第17話 学園テロ②
学園の空気は、完全に壊れていた。
悲鳴。 血の匂い。 剣がぶつかる音。
校舎の入口は破壊され、黒装束の集団が雪崩れ込んでくる。
誰かが倒れ、誰かが逃げ、誰かが泣き叫ぶ。
ここは貴族の学園だったはずだ。 戦場ではない。
――だが、現実は戦場になった。
フィオナが剣を振るう。
「邪魔だァ!!」
刃が閃き、敵の肩口を裂く。 血が飛び散る。
ノエルも小型剣で敵の懐へ入り、急所を狙う。
無駄がない。 剣が短いぶん、動きは速い。
だが敵は多い。
多すぎる。
「……数が、減らない」
ノエルが息を吐く。
フィオナが歯を食いしばる。
「学園にテロってレベルじゃねぇだろ……!」
ルシアは震えながら杖を握り、詠唱を始めていた。
「こ、氷よ……槍となって……!」
魔法陣が浮かび、氷の槍が生成される。
――放つ。
氷槍は敵の胸に突き刺さり、黒装束が倒れた。
ルシアは息を荒げる。
「や、やった……!」
だが次の瞬間。
ルシアはほんの一瞬だけ、目を細めた。
まるで―― 敵の倒れ方を“確認する”ように。
その表情は一瞬で消え、すぐに怯えた顔に戻る。
誰も気づかない。
戦場では、誰も他人の顔を見ている余裕がない。
エルミナは、まだしゃがみ込んだままだった。
頭を抱え、震えるふりをしている。
――完璧な弱者。
だが、その視線だけは冷たい。
盤面を読む目。
戦場の駒を数える目。
(敵は多い。だが統率がある)
(つまり、指揮官がいる)
エルミナは一瞬、仮面の男たちの動きを見た。
無駄がない。 連携が取れている。
まるで、軍隊。
貴族の護衛や盗賊ではない。 これは、明確に訓練された殺し屋の集団だ。
そしてその中心に――
異様な気配を放つ男がいた。
顔は布で隠されている。 だが、目だけが不気味に光っている。
先ほどエルミナの心を覗いた男。
「大切なものが分かる」と言っていた存在。
彼は周囲を見渡し、ゆっくりと口を開いた。
「……この場で最も価値ある命は、王女だ」
敵がざわつく。
「王女を確保しろ」
「殺すな、奪え」
フィオナが叫ぶ。
「やっぱり殿下狙いかよ!!」
ノエルは歯を食いしばった。
「殿下、移動します!」
ノエルがエルミナの腕を掴み、引き起こす。
だがエルミナは立たない。
あえて、足が震えているふりをした。
「……無理。足が動かないわ」
ルシアが叫ぶ。
「王女様!今それ言ってる場合じゃない!!」
エルミナは泣きそうな声で言う。
「怖いのよ……」
その声は本物に聞こえる。 演技の完成度が高すぎる。
ノエルが一瞬だけ戸惑う。
(……本当に怖いのか?)
だが、その迷いは一瞬。
「殿下、失礼します」
ノエルはエルミナを抱え上げた。
軽い。 王女の身体は、思ったより細い。
フィオナが前へ出る。
「行け!!私が押さえる!!」
敵が一斉に襲い掛かる。
フィオナの剣が唸り、敵を斬り裂く。
鎧が擦れ、金属音が響く。
だが――
その瞬間、空気が変わった。
敵の中心の男。 心を読む男が、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「……王女の護衛。お前たちには、大切なものがある」
ノエルの背筋が凍る。
(こいつ……)
男は笑った。
