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廃神様と女神様Lv1  作者: 井口亮
第三部『宵闇の天幕編』
202/296

挨拶は肉体言語

 竜車でデッテイウの夜番の元、ぐっすりと眠り、俺はドワーフに起こされ朝を迎える。

 顔を洗い、身だしなみを整えると昨日できなかった作業の続きに取りかかる。

 ドワーフ達の店で幾ばくかの資材を買い込み、弾薬やらポーションの補充をする。

 腕のいい職人も少なくはなく赤い竜も装備の整備を行っていた。

 足りなくなった資材――特に木材、燃料は特にだ――を買い足し、十分といえるだけの余力を抱え、俺達はドワーフの遺跡のゲートの前に立つ。

 無様な失敗は二度も繰り返したくは無い。

 十二分に休息という名の『準備』ができた俺と赤い竜に死角は無い。

 遺跡の最深部に設置されたそのゲートは俺達のみたことの無い色をしていた。


 「これがドラゴニュートの居る大氷壁の奥にゆくためのゲートじゃ」


 淡く輝く光が渦を描き、ゲートを形成している。

 これまでに何度も見てきた。

 赤色、緑色、黄色、それらの複合、そして、全てをあわせた虹色。

 だが、それらの色からかけ離れたゲートの色に俺達は驚きを隠せない。


 「……白色?」


 俺の呟きに赤い竜が眉を潜める。


 「今まで、赤色は討伐、緑色が罠だっけ?黄色が謎解きメイン。複合ダンジョンとかも多くみてきたけど、白色ははじめて見る」

 「wikiにもデータが無い。そもそもここの遺跡にあるゲート自体が『起動』していない」

 「じゃあ、こっから先は未開拓領域ってことなん?」

 「ああ、ゲートの色にしてもそうだが、こっから先はオーバードコンテンツを喰らう覚悟で臨む必要があるんじゃねーの?」

 「やだやだ……簡単な無双ゲーがしたいよ」

 「同感だ。もそっと異世界転生のチート持ち優遇みたくこう、サクっと俺ツエーできる楽勝ミッションが欲しいわ」


 珍しく赤い竜が弱音を吐く。

 だが、気持ちは理解できる。

 記憶を失うというデスペナルティを課せられている以上、コンテンツに対しての手抜きは一切できない。

 ノーコンテニューで完全クリアをしなければいけない心構えというのは正直、堪える。

 しかしながら、それを攻略しなければ無双ゲーを遊ぶ選択肢すら与えられないというのだからクソゲーまっしぐらだ。


 「このゲートを潜れば、忘れられた竜の楽園じゃ。くれぐれも、失礼の無いようにの」


 何がどう失礼だという話だ。

 こんな場所に承諾も無く連れてこられてチートもくれないハーレムも存在しない。

 失礼なのはどっちだよという感想に俺は鼻を鳴らす。

 やがて、ゲートが鈍い音を立てて光を放つ。


 ――ゲートが起動する聞き慣れた効果音を耳にし、視界が暗転する。


 吸い込まれるような感覚は何度か経験したことがある。

 だが、落ちていく感覚の後に昇っていく新しい感覚があった。

 暗転した視界の中、白い粒子が視界を走り、円を描いた。

 円の周囲がちろちろと燃え、三度回ると白い閃光となって広がり――

 俺は空に投げ出されていた。


 「――ふぁぁ!」


 チュートリアの素っ頓狂な声が聞こえる。

 殴りつけるように吹き上げる風が体を押すが、それ以上に早く、強く、体は地面に向けて引き寄せられる。

 それが地面だとわかったのはわかりすぎるくらいに地面だったからだ。

 ガラスのような鉱石のような岩盤が遠くに見える。

 だが、迫っている大地には漫画のような眩しい緑色の草原が広がっている。

 水蒸気――雲をいくつか抜けて迫る大地を前に空を見る。

 青色を通り超した濃紺の空に光が走り、オーロラのように明滅する。

 昼なのか、夜なのかわからない。

 昼のように明るいくせに紺色の空には星が瞬き、流星が走る。

 迫る大地にこのまま叩きつけられれば死ぬ。


 「コール――デッテイウ!」


 召喚を試みるが召喚が発動しない。

 俺は大きく舌打ちする。

 赤い竜はどこか堂々としてやがるが冗談じゃない。

 俺はムーンサルトで速度を減衰してやると空中で姿勢を制御する。


 ――『空中前転』から『バク転』というアクロバットで減速し、再度、『ムーンサルト』で減速する。


 俺より早く落下していった連中が眼下で白色の風に巻き上げられる。

 追って昇ってきた風に吹き上げられ、一気に俺の体が持ち上がる。

 さらに高度を得た俺の体が再び地面に向けて落下をはじめ――地上のギリギリで『ムーンサルト』キャンセル『ダウンスラッシュキック』で着地ダメージを無くしてやる。


「あっぶねぇ……落下死亡とか笑えねーよ」

 「つか、下手なことしたから危なかったんちゃうん?」


 赤い竜のツッコミはその通りなのだが、初見であれはビビるだろ。

 着地前に風が吹いて落下速度殺してくれるとか親切設計どこにも書いてねーし!

 帰宅用のゲートがどこにあるかもわからない。

 文字通り投げっぱなしなこの状況で俺は大きく息をつくと周囲を見渡す。

 固い硬質のガラスのような地面に生えた草の大地がなだらかに続き、伸びている。

 空中に浮いている島のようだ。

 ファミルラを含め、色んなゲームで見たことはある。

 活動できるフィールドが島なんだがその端っこに行くとそれ以上行けないか、落っこちて死亡するって奴だ。

 そんな島がいくつか繋がってできているのがこのフィールドなのだろう。

 俺達は何も言わず、ひとまず行けそうな方向に歩き始める。


 ――元よりゲートを潜った時点で選択肢は無い。


 元のニ・ヴァルースに戻るゲートを見つけるまでは好き勝手もできない状況だ。

 魔物や獣も居ないだだっ広いフィールドをえっちらおっちら歩くだけ歩く。

 丈の短い芝生のような草原をどこまでも真っ直ぐだ。

 吹く風のどこか冷たく、ざらついた感覚が鼻の奥をくずつかせる。

 青を通り超した紺色の不自然な色をした空に、どこまでも落ち着かない。

 ゲーム、として割り切るならそんなに不自然でもないが、リアルサイズに感じると違和感しか生まれない。


 「これが……白老竜の居る忘れられた竜の楽園なんですかね」


 沈黙に耐えきれなくなったチュートリアが尋ねる。


 「そうなんじゃねえッスか?……正直、普通の人間のあっしにとっちゃこんなところまで来たなんて言ったら他の冒険者から嘘だと笑われるか……怖い目で見られるかの状況なんでしょうが、ぶっちゃけ今、生きた心地がしねえッス」


