し、炎を巻き上げる。
その粉塵を斬って姿を現す、深紅の影。
「痛い妄想を繰り広げる奴が居る。その妄想の中じゃ誰にも負けず、最強を宿命として延々と戦い続けるというくっだらない妄想だ」
その深紅の影は両の腕に輝く両手剣を携えていた。
どこまでも重々しい鎧を深紅に染め、その獲物すら深紅に染め上げ自らを誇示する。
「一種の病気でな?手の施しようのないこの難病は厨二病と言われる。厄介な病気だよ。治るには大人になるまで待つしかないっていう病気なんだからな?」
――一人であるヘビーナイトが『グランドラゴン』相手に大立ち回りをしていた。
「多くの人間はやがて厨二病を治し、大人と呼ばれ、諦めを覚えていく」
吐き出される火球を切り払い、重い鎧を剣撃で引きずり回し、轟音を響かせ振るわれた爪と打ちあう。
「だが、そのうちの何割か、幾人かはずっとその妄想を抱えて生きていく。それは辛いことで多くの人間が諦めとすりあわせ、痛いだけの存在で終わる。本当に厄介な病気なんだよ厨二病って奴は」
俺はくつくつと笑う。
誰しもが夢想し、楽しみ、諦観の中に捨て去った過去。
だが、その過去を受け止め、肯定し、現実させようと足掻いた末路。
どこまでも、追い求め、叶う仮想現実の世界。
「――だけど、年月を経てもその妄想を捨てず。その厨二病を極めると、だ」
その騎士は笑っていた。
強大な『グランドラゴン』と対峙し、喜々として剣を振るう。
――心の底から『グランドラゴン』との相対を楽しんでいる。
「その果てに――人は竜の化身になる」
『グランドラゴン』の咆哮が大地を揺るがし、マグマを吹き上げる。
そのマグマを割って現れた男はどこまでも楽しそうに笑っていた。
――赤い髪、どこか幼い風貌。
だがしかし、どこまでも熱い竜の心を持つ厨二病末期患者。
「覚えておくといい、あれが『赤い竜』だ」
――プレイヤーネーム『赤い竜』。
その男は俺を見てにやりと笑った。
俺は手をあげて同じように笑顔を向けた。
「連絡くらいよこせよ、だらしない。だから、ばかい竜って呼ばれるんだぞ」
俺史上最大のバカ野郎はにへらにへら締まりの無い笑いで答えた。
「今戦ってるんだよー!」
スラング解説
厨二病
少年期における想像を現実の物と錯覚して奇行に走ること。
想像の多くはゲーム、アニメ等の影響を受け、オマージュしており設定が似てしまうことから「厨」と呼ばれ、思春期の代名詞スラング「中二」とかけあわせ「厨二」と呼ばれる。
そのような状況ではしる奇行を病気と揶揄し、「厨二病」と言う。




