第六話 「朝の話の続き」
――お昼休み
僕はサクラちゃんと二人で、屋上に来ていた…………後ろに『クラスメート』を引き連れて。
皆、朝のHRでサクラちゃんがサラッと口に出した『僕の家でホームステイしている』という言葉を聞き、それで僕らが屋上に行くのを隠れて影から一人、また一人とついてくるようになり、気づけば「僕らにバレないようについてくる」という『謙虚さ』のカケラも無くなり、タダの野次馬集団が出来上がっていた。
「わー見てよ、悠太。クラスメートのみんながついて来てるよ。何でだろうね?」
お前のせいだ、お前のせい。
「でも参ったな~、これじゃあ、朝の話の続きなんて、ここでは絶対にできないし……」
「そうだね。それじゃあ、ちょっと移動しようか」
「でも、こいつら、どうせ、ついて来るとは思うけどな……」
「大丈夫。ついて来られないように移動すればいいでしょ?」
「えっ?」
「……悠太、屋上以外に二人で話できそうな場所ってある?」
「そ……そうだな~、『一年棟の建物裏』なら教室からは『死角』になっているし……そこならできるかな?」
「そっ。じゃあ悠太、その『一年棟の建物裏』をイメージして見て」
「イメージ?……ああ、わかった」
「じゃあ、いっくよー!」
「えっ?」
そう言うと、サクラちゃんは僕の手を取り、野次馬集団からは死角となる屋上タンクのところへ走り出した。 当然、後ろの野次馬もついて来る。
しかし、死角に入った次の瞬間……僕とサクラちゃんは『まばゆい光』に包まれた。
「……!」
視界がその『まばゆい光』に支配され、景色が白一色に包まれた。
気がつくと、そこは『異世界だった』……わけはなく、僕がイメージした『一年棟の建物裏』へと移動していた。
「よし。これでもう大丈夫だね、悠太」
「す、すげえな~……」
「まあ、『実体化』してもボクの幽霊の『能力』は使えるからね。これくらいは朝飯前さ」
「ふ、ふーん……」
『幽霊』って、便利なんだな……単純にそう思った。
「さて……と、じゃあ、話の続きを始めようか、悠太」
「いや、その前にサクラちゃん、さっきのは何のつもりだよ?」
「はにゃ?」
「『はにゃ?』じゃねーよ!」
かわいいじゃねーか!
「何だったんだ、あの空気を読まない自己紹介は! サクラちゃん、緊張していたんじゃなかったの?」
「えっ? 緊張? してたよー。でも、悠太をみつけたら、ホッとして、うれしくなって、楽しくなって、何だったら『悠太ともどもよろしく』と一言添えようという『名案』が浮かんだりして!」
それが『空気を読まない自己紹介』までの経緯か。
「名案じゃねーよ! あれで、さっき屋上では大変だったじゃねーか」
「え? あれくらい、普通だよ、普通」
どこの普通だよ。
「まあ、とりあえず、あんまり学校では目立った行動はしないでくれよ……ったく、僕は基本的には『人見知り』なんだからな」
「ああ……そうだったね。ごめん、ごめん。これからは気をつけるよ」
と、舌を出して「テヘペロ謝罪」をした。
かわい過ぎるじゃねーか!
