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転生王女様の王国解体宣言~王女ですが、内部から王国を壊して作り直します〜  作者: 顔のない人間


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第2話 掌握

 王女の部屋は、静かだった。

 静かであることは、整っていることと同義だ。


 カーテンの揺れは一定。

 紅茶の湯気は一定。

 時計の針の音さえ、許容できる範囲の規則性を持っていた。


 エルミナ・ヴァレリオスは椅子に座り、書類を一枚ずつ確認していた。

 その指先は細く、白く、冷たい。


 十歳。

 だが、王女の目には年齢という概念が存在しない。


 ただ「人間」がいるだけだ。


 「……ノエル」


 名前を呼ばれたメイドは、扉の前で小さく頭を下げた。

 無口で、落ち着いていて、無駄な感情を見せない。


 それがエルミナにとって、極めて都合がよかった。


 「本日の予定を」


 「午前、家庭教師による政治学。午後、礼儀作法。夜、晩餐会にて同席」


 ノエルは淡々と述べる。

 表情は動かない。声も揺れない。


 ……その冷静さは、尊い。


 エルミナは思う。

 人間が感情を見せない時、それは「理性」ではなく「諦め」であることが多い。


 ノエルの静けさは、諦めの匂いがした。


 だからこそ、壊しやすい。


 「あなた、睡眠は取れているの?」


 突然の問いに、ノエルのまつ毛がわずかに震えた。

 ほんの一瞬。

 だが、エルミナには十分すぎる反応だった。


 「……はい。問題ありません」


 「そう」


 エルミナはそれ以上追及しない。

 嘘だと分かっているのに、否定しない。


 これが重要だった。


 人間は、嘘を許された時、相手に安心する。

 「この人は自分を責めない」と錯覚する。


 そして錯覚は、信仰へ変わる。


 ノエルは沈黙したまま、紅茶を注いだ。

 その手は完璧に見えて、ほんのわずかに震えていた。


 ……良い。


 エルミナは心の中で微笑んだ。


 前世で学んだ。

 政治の世界では、震える手を持つ者ほど扱いやすい。


 人は弱い。

 弱い者は、強い者に縋る。


 そして縋った瞬間に、もう「対等」ではなくなる。


 「ノエル。座りなさい」


 「……私はメイドです」


 「命令よ」


 ノエルは一瞬迷った。

 しかし、命令に逆らうという発想は彼女の中にない。


 椅子に座る。

 背筋を伸ばし、視線を下げる。


 その姿は、まるで忠誠を差し出す器だった。


 エルミナは机の上の書類を一枚取り上げた。

 それは貴族院の議事録――ではない。


 王宮内で起きた小さな「いじめ」の報告書だ。


 侍女見習いが、別の侍女に熱湯をかけられた。

 偶然を装って。

 加害者は貴族の娘。


 そして報告は「不注意」で処理される予定になっている。


 この国の秩序は、腐っている。

 腐っているのに、誰もそれを腐敗だと思わない。


 だから潰す。


 ただし――正義のためではない。


 エルミナは、紙を指でなぞった。


 正義なんてものは存在しない。

 前世でそれを証明されている。


 政治家だった私は、正しい制度を作ろうとした。

 血筋を捨て、能力で人を評価し、腐敗を潰す。


 「正しければ理解される」


 愚かだった。


 理解される前に殺された。

 夜道で、背後から、刃物で。


 血が温かいことだけ覚えている。

 そして自分が死んでいくことを理解する暇もなかった。


 エルミナは紅茶を飲む。

 苦味が、心地よい。


 「ノエル。あなたは、この件をどう思う?」


 ノエルは一瞬だけ目を上げた。

 その目には、感情がないように見える。


 だが、違う。

 感情を見せることが許されなかった目だ。


 「……理不尽だと思います」


 「そう」


 「ですが、私が口を挟める立場ではありません」


 そこでエルミナは、わざと沈黙した。


 人は沈黙に耐えられない。

 沈黙が続くと、自分の言葉が間違っていたのではないかと不安になる。


 そして不安は、服従を生む。


 「あなたは、口を挟めない」


 エルミナはゆっくりと繰り返した。

 ノエルが「正しい」と思ったことを、否定せずに肯定するように。


 「そうね。あなたは挟めない」


 ノエルの肩が小さく落ちた。

 諦めが、確信に変わる音がした。


 エルミナはそこで、微笑んだ。


 「でも私は挟める」


 ノエルの目が揺れた。


 エルミナは紙を机に置き、指先で軽く叩く。


 「いじめをする者はね、ノエル。三歳で終わっているの」


 ノエルが呼吸を止めた。


 「人格は三歳で決まる。そこから先は変わらない。変わったように見えるのは、仮面を付け替えているだけ」


 「……王女殿下」


 「だから、いじめをする者は『ゴミ以下』なのよ」


 口調は穏やかだった。

 声色も柔らかい。


 だが、内容は人間を切り捨てる刃だった。


 ノエルは怯えたわけではない。

 むしろ――救われたような顔をした。


 「あなたも、そう思っていたのでしょう?」


 エルミナは問いかける。

 答えを求める問いではない。


 「同意させるための問い」だ。


 ノエルは小さく頷いた。


 「……はい」


 その瞬間、エルミナは確信した。


 落ちた。


 人は自分の汚い感情を肯定されると、その肯定者を神のように崇める。

 だが、エルミナは神が嫌いだった。


 神という概念は、責任を放棄する装置だから。


 神を信じる者は、自分で決断できない。

 そして決断できない者は、操れる。


 エルミナは椅子から立ち、ノエルの背後へ回った。

 音を立てない足取りで。


 「ノエル」