「守りたい者がいる。だから弱い」
フィオナが吠える。
「うるせぇ!!」
フィオナが突撃する。
だが男は、避けない。
代わりに――
周囲の黒装束が一斉にフィオナへ突っ込んだ。
盾のように。
フィオナの刃は敵を斬るが、止まらない。 次、次、次。
数で押される。
ノエルが叫ぶ。
「フィオナ!」
ルシアも叫んだ。
「だめ、囲まれる!!」
だがフィオナは歯を食いしばる。
「殿下を逃がせ!!」
その時。
エルミナがノエルの腕の中で、そっと囁いた。
「……ノエル。廊下の突き当たり。左の階段」
ノエルが目を見開く。
「殿下、何を……」
エルミナは弱々しく続けた。
「そこに行けば……勝てる」
ノエルは一瞬迷った。
だがこの王女は、常に正しい判断をする。
ノエルは頷く。
「了解です」
ノエルは走った。
ルシアも後ろからついてくる。
「王女様!?なんでそんなに冷静なの!?」
エルミナは震える声で言った。
「怖いからよ……逃げたいの……」
ルシアは叫びながら走る。
「怖い人の思考じゃないって!!」
廊下。
割れた窓から冷たい風が吹き込む。 遠くで悲鳴が響く。
敵は追ってきていた。
足音が迫る。 重い足音。
ノエルは振り返り、歯を食いしばる。
「……追跡が早すぎます」
ルシアが震えながら言った。
「私たち、詰んでない……?」
その時、背後から低い声が響いた。
「詰みだ」
追ってきたのは、例の男だった。
心を読む男。
彼はゆっくりと廊下に現れ、笑った。
「王女。お前は空っぽだ」
「だが……周囲の者は違う」
男はノエルを見た。
「お前は忠誠心が強い。守りたい」
次にルシアを見る。
「お前は恐怖が強い。生きたい」
そして、男は愉快そうに笑った。
「……人は大切なものを奪われる時が一番美しい」
ルシアが泣きそうに叫ぶ。
「なにそれ気持ち悪い!!」
男が一歩踏み出す。
ノエルが剣を構える。
だが男は、剣を抜かない。
代わりに、指を鳴らした。
パチン。
次の瞬間、廊下の両側の扉が開き、黒装束が雪崩れ込んだ。
「……包囲」
ノエルが息を呑む。
敵は十数人。 逃げ場はない。
ルシアが杖を握りしめる。
「む、無理だよ……!」
その時。
エルミナが、ノエルの腕の中で静かに言った。
「ノエル、ルシア」
「次の瞬間、私の言う通りに動いて」
ノエルが即答する。
「承知しました」
ルシアは涙目で叫ぶ。
「え、ちょ、ちょっと待って!?今それ言われても!!」
エルミナは微笑んだ。
「大丈夫」
その微笑みは、優しいものではない。
確信に満ちた微笑みだった。
男が歩き出す。
「王女。お前を捕らえれば、王国は揺れる」
「お前の兄は喜ぶだろう」
その言葉に、エルミナの目がほんの少しだけ細くなった。
(兄上)
(やはり、あなたの手だ)
男が距離を詰める。
ノエルが剣を構え直す。
ルシアが詠唱を始める。
だが――
エルミナはその瞬間を待っていた。
「今よ」
エルミナが囁いた瞬間。
ノエルが床を蹴り、前へ出た。
ルシアが魔法を放った。
氷槍。
敵へ向かう――
いや、違う。
氷槍は敵ではなく、廊下の天井へ突き刺さった。
ルシアが叫ぶ。
「えっ!?私、外した!?」
ノエルも一瞬驚いた。
だがエルミナは静かに言う。
「外してない」
次の瞬間。
――バキバキバキッ!!
