#7
前田遼平が住むワンルームの部屋のアパートの近くにはなかよし公園と言う小さな公園がある。
私たちはよくそこで一緒に時を刻んだ。
太陽が西の空に移動して、私を違う角度から見ていた。
太陽のオレンジ色と近づく闇の紫色が混ざって変な色になった空を、私は小さなブランコに乗って見ていた。
軋むブランコの隣には小さな茂みがあって、そこには前田遼平と私が可愛がっていた野良猫が住み付いている。
「ブルー…」
小さな公園に私の小さな声が微かに響いた。
私の声が響いた先に、ブルーの姿があった。
ブルーと言う名前は、前田遼平と一緒に付けた。毛が青っぽい灰色だったから。
ブルーは人懐っこいオス猫で、前田遼平と私はよく近くのスーパーで餌を買って、この公園に立ち寄っていた。
ブルーは私たちのことをずっと見てきた。
きっと誰よりも私たちのことを見てきたんだと思う。
そう思ったら、今こうやってり寄ってくるブルーの顔を見ることができなかった。
「ブルー、私たち離ればなれにちゃったよ」
ブルーは何も言わずに私に擦り寄り続けた。
辺りはもうすっかり紫色に包まれて、空には闇が迫っていた。
私はなかよし公園のブランコの横の茂みに腰を下ろしてブルーを撫でていた。
こうやって居ると、まるでいつもの日常のように時が流れているみたいに感じた。
今うしろを振り向けば、猫缶が入ったスーパーの袋を下げた前田遼平が、ただいまって笑っているような気がした。
私は目を閉じて耳を澄ませた。
だけど、そんな耳に入ってくるのは、遠くで吠える犬の声とか、電車の踏切の音とか、子供たちの笑い声とか、車の音とか、近くで騒めく木々の揺れる音ばかりで、前田遼平の足音や気配を感じることはできなかった。
「ブルー、またね」
私は立ち上がってブルーに別れを告げた。
またね、なんて、次はいつ逢えるのだろうか。
古びた下宿アパートや、大きな家を眺めながら、紫色の空の下を歩いた。
少しだけ肌寒く、私は小さく息を吐いた。その色は辛うじて白くはならなかった。
わざと前田遼平がバイトをしている写真屋の前を覗き込むように歩き、駅まで向かった。写真屋には前田遼平の姿は当たり前になかった。
電車の中は仕事終わりのOLや、サラリーマン、女子高生やなんやで溢れていて、私はドアの近くにもたれて外を眺めていた。
近くに居た女子高生の会話が耳に入ってくる。短いスカートをギリギリに揺らして、彼女たちは若さと明るさで満ちていた。
「今日だね~最終回!あれ、最後どうなると思う~?」
「より戻して終わりじゃん?」
「え~つまんな~い」
「でもそうゆう終わり方の方がいいよ。変に誰か違う人と付き合ったりするよりもずっといい」
「なんで~?」
「私たちだって一緒だよ。疲れたとか、詰まらないとか、飽きたなんて理由で簡単に人との繋がりを断っちゃダメな気がする。もっと大事にしなきゃ、人との繋がりをさ」
「ミカ大人~…………」
私が住んでいる駅で降りたのは、きっと沢山いたんだろうけど、それはまるで私一人だけのような気がした。