 背後から囁くと、ノエルの身体がわずかに震えた。

 人間の本能だ。背後は弱点。


 エルミナはその弱点を、意図的に撫でる。


 「あなたは、私の味方でいなさい」


 「……私は、王女殿下に仕える者です」


 「違う」


 エルミナは優しく否定する。


 否定は人を傷つける。

 だから優しくする。


 「あなたは、私のために存在して」


 ノエルの唇が僅かに開いた。

 言葉が出ない。


 その沈黙が、エルミナには甘美だった。


 人が言葉を失う瞬間。

 そこに「支配」が生まれる。


 「……それは、命令ですか」


 「お願い」


 エルミナは笑みを浮かべた。

 命令よりお願いの方が、心を縛れる。


 ノエルは迷った。

 迷いは人間性の証だ。


 だがその迷いがある限り、依存は強くなる。


 「……分かりました」


 その一言で、エルミナは胸の奥が熱くなるのを感じた。


 ……最高。


 これだ。

 これが面白い。


 国家改革も、貴族潰しも、革命も、全部この延長線上にある。

 私は人間を壊し、組み替え、思い通りに並べる。


 その整然とした破壊の美しさを見たい。


 それだけ。


 自己満足だ。

 だが、自己満足ほど純粋な動機は存在しない。


 その時、扉がノックされた。


 「王女殿下。失礼します」


 入ってきたのは、護衛騎士だった。

 金髪で背が高く、見た目だけは一流の騎士。


 だが、動きが雑だ。

 足音が大きい。視線が泳ぐ。


 ――ポンコツ。


 エルミナは内心で判定する。


 「どうしたの?」


 「王女殿下! その……庭園に、怪しい影が……!」


 「影?」


 「はい! たぶん刺客です!」


 騎士は焦っていた。

 焦りが声に出ている。


 エルミナは瞬時に計算する。

 刺客が来るのはもっと後のはずだ。十五歳の社交界が本番。

 だが、今の段階で影が動いているなら――


 兄上か。


 エルミナは椅子に座り直し、紅茶を一口飲んだ。

 落ち着くためではない。


 落ち着いて見せるためだ。


 「騒がないで。ノエル、窓を閉めて」


 「はい」


 ノエルは即座に動く。

 命令ではない。反射だ。


 依存が、すでに始まっている。


 エルミナは護衛騎士を見た。


 「あなた、名前は?」


 「フィオナ・ヴァレリオス騎士団付……です!」


 「フィオナ。次にあなたがやるべきことは?」


 フィオナは詰まった。

 答えを探す。


 エルミナはその瞬間、彼女の全てを理解した。


 この女は強い。

 だが、頭が弱い。


 強い駒は、頭が弱い方がいい。

 勝手に動かないから。


 「……警備を固める、ですか?」


 「違う」


 エルミナは微笑んだ。

 優しい口調で。


 「刺客が来るなら、捕まえなさい。殺す必要はない」


 「え……?」


 フィオナの目が丸くなる。


 「生かしておけば、誰が送り込んだか分かるでしょう?」


 フィオナはハッとした顔をして、慌てて頭を下げた。


 「し、失礼しました! すぐに!」


 走って出ていく足音が廊下に響く。

 雑だ。


 エルミナはその背中を見送り、窓際のノエルへ視線を向けた。


 「ノエル。あなた、怖い?」


 ノエルは少しだけ唇を噛んだ。


 「……怖いです」


 「そう」


 エルミナは立ち上がり、ノエルの隣に並んだ。

 同じ景色を見せる。


 恐怖を共有すると、人は絆を錯覚する。


 「でも、私は怖くない」


 ノエルが目を見開く。


 「私はね、人が私を殺しに来るのが楽しみなの」


 言葉は柔らかい。

 しかし内容は、狂気そのものだった。


 ノエルは言葉を失った。


 「だって……私が勝つから」


 エルミナは淡々と断言した。


 剣が振れなくてもいい。

 魔力が平均でもいい。


 勝つのは「頭」だ。

 戦争も、政治も、暗殺も、結局は脳が勝つ。


 前世で暗殺された私は、次は暗殺されない。


 同じ過ちは繰り返さない。


 ノエルの指が震えた。


 「王女殿下……」


 「安心して。あなたは私の側にいればいい」


 エルミナはノエルの手を取った。

 握りしめるのではない。


 軽く触れる。

 それだけで人は「救われた」と思う。


 「私は、あなたを守る」


 それは嘘ではない。

 ただし理由が違う。


 守るのは、愛情ではなく所有欲だ。


 この人形は、私のものだ。


 その夜、刺客は捕まった。

 フィオナは怪我をしながらも、なんとか生け捕りにしたらしい。


 報告を受けた瞬間、エルミナは微笑んだ。

 表情は崩れない。


 完璧な王女の微笑。


 だが執務室に一人になると、彼女は小さく口元を押さえた。


 「……ふ、ふふ」


 声が漏れる。


 「……あはは」


 誰にも聞かせない笑い。

 成功した時だけ出る癖。


 自分でも止められない。


 「最高……」


 人が動いた。

 私の予想通りに。

 私の計算通りに。


 この国は、私が壊す。


 正義のためではない。

 民のためでもない。

 復讐のためでもない。


 ただ――


 その方が面白いから。


 エルミナ・ヴァレリオスは、夜の窓の外を見下ろした。


 遠くで灯りが揺れている。

 あれは城下町。


 人が生きている場所。


 そして彼女は、心の中で確信していた。


 いつかこの灯りは、私の手で並べ替えられる。


 美しく、整然と。


 破壊という名の秩序で。


 「神なんていらない」


 エルミナは囁いた。


 「私がいる」


 そしてまた、笑った。


 誰にも聞かれないように。

 誰にも見られないように。


 小さく、静かに、狂ったように。

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