伝説のはじまり
静かな絶望が戦場を包む。
吹きすさぶ風に立ちつくすビースト達が崩壊した『楽しく皆殺し』号を見上げる。
唯一の対抗手段を失い、呆然と立ちつくすキクの袖が熱を帯びた風に揺れる。
確かな絶望に支配され、くすぶった熱が冷めていく。
神々しいまでの威光を放つ鋼鉄の巨人が荒ぶり、誰しもが戦意を失っていた。
だが、俺は知っている。
予定調和の勝利などどこにも無い。
勝利は抗い、望み、手を伸ばした者にだけ与えられるもの。
それ以外は等しく敗者であること。
敗北とは惨めなことであること。
そして――絶望の先にも現実というのは存在すること。
俺の体はただただ、ワンワンオーDXを前に抗うことを諦めなかった。
いや、既に勝つことは不可能だとわかっていた。
唯一の対抗手段である『楽しく皆殺し』号を破壊され、同時に10万発の矢を発射することが叶わなくなった今、俺が、俺達がワンワンオーを下すことはできない。
だから、この無意味な抵抗は――
「――チィっ!」
――ただ、生きるために抗っているだけだ。
走って逃げて、逃がしてくれる相手ではない。
そもそもの機動力が違う。
巨大ロボットの一歩が人間の何歩分だと思っていやがる。
だからといってドラゴンを召還しても逃げ切れるものではない。
今さら乗せてくれる隙もくれやしないし、乗れたところでロールで一撃目を避けられても即座に2撃目で叩かれる。
――そうであれば、地上で粘る方がまだ生きていられる。
そう、だが、それはただ生きていられるだけの話だ。
ワンワンオーを前に、俺はただ一人、剣と盾を構え、必死にその攻撃を防ぎ、躱し――みっともなくも切っ先を伸ばしていた。
ただただ、死ぬまでの猶予をひたすら抗い続けているだけだ。
「無理だ……」
誰かが呟いた。
それが確実に俺の精神を蝕んでいく。
心はとっくに折れている、あとは心地よい諦めがそっと俺を包み、染みこむのを待つだけだ。
「――この状況で勝てる訳が無い」
ミルクだ。
振り向き構えた盾の向こう側、俺を悲しげな瞳で見るわんこが鳴きそうな声をあげていたがすぐにマイトクラッシャーの爆音でかき消される。
視界が無くなり、それでも背後からのフルレンジビットを避けてニードリルキックをジャストガードする。
「もはや、抗う術を失った――」
パジャⅦ世が静かに敗北を呟いた。
絶望は簡単に広がる。
なぜなら――
「私たちは――また、負けたのですか……」
ライラが項垂れ、天を仰ぐ。
かげった太陽は静かに地平に沈みかけ、夕暮れの光を投げかける。
――人は簡単に負けてしまうから。
抗うより、受け入れる方が楽だから。
戦うより、負けてしまった方が楽になれるから。
俯き、呆然として、立ち尽くす方が楽だということを知っているから。
誰しもが、必ず、敗北を知っているから――
「冗談!冗談きっついぜ――」
俺はどこか苦笑して、肩をすくめる。
ディトネイトブレイザーが盾の上を滑り、続く連撃をステップキャンセルで避ける。
敗北することは辛い。
――その痛みを知らない訳ではない。
そして、それを押して勝つことを要求することができるのは互いに勝つ意思がある者だけだ。
――敗者に勝つことを強要はできない。
そして、勝者たる者は決して、そう、決して敗者に勝てとは告げない。
なぜなら、他者に求める訳ではなく、自らが勝つと決めたのだから。
そう勝つと決めたものだけが肩を並べることができるのだから。
――激しい痛みの中、人は言葉を失う。
言葉になってしまうくらいに簡単な意志なんか、要らない。
だから、そこに最早、言葉は要らない。
「……ほんとうになぁ」
自分でも笑ってしまう。
どうしょうもなく、覆せない現状にありながら。
――それでも俺は負けることをよしとしない。
どこまでも、そう、どこまでも――
――勝つことを体が欲している。
「――うっし!」
考える暇なんざない。
