奇跡の帰還
*省略 *茶 *雪 *雷 *魔王 *珈琲 *仮面
大魔王が、そこに居た。
もとい、あった。
「ヤマダくーん、アンテナの用意はできたか?」
わしは助手のヤマダを呼びつけて、訊いた。
「ヨノ教授ぅ、用意どころか、設置も終わってますよ」
ああ、そうかい。
「で、何を測定するんすかぁ~?」
「とりあえず、重力場と電磁場だ」
「そんなん、このアンテナじゃむりっすよぉ~」
「頭使え」
「えいっ!」
ぼかっ! とヤマダがコンソールをどついた。所謂頭突きであった。
「千年前の漫画みたいなことするんでねえ! 光学観測と電磁場測定である程度わかるっての」
やり方の詳細については省略させてもらうが、これだけ派手にX線ばら撒いてる大重力天体なら、すぐ分かる。
大魔王ってのは、わしの一光年ばかり先に浮いてる、どでかいブラックホールだ。
いや、ブラックホール候補だ。
いかんせん、誰も近づけないので、凄まじい電磁波に阻まれて中心部の観測がまるでできないのだ。
したがって、仮面の大魔王とか呼ばれているわけだ。
「ああ、それならそうとぉ~。はい、あと三分で立体映像にしますんで」
わしがなぜ、このアホ、ではなく助手をやとっているかといえば、困ったことに優秀だからなのだ。
でも、ご覧のとおりアホなのだ。
昨日など、お茶を飲んでいたらいきなり人口重力を切りやがり、大事な白衣が一着お茶まみれになってしまったのだ。こんな小さな宇宙船では、白衣は貴重だがお茶はもっと貴重だし、洗濯に使える水なのないのだ。
てなわけで、本日よりわしの服は作業用のつなぎになっておる。
翌日のことである。
学長と理事長の判子がもらえたということで、この小さな宇宙船(そうそう、名前を“はやぶさ六七号”というのだ。覚えておいてくれたまえ)に、耐高重力場チューンの、制御システムが届いた。
こいつがあれば、あの大魔王の近くまで行けるはずだ。
電磁場向けのシールドは、既にばっちり組んできてある。
「それじゃあ、ヤマダ君。ワープせよ」
「どこにっすかぁ~?」
「少しは考えろ」
「えーっ」
「……今、座標を渡すから、そこに」
「はじめからそう言ってくれなきゃぁ~」
アホというかサルというか。
はるか昔、指示待ち症候群という病気があったらしいが、そいつが時間を越えて伝染したのだろうか。
まあいい、ワープだ。
我らが、不本意ながら我「ら」が“はやぶさ六七号”は、へんてこな複素空間を一光年弱飛んで、大魔王のかなり近くまで移動した。
「ええと、特異点とシュヴァルツシルト半径を特定。大魔王の仮面はひっぺがせました」
「よろしい。もうしばらく、ここで観測を続けよう」
わしが指示したところ、ヤマダが急に目を丸くした。
「えーっ!」
「えーっ、じゃない。何のためにここにきたと」
「へい」
まぁ、怖くなるのもいたしかたない。
あたりは強烈な電磁場が起こす、惑星上では起こりえない巨大な雷がばしばしと光をほとばしらせ、空気もないのに轟音がとどろいているような気さえ起きるほどだ。
が、そのくらいでぶっ壊れるような設計はしていない。“はやぶさ六七号”はここに来るのが前提で作られているのだ。
わしは、安全のため自分で淹れた珈琲を飲みながら、観測データが記録されていくのを眺めることにした。
「あのぉ、ヨノ教授どのぉ~」
「なにかね」
珈琲を飲み終えた頃、ヤマダが声をかけてきた。
「もういいっすか?」
「なにがかね」
「このシステム、電気食いすぎっす」
「は?」
なんのこっちゃ。
「そろそろ帰らないと、バッテリーがぁぁあ!」
叫ぶな、うるさい。
「それを早く言え」
「すみません、バッテリーが枯渇しますた」
「しますた、じゃねえ!!」
こいつ、アホだと思っていたが、どこまでアホなのかと。
わしは年寄りだが、まだ死にたくないぞ。
まだ、だ。
「うぎゃー」
「まだだぁ!」
突然、踏ん張りが利かなくなった“はやぶさ六七号”は、とんでもない電磁場と重力場に押し流されて、大魔神の口の中へまっしぐらに落ち始めた。
小さな船であり、別電源の重力緩和装置が生きてることもあり、今のところぶっこわれそうにはないが、このまま突っ込んでいったら、浦島太郎にもほどがある。
時間軸、なにそれ? のような状況におちいり、こっちの一秒が外の一億年だ。
「教授~」
また、アホらしいくらい能天気な声がする。
「なにかね」
「雪が降ってきました」
は?
と、外を見ると、いつの間にか雷が静かになり、代わりに白っぽいほのかな粒がふらふらと舞っていた。
「これって、時間の粒ですかねぇ」
「そんなもの、あるのか」
「あるんじゃないっすかねぇ。ん~~? ぼろっちいのが近くに」
なんじゃ?
うむ、たしかに、目で見えるくらい近くを、金属製らしきぼろっちい箱が浮いていた。よく見ると、翼をひろげるようにして、何かの板が付けられている。
「なにかの観測衛星のようじゃな。だが、とっくにぶっ壊れてるように見えるが」
こんなところじゃ仕方ない。むしろ、ここまで送り届けることに成功した連中を評価しよう。
などと、諦めにも似た冷静さで思っていると、ヤマダがぽんとコンソールをたたいた。
「ご先祖様だ」
「お前の先祖はロボなのか」
「ちがいますよぉ~、ほら、あの形」
たたかれたコンソールの上に、ぽんと旧い記録が浮き上がった。
「ああ、なるほどな」
「あの時代レベルで、修理してやっていいすかねぇ」
「好きにしたまえ。それで歴史は変わらんよ」
多分、な。
「ただし、ちゃんと直して、元のところに返してやるんだぞ」
我らが“はやぶさ六七号”がぶっこわれちまう前にな。
『臨時ニュースです。
十五年前に奇跡の帰還を果たした“はやぶさ”の落下地点近くに
謎の材質で出来たプレートが落ちているのが発見されました。
プレートには、「ヨノ」「ヤマダ」と刻まれており――』