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#5
「松嶋さん」それが彼からの初めての言葉だった。
「松嶋さん」
「…はい?」
「資料室はどこかな?」
「………あっち」
「あっち…って、あっち?」
「うん、あっち」
「あっちね、ありがとう」
私は彼が嫌いだった。教師はみんな嫌いだったし。
だけどこのとき、私は不覚にもドキドキした。心臓が高鳴った。
きっと私は小林将平が嫌いだったんじゃなくて、こんな風に感情に振り回された自分が嫌いだったんだ。
「美佳?聞いてる?」
「…え、あ、ごめんっ」
小林将平の声で私はハッと我に返った。
「なんだよ~ボーッとして」
「ごめん、ちょっと考え事」
「何について?」
「う~ん、いろいろ」
「なんだそれ」
「ははは」
彼が初めて私に言った松嶋さんが、いつの日か松嶋になって、いつの日か美佳になった。
私は彼に名前を呼ばれることが好きだった。
「じゃあ、また学校で」
「うん、また学校で…」
家族にバレないように、私の家から少し離れた場所で私は彼と別れた。
たぶん彼とはあと1ヶ月は遊べないと思う。今日も1ヶ月ぶりくらいに遊んだんだから。
何故だかは、なんとなくわかる。なんとなくわかるから、私はとても切ない。