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廃神様と女神様Lv1  作者: 井口亮
第2部『二つの太陽編』
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精霊石防衛戦いちにちめー

 足早に立ち去った無職童貞の後ろ姿を見つめ、チュートリアが呟く。


 「なんだか、不思議な人ですね」

 「そうだな」


 焼きそば弁当を弄びながら俺は大きく溜息をつく。

 そんな俺にチュートリアは悪気もなく呟く。


 「あの人、マスターと似てますね」

 「だろうさ」

 「……一番、大事なことを言わないところとか」

 「……だろうよ」


 俺はどことなく自分の至らない部分を思い出した気がして立ち上がるとウィンドウに焼きそば弁当をしまう。

 俺は代わりにインベントリから槍を手にし軽く振ってみるとチュートリアの前に立つ。


 「やるべき事はあるんだろうさ。だけどそれは『自分でやらなきゃいけないこと』なんだ。他人にやって貰うんじゃ、意味が無い」

 「――はい」


 どこか迷いながらも覚悟を決めたチュートリアが槍を構えて前に立つ。

 俺は軽くステップを踏みながらチュートリアに視線を定めると槍を軽く振るう。


 「――いずれにせよ、いずれにせよだ。強くなきゃ話にならん」

 「はい」

 「お前に戦い方を教える。荒っぽくやる以外の教え方は教わっちゃいない。覚悟だけはせーや?」

 「はいっ!」


 威勢のいい返事と同時に俺は駆け出す。


 ――1時間以上、初期槍『スピア』でチュートリアを殴り続ける作業になった。


 その間、一度たりともチュートリアは俺に槍をつけることができなかった。


 「はぁ……はぁ……はぁ……」


 さすがに初期槍で課金防具に有効なダメージを与えることはできないが俺としては延々とサンドバックを叩きながら槍の操作に習熟する機会は得られた。


 ――槍の立ち回りを知らない訳でもない。


 「マスターは剣だけじゃ……ないんです…ね……」


 軽装の俺を追いかけるのに走り回ったチュートリアは息も絶え絶えに呟く。


 「全部の武器は触っているよ。でなければ対処法なんかわからんからな」


 俺は耐久が減ってきた槍を替えてもう一度構え直す。

 一時間ぶん殴って気がついたことを教えてやることにする。


 「お前は他の武器を握ったことが無いからかもしれんが、武器の特性を全く理解していないままに使ってる。槍は剣でも鈍器でも無い。ましてや盾は他の武器でもない。お前の鎧は服じゃねえし、職業もナイトじゃない。霊環も全然使っていない」


 俺はチュートリアのAIが武器の特性を理解しないままに使っていることに気がついた。

 マノアのとの一戦でももしやと思ったが、こいつは槍を槍として見ていないんじゃないかと思ったのだ。

 ファミルラで使っていたキャラクターはオートで戦闘させてもこの辺りは勝手に認識していた――というより、俺が『直接操作』で飽きるくらいに動かしていた――から武器毎の特性を理解して戦い分けをしていたがチュートリアに至ってはそのあたりのセンスが壊滅的であった。


 「槍は槍であって、範囲に優れている武器だ。そのリーチを活かさず突進とスウィングばっかり繰り返しているようだったら格闘で殴った方が早いし強い。ましてやお前の場合はナイトじゃなくてテンプルだ。自己回復もできれば自己バフもかけられる。その特性を理解してやれることを全部試してみろ」


