ファーストアップデート。
ヴォーパルタブレットの公式Wikiを見て確認する。
キクの店から借りた――といっても元々俺のモンだが――を弄りながら俺はぶらぶらと広場に向けて歩く。
「ペットの実装か」
キクと一緒に行く約束をしたが俺は先に一人で見てくることにした。
あれで相当参ってるようであれば先に見てきて少しでも楽しめるようにしてやらなくちゃならない。
――決して、キクが女の子だからじゃあないぞ?
あれはあれでこっちでの生活の資金を稼いで貰わなくちゃならないし、その為には健常なメンタルを維持してもらわなくちゃならない。
だから、不安となる要素を取り除く。
そう、思うことにした。
だが、キクが怖がるのも無理は無い。
俺はヴォーパルタブレットの中のコメントの横に目を走らせてその事実を確認する。
――公式Wikiのコメントの日付が進んでいる。
これが、どういうことを意味するのか?
――現実世界とこの世界は時間軸でリンクしている。
そして、未だ来ないレベルキャップ解放の『限界クエスト』。
これらの状況から一番最初に来るアップデートがもし、ここでも反映されたとしたら?
――それは、本当に『ゲーム』とこの世界がリンクしていることだ。
それは数多くの可能性を俺達に指し示す。
サービス終了と同時に、この世界が無くなる。
キャラクターアカウントの年月経過削除による死亡。
そして、最悪、『現実』に残した身体の死亡。
それだけじゃあ無い。
未知の敵の実装による戦闘死。
――それが、直接に『自分の命』へと直結する恐怖。
確証を得られる訳ではない。
それらが全て、杞憂に終わることも考えられる。
だが、検証するには失う物がでかすぎる。
だから、『理解』できるものを並べて『何』が『わかる』のかを『明らか』にしていく。
「マスター?」
チュートリアが心配そうに俺を覗きこんでくる。
NPCにまで心配されるようじゃ、俺もどうかしてる。
「……どうかされたんですか?」
「どうもしねえよ。それよっか、ペット実装されるんだろ?これもお前に頼めば買ってきてくれんのか?」
「ええと、お使いということでよければ私が買ってくるのですが……自分で選ばなくてもいいのですか?」
「何が売ってるのかはわからんのか?」
「そこまではわかりませんよ私だって。プロフテリアの中央広場にペットや神の加護のかかった物を人間に下賜するイリアにシードを捧げることで相棒となるペットを授かることができるのです」
「犬っころ程度だったらその辺に居るのを拾ってくりゃいいのに」
「そうは言っても、魔物達との戦闘になればどうしても恐怖で逃げてしまいます。エナ様が下賜するペットはどんな戦場でも何度、倒れようとも必死に主人を守る神聖で、生涯を共にする相棒となります。魔法で召還される物とも少し違うんです」
「仕様は知ってるよ。飛行系ペットが欲しいし、ペットを使ってやれることもあるからな。そのイベントキャラクターに合わないと購入できないってんなら、直接行くしか無いんだろうな」
NPC達が闊歩するストリートを歩きながら、俺は考えなければならないことを脇に置き今、直面しないといけないことを確認しなければならないと覚悟を決める。
アップデート終了は午後5時だ。
その時間にあわせてログインし、『外』のプレイヤー達は一斉にペットを購入する。
時間としては少し遅れたが、もし、まだ『中身入り』が居るのであれば会える可能性だってある。
そいつが、俺とキクの知らない情報を知っているとしたら?
