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転生王女様の王国解体宣言~王女ですが、内部から王国を壊して作り直します〜  作者: 顔のない人間


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第6話 それは唐突の出来事だった

 事件の翌日。


 王立学院の空気は、昨日までとはまるで違っていた。


 教室に入った瞬間、視線が刺さる。


 ――王女殿下。  ――平民が貴族を殴った。  ――殿下がそれを止めなかった。  ――むしろ肯定した。


 噂は噂を呼び、尾ひれがついて増殖し、学院という閉じた世界を支配していく。


 エルミナ・ヴァレリオスは、その中心にいた。


 席に座れば、誰も近寄らない。  話しかける者もいない。


 いや、正確には――話しかける勇気がない。


 隣で控えるノエルは、いつも通り無言だったが、わずかに肩が硬い。  昨日の高笑いを聞いてしまったからだろう。


 そして教室後方のフィオナは、今日も腕を組んでいた。  ただし、目が泳いでいる。


 学院という場所は、剣よりも空気のほうが怖い。  フィオナはそれを理解できていない。


 エルミナはふっと息を吐いた。


(……退屈)


 昨日の出来事は面白かった。  だがそれだけだ。


 人間は驚き、怯え、そしてすぐに慣れる。


 また同じ秩序が形成されるだけ。


 エルミナは机に指先を置き、軽く叩いた。


 その時。


 視界の端に、小さな影が映った。


 誰かがこちらに近づいてくる。


 エルミナが顔を上げると、そこにいたのはルシアだった。


 淡い栗色の髪。  昨日と同じ制服。


 だが、顔色は悪い。  目の下に薄い隈がある。


 眠れなかったのだろう。


 当然だ。


 平民が貴族を殴った。  それは「人生が終わる」行為に等しい。


 ルシアはエルミナの前で立ち止まり、ぎこちなく頭を下げた。


 「……王女殿下」


 声が震えている。


 エルミナは、柔らかく微笑んだ。


 「おはよう、ルシア」


 たったそれだけで、ルシアの目が揺れた。


 まるで「生きていていい」と言われたかのように。


 ルシアは唇を噛み、必死に言葉を絞り出す。


 「昨日のこと……本当に……」  「ありがとうございました」


 エルミナは首を傾けた。


 「感謝する理由がある?」


 ルシアは戸惑った。


 「だって……殿下が、私を庇ってくださらなければ……」  「私は退学どころか……」


 エルミナは頬杖をついたまま、静かに答える。


 「庇ったわけじゃない」


 ルシアの顔が青くなる。


 エルミナは続けた。


 「私はただ、面白い方を選んだだけ」


 ルシアは言葉を失った。


 普通なら、ここで距離を取る。  王女が怖くなる。


 だがルシアは、違った。


 彼女は昨日、貴族を殴った。  恐怖で壊れる寸前でも、拳を振り抜いた。


 壊れた心ではなく、壊れかけた心。


 その種類の人間は、極限で踏みとどまる。


 ルシアは震えながらも、言った。


 「……それでも、私は救われました」


 エルミナは少しだけ目を細めた。


(……そう)


 その一言で、ルシアの価値が上がった。


 エルミナは机の横の席を指差した。


 「座りなさい」


 ルシアは固まる。


 「え……?」


 周囲がざわめく。


 王女が、平民を隣に座らせた。


 あり得ない。  階級の秩序を破壊する行為。


 ルシアは周囲を見て、怯えたように首を振る。


 「で、でも……私なんかが……」


 エルミナは微笑んだまま言った。


 「私がいいと言っているの」


 その声には逆らえない。


 ルシアは恐る恐る椅子を引き、エルミナの隣に座った。


 教室の空気が一段と重くなる。


 取り巻きたちは怒りと恐怖が混ざった表情で見ている。  貴族たちは、理解できないものを見るような顔をしている。


 エルミナはそれを楽しむように、ゆっくりと息を吐いた。


 ノエルが、わずかに眉を動かした。


 「殿下……」


 「何?」


 ノエルは口を閉じた。


 言えないのだ。


 “王女様が、初めて誰かを隣に置いた”ことが異常だと理解している。  だが指摘する勇気がない。


 フィオナはというと、教室の端で混乱していた。


 (平民を隣に……?)  (殿下、それ危険です……!)


