ガストよりはサイゼリア
「怖ぇぇぇ!つか、マジ怖ぇぇぇ!無知って恐ろしいっぃぃぃ!死んでた!俺、マジ死んでた!ガニパさんごめんなさい!マジでごめんなさい!」
自分がやったことが恐ろしくて、とてつもなく背筋が凍ってくる。
小便ちびりそう、というかちびった。
「あんた、ホントに話聞いてないんだね?キクちゃんびっくりですわー。ログアウト不能って最初に聞いて私、正気を疑うくらいマジかって思いましたけど、今二度目のマジかがやってきましたよ。もうマジマジかって話ですわ」
恐ろしがる俺の横で、感動したチュートリアがキクに頭を下げている。
話を要約するとこうだ。
――エルドラドゲートの世界が危機に瀕していて、俺達強制召還、帰還不能。
天と魔のバランスがどうとかという話で、どうやら天が劣勢らしくて急遽打開策として勇者をこの世界に召還したとかしないとか。
チュートリアのようなイリアはその強制召還した勇者の守護天使的なポジションでいろいろなサポートをしてくれるパートナーで、インベントリ管理やステータス管理はこいつらに聞かないとわからない。
いわゆる動いて喋るメニュー画面でもある。
こっから先が凄い大変重要なことにございます。
「あんた最悪、そこでオワタになってた可能性もあったのよ?」
「死ぬってことだぞ!死ぬってことだぞ!冗談じゃねえぞ!俺童貞のまま死ねないよ!」
「お前の未練やっすいなー。まあ、一度や二度くらいなら大丈夫って話だけど、何度も死ぬとレジアンを構成する魂の欠片がなくなって、完全に消失しちゃうって話みたい。それでいいんだよね?えーと……」
「チュートリアです」
「ロクロータだからきっと肉便器ちゃん6歳とかいう名前だと思った」
「断りました」
「賢明ね。優秀なIRIAだわ。良かったねロクロータ、相方が頭よくて。これからずっと付き合っていかなければならないんだから」
チュートリアは頷き、続けて説明する。
「だから、私はあなたと常に行動を共にし、あなたを導かねばなりません。わからないことがあれば、私に聞いて下さい」
その清楚な笑顔は普通であれば萌えちゃうんでしょうけど、今はこれっぱかしも破壊力がねえ。
「聞いて下さいじゃねえよ!肝心なことは喋れよ!つか、言えよ!言ってくれよ!自己主張が全くねえだろ!」
半狂乱になって叫ぶ俺にキクがジト目でにらみつける。
「『心折り』までしておいてねー、それはIRIAには無理なんじゃないかなぁと」
「そういう問題じゃねえぞ!コレ!この状況っ!わかるか!?全裸で異世界放り込まれました!但し、現状片道切符的なこの状ッ況ッ!」
「全裸は自分の趣味じゃない、つか、いつまでぶら下げてんのその粗末なダガー」
「リアルじゃないから恥ずかしくないモン!リアルに帰れないなら恥ずかしくないもん!つかリアルでリアルに帰ろうよ!俺今どんな気持ち?プギャーだよプギャー!ここでリアルプギャーされたらリアルでオワタだぞっ!ちょっと紀伊店のかっ!」
もはや錯乱した俺の声がうるさいのかキクは耳を閉じて苛々する。
「うるっさいっ!そんなこといったってしょうがないじゃないっ!今ここで生活しなくちゃなんないんだから!だから、私だって本当はあんたみたいな屑野郎と手を組むことなんて嫌だけど、現状、最も手を組むのに最適な人物があんたしか居ないから頼み込んでんのよッ!」
俺は全裸でふらふらと壁にもたれかかり、軽く絶望を覚えていた。
自称廃人が本当の廃人になった瞬間である。
「マジで?マジで言ってんの?つか、何この異世界転生。ソードなんとか?魔神なんとかワタル?エスターク?ウィルガスト?ガスト?ガスト無い、ここに無い。ファンタジーにガストないわー……俺、ガスっちゃってんの?ガスだよガス……ああ……屁ぇこきてぇ」
ぷすーと萎れた音を鳴らし、俺は魂と一緒に放屁する。
「出る……出るよ。おなら出る……健康だ……うん、健康。お母さんボク元気。おなら元気。ゲームの仕様がおなら出ます。そんな無駄な機能、普通要らないよね?おなら要らないわぁ……」
さすがにここまでグロッキーだとチュートリアが心配してくる。
「あの、その!えと、い、言わなかったのは謝ります!その、ほ、本当は、本当に本当に大事なことだったみたいで……わ、私、私……あなたが何でも知ってるから、全部、全部知ってるのかと思って……だから、それでも私たちを助けてくれるって……だから、あの、だから……」
どこまでも真摯に応じるIRIA積載NPCが人間臭くて。
「チュートリアが可愛く見えるわぁ……お持ち帰りてぇ……だけど、帰る家は無いぃ……ETごーほーむ、おうちかえる。DTのーほーむ、おうちない……俺、どうしよう?ネトゲ世界にインしっぱなしとか、そこまで現実悲観してねえよ……おうちかえりてぇ……」
「ど、どーしたらいいんですかキクさん!私のマスターがどう見ても再起不能になってますぅぅ!」
チュートリアがギブアップし、キクが面倒くさそうに頭を掻く。
「任せろ、ちゃちゃっとザオリクかけてやんよー」
