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婚約破棄されたので「もふもふカフェ」を田舎で開きます~え、公爵様も常連になりたいんですか?~  作者: 咲月ねむと


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4話 元王太子の没落

 カフェの開店から一ヶ月。


 私の店は、いつの間にやらアレクシス様の指定席ができていた。

 彼は公務の合間を縫っては店にやってくる。


 今日も今日とて、窓際の席で優雅に紅茶を飲みながら、足元のシルと新しく住み着いた額に宝石の付いたリスみたいな幻獣のカーバンクルを真顔で交互に撫でていた。


「……至福だ」


「アレクシス様、顔が緩んでいますよ」


「む……」


 私がクスクス笑っていると、アレクシス様の懐で何かが激しく点滅し始めた。

 通信用の魔導具だ。


「チッ……」


 アレクシス様が分かりやすく舌打ちをする。

 彼が魔導具をテーブルに置き、起動させると、空中にホログラムのような映像が浮かび上がった。


『あ、兄上ぇぇぇ!! 助けてくれぇぇ!!』


 そこに映し出されたのは、目の下にクマを作り、髪をボサボサにした元婚約者、ジェラール王太子の姿だった。


 かつてのキラキラした王子様の面影はどこにもない。まるでゾンビだ。


「騒々しい。何の用だ、ジェラール」


『何の用だじゃないですよ! リレット! そこにリレットがいるんだろう!? 頼む、代わってくれ!』


 画面越しに私を見つけたジェラールが必死の形相で画面に縋り付いてくる。


 私は淹れたてのハーブティーを一口飲み、ニッコリと微笑んで手を振った。


「お久しぶりです、殿下。お元気そうで何より……ではなさそうですね?」


『嫌味を言っている場合か! 戻ってきてくれ、今すぐに! 君がいなくなってから、城がめちゃくちゃなんだ!』


 ジェラールが泣き叫ぶ。

 話を聞けば予想通りの惨状だった。


 私がこなしていた公務の書類は山のように積み上がり、ぐちゃぐちゃ。

 夜会や茶会の手配も滞り、他国の賓客への挨拶状も未送付。さらに、私の代わりに「聖女」として持ち上げられたミナ男爵令嬢が、とどめを刺したらしい。


『ミナのやつ、「聖女の癒やしが必要ですぅ」とか言って、国庫の金を勝手に持ち出して宝石を買い漁ったんだ! 注意したら「愛がない」と泣き出すし、書類仕事をさせればインクをこぼすし……もう限界だ!』


「あらあら。でも、それは殿下が選んだ『真実の愛』でしょう? 愛の力で乗り越えてくださいませ」


『愛で腹は膨れないし、書類は減らないんだよぉぉ! リレット、君は優秀だった! 僕が悪かった、謝るから戻ってきて仕事を片付けてくれ! そうすれば側妃にしてやっても……』


 ズドン。


 店内の空気が凍りついた。物理的に。

 アレクシス様が立ち上がり、魔導具を見下ろしている。その瞳は絶対零度の如く冷たく、背後からは怒りのオーラが黒い炎のように立ち昇っていた。

 足元のシルとカーバンクルが、「ヒェッ」と悲鳴を上げて私の後ろに隠れる。


「……ジェラール。今、なんとほざいた?」


 地獄の底から響くような声に、画面の向こうのジェラールがひきつけを起こしたように震え上がった。


『あ、あ、兄上……?』


「リレットは私の大切な……友人だ。彼女の尊厳を傷つける発言は、この私が許さん」


 アレクシス様は「友人」のところで一瞬詰まったが、すぐに気を取り直して続けた。


「それに、貴様に王太子の資格はない。父上からの伝言だ」


『え……?』


「『女を見る目もなく、実務能力もなく、責任転嫁しかできぬ愚か者に国は任せられぬ』――本日付で、貴様を王太子位から廃嫡し、辺境の修道院へ送るそうだ。ミナ嬢と共に一生神に祈って暮らせ」


『そ、そんな……嘘だろ!? 兄上、待ってくれ! 僕を見捨てるのか!?』


「見捨てたのは貴様だ。優秀な婚約者を、己の愚かさで見捨てた報いを受けろ」


 アレクシス様は無慈悲に指を鳴らした。

 パチン、という音と共に通信が強制的に遮断される。

 シーンとした店内に平和な静寂が戻ってきた。


「……ふぅ。見苦しいものを見せたな、リレット」


 アレクシス様が椅子に座り直し、何事もなかったかのように紅茶を啜る。その横顔は涼しげで弟を切り捨てた罪悪感など微塵もないようだ。


「いえ、すっきりしました。ありがとうございます、アレクシス様」


「礼には及ばない。……これで、君を連れ戻そうとする邪魔者は消えた」


 アレクシス様がこちらを見て、ふっと優しく微笑んだ。先程の魔王のような表情とのギャップに、私の心臓がトクンと跳ねる。


「それに、あんな男に君はもったいない。君の淹れる茶と、この空間は……私だけのものにしておきたいくらいだ」


 その言葉は、まるで熱を持った矢のように私の胸に突き刺さった。


 これって、どういう意味?

 ただの常連客としての独占欲? それとも……?


 私が赤面して言葉に詰まっていると、足元から「ワオン!」とシルが吠えた。

 まるで「早く言っちゃえよ!」と急かすように。

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