第11話 銀行と距離が近すぎる夜
エルドラは、完全に“都市”へと変わりつつあった。
朝の広場はすでに人で溢れている。
パンを売る声。
商人の呼び込み。
子供たちの笑い声。
石畳の道を、荷車がゆっくりと進んでいく。
「……ここまで来たか」
俺――アルクは静かに呟いた。
最初はただの荒野だった。
井戸を掘り、畑を作り、人が集まり。
気がつけば――
人口四百人を超える都市。
隣でリナが得意げに腕を組む。
「でしょ!」
「だからお前の功績じゃない」
「精神的支柱!」
もういい。
その時、背後から声がした。
「アルク」
振り向くと、セリナがいた。
赤髪を揺らしながら、ゆっくり歩いてくる。
「商人が揉めてる」
「揉めてる?」
「価値の違いだ」
広場の一角。
二人の商人が言い争っている。
「この塩は鉄三本分だ!」
「高すぎる!二本だろ!」
なるほど。
「……限界だな」
俺は小さく息を吐いた。
今のエルドラは、物々交換が中心。
だが人が増え、取引が増えたことで――
価値の基準が曖昧になっている。
ロイドが近づいてくる。
「アルク殿」
「そろそろ必要だ」
「だな」
俺は頷いた。
「通貨、作るか」
―――
その日の午後。
俺は作業台の前に立っていた。
金属。
銅と銀を混ぜる。
純度を調整し、強度を安定させる。
錬金術を流し込む。
淡い光が素材を包み込む。
そして――
「よし」
完成したのは、小さな円形の金属。
リナが目を輝かせる。
「それがお金?」
「そう」
俺はそれを指で弾いた。
カン、と澄んだ音が響く。
「エルドラの通貨だ」
表面には刻印。
“E”。
裏には簡単な模様。
偽造防止も兼ねている。
セリナがそれを受け取り、軽く投げる。
「軽いな」
「扱いやすさ重視」
ロイドが頷く。
「価値の基準ができれば、取引は一気に楽になる」
俺はさらに続けた。
「あと銀行も作る」
沈黙。
リナが首をかしげる。
「銀行って何?」
「金を預ける場所」
「持ってればよくない?」
「盗まれるだろ」
「あ」
納得した顔。
俺は説明を続ける。
「預ければ安全」
「記録も残る」
「貸し借りもできる」
ロイドが目を細めた。
「……信用を管理する施設か」
「そういうこと」
その瞬間。
商人たちの目の色が変わった。
―――
数日後。
エルドラ中央に新しい建物が完成した。
石造り三階建て。
重厚な扉。
警備も配置。
看板には――
エルドラ銀行
中は広い。
カウンター。
金庫。
帳簿。
すべてが整っている。
最初に預けたのはロイドだった。
「試してみよう」
袋を差し出す。
中には金貨。
それを記録し、証書を渡す。
ロイドはそれを見て――
「……いいな」
小さく笑った。
その一言で流れが決まった。
「俺も預ける!」
「安全なら助かる!」
「取引しやすくなる!」
一気に人が押し寄せる。
銀行は瞬く間に機能し始めた。
俺は広場を見ながら呟く。
「これで経済は回る」
セリナが肩をすくめる。
「本当に国だな」
―――
その夜。
温泉。
湯気がゆらゆらと立ち上る。
俺は静かに湯に浸かっていた。
その時。
「アルクー」
リナの声。
振り向くと、すでに湯に入っている。
「……早いな」
「待ってた」
なぜだ。
さらに。
セリナも入ってくる。
「今日はここか」
またか。
リナがむっとする。
「アルクは私と入る約束!」
「してない」
「した!」
してない。
セリナが隣に座る。
近い。
かなり近い。
「疲れてるだろ」
「まあな」
「肩貸せ」
「貸さない」
「冷たいな」
ニヤニヤしている。
その時。
ツルッ。
「きゃ!」
リナが滑る。
俺は反射的に腕を伸ばす。
抱き止める形。
距離ゼロ。
湯気の中。
リナの顔がすぐ目の前。
「……アルク」
「はい」
「近い」
「すみません」
でも離れない。
というか離せない。
セリナが笑う。
「そのままでもいいんじゃないか?」
「よくない!」
リナが顔を真っ赤にする。
でも。
小さく呟く。
「……ありがと」
その瞬間。
セリナが湯をかけてきた。
「混ざれ」
「やめろ!」
温泉は騒がしくなった。
―――
同じ頃。
王都。
薄暗い酒場。
「エルドラに行く」
男が言った。
「確かめる」
仲間が震える。
「本当にアルクなのか」
沈黙。
そして。
誰もが理解していた。
もし本当なら。
取り返しがつかない。
―――
翌朝。
エルドラ。
銀行。
市場。
街。
すべてが動いている。
リナが隣に立つ。
「アルク」
「ん?」
「ここ」
街を見つめる。
「どこまで行くの?」
俺は少し考えて。
答えた。
「国かな」
リナが笑う。
「また大げさ」
セリナも笑う。
「でも否定できないな」
この都市は。
もう止まらない。
そして。
過去が、近づいてくる。




