009.「最悪の相性」
「どういうことだ!? なんでオマエがここに……っ!?」
(てことはやっぱり、さっきのは私をピンポイントで狙ってたんだ。まぁそうだよね、レドにもいっぱい虫捕りお願いしてたし。それで私のことが邪魔だったんだろうなぁ……)
「ぐっ、調子に乗るなよ! このクソアマがぁああッ!!! やれ、バグラズム・ケラデュロス!!!」
(もうホントに口悪いな、この子。ていうか、今なんて言った? ばくらず……? 長いし、覚えづらい名前……。男の子?的にはそういうのがカッコいいのかな? 分かんないなぁ……。とりあえず、眩しいから止めよ。上に向けて折っちゃえば危なくないよね。たぶんこれやったらバレちゃうけど……まぁいいか。そこまでなら、バレても)
と、やり取りの合間にそんなことを思いながら。
どうやら彼も気づいたらしい。
ボコン、バキリ、ギシャアアとなって。
この対峙が何も、まっさらな初めましてではないことに。
「おまえ、まさか……」
「気付いた?」
「あの魔女か……?」
「はい、正解です」
どういうことかというと。
つまりはアルメリアこそが話題の"荊の魔女"、その正体である。
タネも仕掛けもなく、同一人物。
そのうえでまぁ、過去に協力を要請されたことがあるのだ。
森にやってきた彼から。
『あの要塞ギルドを落とす。オマエも協力しろ』
といっても、ちっともお願いなんて態度ではなかったし。
『拒否したらどうなるかは、分かるよな?』
なんかすごい偉そうに、そんな脅しまでかけてきたので、ツーンとなって知らんぷり。結局そのまま、返り討ちにしてあげたけれど。
もう関わってこないことを条件に、そのときは見逃してあげたが。
まさか思わなかったのだろう。
その自分が――マンドラゴラを守っていると噂の魔女が街でただの村娘に扮し、ポーション屋を開いているだなんて。
「どういうことだ!? オマエまさか、そっちに寝返ったのか……!?」
「寝返ったって、元々そっちに付いてたわけじゃないし。べつに人間たちに協力してるつもりもありません。言葉は正しく使いましょう。……まぁ、なし崩し的にそういうことにはなっちゃってるけどね」
「だったら同じことだろうが! ちくしょう、ふざけやがって……!? オマエのせいで僕の眷属が何匹やられたと思ってる!?」
「知りません。だってやってるの私じゃないし。それにこっちだっていろいろ事情があるんだから、仕方ないでしょ」
「ッ……! どこまでも……ッ!」
「で、どうするの? 前回は“もう関わらない”って約束で特別に見逃してあげたけど、さすがに今回はノーカウントにしてあげてもいいわ。追加条件はあるけどね」
「追加条件だと……?」
「この街から完全に手を引くこと、そして二度と攻め込んでこないこと。この2つよ。勿論、あなたひとりの話じゃない。軍全体に対してね。期限はまぁ、多少の相談には応じてあげてもいいわ」
「バカか、そんなことできるわけ……ッ」
「できないのなら、この話はなし。――私も、もう容赦はしない」
立てた二本指とともに、アルメリアが静かに告げた最後通告。
言い渡された瞬間、ついにムシウルの中で何かが切れた。
プツンと音を立てて、ワナワナと震え出す。
「容赦はしない……? しない、だと……?」
なんだそれは。
しなければ何だと言うのか。
まるでいつでも排除できるとでも言いたげじゃないか。
ふざけるな。
(さっきから聞いてればこの女、ちょっと驚かせたくらいで調子に乗りやがって……! この僕に向かって、よくもそんな大口を……ッ!)
「一度勝ったくらいでいい気になるなよ! メスガキがッ……!!!」
いいだろう、教えてやる。
身をもって後悔させてやるよ。
今まで大目に見てやってたのがどっちなのか。
「思い上がるなよ!? おまえ何か勘違いしてるんじゃないか!? まさかあのとき、僕が本気で相手してやってたとでも思ってるんじゃないだろうな!?」
「あら、違うの?」
「そんな訳ないだろうが!? 僕がその気になれば、オマエなんかいつでも殺せる! だから見逃してやったんだよ! 思い知れ!」
「……それが答えでいいのね?」
両手を掲げながら、ムシウルの高笑いとともに。
融合魔蟲の一部が崩れ、内部から無数の蟲たちがワラワラと溢れ出す。
「安心しろよ、僕はお優しいからな! ここで始末は付けない、生け捕りにしてやる! 巣穴に連れ帰ってから、腹に卵を産みつけて……!」
「そう、残念。交渉決裂ね、それと」
「死ぬまで蟲たちの苗床にしてやるよおおお!!!」
たちまち黒い旋風が吹き荒れて。
だが――。
「サイテー」
アルメリアが冷たく言い放った直後だった。
たちまちボコボコと地面が波打ち――妖華。
そう表現するより他ない、巨大な花の怪物が地中より現れたのは。
それがカッポリ、地面に大きく口を開け、伸ばした荊の触腕で次々と獲物を絡め取っていく。返し付き、底に溜まった消化液のなかに手当たり次第、放り込んで。
「なっ……!?」
ムシウルにとって、それは悪夢のような光景だった。
あんなにいた蟲たちはみるみる数を減らし、最後にはバグラズムの巨体もオモチャのように持ち上げ、分解。
ギシャアアアアア!