そうして、どこか嫌らしい笑みを浮かべると大きな声で叫ぶ。
「ロクロータっ!ここなら猫耳メイド食べ放題よっ!エルフも獣っ子もロリだってリアル犯罪!ヤッてOKファンタジー!やりたい放題どんと来い!逆らう奴がいりゃあブッ殺し、言うこと聞かなきゃ殴ってドッキング!中でも外でも無尽蔵。夢のハーレム、王様プレイ!欲望のままに生きていけるのよっ!最初でファイナルヒュージョン承認ッ!エクスカリバーを抜いても何ら問題無いんだよ?ガウォーク状態で我慢する必要ないんだから!」
「ちょ!おま!なんか凄い物騒なこと叫んでますっ!」
チュートリアがキクの発言にどん引きですよ。
「よぉし!俺頑張っちゃうぞォォ!セクロスフロンティア!」
俺がガン立ちです。
「早っ!な、何ですかコレ!ぶっちゃけ気持ち悪いですっ!」
キクはぼそりと聞こえないように呟く。
「ちょろいわー」
「聞こえてるぜっ!ちょろくてOK!だけど、俺頑張る気力が出てきた!何やってもOKなんだもんね!リアルじゃないから恥ずかしく無いモン!」
元気になった俺はいきり立った賢者モードのままポーズを決める。
「恥ずかしがって下さい!何やってもOKってそんなわけないんですからね!」
「ヤダナー、ヤルってなにをヤルつもりでいるの?このエロ電子頭脳」
「ヒドイネ、エロイネ、頭のいい子ってやっぱりエロイね」
「酷っ!キクさんまで私を悪者にしてるっ!」
「黙れバーカ。貴様、もうちょっと胸を増やせ。それからようやく土台に建てる」
「貧乳はステータスと言われるのはロリ体型までよ。ギリギリどちらかわからない体型してくれちゃって。バーカバーカ」
俺たちはチュートリアを小馬鹿にすると、キクと真面目に向き合う。
「しかしまあ、ぶっちゃけ助かった。このままプレイ……つか、プレイでもねえんだが正直どこで死ぬかわからんところだった」
「値千金でしょ?とはいえ、それはこれからのこともあるからお互い様ってことにしよう?私は手の内を見せてるから、もう、私が出せる物についても検討ついてるんでしょ?」
どこまでも利益に聡い。
それがキクのプレイヤーとしての性質だ。
廃人っつったっていろいろな種類がある。
――主に、何に面白みを置いているか。
キクの場合、最大の強みは『経済』だ。
だが、経済というのは在る程度の地盤を築いてはじめて『流れ』を作ることができる。
RPGでメインとなる『戦闘』はあくまでその経済を回すための『手段』でしかない。
だが、廃人と呼ばれるレベルになれば、その『手段』すら常人の理解を超える。
「ああ、理解してる。お前が俺に要求しているのは『相互協力』だ」
「うん。その通り。この世界で『シード』を手に入れるにはこっちの通貨『ジル』が必要なの。それも大量に。クレカがあれば、課金はできるみたいだけど、それだって無限じゃない。言いたいことが、わかるでしょう?」
「……ただ、俺の目指すところがお前にわかるか?何度か装備は見せてやったことはあるけど、それがどれだけの現金を電子の海に消したと思う?」
「心が折れるなんてモンじゃない、粉にして、灰にして、人として廃人にならないと無理なレベルね」
「……目指すんだぜ?稼げるか?」
キクはどこか、不適に笑った。
「誰にモノ言ってんの?余裕よ」
人を殺しそうなクールな目が、これから挑む市場に静かに燃えていた。
どちらともなく、手を出し握る。
「「フレンド登録」」
申し合わせた訳じゃない、だけど、静かにエフェクトが光り、俺とキクはフレンド登録が成された。
ただのゲームじゃない。
フレンド登録の条件すらわからないが、ただ、この時、俺とキクは互いにフレンドとして認め合った。
――エルドラドゲードの世界を喰らう仲間として。
キクはさっきまでの人を殺しそうな顔を崩すと、もとのいたずらめいた笑みを浮かべると俺に説明してくれる。
「これで、多分、フレンドインベントリが使えるはずよ」
「フレンドインベントリ?」
「ファミルラにもあったでしょ?フレンドから物を受け取ったり、あげたりするための専用固有インベントリ」
「ああ、フレ弁か」
「……あったわねえギル弁とか、愛妻弁とか。それよ。売れ筋の情報は流すから、拾ったらこっちに回して貰える?」
「それは構わない。というか、任せる。あと、市場は俺もできるから手が足りなければ言ってくれ」
「それ以外にも限界クエとかもお願いね。スキルクエとかあればそれはそれで面倒だから」
「まずは準備からはじめようか。ところでインベントリって自分でどうやって開くんだ?」
「そこの子から宝珠もらってない?一番最初手を当てて光った奴。あれ、身体に埋め込むとそこからインベントリ開けるわよ?つか、あんたひょっとして宝珠もやってないの?インベントリなくてどうやってここまで来たのか私は知りたいわ」
遠く、うじうじしてるチュートリアを睨み、俺は拳を握るがキクは溜息をついた。
「あんた、どんな形でもいいから早く自信つけさせたげな。あれ一番良くないIRIAの状態だから」