天井が割れた。
粉塵が舞う。
そして天井から、大量の鉄骨と瓦礫が崩れ落ちた。
敵の真上へ。
「……!?」
心を読む男が目を見開く。
「罠……?」
落下する瓦礫が敵を潰す。
逃げようとした敵も、背後の扉が瓦礫で塞がれた。
廊下は一瞬で地獄になった。
悲鳴。
骨が折れる音。
血の匂い。
ルシアが口を押さえた。
「え……なにこれ……」
エルミナは小さく息を吐く。
「学園は古い建物」
「補修が甘い場所は、構造が弱い」
ノエルが目を見開く。
「殿下……最初からここへ誘導したのですか」
エルミナは微笑んだ。
「誘導じゃないわ」
「“ここが崩れる可能性が高い”と予測しただけ」
ルシアが叫ぶ。
「それ誘導と同じだよ!!」
瓦礫の中から、心を読む男が這い出してきた。
血だらけだが、生きている。
彼は笑った。
「……なるほど。お前は空っぽだからこそ、怖れがない」
「だからこんなことができる」
男が立ち上がる。
そして―― ノエルへ向けて指を差した。
「お前の大切なものは、王女だ」
ノエルの体が一瞬硬直する。
その隙を狙い、男がナイフを投げた。
ノエルの喉元へ。
ルシアが悲鳴を上げた。
「ノエル!!」
だが次の瞬間。
エルミナが、ノエルの腕の中から“落ちた”。
わざと床へ転がり、ナイフの軌道を変えた。
ナイフは壁に刺さる。
男の目が見開かれる。
「……王女が囮に?」
エルミナは床に倒れたまま、微笑んだ。
「私は王女よ」
「囮になる価値があるのは、私だけ」
その言葉は、誇りではない。
冷たい計算だった。
ノエルが男へ突撃する。
剣が閃く。
だが男は避ける。 身体能力が異常だ。
そして男は、ルシアへ目を向けた。
「……お前」
「お前には、何かある」
ルシアの体がびくりと跳ねた。
「え……?」
男の目が細くなる。
「……お前は、恐怖が薄い」
ルシアが震えた。
「そんなわけない!怖いよ!!」
男は一瞬、確信を持ちかけたような顔をした。
だが次の瞬間。
エルミナが小さく咳をしながら、呟いた。
「……ルシア」
「その床、踏まないで」
ルシアが反射的に足を止めた。
男がその床を踏んだ。
――カチリ。
小さな音。
そして次の瞬間。
床板が抜けた。
男の足が沈み、下へ落ちる。
そこには――
地下へ続く、点検用の穴があった。
学園の古い構造。 普段は封鎖されている場所。
男は落ちながら叫ぶ。
「なっ――!?」
その落下の先に、折れた鉄骨が突き出していた。
――ズブリ。
嫌な音。
男の叫び声が止まる。
静寂。
ルシアが顔面蒼白になる。
「……え、死んだ?」
ノエルが息を吐く。
「……即死でしょう」
エルミナは床に倒れたまま、静かに言った。
「“読める力”を持つ者は厄介」
「だから、読む前に落とすの」
ルシアは震えながら言った。
「王女様……今の、偶然じゃないよね?」
エルミナは涙目の演技をしながら微笑んだ。
「偶然よ」
ルシアが叫ぶ。
「嘘つけぇぇぇ!!」
---
敵は瓦礫に潰れ、指揮官は死んだ。
廊下に残った敵は、動揺し、逃げ始める。
統率が消えた瞬間、軍隊はただの群れになる。
その時、遠くで鐘が鳴った。
教師陣が反撃に転じた合図だ。
学園全体が、ようやく持ち直し始めていた。
だがエルミナは、立ち上がらなかった。
わざと、弱々しくノエルに縋った。
「ノエル……怖かった……」
ノエルは一瞬だけ迷い、すぐに答えた。
「……ご無事で何よりです」
ルシアは震えながら、エルミナを見る。
(この人……本当に怖がってるの?)
(いや、怖がってる演技だよね?)
(でも、なんで……?)
疑問が渦巻く。
だが今は、それを考える余裕がない。
遠くから、さらに爆発音が響いた。
まだ終わっていない。
学園の奥に、別の敵がいる。
エルミナはその音を聞き、目を細めた。
(本命は別)
(これは、前座)
そしてその瞬間。
ルシアが、ほんの一瞬だけ、耳を澄ませた。
まるで―― 爆発の位置を“知っている”かのように。
すぐに怯えた顔に戻り、叫ぶ。
「え、え!?まだいるの!?」
ノエルはルシアを見た。
「……ルシア、今の反応、早すぎませんか」
ルシアは目を丸くした。
「えっ!?そ、そんなことないよ!怖いもん!」
ノエルはそれ以上追及しなかった。
今は戦場だ。 味方を疑うのは、死に繋がる。
エルミナは心の中で笑った。
(疑いの芽が、ほんの少し)
(でも、今はまだいい)
彼女は震える演技を続けながら、囁く。
「……行きましょう」
「まだ、終わってないわ」
ノエルが頷く。
「はい、殿下」
ルシアも必死に頷いた。
「うん……!」
そして三人は、血と瓦礫の廊下を抜けていく。
敵の本命へ向かって。
学園の奥で待つ、さらなる地獄へ。
その背中を見ながら、誰かが屋上から笑った。
――くくく。
それは、学園の生徒ではない。
外部の者。
そしてその視線は、王女ではなく。
ルシアに向けられていた。




