第17話 止められた流れと、見えない突破口
異変は、静かに始まった。
最初は誰も気づかなかった。
いや、気づいても「偶然だ」と思った。
「……遅いな」
エルドラの東門。
俺――アルクは、空いた街道を見つめていた。
本来なら、この時間は馬車が列をなす。
荷を積み、商人が行き交い、喧騒が絶えないはずだ。
だが今日は違う。
――来ない。
一台も。
「昨日も同じだった」
ロイドが隣で低く言う。
顔は落ち着いているが、目が笑っていない。
「西からの便が止まっている」
「完全にか?」
「完全にだ」
短い言葉。だが重い。
セリナが腕を組む。
「露骨すぎるな」
「バルザードか」
「間違いない」
俺は小さく息を吐いた。
「物流封鎖、か」
それは戦争の一手としては王道だ。
武器を使わず、相手を弱らせる。
物が入らなければ、街は止まる。
――食料。
――資源。
――人。
すべてが滞る。
リナが不安そうに俺を見る。
「アルク……これって」
「ピンチだな」
隠しても意味はない。
だが。
「致命的ではない」
そう言い切る。
―――
市場。
いつもなら人で溢れている通りに、わずかな空白ができていた。
露店は出ている。
だが品数が少ない。
「野菜が少ないぞ!」
「昨日より値段上がってる!」
ざわめきが広がる。
空気が変わり始めていた。
ロイドが低く言う。
「このまま三日続けば、明確に影響が出る」
「五日で混乱」
「一週間で崩れる」
現実的な数字だ。
セリナが笑う。
「分かりやすいな」
「“干上がらせる”ってやつだ」
その通り。
バルザードは、こちらの“流れ”を止めに来ている。
「でもさ!」
リナが声を上げる。
「エルドラって食料あるよね!?」
「ある」
「じゃあ大丈夫じゃない?」
「半分正解」
リナが首をかしげる。
俺は指を一本立てる。
「食料は足りる」
次に二本目。
「でも“流通”は止まる」
沈黙。
リナの表情が曇る。
「あ……」
そう。
問題は“足りるかどうか”じゃない。
回るかどうかだ。
―――
会議室。
重い空気。
ロイド、セリナ、エリシアが揃っている。
「状況は明確だ」
ロイドが口を開く。
「バルザードは街道を抑えた」
「護衛契約で他商人を縛っている」
エリシアも続ける。
「王国としても強制介入はできないわ」
「同盟はあるけど、内政干渉になる」
つまり。
「自力で突破するしかない」
俺は頷いた。
「当然だな」
セリナがニヤリとする。
「どうする?」
その問いに、俺は少しだけ考える。
頭の中で、流れを組み立てる。
物流。
時間。
人。
そして――
「逆にする」
沈黙。
ロイドが眉を上げる。
「逆?」
「流れを止めるなら」
一拍。
「流れを作ればいい」
「……どうやってだ?」
俺は立ち上がった。
「エルドラから出す」
全員の視線が集まる。
リナが言う。
「でも……止められてるんでしょ?」
「街道はな」
一歩踏み出す。
「だから街道を使わない」
沈黙。
セリナが笑う。
「……なるほど」
理解したな。
「川だ」
エルドラの東には川がある。
今までは補助的な輸送しかしていなかった。
だが。
「本格運用する」
ロイドが目を細める。
「船か」
「そう」
「だが整備が――」
「今からやる」
一拍。
「錬金術で」
沈黙。
そして。
ロイドが笑った。
「……本当に規格外だな」
―――
その夜。
川辺。
月明かりが水面に反射する。
俺は一人で立っていた。
「……間に合うか」
正直、ギリギリだ。
だがやるしかない。
その時。
後ろから足音。
「アルク」
振り向くとリナがいた。
少しだけ不安そうな顔。
「大丈夫?」
「まあな」
「無理してない?」
一瞬、言葉に詰まる。
だが。
「してる」
正直に言う。
リナが驚く。
「え?」
「でも、それでいい」
一拍。
「守るってそういうことだろ」
沈黙。
リナが少しだけ近づく。
「……アルク」
その時。
足元が滑る。
ツルッ。
「きゃ!」
反射的に腕を伸ばす。
抱き寄せる。
距離ゼロ。
夜の静けさの中、息が重なる。
「……アルク」
「はい」
「近い」
「すみません」
でも。
離れない。
少しだけ、時間が止まる。
リナが小さく笑う。
「……でも」
「今はいい」
その瞬間。
後ろから声。
「お邪魔か?」
セリナだ。
ニヤニヤしている。
「違う!」
「違う」
同時に否定した。
セリナが笑う。
「まあいい」
川を見る。
「面白くなってきたな」
その通りだ。
これはもう。
ただの商戦じゃない。
「戦争だ」
だが。
負ける気はしない。
―――
バルザード。
商会。
「報告です」
「エルドラ、動きあり」
男が目を細める。
「何をした?」
「……川を使うようです」
沈黙。
そして。
ゆっくりと笑った。
「潰す」
戦いは、次の段階へ進む。




