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転生王女様の王国解体宣言~王女ですが、内部から王国を壊して作り直します〜  作者: 顔のない人間


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第5話 報復

 王立学院に入学して、二か月が過ぎた。


 季節は春の終わりに差しかかり、白い石造りの校舎には、柔らかな日差しが満ちている。  窓の外では庭園の花が揺れ、噴水の水音が静かに響き、鳥の鳴き声すら授業の背景音のように整っていた。


 ここは、王国の未来が集まる場所。


 貴族の子息子女。  有力商会の跡取り。  軍の高官の子。  そして、極めて稀に――平民出身の特待生。


 誰もが礼儀を学び、学問を学び、剣を学び、魔法を学ぶ。


 だが、エルミナは知っている。


 この学院は教育機関ではない。  これは、王国の腐敗を濃縮した箱庭だ。


 階級という毒が、もっとも純度高く現れる場所。


 エルミナ・ヴァレリオスは、その中心にいた。


 教室の最前列。  窓際ではない。目立たない席でもない。  必ず、誰の視線にも入る場所。


 彼女は、完璧に振る舞った。


 笑顔は穏やか。  声は柔らかく。  態度は謙虚で、しかし王女としての格は崩さない。


 誰もが彼女を見て、安心する。


 王女がいる限り、この国は大丈夫だ、と。


 ――滑稽。


 エルミナは内心で、その安心を噛み砕いて味わう。  甘い。脆い。壊しがいがある。


 教室の後方では、護衛騎士フィオナが腕を組み、じっと周囲を睨んでいた。  金髪は眩しいほどに輝き、背筋は妙にまっすぐだが、どこか落ち着きがない。


 視線があちこちに飛び、時折、椅子の脚が床を擦る。


 護衛としては、優秀ではある。  ただ――少しうるさい。


 「……フィオナ」


 エルミナが小声で呼ぶ。


 「はいっ! 殿下、敵ですか!?」


 「違うわ。音を立てないで」


 「す、すみません!」


 フィオナは慌てて姿勢を正すが、すでに目立っている。


 教室の空気が、わずかに揺れた。


 エルミナは表情を変えない。  その程度のことは、些細な雑音にすぎない。


 そのときだった。


 教室の奥、窓側の席で、何かが起きた。


 空気がひとつ、尖る。


 エルミナの視線が、自然にそこへ向く。


 貴族の男子生徒が二人、平民の少女を囲んでいる。  少女は顔を伏せ、手をぎゅっと握りしめている。


 いじめ。


 学院では、珍しいことではない。


 それどころか、当然のように起きる。  人は、力を持てば試したくなる。  そして試す対象は、抵抗しない弱者が選ばれる。


 貴族という立場は、免罪符になる。


 免罪符は、人間を腐らせる。


 エルミナは、それを知り尽くしていた。


 前世の政治の世界でも、同じだった。  肩書きが人を傲慢にし、法律が人を守るのではなく、隠すために使われた。


 ただ――学院は、もっと幼稚だ。


 幼稚で、残酷で、滑稽で。


 エルミナは、口元に微かな笑みを浮かべた。  もちろん、周囲には「優雅な微笑み」に見える程度の薄さで。


 貴族の男子生徒が言った。


 「お前さ、平民のくせに成績だけはいいよな」


 もう一人が笑う。


 「調子乗ってんじゃねえの?」


 少女は震えながら、小さく言った。


 「……やめてください」


 「は? 何だその口の利き方」


 男の手が、少女の机を叩いた。


 ガン、と鈍い音。


 教室の何人かが、ちらりと視線を向けるが、すぐに逸らす。  見なかったことにする。  関わらないことが賢いと教えられてきた子供たちだ。


 エルミナは、観察する。


 誰が目を逸らしたか。  誰が笑ったか。  誰が無表情を装ったか。  誰が、わずかに眉をひそめたか。


 人間の本性は、こういう場面で最も正確に露出する。


 少女は耐えていた。  だが、耐える者の心は、いつか折れる。


 折れるか。  折れないか。


 その境界は、ほんの少しの刺激で決まる。


 貴族の男が、少女の髪を掴んだ。


 「おい、聞いてんのかよ」


 その瞬間。


 少女が顔を上げた。


 目が、変わった。


 泣きそうな目ではない。  怯えた目でもない。


 それは――怒りだ。


 怒りが、限界を超えた目だった。


 エルミナの胸が、わずかに高鳴る。


 少女は立ち上がった。


 椅子が床を擦り、ギィ、と音を立てる。  教室の空気が、一瞬で固まった。


 そして、少女は言った。


 「……もう、やめてくださいって言いました」


 声は震えていない。


 男は一瞬だけ怯んだ。  だが次の瞬間、嘲笑が浮かぶ。


 「ははっ、何だよ。平民が反抗?」


 少女の拳が、震えた。


 次の瞬間。


 彼女は、男の顔面に拳を叩き込んだ。


 鈍い音ではない。  乾いた、重い音。


 バシンッ――と、空気を裂くような音だった。


 男の首が横に折れ、身体がよろける。  鼻血が飛び、机の上に赤い点が散った。


 教室が凍りつく。


 誰も息をしていない。


 その静寂の中で、エルミナは思った。


