第15話 見えない戦争と、奪われる流れ
エルドラに、変化が現れ始めたのは――数日後だった。
朝の市場。
いつもなら活気に満ちているはずの通りに、わずかな“違和感”が混ざっている。
人はいる。
商人もいる。
だが――
「……少ないな」
俺――アルクは広場の端に立ち、静かに呟いた。
リナが隣で首をかしげる。
「何が?」
「商人の数」
よく見ると分かる。
いつも来ているはずの商人がいない。
露店の数も、わずかに減っている。
セリナが腕を組む。
「逃げたか?」
「いや」
俺は首を振る。
「逃げる理由がない」
エルドラは稼げる街だ。
むしろ増えるのが普通。
それなのに減るということは――
「流れが変わってる」
その時だった。
ロイドが足早に近づいてくる。
珍しく表情が硬い。
「アルク殿」
「来たか」
「気づいていたか」
ロイドは小さく息を吐いた。
「……やられた」
「どこだ?」
「西の都市、バルザード」
聞いたことがある。
古くからの交易都市。
規模も大きい。
ロイドは続ける。
「商人を囲い込み始めた」
「条件を提示してな」
「どんな?」
「関税優遇、護衛強化、独占契約」
なるほど。
リナがぽかんとする。
「それって……」
セリナが答える。
「引き抜きだ」
そう。
これは戦争だ。
だが――
「武器を使わない戦争」
俺は小さく呟いた。
経済戦争。
流通の奪い合い。
人の奪い合い。
そして。
「情報も来てる」
ロイドが声を落とす。
「エルドラは危険な街だと噂を流している」
リナが驚く。
「え!?」
「ひどくない!?」
セリナが鼻で笑う。
「王道だな」
競争相手を潰す。
当たり前の手段だ。
俺は少しだけ考える。
そして言った。
「なるほど」
焦りはない。
むしろ。
「面白くなってきた」
リナが驚く。
「え?」
「普通ピンチじゃない?」
「ピンチだよ」
一拍。
「だから楽しい」
セリナが笑う。
「いい顔だ」
―――
その日の午後。
エルドラの会議室。
石造りの部屋に、主要メンバーが集まる。
ロイド。
セリナ。
エリシア。
そしてリナ。
「状況は理解したな」
俺が言う。
ロイドが頷く。
「このままでは、商人の流れが奪われる」
「時間の問題だ」
エリシアも口を開く。
「王国としても介入はできないわ」
「同盟はあくまで対等」
つまり。
「自分たちでやるしかない」
俺は立ち上がった。
「じゃあやることは一つ」
全員の視線が集まる。
「逆に奪う」
沈黙。
そして。
ロイドが笑った。
「……なるほど」
セリナが口元を歪める。
「潰す気か」
「いや」
俺は首を振る。
「勝つだけ」
―――
翌日。
エルドラ市場。
いつも通りの朝。
だが今日は違う。
中央に、大きな掲示が出された。
【エルドラ新制度】
ざわめきが広がる。
商人たちが集まる。
「なんだこれ?」
「新しい条件?」
ロイドが声を上げる。
「エルドラは――」
一拍。
「通行税を撤廃する!」
沈黙。
そして爆発した。
「はあ!?」
「マジか!?」
「そんなことできるのか!?」
さらに続ける。
「銀行利用者は手数料優遇!」
「長期契約者には物流支援!」
「さらに――」
ロイドがニヤリと笑う。
「新規商人には初期資金の貸し付け!」
完全に。
勝負を仕掛けた。
商人たちの目の色が変わる。
「こっちの方がいい!」
「利益出るぞ!」
「バルザードより条件いい!」
流れが――
一気に変わる。
リナが目を輝かせる。
「すごい……!」
セリナが笑う。
「やりやがったな」
俺は静かに呟く。
「戦争は」
一拍。
「ルール作った方が勝つ」
―――
その夜。
温泉。
湯気の中、静かな空気。
リナが隣に座る。
今日はやけに近い。
「……アルク」
「ん?」
「今日のやつ」
「すごかった」
「そう?」
「うん」
少しだけ照れたように笑う。
セリナが向かいで言う。
「完全に仕返しだな」
「倍返し以上だ」
その時。
ツルッ。
「きゃ!」
もう見慣れた光景。
反射的に支える。
抱き寄せる。
距離ゼロ。
「……アルク」
「はい」
「絶対わざと」
「違う」
でも。
少しだけ笑っていた。
リナも笑う。
「……でも」
「嫌じゃない」
セリナが湯をかける。
「混ざれ」
「やめろ!」
いつもの騒がしさ。
でも。
その裏では。
見えない戦争が始まっていた。
―――
西の都市、バルザード。
商人ギルド。
「……何?」
報告を聞いた男が顔をしかめる。
「エルドラが条件を変更?」
部下が頷く。
「商人が流れ始めています」
沈黙。
そして男は呟く。
「面白い」
ゆっくりと立ち上がる。
「なら潰す」
戦争は。
まだ始まったばかりだった。




