第18話 学園テロ③
学園の奥。
爆発音の余韻が、まだ空気に残っていた。
黒い煙が天井付近に溜まり、火薬の匂いが鼻を刺す。
ノエルは剣を握りしめたまま、足を止める。
「……ここから先が本命ですね」
ルシアは息を切らしながら、杖を胸に抱きしめた。
「う、うん……やだなぁ……」
フィオナは少し遅れて合流してきた。
肩から血が流れているが、本人は気にしていない。
「生きてたか、お前ら!」
ノエルが眉をひそめる。
「その怪我でよく動けますね……」
フィオナはニヤリと笑った。
「死なねぇよ。こんな程度で」
言いながら、彼女は血を拭い、剣を構え直す。
その姿はまるで獣だった。
エルミナは震えるふりをしながら、校舎の奥を見つめる。
(ここだ)
(音の響き方が違う)
床下の空洞。 壁の向こうの気配。
学園の構造そのものが、何かを隠している。
その時。
廊下の奥から、低い声が響いた。
「……よく来たな」
煙の中から現れたのは、黒装束の男たち。
先ほどの集団より明らかに格が違う。
無駄がない。 目が死んでいる。
そして、その中心に立つ男。
背が高く、片腕に金属の義手を付けている。
義手には魔法陣が刻まれ、淡く光っていた。
ノエルが息を呑む。
「……魔導兵器」
フィオナが舌打ちする。
「学園にそんなもん持ち込むとか、頭イカれてんだろ……」
男は笑った。
「目的は学園ではない」
「ここにいる王女を確保する」
「王国を揺らすためにな」
エルミナは怯えた声を出す。
「……わ、私は……」
その言葉を遮るように、ノエルが前へ出た。
「殿下には指一本触れさせません」
ルシアも必死に杖を構える。
「わ、私も……!」
だが男は冷たく言った。
「抵抗するな。殺すつもりはない」
「……だが、邪魔をするなら」
義手の魔法陣が輝いた。
次の瞬間。
――ゴォン!!
床が抉れ、衝撃波が廊下を走る。
壁が砕け、瓦礫が飛ぶ。
ルシアが悲鳴を上げた。
「きゃっ!!」
フィオナが前へ飛び出し、衝撃波を真正面から受け止めた。
剣を地面に突き立て、踏ん張る。
「っ……!!」
だが足が滑り、壁に叩きつけられる。
「フィオナ!!」
ノエルが駆け寄ろうとするが、敵兵が前に立ち塞がる。
「……王女を渡せ」
ノエルが歯を食いしばる。
「断る」
剣が交錯する。
金属音が響く。
敵の動きは早く、正確だった。
ノエルは防戦に回る。
その間に義手の男が、ゆっくりとエルミナへ歩み寄る。
ルシアが叫んだ。
「や、やめて!!」
彼女は詠唱を始める。
氷の魔法陣が浮かび、槍が形成される。
だが――
義手の男は、視線すら向けない。
ただ、指を鳴らした。
パチン。
瞬間、ルシアの魔法陣が揺らいだ。
まるで“糸を切られた”ように。
氷槍は形を崩し、砕け散る。
ルシアが目を見開く。
「え……!?なんで……!」
義手の男が言った。
「魔法を使うには、集中がいる」
「恐怖に支配されている者には、無理だ」
ルシアは悔しそうに唇を噛む。
その姿は、確かに弱者だった。
怯えている。 震えている。
でも――
エルミナは、ほんの一瞬だけ、ルシアの指先を見た。
震え方が、整いすぎている。
(……演技)
(いや、違う)
(これは……制御)
エルミナは心の中で静かに結論を出した。
(この子は、怯えているのではない)
(怯えを“使っている”)
しかしエルミナは顔には出さない。
ただ、涙声で言った。
「やめて……助けて……」
義手の男が、エルミナの顎に手を伸ばす。
「安心しろ。王女は殺さない」
「価値があるからな」
その瞬間。
フィオナが、壁を蹴って立ち上がった。
