プロローグ
ゲームをインスコしている間にウィキを攫うのは常識ですはい。
パソコンラックの下には食パン一斤とコーラとコーヒー、麦茶を用意して一週間は戦える準備をしておく。
ベータテスター達が必死に作ったウィキを眺めながら、前作との比較をしておく。
「今回もステパラ見る限りじゃファイター系地雷ちゃうん?」
「また、後衛無双ゲーじゃねえの?属性入れても結局また、火力でゴリ押しゲーになってたし」
「前衛だとフル課金フル強化、接頭接尾レアエンチャ前提でよやっと一線級だったからなぁ、コスパ悪いわ」
どこか遠くの国の言葉のように聞こえるけど、全部日本語です。
音声通話チャットで情報を交換して、ゲームの内容を推測しているのだ。
エルドラドゲートオンラインはMMORPGと呼ばれるタイプのネットゲームだ。
広大なマップに多人数のプレイヤーがログインしてチャット等を駆使して交流しゲームをプレイする。
膨大な人数がネットという仮想空間に集まり多種多様の個性を持ったキャラクターが作り出す仮想現実。
それは多くの人を魅了して止まない。
「ウォーリア系は穴だったよなぁ。まさか、神パッチ来るとは思わなかった」
「本家では回避系盾職扱いだったけど、ユーザーは火力職としてしか見てなかったからだろ?これなんてTERA?」
「おかげでナイト系も火力上がったよな」
「んで、後衛の魔法職の火力がインフレして糞ゲー化したんだろ」
様々な個性といえば聞こえはいいが結局、皆『俺TUEE』がしたいのだ。
その要望を叶えて壊れるバランスを修正しようとして、大概がさらにバランスを壊す。
そうして二,三年も経てばそのタイトルは飽きられて次のタイトルを打ち立てるしかなくなる。
「んで?あっちゃん職どれにすんの?」
「あっちゃんならまたウォーリア系だろ?」
あっちゃんとは俺の愛称だ。
「ああ、ウォリ系だけど今回はブレイバーで行く」
「ブレイバー?本当にブレイバー?軽装盾職とか火力になんないし、回避も無い、盾持ちでも重鎧無理とかぶっちゃけどこでつかうんだよ」
「ざっとスキル見てみたけど、基本、前回と変わらないならファイターの汎用互換のブレイバーが入ると思う」
入る、とは修正が入るという意味だ。
「無いでしょそれは!」
「今回からエモコン対応になったろ?ダッシュ角度の調整とか、武器の持ち替えとかステキャン余裕になるはずだからDPSはあがってるはず」
「いや、確かにファミルラでもそれ言われてたけど実際無理だったでしょうに」
ファミルラ、というのはエルドラゲートオンラインの開発陣が以前に運営していたゲームの略称だ。
「だからブレバリアン達から苦情殺到してるだろ?絶対、今回来てるって」
俺は笑って答えてやった。
今、このチャットに参加している連中は世間一般ユーザーから廃人と呼ばれている人間達だ。
ゲーム、というカテゴリにおいて、攻略を命賭けで行い現実生活を捨てている人間の蔑称ではあるのだが現実は違う。
どこまでも、ストイックにゲームを攻略できる連中なのだ。
「ゲームなんてテストと一緒で遊んで欲しい形を人間が作ってるんだから、その人間が読めればたいしたことねーよ」
――ネットゲームという膨大なコンテンツを有するゲームを攻略するのに、人すら読む。
開発陣が開発にどれだけの期間を要したのか、そして、前作での不満はなんだったのか。
それらを加味すれば、おのずとどうなるか予測がつく。
「なんか、面白いスキルとかあんの?」
俺の選択に興味を持った仲間が聞いてくる。
「ブレイバーのエンドレイジあるだろ?あれ、至近判定の同時十回攻撃なんだよ」
「防御高い敵に弱くね?」
「カンスト近くまではブレイブスライドで範囲攻撃乱獲するさ。スキル追加でレイジツリー作ると、貫通20パー超えの武器持つとガチナイト以外確殺取れる」
「またPKすんの?」
「PKできるってことはPKしなさいってことだろ?されたくなきゃNPK鯖に行けばいいじゃない。車道に立って車に跳ねられるのは車道に居るからだお」
ゲームによってはPK――つまり、プレイヤーキルができる仕様のものもある。
エルドラゲートオンラインは一部サーバーがPK可能なサーバーとなっている。
無論、俺達が突入するのは、そのPK鯖だ。
対人要素というのは忌避されがちだが、実際、これほど甘美なものはない。
人が、人でなくなってしまうくらいに。
「回避系には辛くね?」
「エモコン対応ってことは武器の持ち替えして、命中エンチャの武器でスイッチできるだろ?余裕、余裕」
「アサシンのワンサイドキルとかバックスタブどうすんだよ」
「盾エンチャちゃんと見たのか?幸運と堅実ちゃんと実装されてんぞ」
「幸運と堅実の効果なんだっけ?」
「幸運は一撃死スキル無効、堅実は背後からのダメージ増加カットだ。バッシュでスタン取ればカウンター決めて、インビジしながらヒルポ連打余裕ですしおすし」
「魔法職系来たらどうすんだよ?」
「無詠唱なら確殺されないから、ダッシュで距離詰めて確殺取れるだろ?詠唱来たら音聞いた瞬間盾持ち替えて殴れよ」