 どこまでも静かな静寂が緊張感を広げていく。

 クラウディアが落ち着き無く周囲を見渡しながら腰のホルスターに手を当てている。

 一人先頭を歩くシルフィリスがどこまでも緊張した面持ちで呟く。


 「歓迎、してくれる訳ではないでしょう。きっと」


 シルフィリスの経緯を聞けばまず、間違い無く一悶着はあるだろう。

 そのあたりをどうシナリオ的に消化してくれんのかわからないが、覚悟だけは決めておいた方がいいのかもしれない。

 皆が一様に緊張した面持ちで歩を進める。

 そして、それは俺達の前に姿を現した。

 一本の矢が俺達の先に突き刺さる。

 風を切って唸りを上げて地面に突き刺さった矢は無言で俺達を威圧していた。


 ――これ以上、先に進めば殺す、と。


 どこか腹の底が冷たくなるが、俺はどこまでも凄惨な笑みを浮かべていた。

 隣で赤い竜が嬉しそうに苦笑していた。


 「……マスター、来ます」


 どこまでも緊張しっぱなしのチュートリアが槍を構える。

 視線の先――俺達を取り囲むように丘の上に陣取りドラゴニュート達が姿を現していた。

 傷だらけだが磨き上げられた武具に身を包み、油断無く構えるその様相は歴戦の猛者の雰囲気を漂わせている。

 いや、実際、歴戦の猛者達なのだろう。


 ――どいつもこいつも『殺してやる』って面ァしてやがる。


 かといって、血気に逸らないだけの理性を持ってるってことは強い訳だ。


 「どうする?竜ちゃん、皆殺しにする?」

 「まぁ、待とうよ。あっちゃん何でも皆殺しにするからさ?相手はドラゴンだぜ?少しは楽し……交渉させろよ」


 珍しく積極的な赤い竜。

 それは相手がドラゴンの眷属であるドラゴニュートだからだろう。

 赤い竜が一人、前に出てドラグウェンデルを手にする。

 左の手にはガングラスタを持ち、己が竜を屠った者であることを誇示する。

 ドラゴニュートの宗教はよくわからない。

 だが、ドラゴンの眷属であればそれを無闇に殺戮してまわる者を良しとするだろうか。

 また、竜神の名を持つレジアンを崇め奉るか。

 その竜神に封じられたことを憎んでいるものか。


 ――全くもって想像がつかない。


 俺達を取り囲むドラゴニュートの中から一際豪奢なドラゴニュートが現れた。

 漆黒の鎧に金の縁取りをあしらった軽装のドラゴニュートだ。

 二股に分かれた黒い尻尾と赤い髪、頬に走った十字傷が印象的な若い男のドラゴニュートだ。

 真紅の髪と同じ赤い双眸はどこまでも凶暴に俺達を睨み付けている。

 背にした巨大な剣を手に、大きく頭上で振り回し、切っ先をこちらに向けてくる。


 「レジアンだな?白竜のエレニアから話は聞いていた。あのクソッタレを叩き伏せたってんなら話は早ぇ。お前を叩き伏せて俺が最強。それでいいんだろ?」


 凶暴な瞳がすっと細められ、どこまでも無邪気に笑う。

 どこか探るようにシルフィリスが尋ねる。


 「私にまつわる……過去の因縁、ではないのですか?」

 「竜神のイリアか。昔の話なんざ、俺ァ知らねぇ。俺達が竜神ユグドラより弱かった。だから、負けた。それだけだろう?」


 清々しく敗北を口にした漆黒のドラゴニュートの戦士は腕の中の剣をぐるりと回しながら弄び、赤い竜と俺に視線を向ける。


 「そもっそも、イリアだなんだってのは白老竜の老害がしつけーだけで俺らみたいな若い連中にとっちゃ雑音もいいところだ。さっさと外に出て力を示せばいいだけじゃねーか」


 ドラゴニュートの双眸はどこか、鏡を見ているようで好ましくもある。


 「――力があれば何だって手に入る。それがわからねえわけでもねえだろ?」


 若く、無鉄砲でありながら、己が挑める大きさを求める熱。


 「二人同時にかかってこい。両方ともぶっ飛ばせばあのクソ姉貴に文句を言わせず俺が最強だ」


 大剣を振り回し、俺達を威嚇するとドラゴニュートは獰猛に笑う。


 ――両手剣を用いる純正スレイヤーだと理解した。


 赤い竜がどこか楽しそうに笑い、同じように大剣を振り回して挑発する。


 「冗談。二人がかりとか秒で終わっちゃうよ。ちょっとは楽しませてよねー」

 「ハッ――吠えるな?黒竜戦鬼ゲオルグ、簡単に下せると思うなよ?」

     

