#1
私は一つ目の金具から自転車の鍵を取り、自転車を駐輪場から出した。
その上にまたがり、1DKの部屋が12部屋ある3階建ての鉄筋コンクリートのマンションの前の坂を下った。
坂の下りに勢いがつく自転車のブレーキを小さくかけながら駆け下りた。
この坂を下った直ぐのところに、コンビニがある。
コンビニの前に自転車を停めて、私は空を見上げた。
オレンジ色の街灯がポツポツと灯りを灯し始めていた。
青紫色に染まった空にもポツポツと灯りを灯す星が見えていた。
まだ寒い空気を吸い込み、着ていたダウンのボタンを1番上まで閉めてから私はコンビニのドアを開けた。
むわんと暖かい空気が私に纏わりつく。私は少し咳払いをした。
それから帰ったら部屋は寒いんだろうな、なんてことを思った。
私は鮭のおにぎりとカップラーメンを買って帰った。
帰り道の坂は当たり前に行きとは逆の上り坂で、私は歩きながら自転車を押して帰った。
まだまだ外は寒いのに、私は額に微かな湿り気を感じた。
夏になったらこの坂を上るのは大変だろうな、と私は息切れをしながら思っていた。
やっとの思いで1DKの部屋が12部屋ある3階建ての鉄筋コンクリートのマンションの前に辿り着き、私は自転車を駐輪場に停めて鍵をかけた。
鍵は、キーケースの一つ目の金具に取り付けた。
まだ微かに白く残る息を吐き出しながら、私は2階の階段を昇ったらすぐの部屋の鍵を開けた。
思った通りにしんとした部屋は寒かった。
冷たいフローリングの上をペタペタと裸足で歩き、私は小さなストーブの火を付けた。
少しだけその前で膝を抱えて丸くなった後で、私は気付いた。ポットもやかんも鍋も持って来ていない事に。
私は食べることの出来ないカップラーメンを横目に鮭のおにぎりだけを頬張った。
見つめるストーブの炎の中には、また前田遼平の姿が見えた。
ゆらゆらと揺れる彼の姿は小さな空気に揺らめく炎のせいではなくて、微かに溜まった私の目の奥に潜む悲しみのせいだと気が付くのに、そう時間はかからなかった。
私はまだ彼が好きなのに、別れを選んだのは何故だったっけなと1日では到底癒すことの出来ない深い穴に、私はまた悲しみと孤独を流し込んでいった。
そんなことをしても、寂しさが増えるだけだと知ってはいたが、今の私にはそれくらいしか出来なかった。
小さなため息と共に、魂が抜けていってしまったかのように私は小さなストーブの火を見つめながら眠りについた。