バキバキとへし折るように、丸ごと平らげてしまったのだから。
そうして気づけば、理解なんかまるで追いつかないうちに。
「あっ……えっ……?」
ムシウルはその場にただひとり、取り残されていた。
「あなたこそ、何か勘違いしてるんじゃない?」
静かな問いかけがあって、ハタと我に帰ったのがそのときだ。
その場からただの一歩も動かず、見る間に盤面を制圧してしまった少女――いや、魔女がそこに。
冷めた目つきで佇み、こちらを睥睨していて。
そう、話は簡単だ。
「あのときは本気じゃなかった、ね」
ムシウルはさっき、自信たっぷりにそう豪語していたけれど。
「それを言うなら、私だってそう。ちっとも本気なんか出してないよ。言っとくけど、今だって」
「なん、で……」
「?」
「なんでだ!? だって、毒が……」
遮られたので、何かと思えば。
妖華と、蟲たちの残骸と。
交互に見やりながら、うわ言のようにムシウルが呟く。
いや、抗議してくる。それで何となく察しは付いた。
「あぁ、そういうこと?」
いったい彼がこの状況の何に動揺しているのか。
でもそれはまったく、ため息が出るほどに見当違いというもの。
「もしかして知らないの? 自然界にある動物の毒って、ほとんどか神経毒なのよ」
「神経、毒……?」
「そう。でも植物には神経がないから、いくらやっても効かないわ。今みたくガツガツ食べちゃっても全然平気、へっちゃらなの」
「……!?」
「その反応だと、本当に知らなかったみたいね。はぁもう、毒蟲の王様が聞いて呆れるわ。だから先に言っておいてあげたのに。私たちの相性は最悪、あなたじゃ私には逆立ちしたって勝てないよって、そういう意味だったんだけど……。じゃあ全然分かってなかったのね?」
「そん、な……」
「バカにつける薬はないって、このことだと思いました」
そのままゆっくりと、歩みを進めるアルメリアだった。
「悪いけど、私はあなたほどお優しくないから。ここで終わらせるね」
「え……? は、おい……ちょっと待て……待てって。さっきのはアレさ。ただの軽い冗談で」
「最後通告はした、次はない。あなたがさっき言ったことでしょ? 他にも散々、好き放題に言ってくれたからね。感謝してます。おかげで情けをかけずに済むもの。それに私の友だちまで危険に晒したんだから、ね?」
まるで、日が暮れても公園から帰りたがらない子どもを宥めるようなトーンで、そう問いかけられる。
求められたのが終わることへの同意であることに、遅れて気付いた。
もはやそこに否やの余地がないことも。
「よ、せ……。やめろ、来るな……」
危機を察知し、動揺を露わにムシウルは後ずさる。
「来るなぁああああッ!!!」
本能レベルで差し迫る死の恐怖。
その予感にムシウルは絶叫した。
自らの一部、取り込んでいた蟲たちを放ち、次々とアルメリアに差し向ける。
だがダメだ、時間稼ぎにもならない。
ついに恐れをなし、背を向け逃げ出そうとしたところ。
バクリと、口付きの触腕が無慈悲に喰らい付き、身体の一部を捕食された。
「うわぁあああああっ!!?」
バクリ、バクリ。
バクリ、バクリ、バクリ。
それが何度も続いて、続いて。
(こうなったら……!)
奥の手にも踏み切った。
輪郭を解き、体を黒い霧に霧散させたのである。
その1匹1匹が、ムシウルを構成していた毒蟲たちだ。
力のほとんどを失うことにはなるが、それでも死ぬよりはマシと打って出た苦肉の策。最後の手段だった。
だがそれすらも、意味を為さない。
1匹たりとも逃がしはしないと、妖華による捕食行為は淡々と続けられて。
「やめろおおおおおっ!!!」
それが蠱毒のムシウル、最後の断末魔だった。
嗤ったような触腕に散々追いかけ回され、ブブブと木枝のあいだを縫うように逃げ回るも最後は力尽き。
「ヒッ……!?」
バクンと、世界のすべてが闇に閉ざされる。