◆◇◆◇◆


 まずは完全に赤い竜に全てを任せることにした。

 黒竜戦鬼ゲオルグ。

 名前だけ聞けば氷結湖で会ったエレニアに縁のあるドラゴニュートだと理解できる。

 赤い髪に粗野な眼光を持つ青年でその笑みは自信に満ちあふれている。

 その笑みに俺は同類の嫌な部分を見る嫌悪感と親近感がない交ぜになった感情を抱く。

 ゲオルグは上位近接職の雄である『スレイヤー』。

 両手剣をはじめとした両手武器の多くに特性を持ち、バーサーカーと違い高速で走り回る機動力を有する。


 「――シャウラァァッ!」


 威勢のいい怒号と共にダッシュで一気に肉薄する。

 俺達が使う『ダッシュ』とほぼ同じ速度で踏み込み、横に寝かせた大剣が淡く輝く。


 ――スレイヤー固有スキル『アクティヴチャージ』


 チャージを有するアクションスキルをチャージしながら他の移動スキルを併用できるパッシブスキルだ。

 超威力を叩き出すチャージスキルを高速移動し放ち、文字通り電光石火の一撃必殺で戦場をかき回すクラス。

 近接職の花形である『スレイヤー』の代名詞ともいえるスキルだ。


 ――ゲオルグがさらに加速する。


 ダッシュの上位スキル『ハイダッシュ』。

 エレニア戦でも確認した短距離高速ダッシュスキル。


 「吹き飛べっ!」


 フルチャージの『サークルエッジ』の剣閃が翻り、衝撃をまき散らす。

 ばりばりと大気を断ち切り振るわれた剛剣に赤い竜は苦笑を浮かべた。


 ――そして、半歩だけ踏み込む。


 「――踏み込みすぎだね」


 『サークルエッジ』の中心、ゲオルグと重なり『サークルエッジ』のヒット範囲から外れたのだ。


 ――赤い竜の両の手でドラグウェンデルが翻る。


 通常攻撃を繰り出しノックバックを誘発し、距離を放つと至近距離で『レイジスラスト』を2連発。


 ――放たれた衝撃波の一発をステップで避けようとして二発目に飲み込まれる。


 即座に置かれた『クロスエンド』の一撃を真正面から喰らって吹き飛ばされる。


 「ざっこw」


 思わず俺は呟いてしまった。

 ゲオルグが転がりながら俺を睨み付けるが、言われても仕方が無い。

 どこか戦々恐々とした面持ちでチュートリアやシルフィリスが俺を見つめるが、赤い竜の攻撃の組み立てを理解していればゲオルグがどれほどお粗末なのか理解できるというのに。


