007.「ゲームオーバー」
「アハッ、アハハハハハハッ!」
ムシウルは笑っていた。笑う。嗤う。
とめどない達成感と満足感、その余韻に浸りながらケラケラと。
これぞ愉快、痛快の極みと肩を震わせて。
「まんまと引っかかりやがったぞ、あのポーション屋! 間抜けなバカ女め!」
それでも止まない可笑しさに、ウックと体を折り曲げながら。
だってそうだろう。
あのポーション屋さえ排除してしまえば、後のことはドミノ倒しだ。
解毒薬のないレドックスは、手数で攻めれば押し切れる。
それはすでに実証済みのことだし、長男のライナルト・ガレイアは昼間に片付けた。
「僕オリジナルの、かなり強力な毒を打ち込んでやったからな」
これから数日をかけ、ジワジワ弱っていくことだろう。
あの女が中途半端に解毒した。いや解毒しきれなかったからこそ、惨めな末路を辿るのだ。その事実にまた気分が良くなり、清々(すがすが)しくなる。
そして2人が消えれば、残るはジルクリフのみだが。
奴とより相性が良いのはグランダムだ。
つまり――。
「ゲームオーバーさ。終わりだよ、おまえたちは」
これから始められるのは、ただただ蹂躙。
抑えきれない予覚と高揚から、迎え入れるように。
そう勝利宣言を突きつけるムシウルだった。
まぁ強いていうなら、まだ1つだけ手のかかりそうな仕事は残っている。
『孤独のムシウル……? へ、へぇ……そうなんだ……。なんていうか、ちょっとコメントし辛い仇名ね』
『そっちのコドクじゃないッ!! “蠱毒”だ、“蠱毒”!』
あの女……いまだどっち付かずでいる魔女の排除だ。
そもそもアイツがさっさとこちらにマンドラゴラを引き渡してさえいれば、こんなにも戦況は長引かなかった。
しかも散々コケにしやがって。
いま思い出しただけでも虫唾が走る。
「このままで済むと思うなよ……! 落としまえは、キッチリつけさせてやる!」
ついでにこのまま森を焼き払ってやろうかとも思ったが。
「っと、忘れるところだった」
その前に、念には念をだ。
足場の融合魔蟲を軽く踏みつけ、ムシウルは再び魔力陣の展開を指示する。
もはや立て直しが効かないほど、甚大なダメージを要塞ギルドに与えるために。
その射程には。
「まさか、そんな……! 本体が直接、攻め込んでくるだなんて……!?」
予期せぬ襲撃にへたり込んだまま、地上で動けずにいるギルダも含まれているが。
「やれ」
広範囲を薙ぎ払う一閃。
それが撃ち放たれようとした、そのときだ。
突如としてムシウルの世界に激震が走ったのは。
いや、ムシウルだけではない。
足場としていた融合魔獣もろとも、横合いから飛来した何か――途方もない衝撃にベシンと弾かれ、吹き飛ばされる。
「な、に……っ!?」
そのままズオオンと。
ガレイアから遠く離れた森地に墜落して。
◆
いったい何が起きたというのか。
そのときムシウルは事態の変遷にまったく理解が追いつけずにいた。
直前まで自分はたしかにガレイアの上空にいたはずだ。
軽い足踏みひとつを合図に、再びチャージされていく眷属の魔獣砲。
それがガレイアの街を焼き払い、火の海に変え、逃げ惑う人間共の悲鳴や情けない絶叫を肴に。
『いいぞ! もっとだ、もっと喚け! 泣き叫べーっ!!!』
とさらなる哄笑を響かせる。
そのはずだったのだ。
だというのに、これは――。
何故いま自分は地面に投げ出されているのか。
「ぐっ、くっそ……ッ! 何なんだよ、いったい……!? いったい何が起こって……!?」
毒付き、よろめくようにしながらムシウルは立ち上がる。
再びガレイアの空を見上げても、何が起きたのかは依然、不明のままだが。
「……っ!?」
同じく横たえとなり、ギコギコともがいている大型魔蟲。
その堅い甲殻で覆われているはずの側面が大きく歪み、ひしゃげている。
そんな被害状況から、何かとてつもない衝撃に横合いから叩きつけられたことだけは明らかだった。
「よく、も……っ!」
ムシウルは強く、歯噛みする。
だがそれは仲間意識や、同胞が傷つけられたことによる怒りではない。
単純に一番のお気に入りだったオモチャを。
自らが手がけた最高傑作を台無しにされたことによる、激しい憤りによるものだった。
真っ先に浮かんだのは、やはりガレイアの三兄弟だが。
(いや、そんなはずはない……っ!)
ムシウルは冷静に、すぐにも見解を改める。
だってライナルトは潰したし、ジルクリフは手筈通りなら今ごろ、グランダムが足止めしているはずだ。
レドックスには今、手持ちの蟲たちを総動員してぶつけている。
あの包囲網をそう簡単に突破できる筈はないのだ。
(じゃあ、誰だよ……っ!?)
三兄弟のうちの誰でもない。
それだけは確かだったからこそ、ムシウルの苛立ちは頂点に達した。
「どこのどいつだああああっ!? 出てこおおおいッッッ!!!」
抑えきれない憤懣のままに叫ぶ。
夜の森に向かって、あらん限りの怒鳴り声を張り上げた。
そして――。
「そこか……っ!?」
ガサリと遠巻きの茂みが揺れるや否や、ブブブと無数の眷属たちを差し向ける。
(よくも僕の自信作を……! 許さない……ッ! 引きずり出して、八つ裂きにしてやる……!)
血走った眼で、暗がりに潜んでいる何者か、その正体を見定めようとしたときだった。
「……あ?」
向かわせた虫たちの反応が、暗がりの向こう側で突然消えたのは。
ギィギィと鳴き声や羽音で騒がしくなったあと、ビチャビチャ。
まるで果肉の潰れるような水音がして。
それがいくつも重なって。
つまり――。
「喰わ、れた……? まさか、そんなはず……」
だっていま向かわせたのは、選りすぐりの猛毒蟲たちだ。
数匹ならまだしも、全滅なんてあり得ない。
でも、だったら。
なんで……?
いったい何に喰われたというのか。
動揺を隠せず、後退りながらムシウルの思考は目まぐるしく駆け巡る。
いったい誰だ。
そこにいるのは誰なのかと、やがては得たいの知れない恐怖に駆られて。
「答えろおおっ!!!」
だがそれも次の瞬間には停滞する。
まさか夢にも思わない。
「はいはい、そんなに叫ばなくってもちゃんと聞こえてるし、こっちもそのつもりです。いま行きますよー」
「なっ……!?」
月明かりの下。
木枝をくぐるように出てきたのが、どう見てもただの人間。
赤毛の少女だったこともそうだが。
「こんばんは」
その素性が、ついさっき間違いなく消したはずのポーション屋。
アルメリア・リーフレットのものに他ならなかったのだから。
【登場人物紹介】
◎荊の魔女:森に住む魔女。マンドラゴラの在処を唯一、知っている。