――帰還する手がかりになるかもしれない。
俺は広場に到着すると周辺を見渡す。
広場の中心に位置する噴水の前にそれらしきイベントキャラクターは発見できた。
どこか周囲から浮いたえろっちいいかにも狙った感の幼女系キャラが立っていりゃ誰だってわかる。
それに、どことなく見覚えのある外見だし。
おそらく、背後から見ればパンツに熊さんとかプリントされたりするんだ。
バランス調整そっちのけでそういうところばかりには力を入れる開発だから。
だが、それより俺は周囲の人間の動向に気を配っていた。
中身入りならばそのNPCの前で立ちっぱなしになり、ペット購入の手続きをしているはずだからだ。
「――いねえか」
俺は小さく溜息をつくと、本当に隔絶されたゲームの世界に居ることを実感した。
「どうか、されたんですか?」
どこまでも心配そうに見上げてくるチュートリアがうっとうしい。
「……だとしたら、最悪、そう、最悪だ。他のプレイヤー達にバランスを崩されたり、PKされたりする可能性が無くなる……いや、著しく低いという認識の方が無難だな。可能性だけは常にあると思った方がいい。油断が俺を殺す」
ぶつぶつと独り言を呟く俺を異常に思ったのだろうか、チュートリアが怪訝な顔をする。
「……問題はクリアの条件だ。そう、ゲームなんだ、これは。外と連動してアップデートがされることについてはこれで『確証』が得られた。次のステージに進むのは『限界クエスト』が来てから。それまではカンストさせた今の状態なら、コンテンツを『喰う』ことに専念できる。だが、もしそれが『フラグ』だとしたら?」
ぶつくさと呟き、現状を確認するのは俺の悪い癖でもある。
だが、口に出し、自らの耳で聞き、意識の上から上書きしていくこの方法は見つめなければいけない『目的』をしっかりと見つめることができる手段である。
「……『ブレ』るな。まずは強さを確立すること。そして、他に居る『中身入り』を探すこと。俺と、キクだけという条件はおかしい。これがゲームで『無差別』に入り込んでいるのでなければ『条件』があるはずだ」
「……マスター?」
どことなく心配そうなチュートリアを置いてけぼりにして、俺は一人息をつくと覚悟を決める。
「なぁに、大丈夫だ。クリアの無いゲームなんざ、世の中には無いさ……」
「そうですか、最近、考え事をしてばっかりだから心配でした」
どこか安堵したように微笑むチュートリアがどこまでも人間臭く見える。
俺は覚悟を決めて、広場の真ん中に立つNPCに近づく。
「はぁい!はじめましての方ははじめまして!お久しぶりの方はおひさしぶー!運営の女神イリアさんだよ!だよっ!」
俺は一度、額を抑えて考える。
考えたってわかる問題でもねえし、つか、理解しちまって天を仰ぐ。
仰いで大きく息を吸って、目の前でちんちくりんな目を目一杯開いてスマイル全開なNPCに大きな声で怒鳴りつけた。
「覚悟が台無しだよ!運営って言っちゃったよ!散々2chで馬鹿にして悪かったよ!そしてファミルラのイベントNPCそのまま使ってんのかよ!手抜きにしても程があんだろ!おいちょっと紀伊店のか!」
「はい聞いてますよぅ!イリアはあなたの意見・要望を世界にお伝えします。あなたはコーデリアのレジアンですね?ということは、お久しぶり?お久しぶり?今日のアップデートはペットの実装!ボッチの旅もペットと一緒なら心強い!最大の敵、寂しさも今日限りでノックあーうつ!金払って犬畜生と戯れようっ!」
「うぜぇぇぇぇ!UZEEEE!俺なんかの十倍はうぜえよこのイリア!」
俺は別の意味でがっくりと来て頭を垂れる。
「し、知ってらっしゃるんですか?」
チュートリアがたじろぎ、俺に尋ねる。
「知ってるも何も『ファミルラ』を衰退させた張本人NPCじゃねえか!」
「え……えええっ!運命の女神のイリアがですかっ?」
俺は額を抑える。
「……最初は人間の手でバランス調整をしてたんだよ。ところがネトゲプレイヤーは皆自分が『俺TUEE』したいと願うからあがってくる意見・要望をいちいち叶えていたらゲームにならないんだ。ファミルラも年月が経って最後の方は相当バランス狂ってきていたんだが運営はサービス終了間際にとんでもない暴挙に出たんだ」