口から血を吐きながら、笑っている。
「……価値がある?」
「じゃあ奪ってみろよ」
フィオナは剣を握り直し、突撃した。
無茶だ。 勝てるはずがない。
だが彼女の突撃は、敵の足を止めた。
義手の男が一瞬、フィオナへ目を向ける。
その隙。
エルミナは小さく囁いた。
「ノエル、右の柱」
ノエルは一瞬で理解した。
彼女は剣で敵兵を弾き、右の柱へ飛び込む。
柱には、古い装飾が施されている。
だがその装飾はただの飾りではない。
――古い結界術式の残骸。
ノエルは剣の柄で、装飾の中心を叩いた。
カンッ。
次の瞬間。
柱の内部から、青白い光が走った。
廊下全体に、薄い膜が張られる。
義手の男の魔法陣が、一瞬だけ乱れた。
「……何?」
エルミナが静かに言う。
「古い学園はね」
「貴族の子供を守るために、色々仕込まれているの」
フィオナが笑う。
「つまり、王女様は最初から知ってたってことかよ!」
エルミナは涙目のまま微笑んだ。
「……たまたまよ」
フィオナが叫ぶ。
「それ絶対嘘だろ!!」
結界の膜は薄い。
だが、義手の男の魔導兵器の出力を確実に鈍らせている。
ノエルが敵を斬り倒しながら叫ぶ。
「今ならいけます!」
ルシアが震えながら言った。
「で、でも……私の魔法、さっき……!」
エルミナがルシアへ視線を向けた。
ほんの一瞬。
冷たい視線。
だが、ルシアは気づかない。
気づいたとしても、気づかないふりをする。
エルミナは柔らかい声で言った。
「ルシア」
「もう一度」
「今度は怖がらなくていいわ」
ルシアは一瞬だけ、固まった。
だがすぐに笑顔を作る。
「……うん、やってみる!」
詠唱。
氷の魔法陣が浮かび上がる。
今度は揺らがない。
むしろ、異様なほど安定していた。
ルシアは氷槍を作り出し、義手の男へ向けて放つ。
義手の男が避ける。
氷槍は壁を貫き、廊下の外へ突き抜けた。
その衝撃で壁が崩れ、瓦礫が降り注ぐ。
義手の男は足を止めた。
「……馬鹿な。あの精度」
ルシアは驚いた顔をしていた。
「え……当たらなかった……」
だがその直後、彼女は続けて氷槍を三本生成する。
連続で。
詠唱が速すぎる。
普通の生徒には不可能な速度。
それを見たフィオナが叫ぶ。
「お前、さっきまでビビってたくせに急に強くねぇ!?」
ルシアは焦ったように言った。
「む、無我夢中だから!!」
その言葉は、自然だった。
自然すぎた。
エルミナは心の中で、静かに頷く。
(やっぱり)
(この子は、嘘が上手い)
義手の男は、結界の弱体化と氷槍の連撃に押され、後退する。
だが彼は笑った。
「……いい」
「今日はここまでだ」
「王女を取れなかったのは残念だが……」
彼は義手の魔法陣を強く輝かせた。
そして廊下の床を叩く。
ドンッ。
瞬間、煙幕が爆発的に広がった。
視界が真っ白になる。
咳き込む。
ノエルが叫ぶ。
「殿下!!」
フィオナが吠える。
「逃がすな!!」
だが敵の足音は、煙の中へ消えていく。
しばらくして煙が晴れた時。
敵は消えていた。
残ったのは、崩れた壁と瓦礫と、血の匂いだけ。
ルシアはへたり込んだ。
「……終わった……?」
ノエルは周囲を確認し、息を吐く。
「……撤退したようです」
フィオナが舌打ちする。
「クソ。逃げられたか」
その時、廊下の向こうから教師たちが駆けつけてきた。
学園長と、武術教師、魔法教師。
彼らは現場を見て、青ざめた。
「これは……」
学園長が震える声で言った。
「生徒たちの被害は!?」
ノエルが答える。
「軽傷者はいますが、死者は……今のところ確認されていません」
学園長は息を呑んだ。
「……奇跡だ」
