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転生王女様の王国解体宣言~王女ですが、内部から王国を壊して作り直します〜  作者: 顔のない人間


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第8話 勇者の噂

 魔物が死んだ。


 それは「討伐」というより、「処理」に近かった。


 首が裂け、血が床に広がり、翼が痙攣して止まる。  誰もが、その現実を受け止めるまで時間がかかった。


 ――そして次の瞬間。


 学院が、爆発したように騒がしくなった。


 「王女殿下が……!?」  「今の見た!? 見たよな!?」  「ワイヤー!? え、なにそれ!?」  「騎士でも無理だろ……」  「いや、魔物が突っ込んで勝手に死んだだけでは……?」


 そんな言い訳が通るはずがない。


 現場にいた全員が見てしまった。  王女が逃げなかったことを。  王女が、最短の動きで、最も残酷に殺したことを。


 教師たちは我先にと走り回り、騎士たちは慌てて結界の確認に向かい、医務室は過呼吸の生徒で埋まりかけた。


 それでも。


 エルミナ・ヴァレリオスは、落ち着いていた。


 ノエルの差し出した布で、制服に付いた血を丁寧に拭う。  汚れは、嫌いだ。  血は、特に。


 フィオナは半泣きで叫ぶ。


 「殿下! あれは危険すぎます!!」  「心臓が止まるかと思いました!!」


 エルミナは目を細めた。


 「止まっていないのなら問題ないわ」


 「問題あります!!」


 ルシアが恐る恐る口を挟む。


 「え、えっと……殿下……」  「殿下って……魔物、怖くなかったんですか……?」


 エルミナは一瞬だけ考え、答える。


 「怖いわ」


 ルシアの顔がぱっと明るくなる。


 だが続けた。


 「でも、恐怖で判断を誤るのは、もっと嫌」


 ルシアは口を開けたまま固まった。


 フィオナは呟く。


 「殿下……怖いのに……前に出たんですか……」


 エルミナは微笑む。


 「怖いからこそ、前に出るのよ」  「後ろに逃げたら、もっと怖いものが増えるでしょう?」


 それは、理屈として正しかった。  そして、王族として最も危険な正しさだった。


 ノエルは淡々と告げる。


 「殿下。学院長が呼んでいます」  「騎士団も来ます。貴族院からも連絡が入るでしょう」


 エルミナは頷いた。


 「当然ね」


 ――当然。  その言葉の意味を、誰も理解していない。


 王女にとっては「自分が目立つこと」は失敗ではない。  支配の工程の一つだ。


 そして案の定、学院長室は地獄になった。


 騎士団の副団長が顔を青くし、教師が汗だくで報告書を書き、学院長は胃薬を飲む勢いで紅茶を啜っている。


 「王女殿下!!」  「ご無事で何よりですが!!」


 学院長は声を震わせた。


 「ですが……あのような危険な行為は――」


 エルミナは優しく首を傾ける。


 「危険?」  「危険だったのは、魔物が学院内に侵入したことではなくて?」


 学院長の言葉が止まった。


 副団長が唸る。


 「……確かに」


 エルミナは穏やかに言葉を続ける。


 「私はただ、生徒が死ぬのが嫌だっただけです」  「この学院で死者が出れば、国の威信が傷つきますから」


 言葉は正しい。  顔も柔らかい。


 だが、その瞳には一切の慈悲がない。


 学院長は冷や汗をかきながら頷いた。


 「……おっしゃる通りでございます」


 その時。


 扉がノックされた。


 「失礼します」


 入ってきたのは、学院の制服を着た男だった。  背が高く、姿勢がよく、整った顔立ち。  髪は黒に近い濃紺で、目は淡い金。


 ――明らかに「出来る男」の空気。


 騎士団の副団長が小声で言った。


 「……来たか。ヴァルツ公爵家の御曹司」


 学院長が慌てて立ち上がる。


 「レオンハルト・ヴァルツ殿!」  「どうしてここへ……!」


 男は一礼し、エルミナに視線を向けた。


 「王女殿下にご挨拶を」


 礼儀正しい。  だが媚びていない。


 その距離感が、逆に「選ばれた男」の自信を感じさせる。


 エルミナは座ったまま、微笑んだ。


 「あなたは?」


 男は優雅に名乗る。


 「一年上の先輩になります」  「レオンハルト・ヴァルツと申します」


 その名を聞いた瞬間、学院長が息を呑んだ。


 ヴァルツ公爵家。  軍事と外交を握る、貴族院でも最大派閥の一つ。


 ――つまり、王家にとって「味方にすれば便利」で、「敵に回せば厄介」な家門。


 エルミナは思う。


(接触が早い) (情報収集能力は高い) (そして、危機の後に必ず現れる……典型的な支配者側の人間)


