3話 実はずっと片思い
「会員制……では、ないのか?」
アレクシス様は、眉間に深い皺を刻んだまま聞いた。その表情は真剣そのものだった。
「は、はい。どなたでも歓迎の、オープンなカフェでございます……」
「そうか。では、席を頼む」
アレクシス様はマントを翻すと、一番奥の席――窓際の日当たりの良い特等席にドカリと腰を下ろした。
途端に、店内の気温が3度くらい下がった気がする。
私は震える手でオーダーを取った。
「ご、ご注文は何になさいますか?」
「……おすすめを」
「かしこまりました! 少々お待ちください!」
私は逃げるように厨房へ駆け込んだ。
心臓が早鐘を打っている。
(どうしよう、どうしよう! 絶対怒ってるわよアレ!)
王城での噂を思い出す。アレクシス公爵は、笑わない、喋らない、情け容赦ないの三拍子が揃った公爵だと。弟であるジェラール殿下の不始末を知り、元凶である私を締め上げに来たに違いない。
おすすめを頼むと言ったのも、毒見テストかもしれない。
「落ち着け私。ここで粗相をしたら、即座に氷漬けにされるわ……!」
私は深呼吸をし、最高級の茶葉で紅茶を淹れ、焼きたてのシフォンケーキを皿に乗せた。
生クリームとベリーを添えて、可愛らしくデコレーションする。
これが私の、最後の晩餐になるかもしれないと思いながら。
「お、お待たせいたしました。当店の特製シフォンケーキとアールグレイでございます」
テーブルにそっと置く。
アレクシス様は腕を組み、鋭い眼光でケーキを凝視した。
「……白いな」
「へ?」
「いや、なんでもない」
アレクシス様はフォークを手に取り、ケーキを口に運んだ。
ゴクリ、と私が喉を鳴らす音が店内に響く。
彼はゆっくりと口を動かし、そして――。
「……美味い」
低音ボイスが漏れた。
表情は相変わらず鉄仮面のようだが、纏っている冷気が少しだけ緩んだような気がする。
「あ、ありがとうございます……」
「生地が驚くほど軽い。それに、このクリーム……甘すぎず、茶の渋みと絶妙に合っている。王宮のパティシエのものより数段上だ」
「えっ、そ、そうですか?」
意外な高評価に、私が目を丸くする。
すると、足元で気配がした。
「クゥーン……」
シルバーフェンリルのシルだ。
私の足元に隠れていたはずが、甘い匂いにつられて顔を出してしまったらしい。
まずい! いくら懐いているとはいえ、フェンリルは危険な魔獣。討伐対象にされかねない。
「ああっ、すみません! すぐに追い払いますから……!」
私が慌ててシルを抱き上げようとした時だった。
アレクシス様の手が、スッと伸びた。
「待て」
「ヒッ!」
斬られる!?
私が身構えたその時、アレクシス様の大きな手は、シルの頭の上にぽふっと乗せられた。
「……いい毛並みだ」
アレクシス様は、ぎこちない手つきでシルの頭を撫で始めた。強面な表情のまま、真剣に一定のリズムで。わしゃ、わしゃ、わしゃ。
「ワフッ?」
シルが気持ちよさそうに目を細め、アレクシス様のブーツに頭を擦り付ける。
「……可愛いな」
ボソリと呟かれた言葉に、私は耳を疑った。
今、この氷の公爵様、可愛いって言った? この凶暴な魔獣を?
よく見れば、アレクシス様の耳がほんのりと赤い。アイスブルーの瞳は、シルの一挙手一投足に釘付けだ。
(もしかして……アレクシス様、動物好きなの?)
その時、ふとアレクシス様が顔を上げ、私と視線が合った。彼はハッとしたように手を引っ込め、コホンと咳払いをする。
「失礼した。つい、珍しい生き物がいたもので」
「いえ! あの、動物はお好きなんですか?」
「……嫌いではない。だが、私の魔力が強すぎるせいか、普通の動物は近寄ってこないのだ」
少し寂しそうに言う彼を見て、私の警戒心は霧散した。動物に好かれない動物好き。なんて悲しい性なのだろう。
「この子はフェンリルなので、魔力には強いんです。もしよろしければ、また撫でてあげてください」
「……いいのか?」
「はい、もちろんです!」
私が笑顔で答えると、アレクシス様は一瞬だけ目を見開き、そしてすぐに視線を逸らした。
その横顔は、なんだか照れているようにも見えた。会計の時、彼はカウンターに金貨を三枚も置いた。
「お釣りはいらない」
「ええっ!? 多すぎます! 紅茶一杯ですよ!?」
「迷惑料……いや、入会金だと思ってくれ」
「だから会員制じゃありませんってば!」
押し問答の末、結局金貨はチップとして受け取ることになった。帰り際、ドアノブに手をかけたアレクシス様が背中越しに言った。
「……弟は、愚か者だ」
「え?」
「君のような女性を手放すとは。……私なら、絶対にそんなことはしない」
低い声で紡がれた言葉は、熱を帯びて私の胸に届いた。振り返ると、彼はもう一度だけこちらを見て不器用に口角を上げた。
「また来る。……リレット」
カラン、コロン。
ドアベルの音を残して公爵様は去っていった。
残された私は、顔が熱くなるのを感じていた。
最後、名前を呼ばれた。
あんなに冷たいと思っていた人が、あんなに優しい声で。
「……ただの、もふもふ好きのいい人、なのかな?」