 それからさらに1時間殴り続ける。

 終わる頃になってようやく、そうようやくチュートリアが工夫をしだした。


 ――トランプルで突進してきたかと思ったら、そのまま駆け抜ける。


 駆け抜けた後に弓に持ち替えて俺を狙おうとしたが、駆け寄られ張り付こうとした俺に殴られ――殴られながら武器を持ち替えての『スウィング』。

 そのフェイントに一瞬戸惑いもしたが、ステップでスウィングの範囲を離脱し、俺は槍を突き込む。

 スタミナ切れでチュートリアが倒れる頃になって太陽が傾いてきた。


 「……マスター……もう一度、お願いします」

 「残念だが今日はここまでだ。そろそろ、お仕事の時間だぜ?」 


  ◇◆◇◆◇◆


 ネルベサから東方向へ二時間ほど歩いた場所にそれは展開していた。


 ――防衛戦参加の傭兵達のキャンプ


 すり切れた布が張られ、天幕を作る中に俺達はドラゴンで降り立つ。

 日が降りた砂漠は昼と違い、どこまでも冷たい風を運ぶ。

 だが、ぼんやりと太陽と違う光に包まれたそこは昼とは違う熱さをもった風が静かに吹いていた。

 アスタッシャの光、というらしい。


 「……アストラから零れた精霊達がニ・ヴァルースに顕現する時に現れる光です。その光の中、ニ・ヴァルースをアストラと繋ぐ精霊石がニ・ヴァルースに顕現します」


 夜の闇の中、ぼんやりと光を放つ大地の中、半透明に揺らめく岩があった。

 その岩は虚空の中に浮かび、揺れ動きながら明滅するようにその像を見せていた。

 グラン・ドラゴン戦の後に見たファミルの涙の小さなバージョンに見えなくもない。


 「これが、精霊石です。顕現すればこの一体はアストラからマンフを得て、周囲のエーテルの流れを活性化させます。エーテルの流れが途絶えればその地は生命の循環を無くし――死に絶えます」


 周囲から魔物の嘶きが聞こえはじめる。


 「……魔物はマンフでもって生み出されたこの世に在らざる存在です。彼らはこの精霊石を喰らいます。精霊石を喰らった魔物は強力な個体へと変化し……多くの人々を苦しめます」


 激しく明滅する精霊石が輝きを徐々に強くしてゆく。

 周囲の傭兵達が天幕を取り壊し、各々が獲物を携え戦の準備を始める。


 ――レベルこそそこそこ高いが獲物を見るだけでリザルトが取れる構成はしちゃいねえ


 俺はこの時、既に勝ちを確信していた。


 「……チュートリア。精霊石防衛戦では精霊石の周囲に結晶ができるはずだ」

 「え?あ、はい……精霊石から零れたマンフは一時的に精霊石の周囲に結晶を生みます。それを得ることで精霊石は一時的にその力を解放して様々な恩恵を我々が受けることができるのですが……知ってらっしゃるんですか?」

 「知ってるとも――チュートリア。戦わなくていい、ただ、ひたすら、石を拾え」


 俺は両手に斧――エアリアルアクスを構え、夜風に運ばれる砂塵の中、獰猛な笑みを浮かべていた。


 「はい?」

 「今日からお前が労働系アイドル石拾インだ!」


 激しく精霊石が輝き、それが開戦の合図となった。


   ◇◆◇◆◇◆


 マルボ・グレイグはヴォルヴ砂漠ではそれなりに名の通った傭兵である。

 精霊石防衛戦に参加するのもこれが初めてでは無い。

 だが、突如として現れたこの男はこともあろうにその精霊石防衛戦で自分たちを差し置いてリザルトを取ると言ってのけた。

 若い傭兵が高見を目指す無謀を吠えることもあろう。

 だが、マルボはギルドの中で睥睨し、自分たちを見たこの男の目を忘れはしない。


 「……小馬鹿にされて、そのままでいられる程、大人でも無い」


 強さを矜持として生きてきた人間である。

 傭兵とは強さがそのまま金となるのだ。


 「せいぜい、見返してやりましょうや」


 精霊石の光を見つめ、長年戦場を渡ってきたメビウが苦笑する。


 「あに……パジャが居ないから息巻いているだけさ」


 セッタがどこか気楽に――だが、瞳だけはぎらぎらと滾らせ、返した。


 「パジャの牙だけが傭兵団じゃねえんだけどねぇ」


 『パジャの牙』こそヴォルヴ砂漠で名を馳せた傭兵団ではあるが、彼らの『サンドスモーク』もまた名うての傭兵団の一つである。

 その精鋭であるマルボらはそれぞれの獲物を持ち、先頭で息を巻く戦女神のレジアンとイリアを見つめ鼻を鳴らす。


 「――精霊石防衛の定石すら知らんと見える。きっちりと教え込んでやれ」


 激しく精霊石が明滅し、顕現する。

 アスタッシャの光の中、現れた精霊石が静かに鎮座し、マンフの光を放つ。

 周囲に結晶が生まれる中、遠くから魔物の雄叫びが聞こえ、戦端が開かれたことを知る。


 「さぁ、開戦だっ――」


 彼らは開戦と同時に、自らの常識を疑う事になる。


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