 危険なのは敵ではなく、殿下の行動そのものだと理解できていない。


 エルミナはルシアの横顔を見た。


 彼女は小さく、縮こまっている。  だが目だけは、必死に前を向いていた。


 「ルシア」


 「は、はい!」


 「あなた、友達はいるの?」


 ルシアは固まった。


 その質問が、あまりにも想定外だったからだ。


 「……いません」


 声がかすれる。


 エルミナは頷いた。


 「なら、今日から私があなたの友達になってあげる」


 ルシアは目を見開いた。


 「え……」


 その瞬間、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような顔をした。


 嬉しいのに信じられない。  怖いのに期待してしまう。


 感情が混ざって、泣きそうになっている。


 エルミナは、その表情を見て心の中で満足した。


(……依存の芽)


 友達という名の鎖は、時に鎖よりも強い。


 ルシアは震えながら言った。


 「わ、私……王女殿下のご迷惑に……」


 「迷惑?」


 エルミナは首を傾けた。


 「迷惑なら、最初から座らせないわ」


 その言葉に、ルシアの肩が少しだけ落ちた。  緊張が解けたのだ。


 ルシアは小さく笑った。


 「……ありがとうございます」


 その笑顔は、昨日までの死んだ目とは違った。


 生きている。


 それが面白い。


 授業が始まった。


 教師は昨日の事件をなかったことにしたいのか、やけに声が上ずっている。  視線は何度もエルミナに向き、怯えながら板書を続ける。


 授業中、ルシアは必死にノートを取っていた。


 エルミナはその手元を見ながら思う。


(……努力している)


