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【02】妹の秘密


 十数年前、啓孝は事故で命を落としかけたことがあった。

 そのとき両親の前に二人の天使が舞い降りて、啓孝の命を救ってくれたのだという。幼いころ、啓孝はそんな話を幾度となく聞かされていた。


 ――その天使がいま、啓孝の目の前にいた。

 一階の間取りを広く取っている対面式キッチンを備えたリビングダイニング。その中央に置かれたローテーブルを挟んで向かい側――ソファーに浅く腰掛けている髪も目も肌の色さえ薄い色彩で構成されたその男はフェノンと名乗った。歳は結美と同じだと聞いたが物腰が落ち着いているせいか、とても大人びて見える。話し方も丁寧な姿勢を崩さない。見目も麗しく、白い翼を背負う姿はまさに天使像そのものだ。

 しかし彼は天の御使いなどではなかった。

「じゃあ、結美はあんたたちと同じ異世界人だっていうのか」

 啓孝は隣に座っている結美を横目に見やった。結美は膝の上にのせた両手を握りしめて、さっきから一言も口をきかずにうつむいていた。なんとなく背中の翼も力なくうなだれているように見える。改めて見ても信じられない光景だった。

「驚かれるのも無理はないと思います。ですが、その翼がなによりの証拠。ユーミリシェリア様は間違いなく我々の世界でお生まれになった我らの同胞にして、希望の御子です」

 ユーミリシェリア。それが結美が生まれたときに授かった真名だとフェノンは誇らしげに語った。

 十数年前――瀕死の息子を抱えた両親の前に現れた天使は、ある契約を持ちかけた。一も二もなくそれを受け入れた両親が縋るような思いで伸ばした両手に託されたのは、白くやわらかな布地に包まれた啓孝よりも小さな女の子だった。

 息子の命を助ける代わりに、その子を守り育てること。

 それが啓孝の両親が天使と交わした契約だった。その後、女の子は両親の娘として育てられ、十六年が経とうとしている。

「ユーミリシェリア様はまもなく生まれ持った本来のお姿を取り戻されます。翼が現れたのはその徴。そうなればすぐに我々とともに故郷へお帰りいただけるようになります」

「で? おまえたちは結美を連れていってどうするつもりなんだ? ここには家族も友達もいるんだぞ。たったひとりで見知らぬところに連れて行かれて、結美が喜ぶとでも思ってるのか」

 異世界人だと言われようが血の繋がりがなかろうが、物心のついたときから結美は啓孝の妹だ。いきなり家族を引き渡せと言われて簡単に承諾できるわけがない。啓孝はフェノンに向き直り挑むような目で言った。

 しかしフェノンは啓孝の厳しい視線にも怯まなかった。

「さきほど申し上げたとおり、ユーミリシェリア様は生れ落ちた瞬間に、我々の世界で百年続く争いに終止符をうつと予言を受けた選ばれたお方です。ユーミリシェリア様が故郷に帰られることはいわば必然。この世界でお育ちになられたのは、成人まで健やかに過ごしていただくためです。この家に預けられたのは単なる偶然にすぎません」

「ずいぶんな言いようだな。先に結美を手放したのはそっちだろ。そんなに大事なら、なんでおまえたちが守ってやらなかったんだよ。いまさら現れて返せっていうのは都合良すぎるんじゃないか」

「――っ」

 苛立ちを含んだ啓孝の言葉に、落ち着き払っていたフェノンの顔が初めて崩れた。嫌なところを突かれたのか下唇を噛んでわずかに顎をひく。

「それは……仕方がなかったのです。当時の戦況はとても危うく抜き差しならぬ状態で、ユーミリシェリア様をお守りすることができなかったのです。ですが、できるのならこの手でユーミリシェリア様をお守りしたいと誰もが思っていたはずです。いえ、思っていました。別の世界に御身を隠すことは苦渋の、」

「あたし、そんなの知らない」

 フェノンを遮った低い呟きは啓孝のすぐ隣から聞こえた。俯けていた顔を上げて結美はフェノンをぎっと睨んだ。

「ユーミリシェリア様――」

「あたしの名前は結美だもん。そんなユーミなんとかなんて名前じゃない」

 やっと反応を示した結美にフェノンが一瞬の緩みを見せた。しかし結美の否定の言葉を聞いてすぐに表情を改めた。

「いいえ。あなたはユーミシェリア様です。俺とセオはあなたのことをずっと前から知っています。だから俺たちが迎えに来たんです。多くの仲間があなたの帰りを待っています。ともに故郷へ帰りましょう」

 ユーミリシェリア様、と名前を呼ぶフェノンの声は啓孝と話しているときよりも、ずっと親愛に満ちていた。見つめる眼差しは真摯で甘い。騎士が主にそうするように、いまにも片膝をついて手を差し延べそうな雰囲気だ。

 だが結美はそれを真っ向から拒絶した。多分に幼さの残る丸顔を精いっぱい歪ませて、

「やだっ! 帰りたいなら勝手に帰ればいいじゃん。ていうか、はやく帰ってよ! あたしはあんたたちの言うことなんて信じない。一緒になんて絶対、ぜっったい行かないからね!」

 勢いよく立ち上がると結美はそのまま部屋を飛び出した。足音だけがバタバタと階段を駆け上がり、やがて二階の部屋のドアが力任せに閉められた。





短くてすいません……;

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