第二話 「災い転じて福となす?」
「『過酷な人生のルート』?」
(そっ。あ、その前にちょっと『実体化』するね)
「えっ?」
そう言うと、宙に浮いているサクラさんは一瞬、まばゆい光を放ち、その直後、ドスン! と僕の目の前に落ちてきた……「実体」として。
「ふう、これで良し! と」
「そ……そんなこともできるんですか?!」
「うん。ボクはそんなこともできるんだよ、テンガンユウタ君」
目の前の「実体化」したサクラさんは、笑顔でそう答えた。
「幽霊のまま……じゃなくて大丈……夫なの?」
「うん。大丈夫……て言うより、これは『これから起こることで必要なこと』だから」
「?……『これから起こることで必要なこと』?」
「コンコン……悠太ー」
すると、ドアからノックがあり、母がしゃべりながら部屋に入ってきた。
「実は、突然だけど今日ねー、アメリカからの留学生でうちでホームステイすることが決まったの~、サクラちゃんって娘なんだけど、あんたの同い年で、今日からあんたの高校に通うからいろいろと面倒みてやっ……」
そんな、少しテンションの高い状態で入ってきた母の目の前には、年頃の寝起きの僕と「アメリカからの留学生と称する女の子」がベッドの上に向かい合って座っていた。
僕、絶句。
母、硬直。
サクラちゃん、笑顔。
「……て、何してんねん、このバカ息子がーー!!」
と、東京都出身の母が関西弁で、僕に、腰と捻転力の効いたコークスクリューブローをお見舞いした。入学を終えたばかりの初々しい高校一年生の僕は、ヒネリを加えて見事に吹き飛んだ。
「おお~~~~!」
目の前で吹き飛ぶ僕の「様」を見て、目を輝かせたサクラが感嘆のため息をついていた。
「サ……サクラちゃん、大丈夫?!」
「お母様、すみません。トイレを探してたら間違って悠太さんの部屋に入ってしまいました。それで、今、ご挨拶も兼ねて悠太さんに自己紹介をしていました」
「あ……あら、そうだったの。あたしったら……オホホ」
「オホホじゃねーよ! いきなりそんな腰と回転の入った右ストレートお見舞いする母親がどこにいる!」
「ここにいる」
「……!!」
母、悪ぶれる様子なく、むしろ堂々とした佇まい。
「まあ、そういうわけだから悠太、あんた、ちゃんとサクラちゃんの面倒見てあげなさいね。これは命令よ。訓告よ」
そういうと、母は「忙し、忙し」と部屋から出ていった。「訓告」って……僕は、いつから「公務員」になって不祥事を起こしたんだ。
「おもしろいお母様ですね」
「おもしろくねーよ。て言うか、サクラさん、あなた、ウチの学校の卒業生か何かなの?」
「『サクラ』でいいよ、テンガンユウタ。ちなみに制服は別に君の学校の卒業生てわけじゃなく、これから君の家からホームステイとして学校に通うからこういう格好をしているというだけのことだよ」
「そ……そうなんだ。あ、あと、僕のことも『テンガンユウタ』ってフルネームで呼ぶのはやめてよ。普通に『悠太』でいいから」
「それにしても『テンガンユウタ』……悠太の『天願』っていう苗字、珍しいね」
「まあ、東京では珍しいけど、沖縄では特にそうでもないよ」
「悠太、沖縄出身なの?」
「父親がね。たまに長期の休みとかで、父親の実家の沖縄に遊びに行くことがあるけど、『天願』って苗字はそれなりにはいるんだよ。まあ、多いというほどでもないから『割かし珍しい苗字』て感じかな」
「ふーん、でも、良い苗字だね」
「……ありがと。て言うか、そんなことより、まだ聞きたい事が山ほどあるんだけど」
「ほう、それは『何m級』かね?」
「とりあえず『富士山』に勝るとも劣らないと言ったところだ」
「ふむふむ。『名峰富士級』なら致し方ない。何だね? 何が聞きたい、少年?」
何、その上から目線……つーか、お前のおかげで僕は朝から母親にヒネリを加えて吹き飛ばされたんだぞ!