 だが努力だけでは勝てない。


 努力は、才能の代替品ではない。  努力は、才能を持つ者がさらに上へ行くための燃料だ。


 それでもルシアは、価値がある。


 彼女は昨日、殴った。  それは才能だ。


 暴力を躊躇なく選べる人間は、一定の場面で強い。


 昼休み。


 学院の食堂は豪奢だった。  白いテーブルクロス。  銀の食器。  給仕が運ぶ料理。


 貴族たちは当たり前のように上座を占領し、平民は隅に追いやられる。


 だが今日、その秩序は壊れた。


 エルミナが食堂に入った瞬間、全員が静まり返ったからだ。


 そしてその後ろに、ルシアがついている。


 ざわめき。


 「平民が王女殿下と……?」  「信じられない……」


 エルミナは当然のように中央の席へ座り、ルシアを隣に座らせた。


 貴族の子女たちの顔が引きつる。


 ルシアは料理を前にして、箸……ではなくナイフとフォークを持つ手が震えている。


 「緊張してる?」


 エルミナが尋ねると、ルシアは小さく頷いた。


 「はい……皆が見てて……」


 「見せつけてるのよ」


 エルミナは淡々と言った。


 「彼らに、世界は変わると教えてあげてるの」


 ルシアは目を丸くした。


 「殿下は……怖くないんですか?」


 エルミナは少し考える素振りをして、答えた。


 「怖いものなんてないわ」


 それは本音だった。


 神さえ嫌う王女にとって、貴族の視線など塵に等しい。


 その時。


 遠くの席で、取り巻きの一人が小声で呟いた。


 「……調子に乗ってる平民がいるわね」


 ルシアが肩を震わせる。


 エルミナは静かに笑った。


 そして、わざと聞こえる声量で言った。


 「ルシア。食事を楽しみなさい」  「下品な声は、耳を汚すだけよ」


 空気が凍った。


 貴族たちが息を呑む。


 取り巻きの少女は真っ赤になり、何も言えなくなる。


 ルシアは小さく息を吸い、そして少しだけ笑った。


 「……はい」


 その返事は、昨日までの彼女とは違った。


 午後。


 剣術の実技。


 学院の訓練場では、男女問わず木剣を握り、型を競う。


 貴族の子どもたちは、見せびらかすために剣を振る。  平民は、生き残るために剣を振る。


 ルシアは当然、後者だった。


 だが彼女の動きはぎこちない。  筋力も足りない。


 対する貴族の男子生徒が、わざと強く打ち込んだ。


 ルシアの木剣が弾かれ、彼女は転倒する。


 周囲が笑う。


 「やっぱ平民は弱いな」  「殿下に媚びても無駄だろ」


 その瞬間。


 エルミナが木剣を握った。


 彼女の魔力は平均。  だが、頭脳は異常。


 剣術の理屈も、戦術も、心理も――すべて理解している。


 エルミナは貴族の男子生徒を見た。


 「あなた、もう一度やってみなさい」


 男子生徒は顔を引きつらせた。


 「え……殿下……?」


 「やりなさい」


 命令だった。


 男子生徒は震えながら木剣を構えた。


 次の瞬間。


 エルミナは一歩踏み込み、最短距離で相手の剣を弾き、膝を崩し、喉元に木剣を当てた。


 ――速すぎて、誰も見えなかった。


 訓練場が静まり返る。


 男子生徒の顔が真っ青になる。


 エルミナは微笑んで言った。


 「弱いのは、あなたね」


 それだけで終わらせた。


 殺す必要はない。  殺すよりも恥を植え付けたほうが、長く苦しむ。


 ルシアは呆然と見上げていた。


 「殿下……すごい……」


 エルミナは首を傾けた。


 「当然よ」


 その瞬間、胸の奥がじわりと熱くなる。


 誰かに褒められる感覚。


 ――くだらない。  だが、悪くない。


 放課後。


 ルシアはエルミナの後をついて歩いていた。


 学院の回廊は夕陽に染まり、長い影が伸びる。


 ルシアは小さな声で言った。


 「殿下……今日は……」  「私、すごく……嬉しかったです」


 エルミナは足を止めた。


 そして、ルシアを見下ろす。


 「ルシア」


 「はい」


 「あなたは、私の味方になりなさい」


 ルシアの瞳が揺れる。


 「……味方?」


 「そう。敵は多いわ」  「でも味方は少ないほうがいい」


 ルシアは少し迷い、そして頷いた。


 「……はい」  「私は、殿下の味方になります」


 その言葉を聞いた瞬間。


 エルミナは胸の奥で、静かに笑った。


(……手に入った)


 それは友達を得た喜びではない。


 駒が増えた喜びだ。


 だが――その感覚が少しだけ温かいのも事実だった。


 ノエルが後ろで黙って聞いている。


 彼女の視線が、ルシアに刺さる。


 嫉妬。


 依存者特有の、排他的な感情。


 エルミナはそれを見て、さらに満足した。


 味方が増えれば、依存も深まる。


 そして。


 その瞬間だった。


 学院の外。


 空から、異様な影が落ちた。


 ――ギャアアアアアアアッ!!


 獣のような、鳥のような、耳を裂く叫び声。


 空気が震えた。


 回廊の窓ガラスが揺れる。


 生徒たちが一斉に顔を上げる。


 空にいた。


 巨大な翼。  黒い影。  鋭い嘴。  長い爪。


 飛行系の魔物。


 学院の上空を旋回しながら、獲物を探すように低く飛んでくる。


 悲鳴が上がった。


 「な、なんだあれ!?」  「魔物!?」  「結界はどうした!?」


 教師たちが叫び、騎士たちが走り出す。


 だが間に合わない。


 魔物が急降下した。


 狙いは――回廊の生徒たち。


 ルシアが凍りつく。


 ノエルが息を呑む。


 フィオナが叫んだ。


 「殿下!!伏せて!!」


 その瞬間。


 エルミナは、微笑んだ。


 心の奥で、愉悦が膨らむ。


(……これは、チャンスなのでは)


 血の匂い。  悲鳴。  混乱。


 この学院は、やはり退屈しない。


 空から降ってくる死を見上げながら、王女は静かに呟いた。


 「さぁ、どうしましょうか」


 魔物の影が、回廊を覆った。


 次の瞬間、鋭い爪が――


 ――学院へ襲いかかった。

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