やっぱり、寂しかった
「やっぱり、寂しかった」
なんてことを言ったら
あなたはどんな反応をするだろう
もう春が近付いて来ているはずなのに、雪は生き残りを掛けたサバイバルゲームをしているかのようにしぶとく地面に残り、春を待ち侘びる虫をも呆れさせるほど外は寒気に包まれていた。
私はストーブの火を付けて、その前で膝を抱えて丸くなった。
ピカピカに磨かれたフローリングにぽつりと置かれた一つの大きなの段ボールに背を向けて、私は膝を抱えて丸くなった。
そこは前に住んでいたワンルームの部屋よりも随分大きな1DKの部屋だった。そこに私はこれから一人で暮らす。
前に住んでいたワンルームの部屋には、私とあともう一人男が住んでいた。それは紛れも無く私の恋人だった。
だんだん温かくなってきた体を小さく擦り、目の前でジリジリと燃える炎の中に前に一緒に暮らしていた前田遼平の姿が見えた気がした。
前田遼平とは3年近く恋人同士であって、その3年の内、後半1年半は同じ屋根の下で過ごした。
たまたま大学のサークルが一緒で、たまたまその始めの自己紹介の時に私が好きだと言ったアーティストと彼が好きなアーティストが一緒だったってだけで仲良くなって、そしていつの間にか恋人同士になっていた。
私も彼も口数が少なく、あまり喧嘩もしなかったし、もしかしたら会話すらも数えるくらいしかしていなかったかもしれない。
だけど、彼と一緒に居れば不思議と安心できたし、私は彼のそばに居る度に彼を愛しく思った。
きっと彼もそうだったのだと思う(そうであって欲しい)。
休みの日には近くの公園に住み着いている野良猫と戯れたり、その野良猫に名前も付けたこともあった。
野良猫は綺麗な灰色の体で毛並みも柔らかで一緒に居て心地好かった。
そんな野良猫と戯れる私の姿をカメラ好きの彼はパシャパシャと写真に収めていた。
その写真を現像する度に、私の目が半開きだとか猫にしかピントが合っていないだとか、くだらない文句で穏やかに笑い合った。
大学では静かに過ごし、お昼に中庭のベンチに座ってご飯を食べたりうたた寝をしたりした。
久しぶりに学食でご飯を食べたとき、サークルの仲間と同じテーブルで、その内の自慢話好きの新井達哉の自慢話を永遠に聞かされてうんざりした気分になり、もう学食では食べないと帰り道で誓い合ったりもした。
そうやって、私たちはのんびりと時をお互いの記憶に刻み込んできた。
そんな彼と別れてまだ1日しか経っていなかった。あの小さくて狭いワンルームの部屋から必要な物だけを詰め込んだ大きな段ボールを抱えて、この広くて真新しい1DKの部屋に逃げ込んでからまだ1日しか。
そんな今でも、この広くて真新しい1DKの部屋は空っぽ状態で、ぽつりと虚しく閉ざされた大きな段ボールと小さなストーブと私の体があるだけだった。
何も食べずにただ茫然と座り込み、小さなストーブの前で小さな体をさらに小さく折り畳んでいた。
だけどさすがにもうキツくなってきた私のお腹がSOSのベルを鳴らしていた。
私は渋々立ち上がり、閉ざされた段ボールのガムテープをダラダラと剥がし、中から財布とキーケースを取り出した。
そして履いているジーンズのポケットから新しいこの部屋の鍵を取り出し、キーケースに付けようとキーケースのボタンを開けた。
キーケースの中には3つの鍵が付けられていて、お互いを主張するようにぶつかり合いながら揺れていた。