「コ、コホン、わ、わかってくれればいいんだ。じゃあ、早速、本題に入りたんだけど……」
僕は、改めて「朝の話の続き」について質問を始めようとしたが、その前に一つ……『最も基本的なこと』を聞くのを後回しにしていたので、そこからまず質問をした。
「あ、その前にさ~、すっごく気になっていたんだけど、タイミング的に遅くなって今、聞いちゃうけど、この『過酷な人生』っていう『ネーミング』は何なの?」
「あ、それ? それは『そうネーミングされているもの』だから」
「へっ?」
僕は、おもいっきり間の抜けた返事をした。
「それだけ?」
「それだけ。あ、でも、たぶん悠太、少し『カン違い』しているだから、もう少し説明入れるよ」
おねがいします。
「君が今、認識しているこの『過酷な人生』というネーミングは『君のフィルター』を通して、君がそれを『最適化』した結果で、その『ネーミング』になっているんだ」
「……はっ?」
まったく意味がわからない。
「つまり……ボクがガイドさんから教えられたこの『過酷な人生』というネーミングも、『ガイドさんとボク』では、またネーミングは異なる。言い方を変えると、この『過酷な人生』というネーミングは、『ガイドさんの中では英語』、ボクの中では『ドイツ語』、『悠太の中では『日本語』』となっている、そんな感じ」
「それって、つまり『同じ意味でも言語が違う』ということ?」
「まあ、厳密に言うとちょっと違うけど、そんな認識でだいたい合ってるかな。だから、君の中で捉えている言葉では『過酷な人生』となっているけど、その『言葉』自体には意味が無いってこと。この世界の言語では『ネーミング』に意味合いを含んでいるところがあるみたいだけど、君たちの世界より上の『高次元』ではそういうものはないんだ。だから、この『過酷な人生』と君の中でそう捉えたのは、それが『君たちにとってわかりやすい表現』として君の中で『変換』されたってことなんだよ」
「それって、つまり、サクラちゃんの言葉を聞いて認識しているのは、自分の中で『わかりやすい表現』という形で無意識に『自動変換』されているってこと?」
「そう。君、意外と頭良いんだね」
『意外と』は、余計だ。
「でも、それって、言い方を変えれば、『サクラちゃんの言葉がドイツ語だとしても、ボクの中で、無意識に言葉が自動変換されて、ちゃんと日本語に聞こえている』っていうこと?」
「うん、そういうこと」
そりゃ、すごいな。
ドラえもんの『翻訳こんにゃく』が自分の中にあるようなもんってことか。
「わかった。じゃあ、とりあえず、『過酷な人生』という『ネーミング』には特に意味は無いってことでいいんだよな?」
「あ、でも、ネーミング自体の意味は無くても、そこに含まれている『意味合い』はあるからね」
「ん? どういうこと?」
「つまり、『言葉自体に意味が無い』というのはあくまでも『三次元以上の世界』での話。今は、この『三次元の世界』に合わせてのネーミングの話だから、この『過酷な人生』ていう言葉には『いろいろと大変なことがおきる人生』という意味が内包しているってことだからね」
「あ、そうか。まあ、つまり、自分が認識している『そのままの意味』で言葉を捉えていれば良いってことね?」
「そういうこと。だから、別に意識せずにそのままのこの世界の解釈で言葉は捉えてね」
「わかった」
とりあえず、サクラちゃんの話しを聞いて、少し、納得はした。
「それにしても、悠太はすごいね」
「えっ? 何が?」
「だってボク、これをガイドさんに教えられたときは、すぐには理解できなくて、理解するのにすごく時間かかったんだけど……」
そんな難しい話じゃないだろう……と思ったが、でも、そんなことはないのだろうか? とも思った。確かに、自分でも言うのもアレだけど、もしかしたら理解が早いのはあるかも。
「あ、そうか。そうか、そうか」
「ん? 何?」
「あ、いや……悠太がこんな簡単に理解できる理由がわかったから」
「えっ?」
「ガイドさんだよ。悠太のガイドさんがうまくサポートしているからなんだ」
「ガイドさん……が?」
ガイドさん、つまり、僕の『守護霊』ってことか。
「うん」
「でも、それだったらガイドさんが『直接』出てきて、話すればいいんじゃないか?」
そう、どうせなら、わざわざ『サクラちゃん』を媒介することなく、ガイドさん本人が『直接』出てきて話すれば、もっと『効率的』なんじゃないのか? なのに、なんでわざわざ、こんな『まわりくどい』『非効率』なやり方をするんだろう、僕には、全く理解できなかった。
「ボクもそう思うんだけど……でも、それは『ボクの役目』だから、みたい」
「サクラちゃんの役目?」
「うん。ボクにとって、君とのこういったやりとりは、必要なもので、また、それは、君にとっても必要なものらしんだ」
「うーん……」
『僕とサクラちゃんに必要なもの』……何があるってんだ?
僕は、サクラちゃんとは初対面だ。これまでに会ったことなんて一度もない。それは断言できる。なのに、どこに、そんな『僕とサクラちゃんに必要なもの』という『関係性』が生まれるんだ?