 ――『レイジスラスト』2枚重ねの『クロスエンド』締めはパリィング対策だ。


 一発目のレイジスラストをパリィングで避け、二発目のレイジをステップ、三発目の攻撃に備えてウェポンガードを置いておくくらいはこの場合、確実にやらなくちゃだめだ。

 最期のウェポンガードを威力と重量で崩すことまで想定した『クロスエンド』なのだ。

 そもそも一撃目を避けられたスレイヤーの時点でお察しだが、続く攻防で相手の攻撃を全て避けきるか高速で離脱するのがセオリーだ。

 二発目のレイジスラストの直撃を受けてクロスエンドをまともに喰らってるようじゃ粗末過ぎて笑えない。

 サークルエッジに合わせられるのもお粗末だが、そこから先の防御についてもモンスター狩りしかしてないずぶの素人もいいところだ。

 起き上がり、大剣を構えるゲオルグが荒く息を吐き、再度切っ先を赤い竜に向ける。

 赤い竜はどこまでも余裕を見せつけ、肩にドラグウェンデルを担ぐと指先をくいくいと曲げて挑発する。


 ――勝負は見えた。


 俺はその場に座り込み、ジュースをマテリアライズして飲み始める。

 レイジスラストで牽制を入れ、ダッシュ、ハイダッシュで側面を取ろうとするゲオルグに『半周サークルエッジ』の切っ先が引っかかり、ノックバックを拾われる。

 外から見ていても、わかってしまう。

 赤い竜が完全に『手の内』にリズムを納めた。

 ふらつくゲオルグが体制を整え、ステップで距離を取る。

 距離を取らせるだけ取らせると、赤い竜はどこか不敵な笑みを浮かべて笑う。

 どこまでも挑発めいた笑みにゲオルグはバカにされたと知り、大剣を頭上で振るう。

 足元から赤い光が立ち上り、明らかにバフが入ったとわかる。

 ほんの僅かにモーション速度が上昇し、威力上昇も入ったのだろうか。


 「へぇ、アクティブバフ持ちか……だが、それっくらいじゃ勝負にならんな」


 アクセサリの自動バフじゃなければユニークの付属スキルだろうか。

 それ自体はもの凄く強力なものである。

 上位職の基礎スペックとユニークアイテムによるバフ。


 「本当に、大丈夫なのでしょうか?」


 心配そうにしているシルフィリスに俺は半ば呆れて応えてやる。


 「お前もスレイヤーならこのくらいわかりやすい実力差くらいは見てわかるようになれよ――『最強』の赤い竜さんだぜ?どんだけスペック持ってようがトウシロに負けるかよ」


 圧倒的な実力差。

 なまじIRIAというものが人間に近い判断をしてくれるのであれば。


 ――積み上げた経験と鍛え上げた技でねじ伏せられる。


 赤い竜はくいくいと人差し指で挑発してやると、大剣と槍を構える。

 とことん、遊ぶツモリでいやがる。


 「――かっ!余裕ってか!しゃらくせえ」


 ゲオルグが疾走し、一気に肉薄する。

 ほんの僅かにジャンプし、即座に頭上に大剣が上がる。


 ――『ダッシュ』からの最速スラッシュエッジ。


 一直線すぎる。スレイヤーとしては基礎中の基礎の攻撃の組み立て方だが、真正面、それも意識に置かれた状態で当たると思うのはどうかしてる。

 格下狩りをするのであればそれでいいだろう。

 だが――


 「見てからステップ――余裕でした」


 ステップからのサークルエッジ、スウィングの同時撃ちでノックバックを取るとお返しとばかりに最速のスラッシュエッジを撃ち返す。