ただ、目の前の敵の猛攻を受け止め、躱し、切っ先を伸ばす。
砂塵吹き荒れる砂漠で俺は自分より巨大な鋼鉄の巨神と切り結ぶ。
吹き荒れる砂塵が、爆音が、全てが遠くなっていく。
だけど、どこまでもクリアな意識がそれを拾い、生きる為の情報を繋げていく。
「あれは――だのに、なぜ、戦っているのだ」
ああ、うん、NPCには不思議なのかもな。
――スタミナポーションの残量、盾の耐久力、剣の耐久力は考慮しない、継戦可能時間は残12分、スタミナポーションの代替品としての英雄の薬、足すことの30秒、盾の損耗から逆算した残り継続戦闘可能時間4分、盾を捨てた場合の回避不能コンボの想定、最短ステップキャンセルでフルレンジビットの攻撃が重なる可能性――
全ての情報が一気に流れ、噛みしめるように飲み込んでいく。
圧倒的な絶望に押しつぶされ、心が折れ、何も残っちゃ居ない。
ただ、残っているのは――本当に絶望から救ってくれた人の言ってたこと。
「苦しい時こそ笑えってさ?」
自分に言い聞かせて笑う。
帰らなくちゃ、なんねえ。
新作マックを喰わなくちゃなんねえ。
公共料金だって支払わなくちゃなんえし、台所に茶碗だって浸したまんまだ。
部屋のゴミだってもは酷いことになってるだろうし、しばらく連絡もしてねえからおかんだって心配して部屋を片しに来ただろうさ。
便りが無いのは元気な証拠とかのたまってくれるがそのくせ、負い目があるもんだからやけに心配しやがる。
去年の年越しは電話で喧嘩して行ってやれんかった。
今年くらいはちと親孝行でもしてやろうか。
ガンダムだって新シリーズやってるだろうし見なくちゃなんねえ。
自分がたいした人生なんて送ってるツモリは無いが、それでもやるこた山のように一杯ありやがる。
――ネメシスレーザーを軽くジャストガードで受け流し。
ヒビの入った獅子の盾を振るい、俺は光の中で大きく息をつく。
見上げてみりゃ、空がどこまでも遠い。
電線の無い空を見上げることができるなんざ、不自然もいいところだ。
――抗うと決めた。
気負いは無い。
それは俺が俺に課し、血肉となった生き様だ。
何もかもが尽きて、死に果てるまで。
不様であろうと、みっともなかろうと、足掻いて足掻いて、抗い抜く。
潔さなんてこれっぽっちも持ち合わせちゃいない。
潔く死ぬくらいなら、みっともなく生きる。
どこまでもちっちゃな人間で在り続ける。
――だから、こそ。
◆◇◆◇◆
彼らは果たして、戦女神のレジアンが鋼鉄の巨人と幾合に渡り切り結ぶのをみていた。
幸運の神のレジアンが彼らに用いた戦艦は砂漠に沈み、今、陽の光もまた砂漠に沈まんとしている。
彼らの先頭でじっと戦女神のレジアンの戦いを見つめる竜神のレジアンはどこまでも静かにその戦いを見つめていた。
その中の誰もがわかっていた。
――戦女神のレジアンが倒れた時、彼らは鋼鉄の巨人に蹂躙されるだろう。
誰一人、生き延びること叶わず、圧倒的な力の前に死に絶えるだろう。
それは確実に、誰一人逃れることなくヴォルヴ10万のビースト達に訪れるだろう。
戦女神のレジアンの敗北も、また、確実であった。
砂塵の中、唸る機械剣の切っ先が鋼鉄を掠めても断つことは叶わず。
神技でもって応ずる盾もやがては砕けるであろう。
そこに居るのはただの一人の人間に過ぎない。
その人間が神々が異世界から招聘した異貌の機神に敵う訳も無い。
その敗北は必至――
だからこそ、誰もが絶望し。
だからこそ、誰もが生きることを諦めた。
だのに、それは戦い続ける。
いや、勝つことの叶わない戦いを、戦いとは呼ぶことはない。
それは、抗い続けるのだ。
幾合にも振るわれる剣を防ぎ。
大地を穿つ拳を避け。
全てを焼き払う神々の光を受け止める。
――その表情は苦しい笑顔に染まっている。
だが、明日を諦めない。
どこまでも惨めに足掻き、逃げる人間そのものだ。
