英雄と、私の話
私達が彼らと出会ったのは嵐の日だった。
夜遅く、村のはずれにある私と妻の2人だけで住んでいる家の扉がけたたましく鳴る。
こんな夜遅く、それもこんな嵐の中いったい誰が来たのかと不審に思いながらも、もし困っている人ならば助けなければという思いから、私はその扉を開けた。
すると、その向こうには女性を背負った男性が立っていた。
男性は背負っている女性が瀕死の状態だと助けを求めてきた。私は急いで妻を起こして彼女に女性の応急処置を頼んだ後、村にいる医者を呼びに外に飛び出した。
女性は意識を失っている上に、脇腹に怪我をして出血していた。雨のせいで体温も奪われていたため妻は焦った。手当てをしている最中、彼女の様子から男性は女性が持ちこたえられるのか不安そうに彼女を見守っていたと後で妻から聞いた。
私が急いで連れてきた医者は女性の傷はそれほど深くない上に妻特製の薬があれば1,2週間もあれば完全に傷がふさがるだろうと告げた。
女性が大丈夫だと言われた瞬間、男性は安心したようで見ていてわかるほど身体から力を抜いた。医者を見送り一息ついた瞬間、次は男性が倒れた。どうやらずっと緊張し続けていたのが、女性が無事だと安心して気が緩んでしまったらしい。よく見ると男性もあちこちに傷を負っていたので私がベットに運んだ後、妻が手当てをした。
次の日、目を覚ました男性から事情を聞いた。
彼らは急ぎの旅の途中で、昨日の嵐で渡っていた橋が倒壊し、流されたときに傷を負ってしまったという。
彼は、先を急ぐ旅だから彼女の傷による熱が下がり次第出発する、と言い出した。それは無謀だと私達は慌てて、女性の傷が塞がるまで私達のところで療養したら良いと提案した。だが男性はなかなか首を縦に振らなかった。
それでも、根気強く彼を説得し、何とか女性の傷が良くなるギリギリの10日、留まることを了承した。
そのことを女性に伝えると、やはり彼女も反対したが、その状態で旅を続けては傷から別の病気が発生するかもしれない、今きちんと治さなければ後々取り返しのつかない状態になっても良いのかと妻に一括された。
その様子を苦笑して見ていた私には、彼らはこれほどまでに先を急ぐはなぜだろうかと疑問が生まれた。だが、きっとそれは聞かない方が良いのだろうと私は判断した。私達のためにも、彼らのためにも。
彼らが滞在中、私は青年を連れて森での狩りや畑仕事などの力仕事を手伝ってもらった。図々しいが、泊めている宿代だと笑って誘うと、青年は苦笑して付いて来た。
妻は人が増えて嬉しいのか、彼らが来てから毎日嬉しそうに家事を行っている。私達が外に出ているときは、女性を看病しながら彼女の近くで刺しゅうや編み物をしていた。女性の体調が良くなり喋るのが苦ではなくなってからは、女性と色々な話をするようになった。それを嬉しそうに私に話してくれた時の事を、よく覚えている。
しかし、別れの日が近づくにつれて妻は寂しそうしていた。
穏やかに数日が経ち、とうとう彼らが旅に出る日が来た。
だいぶ良くなった女性に、体調には十分注意するよう妻が言い聞かせている最中、私は女性2人には聞こえないよう注意しながら、男性に誰かが私達のところに彼を訪ねてきても何も言わないと言った。私達のところに滞在していたのは旅の途中で出会った友人だという事にしてあるとも言うと、青年は黙って肯いた。私と妻も数年前まで各地を転々としており、その途中で知り合った人がときどき訪ねてくることがあった。今回もその時の友人が近くに来た時に誤って怪我をしてしまったと、彼らの事を村の人に聞かれる度に答えていた。
別れを惜しみながら、彼らは去って行った。
いつか再びここに来るという言葉を残して。
あれから20年がたった。
2人だけだったこの家にも人が増えた。
なかなか子どもが出来なかった私達夫婦はある孤児に出会い、その子を私達の子どもとして育てていくことを決意した。その2年後に妻が子供を産んで、さらに家族が増え、私も妻も孤児であった私達の子も喜んだ。
いろんな事が起き、色々な人に出会った。
一度は世界が滅びかけ、私達の住んでいる村も多大な被害を受けた。
多数の人が住みにくくなった村から出て行ったが、私達はここに留まり続けた。
やがて、英雄たちの活躍によって世界が危機から脱したと噂される。
まだ、彼らは訪ねて来ない。
だが、先日1人の青年が訪ねてきた。
人を探しているようで、この人を知らないかと一枚の写真を私に見せた。
その人物を見た瞬間、私は驚いた。
君とこの人の関係は?と聞くと、青年は唯、この人の関係者で、訳あって探している、としか言わなかった。だが、私は確信した。雰囲気は全く違うが、青年はどことなく、彼に似ていた。
ああ、つながっていたんだ、と私は嬉しくなった。
写真の人物が20年ほど前に数日私の家に滞在していたが、その後の行方は知らないというと、青年は残念そうに、そうですかと言った。
今日の宿のあてはあるのかと尋ねると、青年は否と答えた。良かったら家に泊るよう誘うと一瞬ためらってから肯いた。
妻にあの男性の関係者だと紹介すると、大変嬉しそうに彼を泊める準備を始めた。子どもたちも珍しい客人に興奮を抑えられず、彼に引っ付いて遊び回った。そんな歓迎に、彼は戸惑いながらも嫌がってはおらず、子どもたちの相手を上手くこなした。
夜、子どもたちを寝かせに行っていた妻が帰ってきた後、私は青年に尋ねた。あの男性は今も生きているのかと。
青年はそれを確かめるために男性を探していると答えた。
君は彼の子どもなんだろう、と聞くと、青年は黙って肯く。
彼が一緒に旅をしていた女性との?と聞くと、今度は首を振った。
俺の母はずっと待っていました。
彼は悲しそうに言う。
あいつは俺の存在を知らない。だから突き付けてやるために、俺という存在を知らしめてやるために奴を探しています。
妻は苦しそうに吐き出す彼をその両腕に包み、頭をゆっくりとなでた。
君のお母さんは?
分りません。今は、母さんの生死さえ、分らない。
それっきり、私と青年は黙ってしまった。妻は酷く傷ついた青年が、少しでも人のぬくもりを感じて癒されるように頭をなでていた。
次の日、青年は旅立っていった。
前は、彼らが言った言葉を、今度は私が尋ねた。再びここに来てくれるかと。
青年は驚きの表情を浮かべた後、笑って答えた。
必ずまた、ここに来ます・・・と。