005.「胸騒ぎの帰り道」
その夜。
「うーん、困ったなぁ……」
仕事を終えたアルメリアは、静かな夜道をひとりトボトボ歩いて帰っていた。
ほっつき歩くようにしながらウンウンと眉根を寄せ、頭を悩ませていたのは――。いまちょっと困ったことになっているからである。
もともと悩んでいたのは、まったく別のことだった。
ギルダやスーランと談笑していたのは昼下がりのことだが、実は直後にちょっと……いや、そこそこの大騒ぎがあって。
『ところで……なんでしょうか。さっきから、ずいぶん外が騒がしいようですが』
『あれ、ほんとだね。何かあったのかな?』
『おい! ここにアルメリア……アルメリア・リーフレットという調合師はいるか!?』
外の様子が気になり始めたところ、ひどく慌てた様子で飛び込んできたのが衛兵の1人だった。
『……はい、アルメリアは私ですが』
『ちょ、ちょっと……何事ですの!? いきなり……!』
『済まない、だが緊急事態なんだ! すぐに来てもらえないか!? 怪我人が多数出ている!』
『……っ、分かりました! 案内してください!』
ただ事ではないと気取り、現場へと急行した。
するとそこには負傷し、痛みに呻くたくさんの冒険者たちがいて。
『これは……!』
聞けば、何らかの敵襲を受けたと思われるらしい。
負傷者たちの容態からして、相手はかなり強力な毒を持っている魔獣だろうとも。
実を言うと、似たような騒動は以前にもあった。
そのときは、アルメリアが持ち込んだ解毒ポーションでなんとか事なきを得たが。
しかし今回は同じものを使っても症状が改善しない。
『まさか……アルメリアさんのポーションでも効かないなんて……!』
『ダメか……!』
――とまぁ、そんなことがあったのだ。
幸い症状の緩和はできて、今すぐ命の危険という状態は脱したけれど。
油断は禁物だ。
あれではまだ到底、安心できるとは言えないだろう。
だからまず、アルメリアはそのことで頭を悩ませていた。
というのも――。
『ほ、他に薬は……!?』
『すみません、これ以上のポーションとなると、うちには……』
とっさにウソを付いてしまったからだ。
正直に言えば、まだ打てる手はいくらでもあった。
「でもなぁ……」
あの場では、ちょっと……。
だってそんなことをしたら、きっとまた……。
そんな不安が頭をよぎって、踏みとどまってしまう。
つい躊躇ってしまったのだ。
だからいまそんな自分に後ろめたさというか、良心の呵責みたいなものがあって。
ちなみにその冒険者たちは、それからすぐにギルドの療養所に運ばれ、今はベッドで寝かされているわけだが。
「こうなったら今夜にも、そこに忍び込んで……」
ブツブツとそんな埋め合わせを思索していた最中のことだ。
「――うん?」
それとは全くべつの困りごとが発覚したのは。
背後に何か、引っかかるような気配を覚えたもので。
ふいに足を止め、振り返ってみる。
すると――。
シュバッ……!
何かが……いや、誰かが、物陰へ滑り込むように身を潜めたではないか。
アルメリアが振り返った、その瞬間に。
とはいえ、お世辞にも素早いとは言えなかった。
いや、はっきり言って遅い。
だからバッチリ、その姿も捉えられてしまう。
「はぁもう……」
ため息が零れた。
「またあのお婆さんかぁ……」
あのお婆さん――そんな呼び方になってしまうのは、申し訳ないけれど名前までは存じていないからだ。
でも何処のどなたかはよく知っている。
彼女もまた調合師であり、ポーション屋なのだが。
嫌がらせ……みたいなことは、この半月余りでいっぱいされたから。
たぶん気に入らなかったのだろう。
あとからできたこちらの店が評判になったせいで、元々あった自分の店の客足が遠のいてしまったことが。
だからあの手この手で、どうにか引きずり下ろそうとしている。
「いろいろされたなぁ……」
振り返り、サメザメする。
「これアンタんとこのポーションだろ!?」と大声でイチャモンを付けられたり、ある朝自分のところの薬草畑が踏み荒らされていたこともあった。最近では秘蔵のポーション蔵が荒らされ、盗み出されていたことも。
いずれもギルダやスーランが助けてくれたから何とかなったけれど。
これは、つまり……。
「実力行使に出てきちゃった、ってことかな……?」
痺れを切らし、ついに直接アタックを仕掛けに来ちゃったと。
「ちょっと怖がらせてやろうとしてる、とかだけならいいんだけど」
そーっと背後の様子を窺うと、何かがキランと光ったような気がする。
はてさて、その出所はただならぬ怨念を孕んだ鋭い眼光か。
あるいは隠し持った、もっと物理的な凶器の反射によるものか。
いずれにせよ。
(ひぃぃぃぃぃっ!?)
気づいていることに気づかれないよう平静を装いつつ、内心で絶叫しきりのアルメリアだった。
そんなわけで今、とても困っている。
はてさて、このピンチをどう切り抜けたものかと。
「そっちがその気ならこっちも! ってわけにはいかないしなぁ……」
かと言って、周囲に助けを求められそうな誰かもいない。
いっそのこと「きゃー! ストーカー!」みたいな感じでバタバタ走り去る……?
「いやぁ。それはそれで、なんかちょっと恥ずかしいし……」
思いあぐね、ああでもないこうでもないと考えを巡らせる。
でもオチオチはしてられないので、結局。
「あっ、そうだ! いっけな〜い! すっかり忘れてた〜!」
こうなった。
あたかもそのとき、丁度何かを思い出したようにグーをパーにポムんと落とし、声のボリュームもギリギリ不自然にならない程度に目一杯、引きあげて。
「はやく帰らなくちゃ〜!」
そのままパタパタと、何気ない風を装って走り出す。
その場凌ぎにしかならないが、まぁ後のことは追々考えればいいだろう。
あとは「逃がすか!」みたく追いかけてこないことを願うばかりだが……。
「大丈夫そう、かな……?」
後方の様子を探りつつ、ホッと安堵の息をつきかけた――その矢先のことだった。
パタパタパタ……パタ……タ……。
テンポの良かったアルメリアの足取りが、徐々にペースを落としていく。
かと思えば、次の瞬間にはくるりと踵を返し、進路を一転のUターン。
打って変わっての猛ダッシュで、来た道を駆け戻り始めて。
「んな……っ!?」
そんないきなりアクションで不意を突かれたのは当然、老婆の方だ。
やっぱり通り魔的な犯行に及ぶつもりだったのだろう。
ワタワタと見るからに慌て、逃げようとしている。
だがアルメリアがそうした行動に出たのは、何も気が変わって捕物劇に打って出るためではなかった。もっと別の差し迫るような危機、敵意を察知したからで。
「ダメ……! そっちに逃げないでっ!」
だから反射的に手を伸ばし、そう必死に声を張った。
そして次の瞬間、遠方の空にブブブと留まっていた異形の影。
曲げた節足を6本、集めるように放たれた光の砲撃。
眩いまでのエネルギー波が、ズイと地上に押し寄せ――。
【登場人物紹介】
◎ライナルト・ガレイア:人類側の主戦力。長男。
◎ジルクリフ・ガレイア:人類側の主戦力。次男。
◎レドックス・ガレイア:人類側の主戦力。三男。