僕には、これだけは、どうしても理解できなかった。
しかし、これ以上、この話に固執してもあまり得られるものはないので、僕はこの話はさっさと切り上げて別の話に移した。
「ま、まあ、とりあえず、今度は、また別の質問したんだけど、いいかな?」
「どうぞ、どうぞ」
「じゃあ、今度は『ルート』の話をしたいんだけど、まずサクラちゃんが来る前の僕の人生……僕の『以前のルート』は『過酷な人生のルート』で、そのまま高校生活を過ごして『卒業式』に死んでしまうという運命だったんだよね?」
「うん」
「でも、サクラちゃんが来たことによって、『回避ルートのなかった過酷な人生のルート』から、『回避ルートの選択肢のある過酷な人生のルート』に変わったってことだよね?」
「そうそう。わぁ~、何だか早口言葉みたい!」
知らんがな。
「で。その『過酷な人生の回避方法』なんだけど、確か、サクラちゃん……『助けを乞う者から君を関わらせないようにするのがボクの仕事』って言ってたけど、この『助けを乞う者』って何?」
「うん。これはね、これからの学園生活で君に関わってくる『人たち』のことだよ」
「『関わってくる人たち』?」
「うん。君はこれから何人かの人たちから『相談を受ける』ことになる…………なっている」
「なっている?」
「うん。それは、ボクが存在していない以前の君の『過酷な人生のルート』の話なんだけど……」
「ああ……なるほど」
「でも、今は、『回避ルートの選択肢のあるルート』だから、以前とは少し異なっている可能性は大きい」
なるほど。
もし、今の時点が『過酷な人生のルート』から変わった『回避ルートの選択肢のあるルート』であれば、この先、『起こるはずであった出来事』は『訪れない可能性がある』……といったところか。
「正直、ボクにはこれから先どうなるのか『はっきり』とはわからない。ただ、以前のルートの君の行く末は……知っている」
「それって、以前の『過酷な人生のルート』では、『僕がどうやって卒業式に死んだのかを知っている』ということ?」
「うん」
僕は、サクラちゃんに『以前のルートの僕は、どうやって死んだのか』と聞こうとしたが、たぶん、それは聞いても教えてくれないだろうと思い、質問しなかった。
なぜなら、普通の人間なら『未来』のことを知ることができないのに、それができてしまうということは、それは『法則崩れ』のような状態になってしまい、SF小説なんかでよくある『タイムパラドックス的な何か』が起きて……、
「ちなみに君は、以前のルートではナイフで刺されて死にました」
いや、え~~~~~~~~~~~~~~~!!
教えちゃったよ、この人。
「あ、あの~サクラさん?」
「うん? 何?」
「いや、そのう……『未来』のことなんて教えて大丈夫なの?」
「へっ?」
「いや、だって、『未来』のことを今、教えちゃったら『タイムパラドックス的な何か』みたいなものとか、問題じゃないの?」
「え? なにそれ? おいしいの?」
いやいやいやいや。
「って冗談。うん、大丈夫だよ。別に『タイムパラドックス的な何か』は起きないよ」
と、サクラちゃんはクスッと苦笑して冗談まじりで答えた。
「いいかい? 君たちの現在の科学的常識だと『タイムパラドックスの問題』があるという話が存在していると思うけど、これはちょっと違うんだよ」
「えっ?」
「とは言っても、ボクも『死んでからわかったこと』ではあるんだけどね。つまり、『どうしてタイムパラドックスが起きないか』というのは、ボクが君に説明した『ルート』の説明を思い出せばわかることだよ?」
「えっ?」
「つまり、『この世』……『三次元の世界』は『ルート』という『すでに決められた人生』を、君たちが瞬間、瞬間『自由意志』で『ルート』をつねに『選択』して生きている、って言ったよね?」
「あ、ああ」
「だから、『すでに決められた人生』を『つねに選択している』という『法則』で『この世(三次元の世界)』は成り立っているから、基本的に『未来は決まっていない』ということになる」
「まあ、確かに」
「なので、ボクが『以前のルートの未来』の話をしても、タイムパラドックスは起きないってこと」
「えっ? でも、ちょっと待って」
「ん?」
「『ルート』の選択が『自由意志』であれば、一度は離れた『ルート』に、また戻るような選択をすることはないの?」
「ある…………けど、今回に限っては無いよ」
「えっ? どうして?」
「だって、君の『以前のルートの未来の話をしたルート』は、もう『以前のルート』とは別物だからね。どうしてかわかるかい?」
「うーん……」
「それはね、ボクという『本来のこの世』では存在し得ない『イレギュラーな存在』がいるからだよ」
「……あっ!」
そうか!