 ステップで逃げようとしても置かれた『ランページピアッシング』の突きの連打に飲み込まれる。

 ドラグウェンデルが赤い竜の背で凶悪な輝きを宿らせる。


 ――『チャージエンド』のチャージの光だ。


 ランページピアッシングで硬直取ってチャージエンドで確殺。

 これで終了のはずだった。


 ――振るわれた大剣がゲオルグの横の大地を穿つ。


 吹き飛んだ岩のつぶてがゲオルグの頬を叩き、唖然とする。

 どこまでも悠然とした笑みを浮かべ、赤い竜はドラグウェンデルの切っ先を弄び告げる。


 「――ちょっと弱すぎんよ?遊ばせてもらうにしてもこれじゃあね?」


 ゲオルグの顔が蒼白に染まる。

 俺は心が折れないうちに赤い竜に告げることにした。


 「おい赤い竜、そのオモチャ潰すんじゃねーぞ?俺も遊ぶんだから」


 黒竜戦鬼ゲオルグが熱くなった息を吐き散らかし、吠える。


 「――っざけやがって!ドラゴニュートがどういうものか、貴様達に教えてやるッ!」


 爆ぜた咆哮をそのままにゲオルグが弾けたように飛び出し、赤い竜に飛びかかる。

 引っかけた地面を抉り、断ち切った大気が唸りを上げる剛剣が翻り剣圧で景色が歪む。

 だが、赤い竜はその中を悠然とかいくぐり、ゲオルグの背後に回り両手にドラグウェンデルを構える。


 「ドラゴンがどういうものか、貴様に教えてやるよ。わなびーじ――ドラッゲン!」


 ゲオルグの振り向き様の必殺のサークルエッジをレイジスラッシュで避け――そのまま背後まで回り込み、ゲオルグのステップを誘う。

 浮いたゲオルグの脇腹にサークルエッジを叩き込み、浮いたゲオルグを最速パンチラ――小ジャンプスラッシュエッジで地面に叩きおとす。

 足払い、テイルスラストで赤い竜の足を払おうとするゲオルグを悠然とステップで避けるとドラグウェンデルで癖の悪い足を叩き、ゲオルグを転がす。


 ――それからも、一方的である。


 何度も手を変え攻撃を仕掛けては、迎撃されトドメを刺されないで逃がされるゲオルグ。

 まるで分厚い壁のようにそびえ立つ赤い竜の存在感が放つ圧倒的な熱量を素人目にも理解できる。


 ――もうそろそろ、だ。


 ギャラリーにも判ってきたことだろう。

 赤い竜とゲオルグの力量差というものを。

 転がり、起き上がり、唖然として剣を構え直すゲオルグに赤い竜が告げる。


 「業が足りないな業が。これっぱかしじゃ満足できんだろうに」


 業の深い男の呟きに俺は思わず苦笑する。


 ◆◇◆◇◆


 黒竜戦鬼ゲオルグと名乗ったドラゴニュートは簡単に下せました。

 そもそも両手剣純正スレイヤーを俺と赤い竜がどれだけ相手にしてきたと思っているのやら。

 軽装近接の多くが通過する両手剣型のスレイヤーは近接の金字塔と言っても過言では無い。

 多くの近接がスレイヤーに始まりスレイヤーに終わり、バーサーカーでトチ狂うと言われるくらいに知った職なのだ。


 「もっがい!いまのなしもっがい!」


 ゲオルグは恥も外聞も無く、俺達に再戦を挑んでくる。

 周囲を取り囲んでいたドラゴニュート達もあまりにも必死なゲオルグの様子に気色ばんでいた気勢もどこへいったのやら俺と赤い竜がかわるがわるゲオルグを『可愛がり』してあげる様子をチュートリア達と眺めていた。


