5話 もふもふに囲まれたプロポーズ
元婚約者の廃嫡騒動から数日。
私のカフェには、いつもの穏やかな時間が流れていた。ただ、一つだけ変わったことがある。
それは、私の店に訪れる「あるお客様」の様子だ。
「……リレット」
「はい、アレクシス様」
いつもの特等席。
アレクシス様は紅茶カップを置き、真剣な眼差しで私を見つめている。
その足元にはフェンリルのシル、肩にはカーバンクル、膝の上には新入りの猫の妖精のケット・シーが乗っており、完全に「もふもふタワー」と化しているのだが、本人の表情は至ってシリアスだ。
「今日は、君に大事な話がある」
ゴクリ、と喉が鳴る。
なんだろう。カフェの経営について?
それとも、また王都で何かトラブルが?
「なんでしょうか?」
「単刀直入に言う。……私は、動物が好きだ」
「はい、存じております」
「だが、それ以上に……君のことが好きだ」
「……は、はい?」
私は持っていたお盆を取り落としそうになった。
今、なんと?
動物が好き、の流れで、さらっと私のことも好きと言わなかった?
アレクシス様は少し顔を赤らめながら、視線は逸らさずに続けた。
「弟の婚約者として紹介された時から、ずっと気になっていた。堅苦しい王城で、理不尽な教育に耐えながらも、決して腐らず、隠れて庭の野良猫に餌をやる君の優しさを」
「み、見ていたんですか!?」
「あぁ。君がいつか自由になれたら、私が迎えに行こうと思っていた。……まさか、あんな豪快に自力で脱走するとは思わなかったが」
アレクシス様がクッと喉の奥で笑った。その笑顔は、今まで見たどの表情よりも柔らかくて、心臓が跳ね上がる。
彼はゆっくりと立ち上がった。
すると、まるで示し合わせたかのように、膝の上のケット・シーが飛び退き、足元のシルが私の背中を鼻先でグイッと押した。
「わっ!」
たたらを踏んだ私の体を、アレクシス様のたくましい腕が支える。ふわりと香る、清涼な森の香りと、微かな紅茶の匂い。
「リレット。君はこのカフェを続けたいと言ったな」
「は、はい。ここは私の夢のお城ですから」
「ならば、その夢ごと私が守ろう。公爵家の本邸を、この近くに移す準備はもう済ませてある」
「えっ!? 公爵家の本邸を!? そんな簡単に!?」
「私は当主だ。それに、領地の視察拠点としてはここが最適だ。……君が王都に戻る必要はない。私がここに来て、君の隣にいる」
アレクシス様の手が、私の頬に触れた。
冷たいはずの手は驚くほど温かかった。
「君の淹れる紅茶と、このもふもふたちと、そして何より君自身が……私の人生には不可欠だ」
彼は私の目の前で片膝をついた。
その手には、いつの間に用意したのか、宝石箱が握られている。パカッと開かれたその中には、彼の瞳と同じ、透き通るようなアイスブルーのダイヤモンドが輝いていた。
「リレット・バーンズ。私と結婚してくれないか? ……生涯、君を全力で甘やかすことを誓う」
周りを見渡せば、シルが、カーバンクルが、ケット・シーが、森の小鳥たちが、みんなキラキラした目で私たちを見守っている。
シルなんて、「早く頷け!」と言わんばかりに尻尾で床をバンバン叩いている。
断る理由なんて、どこにもなかった。
私は涙が滲むのをこらえ満面の笑みで頷いた。
「……はい! 喜んでお受けします、アレクシス様!」
「ありがとう……!」
アレクシス様が立ち上がり、私を強く抱きしめる。その瞬間、わぁっと歓声が上がるように動物たちが一斉に私たちに飛びついてきた。
「ワオーン!」
「キュキュッ!」
巨大な狼に押しつぶされ、猫に乗られ、リスに髪を引っ張られ。
私たちはもみくちゃになりながら、お互いの目を見て笑い合った。
◇
それから数年後。
北の辺境に、貴族たちもこぞって訪れる伝説のカフェがある。そこでは、絶品のスイーツと可愛い動物たち、そして――。
「あなた、エプロンが曲がっていますよ」
「おっと、すまない。……ありがとう、リレット」
強面の公爵様がデレデレの笑顔で店を手伝う姿が見られるという。
王太子妃という未来は捨てたけれど。
私は今、大好きな旦那様と、たくさんのもふもふに囲まれて世界で一番幸せな「カフェ店主兼公爵夫人」をやっています。
本作、そこそこ好評でしたので、また長編として執筆させてもらいます。タイトルも変更し、内容も少し変更点があるかもしれないので、別作品として投稿いたします。しばらくお待ちください!