 ――いい音。


 それは純粋な感想だった。


 暴力の美しさではない。  正確さ。  解放の瞬間の音。


 人間が理性を捨て、衝動を肯定したときに鳴る音。


 エルミナの口元が、ほんの少しだけ上がった。


 心の奥が、甘く痺れる。


 「……っ、この女!」


 殴られた男が顔を押さえながら叫ぶ。


 もう一人の男が、少女を突き飛ばそうとした。


 だが少女は逃げない。  逃げるどころか、一歩踏み込んだ。


 「次に触ったら、もう一回やります」


 教室の空気が、完全に狂った。


 フィオナが立ち上がり、叫びそうになる。


 「殿下! 止めましょうか!?」


 エルミナは、指先だけで制した。


 「いいえ」


 フィオナは固まる。


 エルミナは、静かに立ち上がった。


 歩く。  ゆっくりと。  足音すら整えながら。


 教室の全員の視線が、彼女へ吸い寄せられる。  王女が動けば、それだけで世界が止まる。


 エルミナは、少女の前に立った。


 殴られた男の頬は赤く腫れ、鼻血が垂れている。  その目には怒りと屈辱と、そして恐怖が混ざっていた。


 エルミナは微笑む。


 「大丈夫ですか?」


 殴った少女ではない。  殴られた男へ向けた言葉だった。


 その瞬間、教室の空気がさらに冷える。


 殴られた男は、王女に助けられたと思ったのか、すがるように口を開く。


 「お、王女殿下……! こいつが……!」


 エルミナは、彼の顔を見つめる。


 そして、静かに言った。


 「あなたの顔、少し歪んでいますね」


 男は、固まった。


 「……え?」


 エルミナは首を傾げる。


 「歪んでいるというのは、骨格の話です」


 彼女は続ける。


 「人は、殴られた程度で骨がずれることがあります。放置すると、治療しても元には戻りません」


 教室がざわめく。


 男は青ざめた。


 「う、嘘だろ……」


 エルミナは微笑んだまま。


 「嘘ではありません。私、医学も学んでいますから」


 その言葉は、優しさの形をしていた。  だが、刃だった。


 殴られた男は、怯え始めた。


 彼は今、自分が被害者だと思っていた。  だが王女の言葉は、彼を「壊れたもの」として扱った。


 つまり――価値が下がった。


 貴族にとって、それは死刑宣告に等しい。


 エルミナは、少女へ視線を移す。


 「あなた」


 少女が息を呑む。


 「はい……」


 エルミナは穏やかに言った。


 「反撃は、悪いことではありません」


 少女の目が揺れる。


 「ですが、拳は痛いでしょう」


 少女は拳を見た。  赤くなっている。


 「保健室へ行きなさい。手当てを受けて」


 「……はい」


 少女は小さく頷いた。


 エルミナは最後に、殴られた男へ向き直る。


 「あなたも保健室へ。顔は大切ですものね」


 男は何も言えなかった。  その場でただ、頷くしかなかった。


 教室の誰もが理解した。


 王女は、どちらの味方でもない。  だが、すべてを支配している。


 フィオナが小声で言う。


 「殿下……すごいです。完璧です」


 エルミナは、返事をしなかった。


 完璧?  違う。


 これは、ただの確認だ。


 いじめをする人間は、変わらない。  人は三歳で人格が決まる。  それ以降は、壊すか、利用するかしかない。


 エルミナは、心の中で冷たく断じた。


 ――あの男たちは、ゴミ以下。


 同時に、殴った少女へ興味を持つ。


 恐怖を超えて、反撃した。  そういう人間は、珍しい。


 使えるかもしれない。


 教室の窓から、春の風が吹き込む。  花の香りが、ふわりと漂った。


 エルミナは、その香りを吸い込みながら思う。


 この学院も、王国も、すべて同じだ。


 弱い者が踏まれ、強い者が笑う。  そして、賢い者だけが裏で動く。


 彼女は微笑んだ。


 誰にも気づかれない、完璧な微笑み。


 ――面白くなってきた。


 その夜、部屋に戻ったエルミナは、窓を閉め、鍵をかけた。


 誰もいない。


 ノエルもいない。  フィオナもいない。


 静寂だけがある。


 そこで初めて、エルミナは肩を震わせた。


 「……ふ、ふふ」


 笑いが漏れる。


 「……あはは」


 声を押し殺し、布団を口元に押し当てながら、こっそりと高笑いする。


 「いい音だった……」


 頬が熱い。  胸が軽い。


 正義でも救済でもない。  ただの快楽だ。


 そして、その快楽を得るための知識なら、彼女は前世で嫌というほど学んできた。


 人間を操る方法。  集団を壊す方法。  社会を合法的に崩す方法。


 デスゲーム?


 そんなものに放り込まれても、負けるはずがない。  殺し合いを始める前に、全員を「駒」に変えるだけだ。


 エルミナは笑いながら、指を組む。


 「学院は小さな王国……」


 だから、実験には最適だった。


 明日から、もっと面白くなる。


 そう確信しながら、彼女は笑いを噛み殺し、闇の中で目を細めた。

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