第12話 敵襲②
森の中は、もう戦場だった。
剣がぶつかり、血が散り、土が踏み荒らされる。 賊の数は多い。
フィオナは剣を振るい続けていたが、息が荒くなってきていた。 鎧に傷が増え、肩で呼吸をしている。
「……っ、まだ……!」
目の前の賊を斬り伏せても、次が来る。 まるで底がない。
ノエルも同じだった。
小型剣で急所を突き、喉を裂き、腱を断つ。 動きは正確だが、腕に疲労が溜まり始めている。
賊の一人が笑った。
「いいぞ! 削れ削れ!」 「女二人じゃ無理だ!」
その言葉が終わった瞬間。
森の奥から――轟音がした。
ドン、と空気が揺れるような音。
賊たちが一斉に振り返った。
木々の隙間から現れたのは、一騎。
黒い外套を翻し、馬を疾走させる青年。
銀髪。 整った顔立ち。 騎士服は高級で、無駄がない。
その男は、剣を抜くと同時に叫んだ。
「――王女殿下に刃を向けるとは、いい度胸だな」
フィオナが息を呑む。
「……レオンハルト様!?」
レオンハルト・ヴァレリオス。
王家の血筋に連なる名門。 学園でも噂される、上級生の本物の天才。
そして――冷酷な戦場の貴公子。
賊の一人が唾を吐く。
「なんだぁ? ガキが増えただけだろ!」
レオンハルトは笑った。
「そう見えるなら、目が腐っている」
次の瞬間。
馬上からの一閃。
剣が風を切り、賊の首が宙を舞った。
血が噴き上がり、賊たちが凍りつく。
「……なっ」
レオンハルトは馬から降りた。 動きが静かで、無駄がない。
そして賊たちを見回す。
まるで――虫を見るように。
「殿下の馬車を襲う理由は?」 「金か? 命令か?」
賊が叫ぶ。
「うるせぇ! 殺せ!」
数人が一斉に飛びかかった。
レオンハルトは、ため息をついた。
「質問に答えないか。なら不要だ」
剣が走る。
一人目、腹が裂けた。 二人目、腕が落ちた。 三人目、喉が切れた。
血が舞う。 土が赤く染まる。
レオンハルトの動きは美しかった。 剣術というより、処刑だった。
フィオナは唖然としていた。
「……すご……」
ノエルも、わずかに目を細める。
賊たちは恐怖で後ずさった。
「や、やめろ……!」 「こいつ、やばい……!」
レオンハルトは冷たく言った。
「逃げるなら背を見せるな」 「背を見せた者から死ぬ」
賊が走り出す。
だが――背中を向けた瞬間。
レオンハルトが剣を投げた。
刃が回転し、一直線に飛び――賊の背を貫いた。
男が地面に崩れ落ちる。
静寂。
残った賊たちが震え始める。
「撤退だ!」 「逃げろ!」
レオンハルトは追わなかった。 ただ剣を拾い、血を払う。
そしてフィオナに視線を向けた。
「状況は?」 「殿下は無事か」
フィオナが慌てて敬礼する。
「はい! 馬車の中に……!」
レオンハルトは馬車へ歩いた。
扉の前で立ち止まり、静かに声をかける。
「……王女殿下」 「もう安全です」
馬車の中。
エルミナは膝を抱えたまま、顔を上げた。
頬は青白い。 瞳は揺れている。
だが、涙は流していない。
「……レオンハルト、先輩……?」
声は小さく、掠れていた。
レオンハルトは一瞬だけ、表情を柔らかくした。
「ええ。遅れて申し訳ない」
エルミナは馬車の中で立ち上がろうとして――
足がもつれた。
「……っ」
その瞬間、身体が傾く。
ノエルがすぐに手を伸ばし、支えた。
「殿下」
エルミナは震えながら、ノエルの服を掴む。
「……歩けない」
その言葉は、屈辱だった。
だが、エルミナは言った。
王女としての体裁より、生存を優先した。
レオンハルトが目を細める。
「……無理をするな」
ノエルが淡々と言う。
「おぶります」
「……お願い」
エルミナは、顔を伏せた。
ノエルが背を向け、しゃがむ。 エルミナはその背に掴まり、ゆっくりと乗った。
細い背中。 だが、安定している。
ノエルが立ち上がる。
「軽いです」
その一言に、フィオナが叫んだ。
「軽いとか言わないで! 殿下が傷つく!」
ノエルは首を傾げる。
「事実です」
フィオナが歯ぎしりする。
「くっ……相変わらずズレてる!」
エルミナは、ノエルの背中で小さく息を吐いた。
安心したわけではない。
ただ、今だけは――思考を止めたかった。
レオンハルトが周囲を確認する。
「追撃はない」 「馬車は使えるか?」
護衛兵が震えながら答えた。
「は、はい……車輪は無事です……」
フィオナが血を拭いながら言う。
「殿下をすぐに屋敷へ!」
レオンハルトは頷く。
「私も同行する」
その言葉に、護衛兵たちが息を呑んだ。
王族に近い存在が、王女を送る。
それは――護衛以上の意味を持つ。
ノエルがエルミナを背負ったまま、馬車の近くへ向かう。
エルミナはノエルの肩に額を預けた。
「……ノエル」
「はい」
「……あなたの背中、落ち着くわ」
ノエルは少しだけ間を置いて言った。
「そうですか」
フィオナが叫ぶ。
「殿下、今のは甘えすぎです! 王女としての威厳が!」
エルミナは小さく笑った。
その笑いは、かすれていて弱い。
「……威厳なんて、命があってこそよ」
馬車が動き出す。
森を抜け、道を進む。
レオンハルトは馬で並走しながら、静かに言った。
「殿下」 「賊の動きは不自然でした」
エルミナは顔を上げずに答える。
「……ええ」 「素人じゃない」
レオンハルトの声が低くなる。
「誰かが金を出している」 「そして狙いは――殿下の首」
ノエルの背中で、エルミナの唇がわずかに歪んだ。
(やっぱりね)
(私の“王国解体”が、誰かの利権に触れた)
(面白い)
(実に、面白い)
だが、その感情は外には出さない。
今のエルミナは、ただの震える少女でいい。
屋敷の門が見えた。
使用人たちが駆け出し、騒然となる。
「殿下!?」 「お怪我は!?」
ノエルが門をくぐり、屋敷へ向かう。
レオンハルトが馬を止め、静かに言った。
「……今日は休んでください」 「殿下は、もう十分戦った」
エルミナは小さく頷いた。
「……ありがとうございます、レオンハルト先輩」
フィオナが慌てて言う。
「殿下、先輩呼びは……!」
エルミナは弱々しく笑った。
「……今だけ許して」
ノエルが屋敷の扉を開け、エルミナを運び入れる。
暖かい室内の空気が肌を撫でた。
だがエルミナの心は、冷たく冴え始めていた。
(賊を使うほど焦っている)
(兄上か、それとも――別の誰かか)
ベッドへ降ろされる瞬間。
エルミナはノエルの袖を掴み、小さく囁いた。
「……ノエル」 「明日から、調べるわ」
ノエルは無言で頷いた。
エルミナは目を閉じる。
疲れた少女の顔で。
しかし胸の奥では、静かに火が灯っていた。
――次は、私の番。




