第14話 都市エルドラと王国の選択
エルドラの空気は、ここ数日でわずかに変わっていた。
いつも通り市場は賑わっている。
商人の声も、人の流れも変わらない。
だがその奥に――
“緊張”が混ざっていた。
「……来るな」
俺――アルクは広場の中央で立ち止まり、小さく呟いた。
石畳の向こう。
街道の先に、土煙が上がっている。
馬車の列。
そして兵士。
「王国だ」
セリナが短く言った。
隣でリナが少し不安そうに俺の袖を掴む。
「大丈夫……だよね?」
「多分な」
“多分”というのが正直なところだ。
ここまで急速に発展した都市を、王国がどう扱うかは分からない。
歓迎か。
警戒か。
それとも――
「排除か」
小さく呟いた言葉に、セリナが反応する。
「あり得るな」
冗談ではない。
この都市はすでに“異質”だ。
普通の発展ではない。
だからこそ、脅威にも見える。
―――
やがて馬車が門をくぐる。
兵士たちが整然と並び、道を作る。
その中央から、一台の豪華な馬車が進み出た。
扉が開く。
降りてきたのは――
壮年の男だった。
重厚な装い。
無駄のない動き。
ただ立っているだけで分かる。
「……ただの役人じゃないな」
俺は小さく呟く。
エリシアが一歩前に出る。
「王国宰相補佐、グランディス様です」
空気が一瞬で変わる。
周囲の商人たちが息を呑む。
「宰相補佐……?」
つまり。
王国中枢。
トップに近い存在。
男――グランディスは街を見渡す。
ゆっくりと。
じっくりと。
井戸。
畑。
銀行。
市場。
人の流れ。
すべてを観察するように。
やがて口を開いた。
「……報告以上だ」
低い声。
だが重みがある。
「これを“辺境”と呼ぶのは無理があるな」
リナが小さくガッツポーズする。
セリナは黙って様子を見ている。
俺は一歩前に出た。
「アルクだ」
「この街の――?」
「一応、中心人物」
グランディスは俺を見た。
視線が鋭い。
値踏みするような目。
沈黙が流れる。
その間に、周囲の音が遠くなる。
やがて彼は言った。
「若いな」
「よく言われる」
軽く返す。
だが内心は警戒している。
この男は、ただの交渉相手じゃない。
“決定する側”だ。
グランディスは続けた。
「単刀直入に言おう」
空気が張り詰める。
「エルドラを王国の管理下に置く」
リナの手が強くなる。
セリナの視線が鋭くなる。
周囲の空気が一気に冷えた。
「……管理下?」
俺は聞き返す。
グランディスは淡々と説明する。
「税の統一」
「軍の配置」
「法の適用」
つまり。
支配だ。
沈黙。
その言葉の重さを、全員が理解する。
エルドラが“王国の都市”になるということ。
だが同時に――
自由が消える。
俺は少しだけ息を吐いた。
「断ったら?」
グランディスの目が細くなる。
「その場合」
一拍。
「脅威と判断する」
つまり。
敵。
空気が凍る。
セリナが一歩前に出た。
「やる気か?」
低い声。
完全に戦闘態勢だ。
だが俺は手を軽く上げて止めた。
「まだだ」
そしてグランディスを見る。
「一つ聞く」
「何だ」
「この街を見てどう思った?」
沈黙。
グランディスは再び周囲を見渡す。
人。
笑い声。
活気。
そして静かに言った。
「……豊かだ」
「王国でも上位に入る」
それが答えだった。
俺は頷く。
「なら話は簡単だ」
一歩踏み出す。
「管理される理由がない」
沈黙。
周囲がざわつく。
グランディスの目がわずかに細くなる。
「……ほう」
「続けろ」
俺は言葉を続けた。
「ここは俺たちで作った」
「回してるのも俺たちだ」
「王国の支援は受けてない」
一拍。
「なら、管理される理由もない」
完全な正論。
だが――
通るかどうかは別だ。
グランディスはしばらく黙った。
やがて。
小さく笑った。
「面白い」
空気が少しだけ緩む。
「では提案を変えよう」
「?」
「同盟だ」
沈黙。
「エルドラを独立都市として認める」
「その代わり、王国と正式に取引する」
リナが目を見開く。
セリナがニヤッとする。
「悪くないな」
俺も少しだけ笑った。
「それなら話せる」
グランディスは頷く。
「賢明だ」
その瞬間。
空気が一気に変わった。
緊張が解ける。
街に再び音が戻る。
交渉は――
成立した。
―――
その夜。
温泉。
湯気が静かに揺れる。
リナが隣に座る。
今日はやけに近い。
「……アルク」
「ん?」
「すごかった」
素直な声。
セリナも言う。
「完全に対等だったな」
「まあな」
その時。
ツルッ。
「きゃ!」
またか。
反射的に支える。
抱き寄せる。
距離ゼロ。
「……アルク」
「はい」
「近い」
「すみません」
でも。
少しだけ、離れるのが遅れた。
リナが小さく笑う。
「……でも」
「嫌じゃない」
セリナが湯をかける。
「混ざれ」
「やめろ!」
いつもの騒がしさ。
でもそれが、今のエルドラだった。
―――
エルドラはついに。
王国と対等な関係を結んだ。
それはつまり――
“都市”を超えたということ。
そして物語は。
さらに大きな舞台へ進んでいく。