 「いいぜ?じゃあ今度俺、全裸でいくわw」

 「ま、まけねーから!絶対にまけねーから!」


 威力の高い両手剣を手早く繰り出し、上位軽業スキルも組み合わせ、走り回るスレイヤーはソードマスターと同じく、機動力を活かした立ち回りをする。

 しかし、ソードマスターが手数で相手の防御を剥がしていくのに対し、スレイヤーはその一撃で一気にHPを刈り取っていくスタイルになる。

 そこに両手剣、両手槍、両手斧、両手槌といった武器種による手段の変化がある。


 ――両手剣は最もメジャーなスレイヤーのタイプである。


 つまり、近接職の中で最も多い職業でもある。


 「ジョージ君、次負けたらあれだ。チューちゃんのドレス着て可愛くポーズ取って貰おうか。『ドラゴン少女のジョージです☆』って」

 「ぜ、ぜってーまけねぇぇ!俺まけねえし!」


 顔を真っ赤にして挑んで来るゲオルグ君ことジョージ君だが、俺としちゃIRIAの練度も見切ったし負ける要素が何一つ無い。


 ――PKプレイヤーとして最も殺した職業の一つなのだ。


 雄叫びを上げて駆け込んでくるゲオルグが大剣を振り上げた直後、俺がステップで踏み込み『ホールド』で動きを封じる。


 ――一撃が怖ければ、その一撃が振るわれる前に潰せばいい。


 もしくは、その一撃を躱してから殴ればいい。

 スレイヤー同士の戦いは互いに必殺の一撃をどう相手に当てていくかの駆け引きであり、その駆け引きの粋をこのIRIAは全然理解していない。

 ファミルラの頃には練度の高いIRIAの中には面白い駆け引きをしてくれるものも居たがそれから比べてもまだまだだった。


 「はい捕まえた」

 「なぁッ――」


 俺はそのままジャンプして地面に向けて『スルー』する。

 地面でバウンドしたゲオルグを空中で再度、背後から『ホールド』して地面に押し込む。

 『ホールドドロップ』と呼ばれる特殊スキルで空中で敵をホールドしてそのまま地面に叩きつける技だ。

 無荷状態じゃないと成立しない格闘スキルでいわゆる『筋肉ビルド』での格闘スキルだ。


 ――スレイヤー系を遊びながら封殺するなら筋肉ビルドに限る。


 中身オッサンの女の子キャラクターなスレイヤー達をざんざっぱらレイポして回った俺の技術は歴戦のハイエースすら霞む。

 ダァン、と小気味良い音を響かせて地面に押し倒されたゲオルグが目を回す。

 そこから、腕、足、そして首に対して『サブミッション』を決めて喝采を上げる。


 「ウィィィィィ!」


 全裸に残った唯一の良心であるスプリットヘルムのバイザーを上げ、俺はその足をホールドし、抱え込むと周囲に向かって『アピール』する。

 足で地面を打ち鳴らすと、チュートリアやマノアがそれに合わせて手を叩く。

 しゃん、しゃん、しゃん、と手拍子が増えてゆき、やがて、ドラゴニュートの一人が声を上げる。


 「――ロックロータ!ロックロータ!」

 「ロックロータ!ロックロータ!」


 次の派手な一撃を期待する観衆の皆様の割れんばかりのロクロータコールに俺は天を指指す。


 「アイ、アム、アッ、チャァンピョォォン!」

 「――イエァァァァ」


 砂糖菓子を口にしながらチュートリアやドラゴニュート達が歓声を上げる。

 小気味よくバイザーを降ろし、ゲオルグの両足を抱えるとそのままぐるぐる回り出す。

 何のことはない、『ホールド』した後にぐるぐると回り慣性をつけて『スルー』すると遠くに飛ばせてかつ、高い落下ダメージを与えることができる通称『ジャイアントスウィング』。