だからなのだろう。
誰しもが持ち得る弱さを持ち得ながら。
誰しもが持ち得る弱さをどこまでも吐き出し続けるその様に。
――誰しもの胸が震えていた。
雄々しくはなく、勝つことも叶わず、それでも抗うからこそ。
――全ての者達が共感しえた。
誰しもが幸運を願った。
自分が、あの男が、この窮地から救われることを。
叶わない幸運を、奇跡を願い、悲しげな唸りを上げた。
行き場のないやりきれなさが渦巻き、駆けめぐり、そして、それは動いた。
はじめに動いたのは幸運の神のイリアであった。
ヴォルヴ王パジャⅦ世の娘であり、イリアとして神々に捧げられた巫女。
「姉上っ!どこへっ!」
少女は四つ足で大地を蹴り、砂丘を駆け上がり、大声で叫んだ。
「ろぉぉぉたぁぁぁぁ!」
砂丘を駆け下り、ジグザグに砂塵を巻き上げ爆炎の巻き上がる戦場に走った。
――爆風が少女を転がす。
押し戻され、それでも走る少女は踏み込めない場所まで駆けぬけた。
袖の中からばらばらとマテリアライズ――アストラの位階に収縮されたアイテムをばらまく。
「来るなッ!来たってどうしょうもねえ!」
「ぽーよんッ!ここに!ぽーよんおいとくッ!」
大地を焼き払う光芒が迸り、戦女神のレジアンの盾が砕ける。
戦女神のレジアンは盾を放り、幸運の神のイリアに伝える。
放り投げた腕を高々と掲げ、開いた手のひらを握る。
――立てた親指が告げるのだ。『まだ、戦える』と。
その腕が星銀の盾を虚空から引き抜き、巨人の剣を受け流すのはほぼ同時。
抗い続ける男から受け取った砕けた盾を受け取り、少女は走る。
走り、爆風に転がり、それでも起き上がり、走る。
砂丘を飛び越え、転がり落ちるように主の元へと戻った巫女は金敷を広げる。
「――キクにゃ!」
幸運の神のイリアを見上げた巫女はどこか懇願するように盾を差し出す。
――傷つき、砕けた獅子の盾。
その双眸にパジャⅦ世は己を見る。
幾多の戦いに身を投じ、敗北を重ね、そして砕けた獅子。
幸運の神のイリアは首を左右に振る。
敗北は決まったのだ。
だのに、何故、これ以上、抗う必要があるのか。
何故、これ以上、あの男を抗わせる必要があるのか。
だが、イリアは主に首を左右に振る。
幸運の神のレジアンが涙を流す。
それは運命に抗う男の悲哀さを哀れんでだろうか。
それほどにはレジアンというのは弱い。
彼らは異世界から来た精霊ではなく、人なのだ。
「キクにゃ、おねがい」
毅然とし、泣きながら笑うイリアにレジアンは頷く。
獅子の盾を受け取り、涙を拭い、袖を捲る。
手にした槌が翻り、盾を叩く。
星銀の砂鉄とアルマスの光と銀の灰、妖精の涙を少々。
きらめく光に槌を振るい、振るわれる度に咆吼のような甲高い音が砂漠に響く。
やがて打ち直された獅子の盾は蘇り、雄々しく輝く。
幸運の女神のイリアが受け取ろうとし、レジアンが首を振る。
「私が――届ける」
――抗おうと決めた瞳だ。
それは、幸運が輝く兆しであった。
そう、ほんの僅か。
ほんの僅かなきっかけがあればよい。
それは小さな流れであっても、やがて大きな濁流を作る。
その小さな流れを作れるのは、幸運である。
幸運の神のレジアンが走る。
「ロクロータ!死んで欲しいけど届けに来たわよ!」
爆風が砂塵を飛ばし、殴りつける砂に抗い幸運の神のレジアンが叫んだ。
放り投げられた盾が砂漠に刺さり、駆け寄った戦女神のレジアンが蹴り上げ掴む。
「ありあとさん!巻き込まれてお前が死んじゃくんねーか?」
どこか清々しい笑みを浮かべ、獅子の盾を手にした戦女神のレジアンが首を巡らす。
「――しっかりね!」
「あと――10年は戦える!」
それが彼らの国の冗談であることは誰も知らない。
――だが、何故だろう。
この男であれば10年は戦い続けるのではないかと錯覚してしまう。
「私も――戦う」
幸運の神のレジアンが静かに弓を取る。