「でも本当にガチナイトさん居たらどうすんだ?確殺取れなかったらクールタイム中にハウリングで広域スタン取られるだろ」
「そこでインビジさんの出番ですよ。マナポ連打で尻ついて回って防御バフ切れた直後に叩けば問題無し」
「効果90秒でクール百秒か。10秒穴あるんだな」
「前から思うけどブレイバーにインビジって何であんの?」
「知らねえよ。勇者様テクニカルに俺TUEEしたいんですって開発の心意気だろ?実際、そんなテクニカルな人間いなかっただけで」
繰り返すが日本語だ。
「でも、俺、今回もウィズのテンプレで行くわ。あっちゃんに前衛任せる」
「じゃあ、俺、プリテンプレ走るわ。あっちゃんがブレ開拓したら俺もサブでブレイバるわ」
「つか、あっちゃんのブレイバーどう見ても廃課金前提の話じゃねえか。俺、バランスが落ち着くまでテンプレパラしとく」
「それが一番だ。テンプレはやはりテンプレで強いからな」
テンプレとはテンプレートの略だ。
もともとは1から10までの数字を綺麗に書くための定規なのだが、転じて『型に嵌った』という意味合いで使われる。
ネットゲームでのテンプレはいわゆる『型に嵌った』キャラクターのことを指す。
最終的なキャラクターの完成系を見据えてWikiや情報サイトでテンプレを見て攻略する。
これは、廃人だろうと基本中の基本。
大多数の人間がプレイするMMORPGでン万というユーザーが「これは強い」と納得した形なのだ。
自分だけが、それより良い最適解を出せるとか、隠しパラメーターが実は存在して地雷が実は最強、というのは夢だ。
自分ひとりで得られる偶然など必然の法則で動くネットゲームにおいてそんな偶然検証され尽くすからだ。
だからこそ、その先を行くにはデータを正しく読み取り、そして、その裏にある開発者の真意を読み解き、時には覆してやる必要がある。
「おー、動いた動いた。エモコン対応してるわー。脳波びんびん出てる」
先にインストールを終えた仲間がゲームを起動している。
それを聞くと、ゲームが始まるのが無性に待ち遠しくなる。
「エモコンのレスポンスってどうなの?」
「可も無く不可もなくだねこれ。まだ慣れてないからかもしんないけど、レス遅い。ポーション飲むのに1秒くらい」
「そうか?ジャンプとかステップとかかなり思った方向に飛ぶんだが」
エモコンとはエモーションコントローラー――端的に、脳波コントローラーのことだ。
一昔前に、鳴り物入りで現れたそれは人間の脳波を拾っていくつかのチャンネルを指定して操作ができるという代物だった。
FPS系のゲームでマウスによるサイティングが視線で行えて慣れれば目視して速射できるような代物だったが精神状態に左右されて使いづらいというのが当時の風評。
今では改良が重ねられ、反応速度も良くなりいろいろなゲームで使われるようになった。
「あっちゃん、ハイロゥ買ったんでしょ?」
「うん、一応理論上だとチャンネル数は無限らしい」
「レスポンスも高いらしいね。値段バリ高だけど」
「おかげでチャージ2万しかできてねえよ」
「2万?もう2万もぶっこんだの?」
「課金特典が欲しくて……つい……」
「運営の犬め。前のロボゲーでも課金特典満載ネタロボの課金勇者ワンワンオーとか作ってたよな」
「ワンワンオーをバカにすんなし。メッチャ強かったぞ」
夏休みは必死にバイトしてマシンを新調して操作系統を一新した。
エモコンだってG-GATA社製の『Angel Halo』を購入した。
ニューロン神経をどうとか、非量子化がどうとか最新テクノロジーを駆使したエモコンはお値段高めでそこそこいい値段のPCが買えるくらいの値段がした。
「もっといい金の使い道、あったろうに……」
「俺TUEEする以外にどんな金の使い道が」
ニヤニヤが止まらない。
そうこうしているうちに、インストールが終わった。
社名ロゴが出た後に、静かな音楽が流れ出し、タイトル画面となる。
IDとパスワードの入力を求められ、なれた手つきでキーボード入力する。
アップデート情報を更新するメーターが画面に表示され、徐々に色が変わっていく。
「俺も今からログインだぜひゃっほーい♪」
テンションがあがった俺は無意味にキーボードを叩きながら鼻歌を歌う。
だが、ヘッドフォンから仲間達の戸惑った声が聞こえ始める。
「あれ?なんだ?弾かれた」
「強制終了したぞ?」
「ベータろくすっぽやってねえからどっかでバグがでたのか?」
アップデートの更新状況を知らせるメーターが進むのを見ながら俺は大きくため息をつく。
「えー!またいつもの緊急メンテクロスバースト!かよ」
「ワンモアくるぜ絶対」
「俺の予想。20時までは硬いな」
俺は辟易としながら、公式ホームページの告知を見ようとした。
その時、ちょうどアップデートの更新状況のバーが右端まで到達し、画面に「正常にアップデートが終了しました」とメッセージが表示される。
俺はどうせすぐにでも弾かれるんだろうと思って、エンターキーを押したんだ。
ものの見事に弾けましたよ。
――俺の意識が。