その突然な雨の日に…
「あ〜、もう!! 何で雨が降ってくるのよ!?」
私は今、誰もいない通りを全力で走っている。さっきまでは雲一つ無い快晴だったのに、今は鈍色の雲が空を厚く覆って雨が降っている。天気予報でも晴れだと言われて折りたたみ傘すら持っていない。お陰ですっかりびちゃびちゃだ。
「このままじゃ風邪引いちゃうよ……ん? あれ、あんなお店あったかな?」
大通りからいつもは通らない脇道に入る。この辺りは過疎化が進んで、ほとんどの店がシャッターを下ろしているせいで、雨宿りできる所がないからだ。そんな時、コンクリート造りの建物が並ぶ中、木造の一軒家がポツン、と建っていた。
どうやらお店のようで、運良く開いている。これ幸いと私は木造のお店に駆け込んだ。
カラン コロン
扉を開けると、年季の入ったカウベルが心地良い音色を奏でる。
「いらっしゃいませ。ようこそ九十九骨董店へ」
そこは不思議な店だった。昔ながらの木造なのに、中に入れば洋風という外見と中身が全く一致していない造りだった。
奥には暖炉があり、まだまだ春が遠いこの季節。薪がくべられていて暖かな光りが店を満たしている。
「…お客様?」
「あ、すみません! いきなり雨が降ってきて、傘とかもなくて雨宿りしたくて入ってしまったんですけど……ご迷惑でしたか?」
「いえいえ、そんなことはありません。 今タオルをお持ちしますので、どうぞ暖炉の前にある椅子にでも座っていてください」
「あ、ありがとうございます…」
店の真ん中にある棚の前にたっていた青年は、私にそう言うと店の奥に入っていった。
改めて見ると、店の中にはたくさんの品物が並んでいる。ランプからコップ、スプーンにフォークと、アンティークと呼ばれるものが綺麗に置かれていた。
店の中を眺めていると、何か奥の方でキラッ、と光ったような気がした。何だろうと思って近づくと…
「わぁ、キレイ……」
そこには二つの銀でできたイヤリングが飾られていた。
エメラルドを真ん中に置き、その回りに細かな細工が施されている。素人目から見ても、これが高級品だというのはわかってしまう程、素晴らしい芸術品だ。……でもコレ、どこかで見たような…。
「お気に召された物がありましたか?」
「ひゃっ!? びっくりしたぁ~、いきなり後ろに立たないでくださいよ」
「すみません。……お、このイヤリングですか」
「ええ。実はコレ、死んだおばあちゃんが持っていた物にそっくりなんですよ」
「…………」
「おじいちゃんがプロポーズした時一緒に渡した物で、ちっちゃい頃見せてもらったことがあるんですよ。でも、おばあちゃんが死んだときに遺品整理でどこかに行ってしまって……」
青年はタオルを差し出し、私はお礼を言いながら受け取ると、青年は私の横をすり抜けてイヤリングに触れると、その場で目を瞑り動かなくなってしまった。
「……そうか。お前も見つかったか…」
「え?」
「い、いえいえ! 何でもございません。それよりもお客様、こちらのイヤリング、お気に召されたのなら如何でしょう?格安でお売りいたしますよ?」
青年のいきなりの提案に驚く。確かにこのイヤリングは祖母の物にそっくりで気に入ったが、これはとても高い筈。安くすると言っても一体いくらするのやら…。財布の中がブリザードの今、そんな余裕はない。残念だけど断るか…。
「…すみません、今持ち合わせも無いのでお心遣いだ…」
ガッシャーン!!
断ろうとした瞬間、後頭部に痛みを感じ、そのまま気絶してしまった。
「…い、コラ!…っかく見つかった…に何してんだ!?」
【……さいうるさ…!私は決めたんだ!!あの…以外に…はいない!あの人についていくんだ!!】
『あ、れ……?何で私、椅子に座って…』
目が覚めると、いつの間にか暖炉の前にあるロッキングチェアに座らされていた。ゆっくりと燃えている薪が暖かくて、すぐに二度寝してしまいたい欲求に駆られる。このすばらしい場所に運んでくれたであろう青年の姿はなく、奥から誰かと話しているのか声が聞こえる。
椅子から立ち上がり、声がする方に向かって歩く。少し足下がふらつくし、頭の後ろも痛い。何かでぶつけたのかな?
「あ、目が覚めたんですね! よかった~」
「あ、はい……。それより、一体何があったんですか?確かイヤリングの話をしてて…」
「実は、後ろの壁に立てかけてあった箒が倒れてしまって、それが貴女の頭に……本当に申し訳ありませんでした!!」
「あ、そうなんですか……」
「お詫びと言っては何ですが、そのイヤリング、お譲りしようかと……」
「え!? い、いいですよそんな!」
これには驚いた。いくらお礼と言っても凄すぎる。宝石までついたイヤリングをタダでだなんて…。
「いいんです。コイツも、貴女ならいい、と言っていますから」
そして、イヤリングが入っているであろう黒い箱を差し出される。ここまで言ってるんだし、いいよね?
「わかりました」
「……良かった。 おや、いつの間にか雨もあがっていますね。服も乾いたようですし、いつでも帰られますよ」
「あ、本当だ…」
青年に言われて窓を見ると、いつの間にかあの鈍色の雲は姿を消し、雲一つ無い空になっていた。これなら帰れる。
「ありがとうございました。雨宿りさせて頂いたばかりかイヤリングまで…」
「いえ、いいですよ。 では、貴女に九十九神の加護があらんことを……」
店を出た後、青年が何か言ったみたいだったが、私には聞き取れなかった。
あれから数日。今日も私はれのイヤリングを付けて会社に出勤している。何故かこのイヤリングを付けてから良いことが続くのだ。これも全てあのお店のお陰だと思って、今日の帰りにケーキでも持って行こうと思った。
そして店があった場所に行くと、そこには空き地しかなく、たまたま近くを通りがかった人に聞くと、ここには何年も前からそんな店は無い、とのことだった。
暫く呆然としていたが、私は家に帰るために足を動かした。耳に付けているイヤリングの宝石が、沈みかけた夕日の光りを浴びキラリと輝いた。
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