その傍らに、イリアが立つ。
「キクにゃがたたかうなら――テンガも」
その瞳は最早、戦うことを決めていた。
強大な敵に、抗ったところで勝てる訳もなく。
――だが、しかし、この二人の何かが戦う決意をさせていた。
「テンガ」
「うん、こーうんは、てをのばしたひとにだけ、つかめる」
竜神のレジアンが敵に背を向け、どこか穏やかな笑みを浮かべた。
「死ぬ気かい?」
「……死んじゃうかもね」
「そういうの、無駄死にって言うんだよ」
「でしょうね」
「――あっちゃんの悪いところさ。勝てない相手にも、勝負を仕掛けるのは」
「あいつのこと、嫌いだけど、そういうところは好き――勝手にやってくる幸運なんてまやかし、信じない。足掻いて、必至に手を伸ばした結果――それが幸運だって知ってる」
幸運の神のレジアンはどこか小さく笑って肩をすくめた。
竜神のレジアンは肩をすくめて返すと、小さく笑った。
「どうせ、死ぬなら――みんな死んじゃえよ」
紅の竜具に身を包み、誰よりも強い戦士は立ちすくむビースト達に告げる。
「――さて?もうぞろ、負けそうだけど殺されたいのは誰だい?」
静かにパジャⅦ世が歩み出る。
どこか静かな闘志を称えた瞳で竜神のレジアンを見つめ、唸る。
「――我々は、勝てるのか?」
苦笑しながら返す竜神のレジアンは戦場で一人、未だ抗い続ける戦女神のレジアンを振り返る。
「勝てるか、どうか。そんなの、どこの、だれが決めるのさ」
その言葉は多くの戦場を渡り歩いてきたビースト達だからこそ理解できた。
勝つことを決めるのも、また、負けることを決めるのも――
――全ては己の内にある。
「このまま運命の畜獣として、殺されるか――狩って獣の本懐を果たすか。選ぶといい」
赤い竜は最も気高き獣として、砂漠に生きる獣たちに告げた。
――ドラグウェンデルの切っ先を竜牙とし、獣たちに突きつける。
獣たちは知る。
どこまでも、自分たちの獣性に従うべきであることを。
抗えぬ相手であるからこそ、戦う事を放棄するのではない。
抗えぬ相手でも、どこまでも抗い、生きることを示さなければならないことを。
――生無き鋼鉄の巨人と切り結ぶそれは、どこまでも運命に抗う獣であった。
誰かが吠えた。
そして、また、別の誰かが咆吼で返した。
次第に連鎖し広がる咆吼がヴォルヴの砂漠で小さな渦を作る。
その渦中において、獣たちを纏める最も強大な獣が吠えた。
「ガァァァ―――ォォォオオオン!」
最早、彼らに言葉は要らない。
言葉とは、人として、知性を得た彼らが持ってしまった意志である。
だが、それより遙か昔、そして、今も変わらず。
――獣は言葉無く意志を示してきたものである。
そう――
――ただ一人、真っ向から運命に抗うあの男のように。
パジャⅦ世が弓を取る。
全てのビースト達が弓を持ち、整然と並ぶ。
その瞳に絶望は無い。
当然、希望も無い。
だが、そこにはただ、抗うと決めた意志のみが存在した。
「おとん……」
幸運の神のイリア――テンガが小さく呟く。
「足掻く。その結果が幸運だと言うなら、幸運を手に入れてみせる」
パジャⅦ世は獰猛に牙を見せて笑う。
傍らで父の背中を誰よりも長く見つめてきたミルクが同じように牙を向く。
頭上で振り回した弓を掲げ、届かぬと知りながら矢をつがえる。
ぎりぎりと弓がたわみ、弦が引かれ、引き絞られる。
――放たれた矢は決して届くことは無い。
だが、大気を切り裂き、風を追い越し、鋼鉄の巨人へ飛翔する矢を追ってビースト達は駆け出す。
次に放つ矢は、確実に敵を――運命を喰らう牙とする。
届かせる。
――ただ一人、世界の定めた運命に抗い続ける廃神がヴォルヴを今日、この日、変えた。
ヴォルヴ砂漠に生きる十万の獣たちが駆ける。
砂塵を巻き上げ、その砂をものともせず、一心不乱に駆け抜ける。
――ォォォォ――ォォォオオオオ―――オオオオオン!