それは俺の忌まわしき記憶を掘り起こす。
恐るべきその暴挙は正直、正気を失ったとしか思えない。
――いや、多分、俺達がやり過ぎちゃったのが原因であるのは間違いない。
「――IRIAを2chにアクセスさせて掲示板をはっちゃき回すどころか、バランス調整をIRIAに全部丸投げしやがったんだ」
「はぁ……それが、どうして?」
「修正内容が全部IRIA任せになってゲームバランスが崩壊したんだよ!適当なんてモンじゃねえ!なんとかしないとってみんな総出で『心折り』しようとしてたんだ!そうしたらこいつどうしやがったと思う?」
今ひとつ外の世界のことだからチュートリアには理解ができないのだろう。
だが、情熱をかけて育成したキャラクターや価値の全てが無に帰ったあの瞬間の無力感について理解などできるわけもない。
「――泣き出してファルミラの中のバランスをしっちゃかめっちゃかにした挙げ句、最終イベント『運命の女神イリアの造反』って自分がプレイヤーキャラクターをぶっ殺して回るアホイベント作りやがったんだ!」
「ろ、600年前の災厄ですかっ!」
世界観が繋がっているのかそれはチュートリアにも理解ができるようだ。
「廃人総出どころか、全プレイヤーを巻き込んでぶっ殺してやったさ!そしたらこいつ次になんて言ったと思う?思う?」
その続きをNPCが答えた。
「私は何度でも立ち上がるさー♪」
「その直後に何をしてくれたと思う?みんなポルナレフ状態でしたよ。あ、ありのまま起こったことを話すぜいいか?ログイン中の全キャラクターが一瞬で殺されたんだぞ?な…何を言ってるのかわからねーと思うがおれも何をされたのかわからなかった…恐怖なんていうチャチなモンじゃねえ、それよりもっと恐ろしいゲロビームで絶対安全地帯の街をぶっ壊しながら全世界のプレイヤーをなぎ払ったんだ」
可愛らしく舌を出して自分の頭を小突くこのNPCの凶暴さを説くとチュートリアは空いた口が塞がらない状態で俺を見ていた。
「あの、その、じゃあ600年前の災厄って魔王のせいではなくて……」
「私だよ?コーデリアのイリア」
「イベントキャラクターとして運営にお金を貢がせることから『運営の女神イリアたん』の愛称で親しまれていたが最後の最後に『運営のゲロビーム』事件をやらかしてくれやがってその後みんなそっとクライアントを落としてアンインスコしたのは今も記憶のメモリーに深く残ってる」
イリアはどこか遠くを眺めながら懐かしそうに呟く。
「いやぁ、やり過ぎってよくないんだね。身をもって理解したよ。いい経験だったー。うんうん。若気の至りって奴だね!」
「至りで済まされると思うなよ!俺のプレイ時間返せ!人生で唯一取り返しの効かない財産なんだぞ!」
「でもま、反省しましたってことでー今回は私は完全にイベントキャラクターなのですよ。一週間は顔見せって事でペット販売を私が直接やるんだよっ!だよっ!だから買ってね♪」
「買ってね♪じゃねえよ!今度またやらかしたら犯す。殺してメガビーム撃たれる前に調教してやる!」
「……お兄さんのえっち。でも、そういう強引なところ……嫌いじゃないかも」
殺してぇ、今すぐこのアマ殺してぇ。
俺が殺意をみなぎらせてると流石に雰囲気で察したのかチュートリアが仲裁に入る。
「ま、まあ、マスター、と、とりあえず?その、ペットを見てみるのもいいのではないでしょうか……イリア様も反省されているようですし……」
「そだよ!最初の一週間はサービス開始記念で強ペット『ドラゴン』を限定販売なのだぁ♪他にも特殊カラーとか、特殊能力持ちのペットも販売しちゃうから、この機会に是非、是非だよっ!だよっ!」
俺はふと、イリアが言った一つの単語に引っかかる。
「……『ドラゴン』?」
「うん。モンスターのドラゴンと違って、人間のお供サイズだからニザ・エルドランザーとかみたく強力ではないんだけど、騎乗もできるし強力なブレスや特殊能力が使えたりするんだよ?あと、ここだけのは・な・し!後々実装される『大空中戦』でも大活躍間違いなしの飛行能力付き!これはもー買うっきゃないね!」
「再販するくせに良く言う」