奇跡。
そう呼ばれるのが当然だ。
学園にテロが起きて、死者が出ないなど普通あり得ない。
だがエルミナは心の中で思う。
(奇跡ではない)
(必然よ)
(私がそうした)
そしてもう一つ。
(ルシアが、そうした)
教師たちは状況を整理し始め、騎士団への連絡が走る。
学園全体は混乱していたが、それでも致命的な崩壊には至らなかった。
生徒たちは泣きながらも、生きている。
それだけで十分だった。
ルシアは涙目で笑った。
「よかった……本当に……!」
フィオナはルシアの頭を雑に撫でる。
「お前、意外と根性あるじゃん」
ルシアは照れたように笑った。
「えへへ……」
ノエルも頷く。
「助かりました。ルシア」
ルシアは慌てて手を振る。
「そ、そんな……私なんて全然……!」
その時。
エルミナが、ルシアにだけ聞こえる声で囁いた。
「……上手ね」
ルシアが一瞬、息を止めた。
「……え?」
エルミナは微笑み、いつもの弱々しい声に戻す。
「……魔法、上手ね。羨ましいわ」
ルシアは笑顔を作った。
「そ、そうかな……?」
その笑顔は自然だった。
だが、ほんの少しだけ。
瞳の奥に、冷たいものが揺れた。
エルミナはそれを見逃さない。
(今、確信した)
(この子は、私と同じ)
(“弱者の仮面”を被れる側の人間)
ルシアは視線を逸らし、話題を変えるように言った。
「でも……なんで学園が狙われたんだろう……」
ノエルが答える。
「殿下がいるからです」
フィオナが吐き捨てる。
「王族ってマジでめんどくせぇな」
学園長が厳しい声で言った。
「本日から学園は一時閉鎖する。騎士団が調査を行う」
「生徒は全員、寮に戻り、外出禁止だ」
その命令に、生徒たちはざわついた。
だが反論できる空気ではない。
テロが起きたのだ。
当然の対応だった。
事件は、表面上は“収束”する。
そして学園は「王女が守られた」という物語を作る。
英雄はノエルとフィオナ。 魔法の援護をしたルシアも称えられる。
王女は怯え、守られた存在として語られる。
――それが正しい形だ。
エルミナは、弱々しく頷きながら、心の中でだけ笑う。
(いいわ)
(その物語で)
(その方が、都合がいい)
騎士団が到着し、現場は封鎖される。
教師たちが生徒を誘導し、混乱は少しずつ沈んでいく。
ルシアは歩きながら、小さく息を吐いた。
「……疲れたぁ……」
フィオナが笑う。
「そりゃそうだろ。お前今日、結構やってたぞ」
ルシアは照れたように笑った。
「えへへ……」
ノエルはふと、エルミナを見た。
「殿下。大丈夫ですか?」
エルミナは弱々しく微笑む。
「……ええ」
その目は、どこまでも静かだった。
そしてエルミナは、ルシアの背中を見つめながら、心の中で呟く。
(あなたは、誰の味方なの?)
(それとも――)
(最初から、味方なんていないのかしら)
ルシアは振り返り、明るい声で言った。
「王女様、早く戻ろ!今日はもう休もう!」
エルミナは頷いた。
「……そうね」
事件は終わった。
学園は守られた。
生徒たちは生きている。
丸く収まった。
――表向きは。
だがエルミナは知っている。
今日の戦いで、本当に恐ろしかったのは敵ではない。
自分のすぐ隣で笑っている少女だ。
ルシアが、楽しそうに笑う。
それを見ながらエルミナは、心の中でだけ、静かに結論を下した。
(……観察が必要ね)
(今はまだ、決めつけない)
(でも――)
(同じ匂いがする)
そして彼女は、いつも通り怯えた王女の仮面を被り直す。
誰にも悟られないように。
誰にも、気づかれないように。
事件は終わった。