咆吼が重なり地響きとなり、大気が震え、空を揺るがす。
獣の群れが一つの波となり、鋼鉄の巨人に迫る。
鋼鉄の巨人と対峙するそれは、どこか疲れたような苦笑をして返す。
「来たぜ、最高の幸運って奴がよ――さあこっち向けワンワンオー、そして死ね」
波の先頭を走るのは幸運の神のレジアンである。
弓を片手に狙いも定めず矢をつがえ、走り抜ける。
――狙いをつける必要も無い。
なぜなら、それはあまりにも強大で、巨大で――
続くパジャⅦ世、ミルク・キャンディの矢が鋼鉄の巨人の足に突き刺さる。
――彼らはただの一発の矢を撃ち込み、駆け抜ける。
濁流となったビースト達が暴れる鋼鉄の巨人を背後から飲み込み、矢を放つ。
次々と放たれた矢が装甲を穿ち、削る。
それぞれの放つ矢は小さくとも、確実に――そう、確実に巨人の装甲を削る。
だが、同時に放たれる訳ではない矢に削られた装甲は次第に修復されていく。
――それが、この鋼鉄の巨人が無敵である証。
だが、しかし、それでも――
「牙は届いたッ!」
パジャⅦ世が立ち止まり、反転し、幸運の神のイリアが吠える。
「かみついたっ!」
走り出した獣たちの先頭で、幸運と最も遠い幸運の神のレジアンが吠える。
「――飲み込めぇぇ!」
十万ものビーストが一斉に群がり、続く矢を放った。
光の翼を広げる鋼鉄の巨人が戦女神のレジアンを前に、はじめて、僅かに、傾いだ。
塞がる鋼鉄にさらに矢が突き刺さり、追って刺さった矢が押し広げる。
絶え間なく降り注ぐ矢の嵐に、鋼鉄の巨人が初めて血を流した。
油が零れ、鋼鉄の上で弾けた鏃が火花を散らし、引火させる。
立ち上った炎が追って噴き上がる油を引火させ、火花となる。
勢いよく噴き上がった火花を血とし、鋼鉄の巨人が傾ぎ、膝を崩す。
――だが、倒れない。
振るった剣が戦女神のレジアンの盾の上で弾け、最後まで戦う意志を手放さない。
もう一人の自分と対峙し、戦女神のレジアンはどこか悲しそうに目を細める。
「よくやったよ、ワンワンオー。だが、俺は――勝つ」
それは、確信だった。
戦女神のレジアンが剣を大地に刺し、腕を掲げ、親指を立てる。
腕が力一杯振り下ろされ、指が地面に向けられた時――
「俺の――」
鋼鉄の機械神が膝を大地に降ろした。
「――勝ちだッ!」
多くの戦場を駆け抜け、数多の戦いに身を投じたとされる戦女神。
戦女神を戦場に導き、勝利をもたらした過去の英霊は今――
――不毛の地、ヴォルヴの永き戦いに勝利を宣言した。
爆装する装甲版が爆ぜ、それでも立ち上がろうとする鋼鉄の巨人は勇者の名に恥じぬように剣を振るう。
もはや神速の一撃も戦女神のレジアンに届かず、その傍らで止まる。
そして、最後の力を振り絞り、立ち上がった勇者は己を作った主に剣を掲げる。
淡く、輝く燐光の中に消える鋼鉄の勇者は静かに敬礼し、光の柱となって宵闇が包んだ空を一際明るく照らした。
激しい閃光がヴォルヴを包み、轟音が空を揺する。
衝撃が旋風となり、嵐となって広がる。
その嵐はヴォルヴに渦巻く大砂嵐を抱いて広がり、空高く立ち昇る。
空高く舞い上がった風は星空に飲まれて霧散し、やがて、満点の星空が彼らを祝福した。
――誰しもが信じられずに、居た。
生きていることを、晴れ上がった空を。
風が吹きすさぶ。
砂漠の砂を巻き上げ、呆然と立ちつくす彼らを嬲り、それでもと生きる彼らの間を駆け抜けてゆく。
眼を細め、風に流れる毛をなびかせ、生きることを選んだ獣たちはそれが快哉を上げるのを見つめていた。
「シャァァァ―――ァァァァァァァ―――」
遠く、吹きすさぶ風の音の中、小さく響く。
だが、どこまでも、何よりも。
広大な世界で、ただ一人。
己がそこにあることを誇示するそれは獣としての原初の欲求を迸らせていた。
「――ァァァァァァァァアアア――」
響く咆吼が心地よい。
高ぶる気持ちが競り上がる。
だが、しかし、今だけは――
――吠えることを許される獣はただの一匹。
「―――アアアアアアアアアアアアアアアア――ラァァァアアッ!」
掲げた腕が天を衝き、その男は剣を大地に突き立てる。
砂が爆ぜ、天に水が昇り、虹を描く。
いくつもの水柱が立ち上り、それらの飛沫を浴びてその伝説は高らかに宣言する。
「完ッ全ッ――勝利だッ!」
今日、ヴォルヴは世界に――運命に、はじめて勝利を納めた。
幾星霜に渡る悲願を達し、恵みを得た彼らの先頭に立ったそれは何よりも雄々しい獣として彼らにその存在を刻みつける。
――それが、『廃神ロクロータ』と呼ばれる伝説のはじまりであった。