確かに、サクラちゃんは『本来のこの世』なら『存在し得ないもの』なんだ。だから、その話をした『以前のルート』と、この『今生のルート』が重なることはあり得ないということか。
「そう、ボクは『イレギュラーな存在』。だから、『ボクが存在し得ないルートの未来の話』をしたところで、『ボクが存在するイレギュラーなルート』と重なることは決して……無い。もちろん、ボクが存在しているルートは幾重にも存在するけど、でも『ボクが存在しているルート』の未来の話をしなければ何も問題はおきないし、まして、ボク自身の知っている未来は、あくまで『ボクのいない君の以前のルートの未来の話』しか知らない。だからタイムパラドックスは起きようが無いのさ」
「な、なるほど」
スッキリ~!
そんな声が頭の中で響いた。
「とりあえず、基本的なところがよくわかっていなかったけど、今の話でだいぶわかったよ、ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
サクラちゃんは、『えっへん!』と言わんばかりに胸を張って笑顔で答えた。
「それじゃあ、今度はこれからの……『過酷な人生の回避方法』について教えて欲しいんだけど、これはどうすればいいんだ?」
「うん。これはね、さっきも言ったけど『助けを乞う者』……『君に干渉しようとする者』がこれから出てくるか、どうかにもよるんだ。つまり、もしも、この『回避ルートの選択肢のあるルート』に変わったことにより『助けを乞う者』が現れなければ問題は何もないんだけど、でも、今回の『ルート移動程度』だと、たぶん、『その未来』は変わってはいないと思う」
「『その未来』って……要するに『助けを乞う者が現れる未来』ってこと?」
「うん。ただし、この『助けを乞う者』がどうやって干渉してくるのか、とか、どういう相談事なのかといった『詳細』については『変わっているかもしれない』し、『変わっていないかもしれない』。それはわからない。でも、少なくとも、この『助けを乞う者』が現れるという『大きなイベント』自体は変わっていないと思う」
「その言い方だと、サクラちゃんが僕の前に現れただけでは、大きな変化はあまりない…………てこと?」
「うん」
「それって逆を言えば、この『助けを乞う者が現れる』というものは、それだけ僕のルートに『強力』に作用しているってこと?」
「そう。『過酷な人生のルート』と『助けを乞う者が現れる』というイベントは、かなり密接につながっているんだ。だから、現在のこのルートでもおそらく現れると思う…………ごめん」
「えっ?」
すると、サクラちゃんは突然謝った。
「どうしてサクラちゃんが謝るの?」
「だって、もしボクの存在する力がもっと大きければ……ルートを大きく書き換えるくらいの大きな力があれば、『過酷な人生』自体を書き換えられたかもしれなかったのに……」
サクラちゃんは、まるで『自分の力なんてこの程度だから』と自分を責めているような表情をしていた。
「そんなことないよ」
「えっ?」
悠太は、うっすらと涙が滲む目を見て、しっかりと力強く答える。
「サクラちゃんは、僕の前に出てきてくれた……僕を『回避ルートの選択肢のあるルート』に変えて助けるために」
「うん。でも、そのくらいしか変えられなかっ……」
「それだけで十分だよ! だって、サクラちゃんがここにいなければ、僕は『確実に』死んでいたんだから。それは、僕にとっては『大きな意味のあること』だ! サクラちゃんは僕の『命の恩人そのもの』だよ」
「悠太……」
「もっと自信を持ってくれよ。そうじゃないと……僕がこまる」
僕は、普段、言い慣れない言葉を使った自分に照れた。
「悠太……」
サクラちゃんは、そんな、はにかむ悠太を見て、
「……ありがと」
と、そっと、悠太に感謝の言葉を返した。
いつしかサクラの表情は、暗雲からどんどん光が差し込むように、明るさを取り戻していった。
ご拝読ありがとうございました。
更新は不定期ではありますが、一ヶ月に2~3回投稿できればと思ってます。
今後とも、よろしくお願いいたします。
m(__)m