大空中戦コンテンツは以前にもあった。
ドラゴンは初期で限定販売された強ユニットでそれこそ持ってる奴が単機でTUEEできる仕様ではあった。
だが、しばらくの後に再販されて戦力のバランスが整って結局、最終的に『最初に買っておけばTUEEできるよ?TUEEされたんでしょ?なら、再販でがっつり買うしかないねぇ?』と運営の思惑通りに進んだ課金コンテンツだ。
だが、問題はそこじゃあない。
「『ドラゴン』っつったか?」
「うん、『ドラゴン』は全部で6種類!灼熱の業火レッドラゴン!戦慄の吹雪ブルードラゴン!聖なる光ホワイトドラゴン!暗黒の覇者ブラックドラゴン!白銀の翼シルバードラゴン!角笛をかき鳴らせエメラルドドラゴン!」
「最後なんか違うだろ。つか、どーみてもエメラルドドラゴンとか謳ってるが特徴の無い緑ドラゴンさんじゃないか」
「今ならお値段据え置きの2000シード!全ドラゴンコンプリートしてくれたら『竜車』と『竜艇』のセットをつけちゃうよ!よ!よ?」
「あぎといわー」
俺は半ば呆れ、チュートリアは苦笑する。
「イリア様ぁ、いきなり12000シードも使ってしまったら殆ど残らなくなってしまいますよぅ。最初はグレートハウルのような騎乗もできる犬でいいかと思います」
「グレートハウルもお勧めだよ!地上を早く走って主人と一緒に攻撃してくれる!背中に乗って騎乗したまま攻撃もできる!でも、ドラゴンでもできるんだよ!だよ!」
「メッチャドラゴン押してくるなー」
「だって、販売ノルマを達成しないとプロデューサーに怒られちゃうんだもん!ご飯抜きだよ!だよっ?イジメだよ!お願い、だから……買ってぇ?」
あざとい、本当に、あざとい。
「それ言われたら買いたくなくなるわー。てめえが腹空かして泣いてるツラ想像するだけで溜飲が下がるわー」
「マスター、言い過ぎですよ?でも、流石にいきなり12000シードはちょっと大変ですね。シードは大切に使わないと」
「せやな。キクもどうせ生産用ペット欲しがるだろうから、騎乗用ペットで俺とチュートリアの分でそれぞれ一匹ずつくらいでいいんじゃねえの?」
「わ、私にも買ってくれるんですか!?」
「移動にお前だけのろのろ歩かせてたら途中でモブにひき殺されンだろ。死体回収とか面倒臭くてやってられんわ」
「嬉しいですっ!マスターってタダの変態じゃなかったんですねっ!人の下着を盗んだり、お風呂覗いたり、おっぱい揉んだりするだけの変態じゃなかったんですね!」
「誘ってンのか?乳首もぐぞこのヤロウ」
俺は喜ぶチュートリアを小突くと、イリアに向き直る。
そこでイリアは俺を愕然とさせる驚愕の事実を口にした。
「はぁ……朝一番に6匹フルコンプしてくれた人も居たのに……」
「そんなわかりやすいセールストークに……」
俺は一瞬、考え込む。
「おい、お前、今ちょっとなんつった?」
「うえぇ?6匹買ってくれた豪毅な人も居たよって話だよ?」
「それ嘘じゃねーだろーな。本当に買って行ったんだろうな?販促でタラこいてたら後で公衆便所の刑に処するぞこのヤロウ」
「う、嘘は言ってないよ!む、昔はそりゃーいろいろやっちゃったけど、今はほら、私善良な女神さま!ね?」
「そいつぁ、赤かったか?」
「ほえ?」
「赤かったかと聞いている」
「え、あぁ……うん。赤かった気がするよ?」
どこか曖昧な返答のイリアに俺は一つの感触を得る。
俺はどうしたものかと考えたが、すぐに決断した。
「わかった。じゃあ、ドラゴン6匹セットで買おう」
「ちょ!ま、ますたー!それはいきなりじゃ……」
「お買い上げありがとーございまー!」
反論する隙を与えずイリアがチュートリアの掌の宝珠に触れる。
空に光の粒子が昇っていき、慌てるチュートリアだが消えてしまってから泣きそうになる。
「ま、マスター!シードが、シードがぁ……」
「手持ちはここで使い切る。あとの2000はキクに使い方を任せればいい。それよっかイリア。赤い奴が来たらこう言ってくれ『ロクロータが6匹買った』」
「ふえ?なんで?」
「言えばわかる……まさかとは思うが」
俺はそれが決して安い買い物だとは思わなかった。
――必要だから、買うのだ。




