第20話 揺らぐ内部と、守るための選択
エルドラの朝は、いつもと同じようでいて――確実に違っていた。
石畳の上を歩く人の数は変わらない。
市場には露店が並び、商人の声も響いている。
だが、その奥にある空気が違う。
視線。
間。
言葉の選び方。
すべてが、どこか“探り合い”になっていた。
「……来てるな」
俺――アルクは広場の端に立ち、静かに呟く。
ロイドが隣で頷いた。
「昨日から一気に広がった」
「条件提示の話がな」
セリナが腕を組む。
「倍額、住居、保証付き」
「完全に引き抜きだ」
リナが不安そうに俺の袖を握る。
「アルク……」
その手に力が入っている。
分かりやすい。
“失うかもしれない”という感情。
俺は軽くその手を押さえた。
「大丈夫だ」
そう言いながらも、状況は理解している。
これは――効く。
金。
環境。
安定。
人が動く理由としては十分すぎる。
だからこそ。
「面白い」
小さく呟いた。
セリナが笑う。
「そういう顔すると思った」
―――
昼。
市場の一角。
数人の職人が、ひそひそと話している。
「向こうは倍出すらしい」
「しかも設備付きだ」
「……どうする?」
その言葉は、軽くない。
人生を左右する選択だ。
その空気を、あえて壊す。
「悩んでるなら行けばいい」
全員が振り向く。
俺だ。
一瞬で空気が固まる。
「アルク様……」
「聞いてたんですか」
「聞こえるからな」
わざとだ。
俺はその場に入る。
「止めない」
沈黙。
「条件がいいなら、そっちに行け」
視線が揺れる。
「でもな」
一拍。
「残るなら覚悟しろ」
空気が変わる。
「ここは“与えられる場所”じゃない」
「作る場所だ」
言葉が落ちる。
重く。
静かに。
誰もすぐには答えない。
だが、その沈黙自体が――
答えだった。
―――
夕方。
広場。
人が自然と集まってくる。
誰かに呼ばれたわけじゃない。
だが全員が感じている。
“何かが決まる”と。
俺は中央に立つ。
風が少しだけ吹く。
「エルドラは変わる」
ざわめきが止まる。
「これからもっと大きくなる」
「もっと強くなる」
一拍。
「その代わり」
視線を全員に向ける。
「楽じゃない」
沈黙。
「だから選べ」
「残るか、出るか」
言葉はそれだけ。
だが十分だ。
一人が前に出る。
「……俺は残る」
次が続く。
「俺もだ」
「ここでやる」
「逃げる気はねぇ」
波のように広がる声。
その熱が、空気を変える。
リナが隣で小さく震えている。
「……すごい」
ロイドが低く笑う。
「完全に掴んだな」
セリナが頷く。
「これが人を動かすってやつだ」
俺は何も言わない。
ただ、見ていた。
選んだのは――彼ら自身だからだ。
―――
夜。
温泉。
湯気の中、静かな時間。
だが今日は少し違う。
リナが隣にいる。
近い。
普段よりも、明らかに。
肩が触れている。
柔らかい感触が伝わる。
「……アルク」
「ん?」
「怖かった」
小さな声。
そのまま、少しだけ寄ってくる。
「みんな離れたらって」
正直な言葉だ。
俺は少しだけ間を置いて答える。
「怖いよ」
リナが顔を上げる。
「でもな」
一拍。
「信じてる」
その言葉に、リナの目が揺れる。
距離がさらに近くなる。
ほとんど寄りかかるような状態。
「……アルク」
その時。
ツルッ。
「きゃ!」
もう様式美だな。
抱き寄せる。
距離ゼロ。
胸が当たる。
柔らかさと体温。
リナが固まる。
「……アルク」
「はい」
「これ」
一拍。
「わざとでもいい」
「違う」
でも。
離れない。
視線が合う。
息がかかる距離。
数秒。
静かな時間。
「……ねぇ」
リナの声が小さくなる。
「もう少しだけ」
言葉が途切れる。
そのまま。
ほんの少しだけ。
距離が縮まる。
――その瞬間。
バシャッ!!
「混ざれ」
セリナだ。
「やめろ!!」
全部台無しだ。
セリナが笑う。
「いいとこだったのにな」
「うるさい!」
リナが真っ赤になっている。
―――
同時刻。
バルザード。
「報告です」
ミレイアが静かに聞く。
「どうだった?」
「……失敗です」
沈黙。
「離脱は?」
「ほぼなし」
一拍。
「むしろ結束が強まりました」
完全な逆効果。
だが。
ミレイアは笑った。
「……いいわ」
立ち上がる。
「じゃあ次は壊す」
声が低くなる。
「中から」
戦いは。
さらに深くなる。