 だが、筋肉ビルドを極めた変態はただ投げるだけではない。


 ――横回転からジャンプして縦方向へ回転させ、頭上へ放る。


 高く放り上げられたゲオルグ君の体を再度ジャンプして受け止めるとそのまま着地しながら――『ブリーカー』を決める。


 「オォォォ――っ!」


 ゲオルグ君の腰が無残な音を立て、歓声が沸く。

 そのまま地面に『スロー』で頭から叩きつけてやり、俺は両腕を広げて『アピール』する。

 目を回し転がっているゲオルグ君は最早これで何度目になるだろうか。


 「アイアムア、アイアンマスクメェン!」


 両腕を上げ、喝采を浴びる俺を見上げ白目を剥いたゲオルグの上でポーズを取る。


 ――強い者を称賛するドラゴニュートの気質にプロレスは深く、理解される。


 歴戦の猛者をオモチャにする強さをここまで峻烈に見せつけてやれば誰もが手を叩く。


 「くそぉ……もっがい!もっがい!」

 「ジョージお前ガッツあんなぁ?だけど、もうやめとけ。もう3時間くらいぶっ通しで叩いてるけどそろそろ飯喰おうぜ?飯喰ったら俺も竜ちゃんも相手してやっからよ」

 「くっそぉォ!くそぉぉぉぉ!」


 駄々っ子のように転がり回るゲオルグに苦笑する。

 殴り合って理解するのだが、こいつに俺達をどうこうしようだとかいう意識は無い。

 ただ純粋に強い奴とやり合ってみたいだけで、単に負けん気の強い奴だということがわかる。


 「ジョージ君はっずかしー!マッパの素手に負けてやーんの」


 赤い竜がジョージを煽るが、これは挨拶みたいなものだ。

 チュートリアやシルフィリスあたりは戦々恐々といった様子で俺達を遠くから見つめているが俺は苦笑してゲオルグの頭をなでくり回す。


 「しょーがねーよ。ジョージ根性あるけどまだ弱いからな。もそっと強くならな」

 「次は勝つから!ぜってー次は勝つし!」


 ぼろっぼろの体で吠えるジョージを背負ってやりながら、俺はドラゴニュート達の輪の中へ戻る。

 ジョージことゲオルグの必死の健闘と俺と赤い竜の勝利を称える拍手で迎えられ、俺達はドラゴニュート達に肩を叩かれる。


 「やっぱり凄いなレジアンって奴ぁ!」

 「ゲオルグ坊が全く手が出ないでやんの」

 「っかぁ!昔ぁこんなのがごろごろ居たのかと思ったらたまんねえなぁ!」

 「なぁ!あの空中で曲がる奴どうやるんだ!教えてくれよ!」


 絶技の数々を見せつけられ心を躍らせたドラゴニュート達に歓迎され、俺と赤い竜はどこか戸惑った表情を見せる。

 だが、芸術的とも思える技術や心底上手いと感嘆できるプレイを前に素直さがあればこうして声を上げる気持ちもよくわかる。

 あちこちで勝手に剣戟をはじめる連中も現れだした。


 「うるっせえ!俺が一番最初に教えてもらうんだ!そんで俺が強くなってエレニアを叩き伏せちゃるんだかんな!」


 俺の背中でジョージが吠える。

 吠えるだけ吠えてぐったりと俺の背中に顎を預けるあたり、まだまだ根性が足らんが可愛げのある奴だということはわかった。

 俺はごしごしとジョージの頭を撫でてやる。


 「わかったwわかったwお前にはきちんと立ち回りから教えてやっかんなw素地は悪くねーのに頭悪ぃんだもんwそら勝てねぇわw」


 憮然とするゲオルグに皆が苦笑し、場が和む。

 どこか憎めないゲオルグに多くのドラゴニュート達が下につくのがなんとはなしに理解できる。

 ゲオルグは大きくため息をつき、俺の肩に顎を載せ、完全に力をなくして呟く。


 「負けだ負けだ負け負け。こんだけばっこしやられりゃいくらバカでも自分がバカだってこたぁわかるぜ……かぁ、恥ずかしくてきっちぃぜ」


 だが、俺も赤い竜もゲオルグに悪い気はしていなかった。


 ――素直に負けを受け止められる奴は、強くなれる。


 偏屈に負けを認めない奴とは違い、素直な奴は強くなるのもまた早い。


 「暇がありゃエレニアに勝てるように仕込んでやるよ。だが、俺達がここに来た理由ってのもわかってんだろ?案内してくれよ」


 ぐったりと全身の力を抜き信用しきったゲオルグは俺の背中で吐き出す。


 「いいさ、案内するよ。ようこそ忘れ去られた竜の楽園、『グラスフォレスト』へ。歓迎は……してくれんだろうかね」


 ゲオルグの吐き出した言葉に、俺と赤い竜は小さく口笛を吹いた。


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