表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生王女様の王国解体宣言~王女ですが、内部から王国を壊して作り直します〜  作者: 顔のない人間


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/14

第10話 輪作農業

 翌朝、王宮の回廊はまだ薄暗かった。


 夜会の余韻が残る王都は、香水と酒の匂いを引きずったまま眠りに沈み、しかし王族の朝だけはいつも通りに始まる。  政治は眠らない。貴族は怠けるが、国家は怠けない。


 エルミナ・ヴァレリオスは窓辺に立ち、王都の外へ視線を投げていた。  空は鈍色で、雲が低い。


 隣に控えるノエルが、静かに言った。


 「北東の農村部、視察の許可が下りました」


 「当然ね」


 エルミナは振り返らない。


 「飢餓の噂が出ているのに、貴族が宴会をしている」  「その矛盾を放置するほど、私は退屈ではない」


 フィオナが鎧の継ぎ目を整えながら、勢いよく頷いた。


 「任せてください! 護衛は完璧に――」


 ガチャ、と金具が外れた。


 フィオナは固まった。


 ノエルが無表情で金具を拾い、差し出す。


 「……完璧、とは」


 フィオナは顔を赤くした。


 「ち、違う! これは装備の点検をしてただけだ!」


 エルミナは微笑む。


 「いいわ。あなたの不完全さは、逆に安心する」


 フィオナはなぜかショックを受けた顔をした。


 馬車は午前のうちに出た。  王都を離れるほど、道は荒れる。  舗装された石畳は土に変わり、整った家並みは粗末な木造に変わる。


 貴族が「地方」と呼ぶ場所は、つまり「切り捨てた場所」だった。


 村に着くころには、空気の匂いが違っていた。  王都の香油の匂いではない。  湿った土と、家畜と、汗の匂い。


 村は痩せていた。  畑は広いが、作物は貧弱で、土は固い。  人の顔色も悪い。


 村人たちは王女の馬車を見て、慌てて頭を下げた。


 「お、おおお王女殿下!?」  「なぜ、このような場所に……!」


 村長らしき男が駆け寄ってくる。  手は荒れ、背中は曲がり、だが目だけは生きていた。


 エルミナは馬車を降り、裾を汚さぬよう歩く。


 貴族なら、まず臭いと言うだろう。  貴族なら、まず「不衛生」と言うだろう。  貴族なら、まず「管理が悪い」と言うだろう。


 エルミナは違った。


 「村長。案内して」  「畑を見たい」


 村長は驚いた顔で頷く。


 「は、はい! もちろんでございます!」


 村の畑は、確かにひどかった。  耕しが浅い。水路が雑。肥料が足りない。  何より、人が疲れすぎている。


 労働が重いのに、収穫が少ない。  その循環が、村全体を貧しくしていた。


 エルミナは畑の土を手に取り、指で砕く。


(……この国は、原始的すぎる) (この程度の飢えで崩れる構造は、美しくない)


