1話 さよなら、王太子様
咲月ねむとです!
今回、短編作品を投稿します。全5話で読者さまに読んでもらいやすい話数にもなっています。
「リレット・バーンズ! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!」
王城の大広間。きらびやかなシャンデリアの下で王太子ジェラールの甲高い声が響き渡った。
音楽は止まり、ダンスを楽しんでいた貴族たちの視線が一斉に私たちに集まる。
私の目の前には、勝ち誇った顔のジェラール殿下と、その腕にしなだれかかる男爵令嬢、ミナの姿があった。ピンク色の髪を揺らし、ミナは潤んだ瞳でこちらを見ている。
「ジェラール様ぁ……リレット様が怖いですぅ」
「大丈夫だ、僕が守る。リレット! 貴様はミナへの嫉妬に狂い、彼女の教科書を隠したり、靴に画鋲を入れたりしたそうだな。未来の王妃としてあるまじき陰湿さだ!」
……あーあ。また始まった。
私は扇で口元を隠しながら、小さくため息をついた。
教科書を隠す? 靴に画鋲?
そんな暇があるなら、私は部屋で愛読書の『世界の珍獣図鑑』を読んでいたい。
そもそも私の生家は由緒ある公爵家だ。そんな古典的な嫌がらせ、メイドにだってさせない。
弁明してもいいけれど、殿下の目は完全に「正義のヒーロー」になりきって酔いしれている。
何を言っても無駄だろう。
それに何より――。
(……これ、チャンスなんじゃない?)
私の胸の奥で何かがパチンと弾けた。
厳しい王妃教育。分刻みのスケジュール。愛想笑いばかりの茶会。そして話の通じないナルシストな婚約者。
幼い頃に前世の記憶、日本で動物カフェの店員をしていた記憶を取り戻してから、この堅苦しい生活はずっと息苦しかった。
いつか自由になりたい。田舎で、動物たちに囲まれて暮らしたい。
その夢が、今、向こうから転がり込んできたのだ。
「沈黙は肯定とみなす! 衛兵、こやつを……」
「承知いたしました」
殿下の言葉を遮り、私は優雅にカーテシーをした。そのあまりに流麗な所作に殿下が言葉を詰まらせる。
「殿下のお心は、よくわかりました。真実の愛を見つけられたのですね」
「え、あ、あぁ。そうだ。ミナこそが僕の運命の相手……」
「左様でございますか。不肖私では、殿下のお支えは難しかったということでしょう。潔く身を引かせていただきます」
私はスッと顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。
そう、それはもう、今日一番の輝くような笑顔で。
「婚約破棄、謹んでお受けいたします! どうぞお二人は末永くお幸せに!」
「は……?」
殿下がぽかんと口を開ける。
周囲の貴族たちがざわめき始めた。
「あんなに嬉しそうな顔、見たことないぞ」
「まさか、リレット様も限界だったのでは……」
なんて声が聞こえるけれど気にしない。
「私はこれで失礼します!」
私は踵を返すと、呆気にとられる殿下たちを置き去りにして颯爽と広間を後にした。
背後で「ま、待て! 泣いて縋るんじゃないのか!?」という声が聞こえた気がしたが、私の耳にはもう届かない。
大広間の扉を抜けた瞬間、私はドレスの裾をまくり上げ、廊下を走った。
走って、走って、王城の馬車へ。
「御者さん! 屋敷まで全速力で!」
「は、はい!? リレットお嬢様!?」
屋敷に帰ったら、すぐに荷造りだ。
ドレスも宝石もいらない。必要なのは、動きやすい服と、あるだけのお金、そして魔法道具一式。
目指すは、亡きお祖母様が遺してくれた、国境近くの森の奥にある別荘。
あそこなら豊かな自然と珍しい動物たちがたくさんいるはずだ。
「やった……やったわ! やっと自由よー!」
馬車の中で、私は両手を突き上げた。
窓から見える夜空の星が、私の新しい門出を祝福しているようにキラキラと輝いていた。
こうして私は、王都の喧騒と面倒な元婚約者を捨て、憧れのスローライフへと旅立ったのである。
読者さまのお声が私の力になります!!
ブックマーク、★の評価
何卒、よろしくお願いします!