「…………まあ、とりあえずいろいろ有り過ぎて、何から聞こうか迷うけど……とりあえず、今、起きたことを説明してくれないか」
「今? ああ……『ホームステイ』の話?」
「ああ。それだけじゃないけど、まずそれから説明してもらおうか。何と言うか……その……あまりにも『不自然』だろ? 君は本当は『幽霊』じゃないか。『幽霊』なら別に『実体化』なんてする必要ないだろ? それに、『ホームステイ』して、僕と同じ高校に通うなんて……どうして、そんなことをするんだ?」
ボクは捲くし立てて、サクラちゃんに質問をした。
「言ったろ? これは『必要』なことだって。つまり、これは『必要』なことなんだ……悠太にとってね」
「僕に?」
「まず、ボクが『幽霊でなく実体化する理由』と、『ホームステイする理由』はイコール……同じ理由なんだ。そして、それは、君の『過酷な人生のルート』にも大きく関係している」
ここで一旦、サクラは一息置いて、
「まあ……順を追って説明するよ。悠太くん」
と、サクラちゃんはウインクをしてボクに、小生意気でいたずらな笑みを送った。
「あ、ああ……」
ううむ………………かわいい。
「じゃあ、悠太、改めて説明するね。『このページの冒頭』でも言ったとおり、ボクは……」
…………いきなり「メタな発言」から入るのかよ。
「ボクは……君の『守護霊』である『ガイドさん』から依頼を受けて……ここにいるんだよ」
「!!…………しゅ……『守護霊』?……『ガイド』?」
いきなり「メタな発言」から入ったかと思ったら、次に出てきた言葉は「守護霊」という「メタメタな発言」が飛び出して来た。ボクは唖然とした表情でサクラちゃんを見つめている。
「そう。君の『守護霊』……君を『守護』する者」
「…………」
いまいち……というか、話のスタートからいきなり、ついていけていない。
「そして、ボクはその君の『守護霊』……『ガイドさん』から、君に、これから起こるであろう可能性のルートであり、極めてそうなっていく可能性の高いルート……『過酷な人生のルート』を回避させるよう依頼されたんだ」
「か……『過酷な人生のルート』?……『回避』?」
「そっ。君はね……このまま、この『過酷な人生のルート』に乗ってしまうと、その先には『大きな不幸』が待っているんだ」
「お……『大きな不幸』?」
「うん。それは君が………………『命』を落とす、ということなんだ」
「えっ……?」
「『命を落とす』『命が尽きる』『命が奪われる』……つまり、『死ぬ』ということ」
「し……死…………?」
「うん。しかも、このまま行けば、君の命は『高校卒業まで』ということになっている」
「!!」
「女の子に告白して振られる」というイベントで憔悴し切っている僕だったが、そんなショックが「消し飛ぶ」ほど、サクラちゃんの口から出た言葉は、あまりにも……衝撃的で絶望的だった。
「ぼ……僕の命が……『高校卒業』まで?」
「うん。だから、ボクは君がそういう『過酷な人生のルート』に乗らないよう『監視』を依頼されたのさ。だから…………って、聞いてる?」
「あ、いや……」
ボクは、「ふわふわとした」……そんな返答しかできなかった。そりゃ、そうだ。いきなり見ず知らずの女の子から「死の宣告」されたら、誰だってマトモな返答なんてできないだろう。そして、僕も、ご多忙に漏れず、サクラちゃんが目の前で説明している内容が、あまりにもショックが大きく、まるで「他人事」のようにしか聞こえていなかった。つまり「現実として受け入れる」ことができないでいた……当然だ。
「……ごめん……うん、そうだよね。そんな簡単に受け入れられるわけないよね……。でもね、悠太……これは『事実』であり、『真実』であり、君にとっての『現実』……なんだ」
サクラちゃんは、僕の肩に手をかけ、真っ直ぐに目を見、改めて、はっきりとした口調でそう告げた。サクラちゃんのその短い言葉の内奥には、それが「絶対的なもの」であるという強い想いが込められていた。でも……僕にはまるで信じられない話…………「信じたくない話」だった。
しかし……サクラちゃんは、そんな僕を見て、何も語らず、ゆったりとした眼差しで、暖かく見守ってくれていた。まるで、僕の考えていることを見通しているかのように。
「…………でもね」
そこでサクラちゃんは、二人の間に漂っていた「重苦しい空気」を打ち消すように、明るい声色で話し出した。
「それは『昨日までのお話』。今、すでに君は『過酷な人生のルート』から『過酷な人生を回避するルートのある世界』に到達したんだよ」
「回避……ルート?」
「そっ。その『証拠』が『ボクがここにいること』……『ボクがここにいる理由』」
「えっ? ど……どういう……」
「君は昨日、ボクを『受け入れてくれた』よね? その君の『決断』が、君の『過酷な人生のルート』から『回避ルートの選択肢のあるルート』へと切り替わる『きっかけ』だったのさ!」
「か……『回避ルートの選択肢のあるルート』?…………『切り替わるきっかけだった』……?」
「そっ。昨日の君のままだと『回避ルートが存在していない世界のルート』だった……それは、つまり、ボク……『サクラという存在が、存在していない世界のルート』のままだったということなんだ。もし、ボクがここに『存在』していないままなら……『今までと変わらないルートのまま』だったなら、君は『高校生活』を最後に『死』を迎えていた」
「……」
「でも、君は昨日、ボクを受け入れてくれた。ちゃんと受け入れてくれた。このことにより、ボクは、いまここに存在することができたんだ。それにより『過酷な人生のルート』の中に『回避ルートの含んだルート』へと『切り替わる』ことができた。これは、今の君が『高校卒業後の死』を回避することができる可能性が『生まれた』ということを意味するんだ」
「し……『死を回避する可能性』…………?」
「うん。そして、ボクは、君をこれからの高校生活の中で『監視』をして、君を『過酷な人生のルート』に乗らないよう『回避ルート』へと導く……いわば「サポート役」として、君を『エスコート』する『役目』なのさ。そして、それは、さっきの悠太の質問にあった『幽霊でなく実体化する理由』と、『ホームステイする理由』の『答え』てわけ」
「……」
「つまり、これからの悠太の『高校生活』……ボクはこの『現実の世界』で君と共に行動し、君に『降りかかる問題』から、君を『回避させるため』に、身体を『実体化』させ、守るということ。だから君はもう…………『死』に怯えることなんてないのさ」
「……サクラちゃん」
「言ったよね? ボクの願いを叶えてくれたら『良い事』が起きるって」
そういうと、サクラちゃんは満面の笑顔で、僕の肩をギュッ! と力を込めて握り、
「だから悠太はもう心配することないんだよ」
そして、さらに力強く……、
「ボクが君を『過酷な人生のルート』から『回避』してあげる!」
そう言うと、サクラちゃんは満面の笑みを浮かべて僕の手を取った。
ご拝読ありがとうございました。
更新は不定期ではありますが、一ヶ月に2~3回投稿できればと思ってます。
今後とも、よろしくお願いいたします。
m(__)m