 ノエルが小さく呟く。


 「土が固いです」


 「ええ。耕し方が間違っている」


 村人たちがざわついた。


 「え……?」  「殿下が、畑のことを……?」


 フィオナが口を開けて呆然としている。


 「王女殿下、土の硬さとかわかるんですか……?」


 エルミナは頷いた。


 「当然。国が生きるか死ぬかは、農作で決まる」


 村長が恐る恐る聞く。


 「殿下……畑が悪いのは分かっております。しかし、我らには手が……」  「肥料も、道具も……」


 エルミナは、村の農具を見た。  木の鍬。古びた鎌。使い潰した鋤。  壊れた道具を修理する金もない。


 彼女は村人の目を見た。


 「道具は増やせない。でも、やり方は変えられる」


 村人たちの目が揺れる。


 期待と疑念。  王族が「やり方を教える」など聞いたことがない。


 貴族は奪う。  王族は命令する。  それが常識だ。


 エルミナは静かに続けた。


 「まず、畝を作る」  「畑を平らにしない。盛り上げるの」


 村人たちは互いの顔を見た。


 「畝……?」  「畑を盛る?」


 エルミナは指先で地面に線を引き、畝の形を描いた。


 「水が溜まると根が腐る。逆に乾けば枯れる」  「畝を作れば、水を管理できる」  「雨が多い年でも耐えられる」


 村長の目が見開かれる。


 「……なるほど」


 エルミナは続けた。


 「次に、作物を一種類だけ作らない」  「麦だけでは飢える。豆を混ぜる」


 村人が言った。


 「しかし豆など、売れません」


 エルミナは首を傾げる。


 「売るために作るの?」  「生きるためでしょう」


 村人たちが沈黙する。


 エルミナは穏やかに言った。


 「豆は土を豊かにする」  「豆を植えた畑は、翌年の麦が増える」


 ノエルが小さく呟いた。


 「……輪作」


 エルミナは微笑んだ。


 「理解が早いわね、ノエル」


 フィオナがぽかんとしながら言う。


 「え、えっと……輪作って何ですか?」


 ノエルは淡々と答える。


 「同じ畑で、毎年同じ作物を作らないこと」  「土が死ぬから」


 フィオナは「へぇ……」と感心している。


 エルミナはさらに、村の水路を見た。


 浅い溝。泥で詰まっている。  水が流れず、腐っていた。


 「水路は直線ではなく、枝分かれさせる」  「村の男手を半分割いて、まず水を生かしなさい」


 村長が呻く。


 「男手を畑ではなく水路に……」


 「畑は逃げない。でも水は逃げる」


 エルミナの声は淡々としている。  だが断言には力があった。


 村長はゆっくり頷いた。


 「……分かりました」


 エルミナは村人を集めさせた。  子供も老人も、女も男も。


 そして彼女は、一つの言葉を投げた。


 「パンがないなら、作ればいい」


 村人たちは凍りついた。


 「え……?」


 それは、貴族が言う冷酷な言葉に似ている。  だが、エルミナの声は違った。


 「小麦が少ないなら、増やす方法がある」  「道具がないなら、今ある道具で効率を上げる」  「売れない作物なら、食べればいい」


 村人の一人が叫んだ。


 「そんな簡単に言っても!」  「俺たちは毎日必死で――」


 フィオナが一歩前に出ようとしたが、エルミナが手で止めた。


 王女は、その男を見た。


 怒りもない。  哀れみもない。


 ただ観察。


 「必死なのは分かる」  「でも、必死で間違ったことを続けても、結果は変わらない」


 男は言葉を失った。


 エルミナは続ける。


 「あなたたちは努力している」  「だから私は、努力を成果に変える方法を渡す」


 その瞬間、村人の空気が変わった。


 王族が命令するのではない。  王族が施しをするのでもない。


 王族が「方法」を渡す。


 それは、理解できないほど異常だった。


 だが、異常だからこそ、希望に見えた。


 村長が膝をつき、深く頭を下げた。


 「……殿下」  「我らは、見捨てられたと思っておりました」


 エルミナは微笑んだ。


 「見捨ててない」  「まだ使えるから」


 ノエルが一瞬だけ視線を上げた。  だが何も言わない。


 村人はその言葉の裏を理解しない。  理解しなくていい。


 彼らが必要なのは、真実ではなく結果だ。


 数日間、エルミナは村に滞在した。  彼女は手を汚さない。  だが指示は細かい。


 畝を作らせ、水路を掘り直させ、豆を植えさせ、藁を混ぜた堆肥を作らせた。  昭和の農村なら常識のような工夫。  だがこの世界では、革命だった。


 村人たちは驚きながらも動いた。  動けば、少しずつ畑の顔が変わった。


 土が柔らかくなり、水が流れ、苗が立つ。


 それを見て、村人たちが泣いた。


 「……生きられる」  「今年は、生きられるかもしれない」


 エルミナはその様子を眺め、心の奥が静かに満たされるのを感じた。


(美しい) (人が、私の言葉ひとつで動く)


 夜。  村の外れで一人になったとき、彼女は小さく笑った。


 声を殺し、肩を震わせる。


 誰にも見られてはいけない。  見られれば、仮面が割れる。


 だから闇の中でだけ笑う。


 「……ふふ」


 翌日、王女が村を発つとき、村人たちは道に並び、深く頭を下げた。


 「王女殿下、ありがとうございます!」  「殿下が来てくださらなければ、我らは……!」


 エルミナは馬車に乗り込む直前、振り返った。


 「成果が出たら、王都に報告を上げなさい」  「数字で」


 村長は頷く。


 「必ず!」


 馬車が走り出す。  村が遠ざかっていく。


 フィオナが嬉しそうに言った。


 「すごいです、殿下!」  「村の人たち、完全に殿下の味方になりました!」


 エルミナは窓の外を見たまま言う。


 「味方ではない」  「私が生かしただけ」


 フィオナは「え?」と首を傾げたが、ノエルが小さく息を吐いた。


 「……殿下らしい」


 馬車は森道へ入った。  木々が増え、道は細くなる。  鳥の声が遠く、風の音が近い。


 エルミナは、微かに違和感を覚えた。


 静かすぎる。


 護衛の兵が、馬車の前方で手を上げる。


 「停止!」


 次の瞬間。


 弓の音が鳴った。


 ヒュッ――と空気を裂く音。


 矢が馬車の側面に突き刺さり、木片が散った。


 フィオナが叫ぶ。


 「伏せて!」


 ノエルがエルミナの前に立つ。  表情は変わらないが、動きは速い。


 森の中から、複数の影が現れた。


 黒い布で顔を隠した者たち。  剣、短剣、弓。


 数は――十を超える。


 フィオナが歯を食いしばった。


 「……待ち伏せだ!」


 エルミナは、馬車の中で静かに微笑んだ。


 恐怖はない。  驚きもない。


 ただ、確信だけがあった。


(やはり来た) (私が動けば、必ず誰かが焦る)


 森の影から、男の声が響く。


 「王女殿下」  「ここで死んでもらう」


 エルミナは窓の外を見つめたまま、淡々と言った。


 「いいわ」  「でも、私を殺すなら――それ相応の覚悟で来なさい」


 次の瞬間、襲撃者たちが一斉に距離を詰めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