 だが、彼は敵か味方か。


 まだ分からない。


 レオンハルトは静かに言った。


 「先ほどの件、拝見しました」  「……あれは、剣術でも魔術でもありませんね」


 エルミナは微笑む。


 「そうね」


 レオンハルトは一瞬、口元だけ笑った。


 「噂では、殿下は天才だと」  「噂以上でした」


 学院長が慌てて割って入る。


 「れ、レオンハルト殿! 殿下はお疲れで――」


 だが、エルミナは手を上げて止めた。


 「構わないわ」  「話しなさい」


 レオンハルトは声を落とした。


 「殿下。最近、王都の上層部で話題になっている件をご存じですか」


 エルミナの瞳が、ほんのわずかに細くなる。


 「何の話?」


 「勇者です」


 その一言で、空気が変わった。


 副団長が眉をひそめる。


 「その話はまだ……」


 レオンハルトは淡々と続けた。


 「他国――ルメリア王国が、異世界から人間を召喚した」  「そして、その者を『勇者』と呼んでいる」


 エルミナの胸の奥で、冷たい興奮が走る。


(召喚) (異世界) (勇者)


 宗教と権力が結びつく最悪の装置。


 神の名を利用して、戦争を正当化する。  民衆はそれを信じる。  英雄は偶像となり、国は熱狂する。


 ――そして、国家は壊れる。


 エルミナは、嫌悪を隠さずに言った。


 「神の玩具ね」


 学院長が青ざめた。


 「で、殿下……!」


 副団長も咳払いする。


 「……その発言は」


 しかしレオンハルトは動じない。  むしろ面白そうに目を細めた。


 「殿下は、神を嫌っておられるのですか」


 エルミナは即答した。


 「ええ。大嫌いよ」


 その言葉は、軽い。  だが、嘘が一滴もない。


 レオンハルトは笑みを深める。


 「なら、話が早い」


 「……続けて」


 レオンハルトは机の上に、封書を置いた。


 「ルメリアの勇者についての情報です」  「表向きは英雄として扱われていますが――」


 彼は一拍置く。


 「実際は、兵器として育てられている」  「人格も思想も、徹底的に矯正されているそうです」


 エルミナは思った。


(兵器化された英雄) (神に選ばれたという物語) (民衆の熱狂) (貴族の利権) (戦争)


 完璧な地獄。


 それを「正義」として押し付けられたら、国は簡単に壊れる。


 エルミナは、静かに笑った。


 「……美しいわ」


 ノエルが一歩前に出る。


 「殿下」


 それは、止めるための声ではない。  「危険な思考に入った」ことを察知する声だ。


 エルミナはノエルを見て、優しく頷いた。


 「分かっているわ」


 だが、内心は違った。


(この勇者は) (いずれ私の計画に使える)


 レオンハルトは続けた。


 「そしてもう一つ」  「勇者の存在を利用して、貴族院の一部が動き始めています」


 「……どんなふうに?」


 「王家の権威を揺さぶるために」  「勇者を『神の遣い』として迎え入れ、現王族を飾りにする案がある」


 学院長が顔面蒼白になった。


 「な、なんという不敬……!」


 副団長も唸る。


 「……愚かな」


 だが、エルミナは落ち着いていた。


 むしろ、口元が少しだけ上がる。


 それは笑みではない。  期待の形だった。


 エルミナは封書を指先で軽く叩いた。


 「いい情報をくれたわね、レオンハルト先輩」


 レオンハルトは微笑む。


 「殿下に貸しを作っておきたかっただけです」  「殿下は……この国を変えるおつもりでしょう?」


 エルミナは目を細める。


 「変える?」  「壊すのよ」


 その言葉に、学院長が気絶しかけた。


 副団長は、額を押さえる。


 フィオナは「え?」という顔で固まる。


 ルシアは訳が分からず、ただ王女を見つめる。


 ノエルだけが、いつも通り無表情だった。


 レオンハルトは、静かに息を吐く。


 「……やはり噂通りだ」


 エルミナは立ち上がった。


 「話は終わり?」  「なら私は戻るわ」


 学院長が慌てて叫ぶ。


 「殿下! 本日、王都の社交界より招待状が届いております!」  「魔物討伐の件で、急ぎお姿を……!」


 エルミナは一瞬だけ止まった。


 社交界。


 貴族たちの舞台。  噂と嫉妬と、権力の見せ合い。


 そして、操るべき舞台。


 エルミナは、ゆっくりと微笑んだ。


 「……そう」


 その笑みは柔らかい。  だが背筋が凍るほど冷たい。


 「行くわ」  「私の噂が、どれほど醜く歪むのか見たいもの」


 フィオナが慌てる。


 「殿下! 危険です! 社交界は魔物より危険です!」


 エルミナは静かに答えた。


 「分かっているわ」  「だから行くのよ」


 ノエルがそっと言う。


 「衣装の準備を致します」


 エルミナは頷いた。


 「頼むわ」


 レオンハルトは、最後に一言だけ告げた。


 「殿下」  「勇者は、いずれこの国にも現れます」


 エルミナは振り返り、微笑んだ。


 「来るなら、歓迎するわ」


 その目は、獲物を待つ捕食者の目だった。


 王女は歩き去る。


 学院の騒ぎは、まだ収まらない。


 だが彼女にとっては、騒ぎこそが支配の始まりだった。


 廊下に出た瞬間、エルミナは誰にも見えない角で、口元を押さえた。


 そして、声にならない笑いを漏らす。


 ――ふふ。


 貴族たちが怯える未来が、もう見えている。


 社交界は、血の匂いを嗅ぎつけている。


 そしてエルミナは、それを嗅ぎ返していた。

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